クリスマスイブに怪異対策室三課のメンバーでカラオケに行こう。そういう話になった。 だがこちらの世界の音楽を殆ど知らないステーシー・バントラインのために 川添孝一、桜井雄二、三枝あかりは彼女に音楽再生機器と音楽情報媒体を貸しまくった。 そしてステーシー・バントラインが連れて来たいと言う謎の女性をメンバーに加えて、彼らのカラオケが始まる。    『ぼくらのカラオケ地獄変』 カラオケ前で携帯端末の時計を見る桜井雄二。 「それで、そろそろ予約の時間だが……ステーシー、連れてきたい女性とは一体どこにいるんだ?」 ステーシーがコホンと咳払いをして、ペット用のケージを地面に置く。 バスの中でずっと大人しくしていた白いペルシャ猫だ。 それを見て小首を傾げる桜井雄二。 「……猫? ステーシーのお仲間か?」 「誰が猫よ、私はフェルパー!」 「猫獣人じゃないの……」 三枝あかりが苦笑しながらツッコミを入れる。 その時、ペルシャ猫が――――― 「チェシャはねー、こうしたらバス代が浮くからってステーシーに勧められたのー!」 喋った。 「喋った!?」 「しゃ、喋ってる……!」 驚く三枝あかりと桜井雄二を前に二人で顔を見合わせる川添孝一とステーシー・バントライン。 「チェシャはな、喋る猫なんだぜ」 「そうよ、彼女をレディとして扱って頂戴」 続いて桜井雄二が頬を掻いて言う。 「俺たちがレディ扱いしたとしてもカラオケの中に猫は入れてくれないだろう……店員が…」 ステーシーはその言葉に人差し指を振って得意げに言い放った。 「チェシャ、見せてあげて」 魔術の波長。 空間が揺らぎ、世界が歪む。 すると、猫は変化し、ふんわりと長いウェーブの銀の髪と純白のドレスを着た少女が静かに佇んでいた。 「私のもう一つの名前はブランシュ。ステーシーのお友達と言ったところね」 ええええ、という声が響く。 「人間になった!?」 「人間になった!?」 「人間になった!?」 今度は川添孝一まで驚いている。 川添孝一はチェシャという喋る猫のことは知っているが、その猫に人としての姿があることを知らなかった。 「というわけで五人よ、その……からおれ?というもののメンバーは」 「カラオケよ、ステーシー……」 ようやく驚愕の表情から戻ったあかりがツッコミを入れた。 「……チェシャがこんな美人のお姉さんだったなんて……!!」 一人でわなわなと震える川添孝一を置いて他の四人は喋りながらカラオケの中に入っていく。 「あ、ちょっと待ってくれよォ!!」 慌てて四人を追いかける川添だった。 カラオケに入るなり椅子にどっしり座る川添孝一。 「なんだよ、空調全然効いてねぇじゃねえか、おい桜井! この部屋あったかくしろよ」 「……人をエアコンか何かと勘違いしていないか? 構わないが」 桜井が体からなんとも過ごしやすい空気を放つ。 部屋の温度が心地よい気温まで調節されていく。 「私は全然寒くないのだけれど、それでも桜井先輩の能力は羨ましいところね」 「ステーシーは体温調節機能高いもの……猛暑でも冬日でもいつもの格好だし」 ステーシー・バントラインは汗をかかなくても体の温度を一定に保てる優れた身体機能を有している。 一方でその辺は人並みな川添孝一と三枝あかりは一息ついた。 そしてブランシュが椅子に座りながら桜井に話しかける。 「桜井君は便利な能力を持っているのね」 「ああ……部屋を暖かくしたり、涼しくしたりする異能だ」 「それじゃいつでも快適ね」 「そういうことだ」 真顔で返答する桜井と興味深そうにズレた会話をするブランシュ。 「……二人ともズレすぎでしょ!?」 三枝あかりのツッコミが冴え渡る。 「天然ボケが増えたわね」 「ツッコミ頑張れよ、我が妹よ」 適当にジュースを持ってきた川添がやる気なさげに言い放った。 「さて、それじゃ歌いまくるかァ」 「お兄ちゃん、何時間部屋取ったの?」 「五時間」 川添以外のメンバーが顔を見合わせる。 「ご、五時間か……俺、レパートリーが足りるかどうか…」 「お兄ちゃん、一人一時間歌うことになるけどそこらへん理解してる……?」 「私、カラオケは初めてではないけれどそんなにたくさん歌を知っているわけではないのよ……そっかぁ、五時間…」 不安げな表情で手を上げるステーシー。 「……初めてカラオケに入ることになるからわからないけれど、カラオケというのは五時間も潰せるものなのかしら」 川添孝一が親指を立てる。 「大丈夫だって一人一時間歌うくらい! 楽しいから! 絶対楽しいからよ、ステーシー!!」 根拠のない発言だが川添が既に楽しそうなので深くは追求しないことにしたステーシーだった。 タッチパネルの入力装置を手にそれぞれが思うまま持ち歌を入力し始める。 それが悲劇の始まりとも知らずに。 まず川添孝一がFLAME BOMBERの『突撃隣のマイフレンド』を歌い始める。 「意外と歌が上手いんだよな、川添孝一は」 「川添先輩、こんな風に歌えたのね……」 「お兄ちゃんなのに歌が上手いの不思議ー」 「川添君、上手上手」 四人の声にマイクを持ったまま、 「ふざけんな! 俺が歌が上手くて何が悪いんだよ!!」 と怒鳴る川添孝一。 続いて三枝あかりの番。歌はNGS0048で『スライディングゲット』。 「……女子高生という感じがするな」 「桜井先輩、少し感想がおっさん臭いのではなくて?」 「ぐっ!? おっさ………」 ステーシーの言葉にダメージを受ける桜井。 次は桜井。THE YELLOW HEARTSで『Railway-Railway』を一生懸命歌う。 「桜井先輩、最新のヒットナンバーじゃないけど決して外してはいないギリギリのラインを歌うんだー」 「歌のほうもまぁまぁだし、普通だな。普通」 川添兄妹からの言葉に複雑な笑みを浮かべる桜井だった。 続くはブランシュ。分嶋キャノンの『サクラダンジョン』を透き通るような歌声で歌いきる。 「ブランシュ……歌が上手いのね…」 「ありがとう、ステーシー。後はうろ覚えの曲ばかりだから練習しながら歌うわ」 「手探りでもなんか絶対上手いぞブランシュは…」 「凄みを感じるなァ…」 そして、ステーシーがマイクを手に立ち上がる。 「お、いいぞー歌え歌えー」 囃し立てる川添孝一。 そして流れてくる、ムーディなメロディライン。 画面に映るのは、恒竹あゆるの『花二色〜はなふたいろ〜』だった。 「咲き誇る命ぃ……何度散らしたか〜〜〜〜〜っ」 硬直するステーシーを除く怪異対策室三課メンバー。 上手い。上手いんだけどムード歌謡だこれ。 「捧げた誓い、またも裏切られてもぉ〜! なみーだのー痕ーをかーくーしつつぅ〜!」 歌っている間は夢中になる癖があるのか、情感たっぷりに歌謡曲を歌い上げるステーシー。 「あなたとー 咲かせまーしょうー 花ぁぁぁぁぁ、二色ぉぉぉぉぉぉ〜」 歌が終わる頃、満足げにマイクを下ろしてみんなのほうを見るステーシー。 硬直したみんな(拍手をしているブランシュ除く)の顔を見て小首を傾げる。 すぐに川添孝一が右手と左手を使ってTの文字を作り。 「タイム!」 といって部屋の隅に桜井とあかりとブランシュを呼んだ。 「……誰なの、ステーシーにムード歌謡の音源渡した人……」 「あ、ごめん俺だわ……あの歌結構好きで……」 「お前か、川添孝一………」 「上手かったわ、とっても上手かったし、よかったけど」 「……本人に何と説明する?」 「え、皆どうしたの? ステーシー、上手かったじゃない」 「ブランシュさんはそのままのあなたでいて!!」 その様子を見てコホン、と咳払いをするステーシー。 「な、何か私の歌に問題があったのかしら?」 ブランシュを除く三人が振り返って首を左右に振る。 「「「いえいえいえ、とっても上手かった!!」」」 と声を揃えて発言した。 その言葉に嘘はなさそうだと感じたステーシーは、選曲に問題があったかと納得してカラオケの番号表を開く。 桜井、川添、あかりの三名は思った。 もう少し彼女の自由にさせてみよう、と。 「みんな歌が上手いわねぇ」 ブランシュはどこまでものんきだった。 それから川添とあかりがデスティニーマウス・マーチをどちらが歌うかで取り合いが起きたり、 桜井が先ほどと同じく可もなく不可もなくクリスマスソングを歌ったり、 ブランシュが分嶋キャノンの『killy killy 切り札』を歌いきり、喝采を浴びたり。 しかしブランシュを除く三人は気が気でなかった―――――次にステーシーが何を歌うかが。 そして再びステーシーがマイクを手に立ち上がる。 ドキドキしながらステーシーと画面を見守る三人。 プラス、借りてきたタンバリンを持ってにこやかにしているブランシュ。 そして画面に映るアニメの映像。 彼女が選んだのは―――――――古典アニソンだった。 「曇る空を突きぬけファーラウェーイ!」 ノリノリで歌い始めるステーシー。石化する一行。 「チャーラーン! チャルメラー! なーにーが起ーきるーかー時代はー!」 名作と呼ばれるアニメの映像が流れ続けるカラオケ。 それが気になって歌どころではない三人。 「騒ぐ平家玉ー!! Parking!!!!!(駐車場)」 歌い終わってふぅ、と溜息をつくステーシー。 満足げにマイクを下ろした後に見えたのは、拍手をするブランシュと真顔の三人だった。 「………帰るッ!」 鞄を持って帰ろうとするステーシーにしがみつくあかり。 「待って、待ってステーシー!!」 「そうそう、歌は上手かったんだ! 歌は!!」 「ただちょっと選曲がよォ!!」 涙目で帰ろうとするステーシーを宥める三人。 「………ステーシー、どうしたの? みんなも何か変だった?」 「ブランシュさんはそのままのあなたでいて!!」 ステーシーにしがみついたままブランシュに的確なツッコミを入れるあかり。 それから彼女が知っている歌の中からカラオケで盛り上がる曲を教えたり。 彼女が好きな歌を受け入れたり。 色んなことをしながら、あっという間に五時間が過ぎた。 会計を済ませて、あかり、桜井、川添が帰路につきながらわいわい騒いでいる横でステーシーとブランシュが顔を見合わせる。 「楽しい時間だったわね」 「ええ、本当に」 「なのにどうして、ステーシー……不安げな顔しちゃうかなぁ…」 自分の顔に触れるステーシー。 ふ、と笑ってからブランシュに背を向ける。 「私は、異邦人の迷い猫だから。私がいなくなっても、きっとあの三人は仲良しで何も変わらない」 「そう?」 ブランシュが心配そうにステーシーの隣に並ぶ。 「あなたたちは、もう四人で一つのように見えるわ。貴方のこの世界での名前と同じ、四葉みたいにね」 「私たちが………四葉のクローバー…?」 ブランシュは見た人が安心するような、そんな笑顔を見せてステーシーの肩にそっと触れた。 「きっともう誰が欠けてもダメよ、覚悟しなさい。そういう仲間を持ったのだから」 「騒がしい仲間?」 「そう、騒がしい仲間」 夕日に向かって手を伸ばしながら、ブランシュがそう返す。 「大丈夫、きっと貴方ならその居場所だって守れるから」 俯くステーシー。でも、その表情は先ほどより晴れやかで。 それから尻尾を揺らして大きく伸びをするステーシー。 「三人のところに戻りましょ、ブランシュ」 「そうね……」 それから二人で少し離れた場所で談笑していた三人の仲間の下へ。 「だからよォ、桜井とあかりは恋人いるからいいだろうけど俺明日のクリスマス…マジで予定が生活委員会の仕事だからな!」 そう言い張っている川添の両隣に立つステーシーとブランシュ。 「クリスマス? 一人だけれど?」 「一人よ?」 「それよりカラオケって楽しいのね。私、こんな遊びがあるなんて知らなかったわ」 「だろう? ちょっとしたアクシデントはあったけどよォ」 「ステーシーは歌が上手いな、感心したぞ」 「ほんとー、元の世界ではどんな歌を歌ってたの?」 五人でわいわいと騒ぎながらカラオケの感想を言い合う。 まだ興奮冷めやらぬ、夕暮れのこと。 「……ねえ、みんな。どうして異邦人の私にこんなに良くしてくれるの?」 孤独な旅を続けてきた黒猫は、みんなにそう聞いた。 川添孝一が頬を掻きながら言う。 「そりゃーお前が『龍殺しの英雄』かも知れないからだよ」 「もう、お兄ちゃん! 照れ隠しでも言って良いことと悪いことがあるでしょ!」 「全く、川添孝一はいつまでたっても川添孝一だな」 「なんだよそりゃア!」 それからあかりが柔らかく笑ってステーシーに話しかける。 「ステーシーがね、友達だからだよ」 「そうだ、ステーシー・バントラインは俺の友人だからな……友人と仲良くするのは当たり前のことだ」 そこまで聞いてから川添孝一もようやく腹を決める。 「おう、そうだよ。オメーはダチだからな……龍殺しの英雄とか関係なくだ」 「そうそう、それでいいのにお兄ちゃんは全く!」 「川添孝一……そんな風にいつも素直になれ」 「うるせェ!!」 ぎゃーぎゃー騒ぐ三人を前に、ステーシー・バントラインは。 「ふふふ、仕方のない友達ね」 満面の笑みを見せて、肩を竦める。 そんな彼女を、まるで彼女の姉であるかのように優しく見ていたブランシュだった。