2015/10/24 - --:--~04:48 のログ
ご案内:「学生通り」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>
ヨキ > (島の住人や島外からの来訪者を含め、多くの人でごった返す界隈。
大通りに並ぶ露店、店と店の間に設けられたベンチのひとつに座っている。
ヨキの周りでけたけたと笑っているのは、かつての教え子の子どもたちだ。
ある男児は腕にぶらさがり、ある女児は背中に張り付き、またある男児はヨキにちょっかいを出そうとして小脇に捕まっていた。
小学校の先生も斯くやとばかり、子どもを捕まえて擽ってつついて遊んでいる。
母親たちは子どもから解放されてしばし安らいだ顔をして、ヨキの傍らで歓談に花を咲かせている。
祭りの賑わいの中の、ごく和やかな光景だ)
ご案内:「学生通り」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。若草色のカーディガン、制服姿>
奥野晴明 銀貨 > 「先生、ヨキ先生」
群衆の中から一人の少年が現れる。
雑多な人種が集まる常世島の人々の中でも地味でありながらひときわ目を引くようなミルクティー色の髪に薄紫の目、中性的な容姿。
手を軽く振りながら緩い足取りでヨキの座るベンチに近づいた。
「お久しぶりですヨキ先生。僕を覚えていらっしゃいますか?」
そうして周りの子供たちにもにこやかに微笑みかける。
ヨキ > 「ほれ今!見た!見たぞ!お主の!この腕!このヨキを殴ろうなどとは千年早いわヌハハハ」
(男児のひとりをとっ捕まえて、腹の中に抱え込んだところである。
ケタケタ笑う男児の脇腹をこれでもかと揉みくちゃにしてケタケタケタ。
キャーこの魔王ナントカくんを放せキャーウワー。
稚気に溢れたごっこ遊び。
――の傍らに、涼やかな声。
子どもをまとめて転がす手を止めて、振り返った。
その透徹した眼差しに――金色の目を丸くする)
「ぎ……」
(忘れもしない)
「――銀貨」
(きょとんとする子供たちを余所に、ぱっと顔を明るませる)
「あはッ……奥野君、君かあ!驚いたな、見違えたぞ!」
(教え子を多く送り出してきたヨキのこと、母親たちの方は何とも勝手知ったるものだった。
子どもたちを手際よく呼び寄せて、その腕に抱き上げる。
まだまだ遊び足りない子どもたちは、ヨキの声を掻き消すほどにヨキせんせーウワーキャーと名残惜しげだ)
奥野晴明 銀貨 > ヨキと子供たちが戯れる様子に目を細め眺めていたが
相手が目を見開いて自分を見つめ驚く様にかすかに首を傾げた。
下の名前で呼ばれれば、こくりと頷く。
「ええ、銀貨です。お世話になっていた。
お元気でしたか?なかなかご挨拶に伺えずに申し訳ありません」
いやに整った笑みを向けながら、子供たちがヨキから離れ母親たちに飛びつくのを眺める。
その光景を眺める姿はどことなくうらやむような、さびしげな雰囲気をにじませた。
だが振り返り、ヨキの横のベンチにそっと座るとその表情はいつもの穏やかなアルカイックスマイルであった。
「先生はおかわりないようで、すぐに見つけられました。
あれから何か変わったことはありましたか?」
ヨキ > (久しぶりに間近で見る顔。
生徒会に入ったと話に聞いてはいたが、その顔と名前は今や遠くに聞くばかりだった。
年寄りが子を懐かしむように目を細めて、紅で縁取った目を細める)
「勿論。ヨキは後にも先にも元気だとも。
いいや、構うものか。生徒がまた元気な顔を見せてくれることに勝る喜びはない」
(隣に腰掛けた銀貨の姿を、嬉しげに眺める。
母親たちに引きずられて、ヨキせんせーヨッキーと帰ってゆく子どもたちへ、大らかに手を振って)
「はは、いつまで経っても変わらないのがヨキだ。
変わったこと……そうだな、常世祭の展示場は覗いたか?
あすこへ生徒と一緒に、ヨキも作品を出しているんだ。
あとは来月、新美術館で展示と……
それから、図録に寄稿することになった。大仕事だ。
ふふ、積もる話があまりにも多すぎて堪らんな。
蓋盛から、君が留学から戻ったと聞いて……気になっていたんだ。会えて嬉しいよ」
奥野晴明 銀貨 > 「随分とご活躍なさっていらっしゃるのですね。よかったです。
お忙しそうですが、体調にはお気を付けくださいね。
展示場へはまだ足を運んでいないので、もしよろしければぜひヨキ先生に案内していただけたら嬉しいのですが
ご都合はよろしいでしょうか?
そう、蓋盛先生から……。ええ、帰ってきてからいろいろと。
ここは相変わらずの混沌で、ずいぶんと懐かしいです」
微かな笑みと共にヨキを見上げる。
もし時間が許すのなら積もる話の全てを聞きたいようなしぐさ。
銀貨には珍しい、人に甘えるような表情だった。
ヨキ > 「有難う。奥野君は、相変わらず優しいな」
(奥野晴明、略して奥野君。ヨキが呼ぶ仇名のようなものだ。
展示場の案内を頼まれると、ゆったりと頷いて)
「ああ、任せてくれたまえ。
それじゃあ……ここの通りから、一緒に行くか。
途中で食べたいものがあったら言ってくれたまえよ。
今日は再会の記念に、ヨキが馳走をするから」
(銀貨の甘やかな表情をその目に受け止めて、目を細める)
「落ち着いてから見渡してみると――得るものも多いだろう?
この混沌が、ヨキにはいつまでも心地がよいのさ」
(立ち上がる。行こう、と人波を示して銀貨を促す)
奥野晴明 銀貨 > 「ええ、よろしくお願いします」
ヨキに促されるまま立ち上がりともに人波の中を歩いてゆく。
「ヨキ先生ったら、お気づかいしてくださらなくても。
僕はそれほど空腹を感じていませんから、先生が食べたいものを買ってください。
先生はたくさん食べないとならないの、今も変わらないのでしょう?」
ヨキの燃費の悪さを知っていて、さりげなく気遣う。
それに自分が選ぶよりヨキに選んでもらった食べ物を口にするほうがよりおいしいものにありつけそうだ。
「ええ、混沌の中に合ってそれでも輝きを失わない確かなものが存在することを知りました。
そして、それはこうした混沌の中でしか生まれ培われないことも。
海外ではどちらかというと混沌を制御することにばかり傾いていましたから」
ヨキ > (銀貨の足取りに合わせて、隣をのんびりと歩く。
燃費の悪さを指摘されると、子どものようなばつの悪さで頭を掻く)
「うむ……やはり君にはお見通しであるな。それも相変わらずだ。
君に気遣われると、全く甘えてしまっていかんな。
ヨキばかり口にするのも忍びない」
(言いながら、あれが旨そうこれも旨そうと、あちこちの屋台を見る目をきらきらと輝かせる。
隣の小さな身体を見下ろして、)
「君は変わらず詩的で、大人だな。
たちばな学級の頃も、そんな様子があったが……何だか磨きが掛かっている。
しっかりした君は、頼れる一方で――どことなく、心配にもなってしまう」
(眉を下げて笑う)
「それで……蓋盛とは、どんな話を?」
奥野晴明 銀貨 > 「ではヨキ先生が選んでくださったものを一緒に食べましょうか。
それならお互いに気を遣わなくてすむでしょう?」
屋台に目を輝かせるヨキの様子に子供っぽいものを感じて和みながら
どれがよいですかと尋ねてみる。
「あのころの僕はそう見えていましたか?
先生にそう仰っていただけたなら僕も何かしら成長できたのでしょう。
少しはずかしいですが……」
蓋盛の名前が出ると微かにヨキを目の端で見ながら、すぐに前を向く。
「僕がいなかった間のここの様子や、たちばな学級の様子を伺いました。
たちばな学級の皆はそれぞれが頑張って自分たちの目標に邁進している様子でしたし
蓋盛先生も相変わらずの様子で安心しました。
僕が留学した欧州の学園都市の話もしましたし……
そういえば先生が図書室で調べものをしていた時もご一緒しましたね。
確か、『レコンキスタ』を中心に異能についての歴史について勉強していらっしゃいましたけど……ヨキ先生はご存知でしたか?」
ヨキ > (銀貨の提案に、うむ、と頷く。
気の逸る大型犬が、飼い主の隣で焦れているような様子さえある)
「それでは、………………。りんご飴を」
(大きな口でにへらと笑って、そそくさと屋台へ向かう。
早速二人分の丸々としたりんご飴を買って、一本を銀貨へ差し出す)
「君だって、努力してきたんだ。相応の成長はしているさ。
自分で成長できたと自覚していられるところと……
周りから見ている人間でなければ、気付けないような成長だってきっとある」
(銀貨が語る蓋盛の話には、然して表情を変える様子はない。
ふうむ、と吐息のような相槌を打つ)
「へえ、学園都市。ヨキにも気になるところであるな……。
やはり実際の現状を見てきた者の話がいちばんであるからな。
…………、『レコンキスタ』?」
(ぱちりと瞬く)
「先月、久々に新聞で名前を見かけたが……今や下火の組織だろう?
きな臭い話を小耳に挟むくらいで、時事程度にしか知らんでな。
いや……蓋盛が、斯様な勉強家とは知らなんだ。
あれはヨキより、よほど生徒思いの良い教師であるからな。
次は奥野君が、彼女を助けてやる番という訳か」
(りんご飴をしゃくりと齧って、朗らかに笑う)
奥野晴明 銀貨 > 待ちきれない様子の犬めいたヨキにくすりと笑って
りんご飴を礼と共に受け取るとそっと唇を寄せてかじりつく。
チープな甘さがなかなか新鮮な味わいだ。
「おいしいです」
相手に気兼ねするなというようにそう言って笑う。
「常世と違うのは向こうのほうはまだ異能者との関係がここよりも手探り状態というとこです。
ここほど異能者や異邦人との付き合い方、共存の仕方を模索している場所はありませんでした。」
海外の学園都市に関してはそんな風に語って見せる。
蓋盛の話題にもあまりヨキの表情が変わらないこと、『レコンキスタ』の話題の合間にぱちりと瞬きが挟まったことを見逃さず。
「ええ、僕も組織の起こりなどは近代異能史の授業で受けたものぐらいしか
知らなかったですし、最近のニュースで話題になったとはいえ今更取り上げられるものでもないかと思っていましたけど。
わざわざ蓋盛先生が調べていらっしゃったからちょっと気になって。
それぐらいですかね、あとは個人的なデートもしましたけど……。
蓋盛先生を助けられるなら嬉しいですけど、そんなこと全然ないし
先生は僕の手助けなんかじゃきっと足りない時とか……あるのではないかと思っていますが」
りんご飴を口元から離しながらそういえば、と天気の話でもするような何気なさで告げる。
「先生とお付き合いしたいって言ったらOKしてもらえました。
僕、彼女の今の彼氏みたいです」
ヨキ > 「ふふ、旨いか?良かった。
連れと一緒に食べると、いっそう美味しく感じられる」
(薄い頬をりんごに膨らませ、指先で唇を拭う。
海外の学園都市の話に、興味深げに横目を向ける)
「なるほど……名実ともに、この常世島が最先端と。
……異邦人のヨキにとって、外界はいまだ恐ろしいよ。
学園に縁のある伝手でも頼らねば、安心して独りで出歩くことも出来ん。
君のような、直に見聞きしたものの話には……ひどく餓えている」
(遠く隔てられたものに、恋い焦がれるような眼差し。
その色はすぐに紛れて、常の鷹揚な顔に戻る。
実際のところ、ヨキにとって『レコンキスタ』は過去の組織であるらしい。
それ以上の興味を示すことはなく、平然と話を続ける)
「蓋盛がね……まあ、大した話でもなかろうが。
……個人的にデート?ははは。君も案外やり手だな。
彼女もさぞ乗り気であったろう?……」
(彼氏、と聞いて、はあ、と呆れたように眉を下げる)
「君らはまた……しょうもないことを。
こっそりやる分にはヨキも黙っておいてやるが、くれぐれも他の生徒らに波風を立たすでないぞ。
全く、君とて生徒会の本分というものがあろうに……君は、大人のようでいて時どき判らなくなる」
(額に手をやって顔を伏せ、やれやれと首を左右に振る。
――やがて辿り着いた展示場を前に、ここだ、と銀貨を招く。
出入りする人の流れに併せて、広い施設へ足を踏み入れる――
美術に技術、家庭科、作品の他にも科目ごとのパネル展示。
さまざまな部屋ごとに、異なる趣が広がっている)
奥野晴明 銀貨 > ヨキの外界を思う気持ちもなんとなくわかる。
常世島がいくら異邦人にとって優しくともそれが世界のすべてではなく
外界には未だ見ぬものや触れてこなかったものがあるのだ。
かつて銀貨が異能を制御できず外界と遮断されていたように、
その時焦がれたものをこの教師はいまだ持っている。
窘められるように言われる言葉にも肩をすくめる。
「僕、ずっと蓋盛先生のことは気になっていましたし敬愛してましたから。
でも彼女にとっては僕と付き合うのも遊びの範疇らしいです。
本当の意味で彼女を助けるならきっとこんな遊びをしているようじゃ駄目なんでしょうけれど……
僕は遊びとは一時も思っていないところがだめなんでしょうね。
大丈夫、ヨキ先生だから話したんです。
生徒や他の人には話すつもりはないですよ。
生徒会って言っても僕は幽霊委員みたいなものですし、僕より立派な人が表に出ていればよい話です」
案内された展示場に着くと感嘆の溜息と共に入る。
衝立で分けられたり天井からつるされたりしたそれぞれの分野ごとの作品展示に目を輝かせた。
これほどまでに研究の成果やそれぞれの分野の才能が集まっていることにある種の熱気とパワーを感じる。
「常世の混沌たるゆえんがわかるような場所ですね。すごいです。
それで、先生の作品はどちらに?」
ヨキ > 「……君はまた、随分と厄介な女に引っかかったものだな。
あれにとっては、仕事も遊びも、遊びにしか過ぎん。
とにかく……ヨキに言えるようなことは何もないのだ。
蓋盛とヨキとは、よほど相性が悪いようであるからな」
(憑き物を払うかのように、軽く手を振る)
「ああ、くれぐれも黙っておくがよい。
…………。だが言っておくが、ヨキの前で『幽霊委員』など口にはせぬことだ。
言うに事欠いて、君はこの『常世島の生徒会役員』なのだぞ。
……蓋盛にとって『すべてが遊び』であるのと同じで、
このヨキにとっては、『すべてが手抜かり罷りならん』のだ」
(りんご飴を齧る牙に、些かの鋭さが増したかのようだった。
眉を下げ、への字に結んだ唇で咀嚼する顔。
間もなくさっさと食べ終えて、小さく溜め息を吐く)
「いや、済まないな。君とて苦労していると言うに。
聞き捨てならずに……つい。
…………。それで、だ。ヨキの展示はこちらだ」
(銀貨を先導し、明るい廊下を歩く。
いくつもの部屋を通り過ぎた先に、美術科目履修生作品展示、とある。
絵画や彫刻、陶芸に染織――そうして金工。
生徒に並び、教員の参考作品としてそれはあった。
『対比 No.5』と題された、鉄製のランプだ。
植物の茎が絡み合ったような曲線が支柱を組み上げ、花弁めいた笠が優美に広がっている。
手を掛けたことの滲み出る質感の、重厚なランプが――二つ。
一見すると、形も質感も全く同じに見えるランプが、二つ並んでいるのだった)
「……これが、ヨキの作品だ。
『対比』というシリーズで……手製と、異能製と。
同じものを、こうして作り続けている」
奥野晴明 銀貨 > おやまぁというような顔でヨキを見上げる。
「蓋盛先生とヨキ先生は似た者同士だと思っていましたけれど
そんなに仲が悪かったんですか?昔はそんなことも無かった気がしますけど……。
僕がいない間に何かあったのでしょうかね」
ヨキが鋭さを増して銀貨を叱ってもそういう風に感情を向けられるのが嬉しいといったような薄い笑みでうなずく。
「手厳しい、本当におかわり無いようで安心しました。
いいんです。僕のほうがこの場合間違っているのでしょうから、叱られてもしょうがない。
むしろ先生は先生だからこそ僕を叱ってくださるのでしょうし、そういうのが嬉しいんですよ。
大丈夫、僕は物事をうまくこなす練習は散々積んできましたし『手抜かり』をするつもりもありません。
ただ僕が表面に出ないことで物事がうまくいくこともあるんじゃないかなとは思いますけれどね」
ヨキに叱られたというのにどうしてか足取りが軽くなる。
後ろ手で手を組みながらヨキの展示の前にくると、その作品を眺めた。
まったく同じに見える植物をかたどった鉄製のランプ。
細部にまでまさに『手抜かり罷りならぬ』といったヨキの手をかけた二つの鉄の質感。
しげしげとそれを眺める。作品のぎりぎりまで近寄って周囲をぐるぐる回り
縦から見たり横から眺めたり、遠目にひいて見つめたり。
やがてヨキの元にそそっと戻ってくると
「きれいですね。
同じものでもプロセスが違う、でもはた目には同じようにしか見えない。
無能者と異能者でも、過程が違っていても同じ高みに到達できる、そんな感じですか?」
そう小声で問いかける。
ヨキ > 「いいや。仲は悪くはないのさ。
相性が良すぎると――転じて跳ね返ることもある。
勿論のこと、ヨキは彼女のことが好きさ。
蓋盛ほどきちんと教師であろうとする女性は、そうそう居ないからな」
(銀貨の笑みに、困ったように、呆れたように眉を下げて笑う)
「言ったろう、ヨキは変わらんと。
生徒に優しくする教師あらば……同時に、厳しく律する者も居ねばならん。
ヨキも少しは、冗談の通じる大人にならねばならないと分かっていても。
……ふ。生徒が手管を考えるか。空恐ろしいものだな」
(本気とも冗談ともつかず、くつくつと喉で低く笑った。
自分の作品を間近で眺める銀貨の背中を、三歩離れた位置から眺める。
やがて隣へ戻った銀貨の問いに、ああ、と小さく頷いて)
「有難う。……そんなところだ。
ヨキの『金属を形作る』という異能は……ものを産み出すには、あまりに強力すぎる。
……人間となってこの島に暮らすならば、異能者も、無能力者をも理解したかった。
無から金属を生やすように、無からヨキもまた、磨かれなければならぬと思った」
(利き手の、左の手のひらを広げる。四本指の異形。
肉刺と胼胝に乾き、強張った工芸家の皮膚)
「異能などというものは、はじめから手わざを超えて然るべきものだ。
だからこそ……異能を超える手わざを、身に着けたかった」
奥野晴明 銀貨 > 「そう、相性が良すぎてもダメなんですね。
でもそういう相性がいいみたいなところは妬けちゃうなぁ、
妬いていい場面ですよね?
常世島における生徒会というのはそういうものですよ。
財団の意思の元、都合をつけたり手管を考えたり……いろいろね」
ふふ、と冗談めいて笑う。
ヨキの作品に対する思いにじっと耳を傾けながらもう一度作品を眺める。
作者本人の意図するところがどうあるのかを聞きながら鑑賞できるのはなかなかに贅沢だ。
ヨキの広げられた手に目を移す。
犬のような異形の手、固い皮膚と指。
そっとその手を両の手で包むように持ち上げる。
「異能は通常を越えてこそ価値があるものですからね。
ただその能力が強すぎれば……これまでの物事があっけなく崩される。
そうではなくて、僕たちはきっとこれまでの物事を壊さないようにだけど決して異能を失くさない様に付き合わなくてはならないのですね。
異能からも無能力者からも。
ヨキ先生は求道家でいらっしゃる。
あのランプの片割れがあなたの努力の結晶であるのならば、なおのこと美しく思えます」
そうしてそっとヨキの手を顔の近くまで持ち上げるとその手の甲に唇を寄せる。
振れるか触れないかのぎりぎりで唇が甲から指先のほうに移動して、
銀貨の小さな口元からちろりと桃色の舌先が覗いた。
ヨキ > 「はは。『彼氏』としては……妬かざるを得んか。
うらやましい。ヨキには到底、そのような関係を結べそうにはないからな。
誰かひとりに真剣になれることは、人間の美徳だ」
(一介の教師とあっては、財団に従う以上の習性を持っていない。
恋人に焦がれる少年としての銀貨と、生徒会という手の届かぬ役職者としての銀貨に。
半ば眩しげな顔さえしてみせた)
「……この島は、来るべき時代のモデルにならねばならんのだ。
絵画にモデルがあるように……都市にもまた。
そうして、都市を形づくるのはそこに暮らす人間だ。
ヨキは教師として、異能者として――啓かれていなければならない。
共生と融和、……それを体現するために」
(自分の手を銀貨が包み込むのを見遣って目を伏せる。
人波の途切れた静けさにひとたび空間が包まれて、しんとする。
密やかに響く銀貨の声に、小さく笑った)
「………………、え?」
(――そうして指先に、濡れた感触。指先がぴくりと強張る。
信じがたい不可解への困惑と、気のせいだと払拭する狭間の表情。
何を、とでも問いたげに、眉を顰めて銀貨を見た)
奥野晴明 銀貨 > は、と艶めいた呼気が銀貨の口から洩れる。
ヨキの指先、その爪のあたりを舌先と唇で軽くついばむように触れた後
そっと顔を離して手を下ろした。
眉をしかめる相手の戸惑いの表情を薄い紫の双眸が見つめる。
じぃと、まるで昆虫が人間を観察するかのような無機的な瞳。
「鉄の味がするかと思って」
一瞬が何倍にも引き伸ばされたかのような時間の中、けろりとした顔でそう銀貨が言葉を発する。
「ごめんなさい、ほかにも先生の血のにじむような
努力の味とかそういうものがあるかななんて思っちゃって……つい」
触れていたヨキの指先をぱっと話すと薄い笑みを浮かべる。
まるで何事もなかったかのような茫洋とした瞳。
ただ無意識に唇の端をぺろりと舐めた。
ヨキ > (女性めいた長さに整った爪の周り。
銀貨の唇が触れるのを、今度こそその目で見た)
「――止さんか」
(先ほど銀貨を諭したときと同じ、冷えた声。
手が離されるのと、その声が重く響くのは同時だった)
「特別な味などするものか。……ヨキとて人間と何も変わらん」
(目を逸らす。唇が触れた指を、こちらもまた無意識に右の手のひらが拭っていた)
「君は一端の『彼氏』をやっているのだろうが?
そんな男が、ヨキの手など舐めるでない」
(誰の彼氏か、ではなく、あくまで同性として。
いずれの生徒をも許容せんとする教師の顔に、少なからず理解できないものを見る色が滲んだ)
奥野晴明 銀貨 > ヨキの冷えた声にすっと表情がそぎ落ちた。
やたらに整った顔立ちに仮面がかぶせられたかのような無機質さ。
「ごめんなさい」
再度静かにそう詫びてヨキから一歩後ろへ離れた。
ただ、その目が伏せられる。ヨキの視線を受けて、気まずいのではなく
ああやっぱりかという落胆の表情。
理解できないものを見る視線を自分はこれまでいくらでも受けてきて
もうすっかり慣れてしまったのだから。
「僕、本当に『彼氏』で『男』なんですかねぇ」
ぽつりと自問自答するように、そっと自分の胸に手を当てる。
その服の下には男とも女ともつかぬなだらかな胸部があることを銀貨は知っている。
「先生、僕は先生のようにどちらの世界のことも知りたいと思ったけれど
結局どちらにも成りきれなかったですよ。
男にも女にも、異能者にも無能力者にも……曖昧の、あわいに立って
両者のことをわかったようなふりは出来ても本当の意味ではどちらの意味にも所属できないし溶け込めない。
先生が羨ましいです、先生が悩んだ末にだした答えを羨ましがってはいけないけれど」
そうしてはぁと溜息をついた。長い睫がわずかに震えるが、泣きはしなかった。
ようやく顔を上げると再び薄い微笑を張り付けて
ヨキにきれいにお辞儀して見せた。
「先生とお話しできてよかったです。案内もありがとうございました。
不快な思いをさせてごめんなさい、それじゃ失礼します」
そうして相手が止める間もないぐらいにくるりと背を向けるとその場から歩み去る。
すぐにその小さな姿は展示スペースの間を抜けて見えなくなった。
ご案内:「学生通り」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。若草色のカーディガン、制服姿>
ヨキ > (乾いた眼差しが、銀貨を見る。
自分が本当に男なのか、という問いに、揺らぎもせずに答える)
「…………。ヨキには、その答えを明示することは出来ん。
このヨキに出来ることはただひとつ――『彼氏』を名乗った君を、『男』として扱うことだけだ」
(銀貨の複雑な来歴を、ヨキとて知らずに言っている訳ではない。
このヨキという男にとって、忌避すべきものは――
決して自分が立ち入ることのできない領域ではなく、いずれにも属する曖昧な揺らぎを指していた)
「なぜ早々と、『成りきれなかった』と答えを出す?
ヨキとて、人間で在った期間は君よりも短いのだ。
答えなど出せるものか。ただそう在るべしと、心のうちに『定める』ことの他には?
……ヨキは、未だ子どもの途上だ。悟ったような顔など、出来るものか」
(悠久の時を生きたけだもの、十余年ばかりしか生きたことのない人間、教師で大人、まだ子ども。
果ては『自分の顔と声』すら持たず――自ずから定めることなくしては、しるべなど元より在りはしない)
「忘れるな。――忘れるな、くれぐれも。
ヨキが『何も知らぬ側の人間ではない』ことを!」
(顔を伏せる。銀貨の背が壁の向こうに見えなくなると、自らの作品へ向き直る)
「……これらは――掴み取ってきたものだ。……このヨキが、すべて」
(噛み合わされた牙が、ぎり、と小さく鳴る)
「何故だ。我々が、決してヒトに溶け込めぬ生きものならば――
……我々の持つ焔で、諸共灼き付けるほかにないではないか……」
(人びとの心を切り刻み、およそ深く彫り付けることの他には、何も。
――ホールの廊下を風が通り、次の来訪者が展示室を訪れる頃には、もはや無人)
ご案内:「学生通り」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>