2015/09/29 - 23:05~04:11 のログ
ご案内:「屋上」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、黒縁眼鏡。197cm、鋼の首輪、黒半袖Tシャツ、前を寛げた薄灰色のつなぎを腕まくり、黒ハイヒールブーツ>
ヨキ > (晴れた午後。時刻はおやつの時間。
ベンチに腰掛けて、焼きそばパンをもそもそと齧っている。
昼食は人並みに取ったが、人並みではやはり腹が減った。
夕方まで持つと思えず、間食に頼ることとした。
傍らには、コンビニエンスストアの小さなビニル袋。
中におにぎりとサンドウィッチが入っているのが見える。
秋晴れの街並みを見下ろしながら、膨らんだ頬を黙々と動かしている)
ヨキ > (まるで男子高生のような、淀みない食べっぷり。
ペットボトルの緑茶が、ぐびぐびと喉を鳴らすたびみるみる減った。
ぷはあ、と小さく息を吐く。
座学の講義はもちろんのこと、実習のある日はいよいよ腹が減るのも早かった。
それほどまでに、集中して身体を動かしているらしい。
パンを食べ終えてしまうと、おにぎりの封を破って齧りつく。
街を見下ろしていた目が、考え事につられて徐に宙を見上げる)
ご案内:「屋上」に茨森 譲莉さんが現れました。<補足:ぼさぼさとした髪の毛に、目が悪いので悪い目付き、服装はブラウスとカーディガンの組み合わせ。>
茨森 譲莉 > 晴れた午後、時刻はおやつの時間。
昼ごはんは人並みに食べたし、アタシは別に大食漢というわけではない。
……それでも、喉は乾く。アタシは飲み物を求めてゾンビのように階段を上がった。
購買でもいいし、それこそロビーの自販機でもいいが、
アタシの好物のプリンシェイクは理不尽な事に屋上の自販機にしかないのだ。
プリンシェイクの独特の味とのどごしを思いながら屋上の戸を開けると、
見覚えのある姿が空を見上げている。
その足元を見ると、やはり今日もハイヒール。
以前、異邦人街でそうしなければ歩けない、という説明を受けたそれを確認して、
改めて「あ、ヨキ先生だ」と確信したアタシは、
目当てのプリンシェイクを買ってからその背に声をかけた。
「ヨキ先生。こんにちは、お昼ご飯、食べなかったんですか?」
既に空になった焼きそばパンの袋と、さらに手にしたお握りが目に入る。
……いや、遅れたお昼ご飯にしては少し少ないか。
ヨキ > 「んう」
(噛み締めた米を飲み込んだところで、聞き知った声に気づく。
振り向いて、緩く手を上げた)
「やあ、茨森君……こんにちは。
いや、きちんと食べはしたんだがね。身体を動かしていると、すっかり腹が減ってしまってな。
放課後まで乗り切るための、腹ごしらえだ」
(おにぎり片手に横へ移動し、ベンチの隣を空ける。
相手が手にしたプリンシェイクに目をやると、仲間を見つけたようにはにかむ)
「そのシェイク、美味いよな。甘くてこってりしてて、ヨキも好きだよ」
茨森 譲莉 > 喉に詰まらせたりしなくて良かった、とアタシも緩く手を挙げて答える。
「そうでしたか、よく食べるんですね。」
ある意味では予想通りの回答に僅かに笑いつつ、
小さく頭を下げて開けられたベンチに腰かける。
少し迷って、ヨキ先生との間に少しばかり間を開けた。
………先生の隣がなんとなく、気恥ずかしかったからだ。他意はない。
「あ、ヨキ先生も好きなんですね。美味しいですよね、これ。
………その、甘くて、こってりとしてて。」
甘くてこってりとした独特の味は、どうしても好みがわかれる。
あまり好き、という人間の少ないそれを好き、と笑うヨキ先生には僅かばかりの親近感を覚えつつ、
結局相手の評を繰り返すだけになってしまったアタシの語彙の無さを憎んだ。
「そろそろ学園祭みたいですけど、ヨキ先生、美術教えてましたよね。
やっぱり、何かやるんですか?」
昔、美術の授業で描いた絵が運悪く選ばれて
展示された苦い過去を思い返しつつ、アタシはそう首を傾げる。
アタシは美術分野には疎いが、むしろ疎すぎて先生の目に留まったんだったか。
……あの時は顔面から火が出るほど恥ずかしかったな。
ヨキ > (おにぎりの最後の一口を、大きな口がぺろりと頬張った。
緑茶を口にしながら、笑いながら腹をぽんと叩いてみせる。
既にパンとおにぎりを平らげる様を見られているというのに、平然としサンドウィッチの包装を破り始める)
「そうそう。ヨキの周りでは、甘すぎるとか重いとか、散々でなあ。
ここは美術室からも遠くないから、おやつ代わりによく買うんだ。
……何だか、ヨキも飲みたくなってしまったな。食べ終わったら買おう……」
(うむ、と頷く。話しているうち、つられたらしい。
学園祭の話に、よく咀嚼したサンドウィッチを飲み込んでから口を開く)
「ああ。ふだん金工を教えている生徒たちが作品を出すのでな、メインはその指導だ。
ヨキはヨキで、参考作品という形で新作を飾る予定さ。
秋口にもなると生徒たちも手馴れてきているから、負けてられなくてな。腕の見せ所だ」
(そう話すヨキの表情に、無論のこと陰りはない。
好きでやっていることが目に見えて表れた顔をしている)
茨森 譲莉 > 赤ずきんちゃんを丸のみできそうな大きな口に
おにぎりが吸い込まれるのを眺めながら、プリンシェイクを一口飲む。
只管に甘いそのどろっとした液体が喉を通って胃に落ちると「ふぅ」と息を漏らした。
そうそう、この味だよ。……わざわざ買いに来て良かった。
この一口だけで階段をひーこら上ってきたかいがある。
―――と、アタシの目に予想外のモノが映った、紛れもないサンドウィッチだ。
ヨキ先生、昼ごはんは食べたって言ってましたよね?
やっぱりヨキ先生は大きいだけあって、よく食べるらしい。
その様子を、思わずぼんやりと眺めてしまった。
「アタシはこれが好きで、休憩は屋上でするんです。
はい、そうするといいですよ。なんかつられちゃいますよね。
アタシもさっき飲んでる人を見かけたから、わざわざ屋上まで上がって来たので。」
ゆらゆらとプリンシェイクを揺すりながら答える。
実際、飲み物というのは一口目のために買うものだと思っているアタシは、
これをヨキ先生によければどうぞ、と差し出す事も厭わなかったのだが、
さすがに、先生相手にそんな事をするのは少しためらわれた。
「金工ですか、やっぱりヨキ先生みたいに異能で成形するんですか?
それとも、魔術でしょうか。………それとも手作業で?」
先に見せられた異能と美術館で見た作品の数々をを思い返しながら、
異能学園ならそういう授業もあるのかなと考える。
「ヨキ先生の作品、楽しみです。必ず見に行きますね。」
好きでやっているとひと目で分かる晴れやかな顔は、アタシには少しばかり眩しく映る。
アタシには特に好きな事は無いし、そもそも取り得も特技も無い。
だから、美術みたいな分野にあこがれがあるのかもしれない。
なんだか、その人だけの個性、って感じがして羨ましい。
いや、アタシには残念ながら作る側の才能は無いけれど。見るだけ。
ヨキ > (自分の食べっぷりに戸惑われているとは思ってもいないらしい。
まるで、たった今食事にありついたかのように充実した顔でたまごサンドを齧っている)
「おや、それを飲みに屋上へ?ふふ、良いことを聞いたな。
次は休み時間を狙って、君に会いに来ようかな」
(軽い調子で言って、くすくすと笑う。
普段の神経質さが食事にも表れて、食べる姿はいやに律儀で小奇麗だった。
指先で唇を柔く拭って、うん、と頷く)
「作品をつくるときは、基本的に手作業だ。
完成形がイメージさえできれば、すぐ思い通りに作れる異能は便利だが……
手ずから金属を弄ったときの、思いがけない形の変化が好きなんだ。
ものを生み出す能力を持っている生徒には、もちろん異能での制作を教えることもあるがね」
(必ず見に行く、という譲莉の言に、嬉しげに目を細める)
「有難う。そう言ってもらえると、制作にも精が出る。
……ああ、それならば。
ヨキの『昔と今』とを見比べてみるのも、あるいは一興やも知れんな。
実は……作品が飾ってあるんだ。ここの島の、美術館に」
(気が向いたら行ってみるといい、と、相手の反芻を知る由もなく、朗らかに笑ってみせた)
茨森 譲莉 > たまごサンドが口に吸いこまれて、その指先が口を拭う。
その一連の動作を眺めていると、妙な一言がアタシの耳を襲った。
君に会いに来ようかな?………え、アタシに?なんで?
ぐるぐると頭が考えるも、思い当たる節はない。あ、美術の成績が悪かったんだろうか。
まさか個人的に興味でも―――。
モヤモヤと浮かんだある種お約束な妄想に終止符をうち、勢いよくプリンシェイクを飲み干す。
……何が個人授業だ、アタシのバカ野郎。
そういえば、前にコーヒーショップで「色々と聞きたい」と聞いた気がする。
アタシという存在は、常世学園ではイレギュラーだ、アタシが居るうちに、話を聞いておこう。
という考えがあるのしれない。……相変わらず、熱心で素敵な先生だ。
「手作業なんですね。……異能だと出せない、思いがけない形の変化ですか。」
アタシはううんと唸る。
異能は確かに便利だけれど、異能だけでは出来ない事もある。
だから、治療能力のある異能者でも、ちゃんと医学は修める。
異能はあくまでプラス要素であって基礎はやっぱり大事、という事か。
という事は、アタシが異能を持っても美術館で見たような作品は当然作れないし、
ヨキ先生の作ってくれたような、小さな花すら作れない事に……。
そう考えると、なんだか少し悲しくなってきた。
「もしかして国立の、新美術館ですか?アタシ、少し前に行って来て……。」
ごそごそと鞄を漁ると、目当ての物を見つけて引っ張り出す。
美術館に収蔵されている作品全てをポストカードにしたもの。
慌てて手に取ったから値段を見てなくて、その値段に度肝を抜かれた代物だ。
「………失礼かもしれないですけど、ヨキ先生の作品はどれでしょうか?」
ポストカードを広げると、ヨキ先生に差し出す。
一通り見て来たものの、まさかヨキ先生の作品があるとは思わなかった。
あると知っていたらもう少し注意深く見て来たのに、とほのかな後悔が胸をつく。
確かに、ヨキ先生が最初に見せてくれた花を思い起こさせるような、そんな作品があったような気がする。
ヨキ > (譲莉の胸中を露とも知らず、飲み干す様子におお、と能天気な声を上げた。
たまごの次はツナサンド。緑茶を片手に、のんびりと話を続ける)
「そう。鎚で打ったり、やすりで磨いたりとな。
どんなに手先が器用になっても、思いつきで作品の形が変わっていくことは、変わらない楽しさだ。
手でつくった作品を、異能で完全に再現することは容易いが……
異能を使って、手づくりの偶然が引き起こした高揚感を味わえるかというと、そうも行かない」
(美術館に行ってきたという譲莉に、へえ、と顔を明るませる。
ツナサンドを食べきると、手を拭いてポストカードを覗き込む。
わずかに隣へ身を寄せて、譲莉が空けていた間を詰める)
「はは、ヨキの作品には気付かなかったかね?
見ないようなタイプの作品が多くて、目まぐるしかったろう」
(気にした風もなく、受け取ったポストカードをぺらぺらと捲ってゆく。
――その中から、二枚を引き抜く)
「ああ……これだ。ふふ、綺麗な写真に撮ってもらっても、拙いものは拙いなあ」
(生々しく形づくられた植物が、半ばからまぼろしめいてほどけてゆくような。
あるいは花開いた花弁の中から、銀色が泡立つような。
写実と抽象を掛け合わせたオブジェが、二つ。
彼女がその作品の前で足を止めていたとも知らず、懐かしげにカードを見下ろす)
「この頃はまだ、異能だけで作品を作っていたんだ。
島へ来たばかりのころは、異能を制御することも侭ならなくて……
これらはやっと、形になってくれたやつだった」
茨森 譲莉 > まだ食べるのか、と取り出したツナサンドに一瞬視線を向けた
アタシの口からは、ヨキ先生の話に呼応してへぇとかほぅ、とか色んな声が出た。
人間、意外と色々な相槌を思いつくものである。
「そうやって、偶然で出来上がるのが楽しいんですね。
……アタシは、思い通りに作れるならそっちのほうがって、少し思っちゃいますけど。」
そう話すヨキ先生の口ぶりは、とても楽しそうで、
そんなに楽しいならアタシもやってみようかな、と思わせるようなものだった。
それでも、思い通りに作れるのならそっちのほうが、
などと考えてしまうのは、アタシの悲しい性なのかもしれない。
いや、どうしても思い通りに作れないとイライラするし。
それを「これはこれで」って思えればいいんだろうけど、
やっぱりアタシは「失敗した。」って思ってしまう気がする。
そういうポジティブな考え方が、きっと芸術には大切なんだろうな。
―――と、なんとなく遠い世界のように考える。間違いなく、アタシには一生無理だ。
「あるって知ってれば気が付いたと思うんですけど……。
めまぐるしかったですけど、とても面白かったです。」
ポストカードを覗き込むと共に、ヨキ先生の身体が近づく。
思わず変な声を上げて後ずさりそうになったが、これ以上下がると落ちてしまう。
慌てて立ち上がるのも不自然か、と散々考えた末に、少し熱くなる頬を片手で押さえて少し目を逸らした。
選び終えたカードを二枚受け取ると、その両方をしげしげと眺める。
それは、写実と抽象が掛け合わされたような、奇形の植物のオブジェ。
「ヨキ先生も、最初からあんなに綺麗なものを作れたわけじゃないんですね。
………今度、また行って来ますね。改めてしっかり見たいですし。」
思わず足を止めて眺めたのを思い出す。
といっても、その時はなんとなくヨキ先生の作ってくれた、真鍮の花を思い出しただけだったが。
………今度、また見に行こう。
「あの、ヨキ先生は、その異能を手に入れてから、
何か苦労したとか異能なんて無ければ良かったって思った事って、ありますか?」
先日カフェテラスで出会った少年を思い出しながら、
ヨキ先生の作品の映り込んだポストカードを眺める。
ヨキ先生は、この異能とはきっと長い付き合いなのだろう。
ヨキ > 「おそらくそれは……ヨキが最初から、『異能で作ること』をしていた所為だ。
手で作ることがうまく行かなかったものが、もしもこんな異能を身に着けたら、『うまく行くこと』に目が向くだろう。
だがヨキは……もともと人の姿になる前は、正真正銘の犬であったから。
ヒトの習俗も文化も知らぬまま、自在に形づくる異能だけを持って、いきなり人間になった。
だからヨキは、君の想像とは逆に――『手で作ること』の楽しさに、目覚めていったのだと思う」
(自分の作品のポストカードに、どことなく照れ臭そうな顔になる。
そこに写された作品は、精緻というよりは荒く、激しささえある。
荒削りの活力が、そのまま金属の形をとったかのようだった)
「楽しんでくれたならよかった。
異能で芸術をやるなんて、普通は二の次、三の次になってしまうからな。
美術館や博物館という場所は、人が足を運んでくれることで充実してゆくものさ。
ヨキに会いにゆくと思って、行ってやってくれ」
(ポストカードの写真よりも、それを見下ろす譲莉の顔を真っ直ぐに見る。
さながら彼女が実地で作品を眺めているかのように、目を細めて笑った)
「この異能がなければ良かった、か。そうだな……。
金属を操ること、それ自体についてはあまり思わないな。
制御さえ出来たなら、あとは使いさえしなければ、異能なんてないのと同じだ。
だが……ヨキは、自分で金属を操る以上に、『金属に操られて』いるようなものだ。
………………、」
(不意に、譲莉の片手へ何気なく自分の手を重ねる。
異邦人街で、相手の手を繋いで引いたときとは異なり――自分から、相手へ委ねるように。
……力を抜く。
その手は、柔らかな人間の皮膚で覆われている。しかしその下の骨は、まるで――鉄のように重い。
その骨の冷たさが皮膚にまで伝わっているかのように、肌までもが無機的に冷やりと醒めている)
「……この身体は、たまにちょっと不便かな」
(小さく笑って、ぽつりと零す)
茨森 譲莉 > 「金属に、操られている?」
写真を眺めていたアタシの手に、これが答えだとでも言う様に手が重ねられる。
重ねられた直後、アタシはまず慌てる。
当然だ、近寄られるだけで少しドキドキするような先生に、
手なんて重ねられたら全国の女子生徒の8割は卒倒する。
そういう意味合いで手を重ねたわけではない、と冷静になって深呼吸。
その手は、いつかに握った時にも感じた通り、ひやりと冷めきっている。
あの時は、ゆっくりと感じる事の出来無かったそれも、
ゆっくりと感じれば、その理由まで分かる。
この肌は、確かに人の肌だ。
―――でも、この下には、人は詰まっていない。
その鉄のような冷たさと重さにアタシは思わずゾクリとして手を放した。
「あ……。」
アタシの口から、小さく声が漏れるのを耳が聞くのと同時に、アタシは慌てて頭を下げる。
「す、すみません。……なんだか、びっくりして。」
4本しか指の無いヨキ先生の手。改めて握るのは躊躇われた。
「この身体は」不便と小さく零すヨキ先生。
………単純にその「金属」で出来た身体が、不便という事だろうか。
確かにずしりと重い手あるいは身体は、泳ぐのには不便そうだ。
「お風呂とか入るの、大変そうですね。」
アタシは頬を掻きながら、苦笑いを浮かべる。
ヨキ > (譲莉の手が、ぱ、と離れる。
その反応を予期していたかのように、微笑んだまま表情を変えはしない。
手を引いて、元の位置に置く。自分の身体を見下ろして、目を伏せる)
「そうだな。……たぶん、びっくりすることだらけだと思う。
人間で、犬で、金属で――そのどれでもあって、どれでもない」
(指先で、頬を掻く)
「金属だからな。自分で身体を動かす分にはいいが、何しろ重たくて重たくて。
足場の悪いところは、踏み抜きやしないか心配になるし……
……いちばん困るのは、海だろうかな。
潮風も海水も、長居をしていると錆びそうで心許ないんだ。
身体の中まで錆びるかどうか、確かめたことはないがね。
『鉄は水と塩気で錆びる』と知って、居心地が悪くなった」
(相手の苦笑いに呼応するように、半ば冗談めかした言葉の選び。
声はぽつぽつとして静かなために、冗談っぽさは薄れてしまったが)
「あとは……人付き合いも。
この重さのせいで、人とあまり気を抜いてくっついてもいられないんだ。
潰してしまったら大変だからな。いつもどこかで、冷静に居るほかない」
(言って、無遠慮に接近するかのようなヨキには珍しく、不意に身体を離す。
それまで触れそうなほど近かったのが、譲莉が開けたのと同じほどの距離を置いた。
困ったものだろう、と、眉を下げて笑う)
茨森 譲莉 > アタシが手を放すのを予期していたように、ほほ笑んだままのヨキ先生の顔を見て、
アタシの中に僅かばかりある良心がちくり、と痛む。
どれでもない。という言葉は、以前にも聞いた。
………やっぱり、どれでもないというのは、寂しいのだろうか。
アタシに出来るのは、想像を巡らせる事だけだ。
「確かに、フェンスとかに寄りかかったら壊れちゃいそうですね。」
気まずい視線を、ヨキ先生からフェンスに移す。
フェンスはいかにも頑丈そうで、生徒が紐無しバンジージャンプに挑戦するのを防いでくれそうだが、
ヨキ先生のように重い体でのしりと寄りかかれば、根本からぽっきり行ってもおかしくはない。
「潮風とか海水を浴びると金属には悪いって聞きますからね。
海辺にある金属は、塗装が剥げたら大体赤茶色ですし、
海に落ちてる釘とかもやっぱり赤茶色ですからね。」
海辺の風景を思い浮かべる。
頻繁にペンキを塗り直しているうちはキレイなものだが、
少しでもサボったらすぐに錆びる、と聞いた覚えがある。
確かにそんな所に金属の身体で行くのは、あまり心地の良いものではないのかもしれない。
「それは、なんだかさみしいですね。」
僅かに離れたヨキ先生との距離、その隙間を見ながら、ポツリ、と呟く。
ヨキ先生から近づかれた事は多くとも、逆に離れたのは、これが初めてだと思う。
浮かんだ感情が何だかわからないまま、アタシは思わず離れたヨキ先生のお洒落な服の裾をそっとつまむ。
相手を潰してしまう、たとえば、アタシが置いてた手の上にうっかりヨキ先生が座れば潰してしまうし、
アタシが寝そべってるところをうっかりヨキ先生が踏みつければ痛いではすまないし、
当然、恋人がするようなこと……―――その、膝枕とかも、頭だけでもきっと相当に重いのだろう。
「―――えっと、ほら、アタシが上に乗れば大丈夫ですよ。」
直前に思いついた煩悩を振り払うように、苦笑いを浮かべて口走る。
………いや、一体アタシは何を言ってるんだろう。そんなもの、フォローにもならないだろうに。
ヨキ > 「はは。ヨキだけが落ちるならいいが、下に居る者まで巻き添えには出来んからな。
そんな風に……気を抜いて酔い潰れることも、不摂生をして倒れることも大変だ。
そういうことにならぬよう、健康でいようと心に決められる分には、利点かも知れんがね」
(譲莉が口にした、さみしい、の語には、何も言わなかった。
彼女が掴んだつなぎの布地に、目を落とす)
「中も外も、ヨキは異形であるからな。
怖がられたり、驚かれたりすることにはもう慣れた。
それでもみな、随分とヨキにはよくしてくれて――先生、先生と。
……そうやって、他の人間と同じく、人の輪の中で生きられるようにはなったがね。
そうすると今度は、何気ないことで人を怪我させてしまわないかと考える。
常に身体の隅々まで、意識を行き届かせているような状態だ」
(怖い、ともさみしい、とも零さない。
やがて譲莉が咄嗟に口にした言葉に、ぱちぱちと瞬きする)
「……ふ。くく……。茨森君が、上に乗ってくれるのかね?
君ほどの背丈なら、きっと収まりもいいだろうな。
……ああ、君が学生でなければな。すぐに頼んでいたろうに」
(小さく笑う。身体を離しても、その声と笑みは変わらず柔らかい)
茨森 譲莉 > 「いや、ヨキ先生も落ちたらダメですよ。」
思わず苦笑する。ヨキは落ちても構わない。って、落ちても平気って意味なんだろうか。
………どちらにしても、重い分落ちた時には痛そうだし、
なにより落ちるところをみたらアタシがショック死する。
「ヨキ先生は、確かに少し怖いですけど、いい先生だと思いますよ。アタシも。
そうやって、いつもアタシの……生徒の事を大事に思っていますし。
アタシはヨキ先生の事、信用してますから。」
学校に来てから、一番最初に出会った先生。
初めて会った時にはさんざんびっくりしたし、正直食べられるかとも思ったけれど、
今ではきっと、常世学園という場所で、一番信用してる先生だと思う。
アタシの異能への憧れも元はと言えば、ヨキ先生が作って見せてくれた花。あれに憧れたからだ。
………吊り橋効果、というのも、きっとあるんだろうなとは思うけれど。
アタシはヨキ先生には憧れッ
「い、いや、それはそのっ、忘れてください、じゃなくてっ、その。
おんぶとか、肩車とか、そういう意味でっ!!ですね?」
そんな恋する乙女のような事を考えている女子生徒に向けて、
その攻撃はさすがに非人道的だと思う。
「―――あ、アタシ、そろそろ休憩時間が終わるので、そろそろ失礼しますね!!」
顔がどんどん熱くなるのを感じて、その場に居るにいられなくなったアタシは、
勢いよく立ち上がって一礼して、鞄を担ぎ上げて屋上から駆け降りる。
「どちらでもない」………その言葉の意味を、ゆっくりと考えながら。
ご案内:「屋上」から茨森 譲莉さんが去りました。<補足:ぼさぼさとした髪の毛に、目が悪いので悪い目付き、服装はブラウスとカーディガンの組み合わせ。>
ヨキ > 「心配してくれるか?ふふ、有難う。
頑丈な獣人をやっていると、どうも自分を粗末にしてしまっていかんな。
…………、信用。していてくれるか、ヨキのことを。
嬉しいよ。ヨキもまた、君のことは大切にしていよう。
ヨキは君の信用を、裏切るような真似はせん」
(大げさに誓うでもなく、日々のほんの営みであるかのように、平然と口にする。
慌てて弁解する譲莉の様子には、ますます楽しげに笑って)
「おんぶとか……肩車。ほう。へえ?……ふふふ!それはそれで楽しみだな。
だがねえ、ヨキは嘘を吐かないんだ。それだけは覚えておいてくれよ……」
(言うが早いか、譲莉が頭を下げて走り去る。
おやおや、とでも言いたげに譲莉を見送って――ふっと小さく笑った)
「ふふ。正直で……いい子だ」
(四本指の、手の甲を見遣る。
しばらく独りで風に当たったのち、徐に立ち上がる。
通り掛かった自動販売機でプリンシェイクを買って、屋上を後にした)
ご案内:「屋上」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、黒縁眼鏡。197cm、鋼の首輪、黒半袖Tシャツ、前を寛げた薄灰色のつなぎを腕まくり、黒ハイヒールブーツ>