三枝あかりの物語が終端に達する前に。 一時の平穏を綴ることとする。 これはある日の兄妹の会話を記録したものである。    『愛、覚えていました』 川添孝一と三枝あかりは生活委員会の待機室で暇を持て余していた。 二人は以前に和解してからというもの、二人で話す機会もそれなりにあり。 今ではすっかり普通の兄妹に戻った感があった。 「暇だなァあかり」 「お兄ちゃんそれ6回目だよ」 「数えてるお前も暇人なー」 生活委員会で戦闘能力を有している川添は怪異が出てきた時のために。 そうでないあかりはインフラ整備にお声がかかった時のために。 理由があって待機室にいるのだが、暇なものは暇。 二人で椅子に座りながらダラダラと本を読んだり携帯を弄ったりしていた。 「あのさー、お兄ちゃん」 「何だよ」 「今でもデスティニーランド行ってるの?」 「あァ、そりゃ行ってるよ、金稼いで地道に通ってるよ」 吹き出す三枝あかり。 「懐かしいもんね、私とお兄ちゃんとお母さんと、まともな頃のお父さんが揃ってデスティニーランド行ったこと」 「あァ………そうだな…」 遠い目をする川添孝一。 妹は思ったより、腐りきった父親のことを悪く思っていないのだろうか。 女だからか、あるいはこいつがあかりだからか。強い部分もあると思った。 「お前もさ、今も好きなのか。デスティニーランド」 「そりゃもう、デスティニーマウスのクッション使ってるし」 「俺もだ」 「カラオケ行ったらデスティニーマウスマーチ歌うし」 「俺もだ」 二人で顔を見合わせた。 「お兄ちゃんがぁ?」 「オイそりゃ差別だろ!!」 あはは、と笑って胸の前で両手を合わせるあかり。 ブスっとした表情でいじけて見せる川添。 「んじゃ今度カラオケいこうかお兄ちゃん」 「オウ、メンバーは桜井決定な」 「桜井先輩呼ぶなら、彼女さんも?」 「じゃあ都合がついたら三千歳もな」 「それなら私も彼氏を」 「うん………うん?」 あっ、言っちゃった、という風に両手で口を噤むあかり。 わなわなと肩を震わせる川添。 「おま、お前彼氏いたのォ!?」 「まぁ、まぁまぁまぁまぁ」 「まぁまぁじゃねぇよ!?」 耳を両手で塞いで聞かないフリをするあかり。 「おっが心配しちょる時にうな彼氏作って暢気やろうもん!!」 意訳:俺が心配してる時にお前彼氏作って暢気なもんだな!! 「お兄ぃ、方言が出ちょる……」 意訳:お兄ちゃん、方言が出てる…… 二人で方言丸出しである。 「お兄ぃも彼女ば作ればよかたい」 意訳:お兄ちゃんも彼女を作ればいいじゃない 「やじらしか!!」        意訳:やかましい!! 通訳を挟まないと一般人には全く理解できない会話をする二人。 「だっがうなん彼氏か!」  意訳:誰がお前の彼氏だ! 「お兄ぃも知っとる人ばい」 意訳:お兄ちゃんも知ってる人だよ 「そいじゃわからんと!」  意訳:それじゃわからねぇよ! 「お兄ぃにも紹介したばい?」意訳:お兄ちゃんにも紹介したよ? 「えっ」          意訳:えっ 頭を抱える川添孝一。 「……そいじゃ蓋盛センセーと奇神萱のどっちかやなかが…あっぱか…」 意訳:それじゃ蓋盛センセーと奇神萱のどっちかじゃねぇか…怖い… それを見てフフッと笑うあかり。 「まだナイショだよ、お兄ちゃん?」 その笑顔を見て、女って怖ぇなと思う川添孝一だった。