2015/11/21 - 20:57~06:29 のログ
ご案内:「保健室」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>
ご案内:「保健室」に蓋盛 椎月さんが現れました。<補足:蓋盛・椎月は養護教諭である!>
ヨキ > (レジュメを挟んだクリップボードで肩をとんかとんかと叩きながら、廊下を歩いてくる。
 通りがかった保健室の中に蓋盛の姿を見つけると、足を止め、室内へ入ってゆく)

「――やあ、蓋盛」

(ほかに人がいないことを確かめてから、言葉を続ける)

「奥野君に会った。
 言っていたよ、君に叱られたと。
 君にも面倒を掛けた」

蓋盛 椎月 > ぼんやりとした様子で、書類をパラパラとめくっていたが、
入室するヨキの姿を認めると書類を閉じて、事務椅子ごと振り返る。

「――ああ、ヨキ先生。
 連絡差し上げるのが遅れてすみません。
 一応は、落着した感じですかね……多分。
 彼ももうあんなことはしないでしょうし……」

言って、微妙な違和感を覚えた。

「ふたりきりで会ったんですか?」

銀貨の行ったことは背景はどうあれ強姦であり、ヨキはその被害者である。
……しかし、平然とそう言うからには、彼らの面会には大した問題も起こらなかったのだろう。

「ともかく、そちらこそお疲れ様でした。
 面倒をかけた、のは、こっちのセリフでしょうね、たぶん……」

どこか実感の伴わない浮ついた声でそう言って、
茶の準備を始める。

ヨキ > 「それなら良かった。
 彼にはきっと、君の言葉がいちばん響くのだろうから。
 ……二人きりで?」

(きょとんとした様子で瞬く)

「そうだ。どうしているかと思って、ヨキの方から奥野君にメールを送って……ほれ、美術準備室で。
 彼はヨキの教え子なのだから、一対一で話すのは当然だとも」

(平然として答えた。学内で会った、ということを差し置いても、
 当時の自分と奥野晴明銀貨が二人きりで会うことに、何の違和感もないらしい)

「いや。ヨキの方こそ、君には感謝している。
 君の言葉がなかったら、こちらもいつまでもぐずぐずしていたことだろうと思う」

(支度に立つ蓋盛を目で追う。
 手近な椅子に腰掛けながら、その背中に向かって話す)

「それで……奥野君とは、どうなったんだ。
 『恋人』を辞めた訳ではなさそうだが」

蓋盛 椎月 > 「…………銀貨くんになんか言われませんでした?
 あたしが銀貨くんのことをこう言うのもおかしいですけど、
 もう少し、用心というか、その……」

言葉の途中で諦めたように目許を手で覆い、ため息を吐く。
銀貨が銀貨なら、ヨキもヨキである。
この男はどうにも危なっかしい。あまり人のことは言えないかもしれないが。

「どうなった、か……
 言葉で説明するのは難しいですねえ。なんて言えばいいんでしょう。
 まあ、当面は、そのー、『恋人』(ここで首をかしげた)を
 継続? みたいな……?」

自分でもよくわかっていないのが明らかな胡乱な口調。
ともあれ、二人分の緑茶を淹れてヨキの前に湯のみを出す。

ヨキ > 「……彼も、まさかヨキから連絡が来るとは思っていなかった、とか、
 処罰を与えるなら奥野氏に伝えるでも生徒会に掛け合うでも構わない、とさえ言っていた。
 だがヨキは、彼のことを信じておるゆえに……何もしないと決めた。
 君の言葉に懲りたのならば、もうそれ以上は構わんと」

(蓋盛に溜め息を吐かれる自覚がないらしかった。
 何でもないことのように、肩を竦めてみせた。

 差し出された茶に短く礼を告げる。
 蓋盛を見上げ、その言葉の曖昧な調子に笑う)

「何だ、君にしては随分とあやふやだな。
 …………。
 普段『ごっこ遊び』と軽く言ってのける君が、それほど言葉を濁すとは……。
 ……君、何か心境の変化でもあったか?」

(湯呑を取る。
 口元でそっと冷ましてから、大きな口に不釣り合いなほど小さな一口を啜った)

蓋盛 椎月 > 「そうですか……」

どこか疲れたようにそう口にする。
説教を重ねることもできたが、所詮ただの同僚でしかないヨキに
そこまでしてやる義理はなかった。
この話題はそこで終えることにする。

「心境の変化、か……そうかもしれませんね。
 彼、いままでの相手とは、少し違いましたから。
 既存の言い方をうまくあてはめられなくて」

ヨキに向かいあうようにして腰を下ろす。
卓に肘をついて、目を伏せる。
少しの間、湯のみの湖面を見つめてから、たぶん、と切り出す。

「きっと殺してくれるから。
 彼なら、あたしのことを」

凪いだ水面のように静かな表情。

ヨキ > (蓋盛の表情を、静かに見つめる。
 湯呑を置いて、相手の緩やかな言葉を待つようにして聞く)

「……きっと殺してくれる、か」

(その言葉に、ふっと笑って目を伏せる。
 瞼を開いて、穏やかに蓋盛を見る)

「不死の怪物を、死に至らしめる毒……与えれば救いに、裏切れば滅びに。
 君は『愛』をそう評していたな」

(少ない蓋盛の言葉を遮らぬようにしているのか、ぽつぽつと口を開く)

「たったひとり、死に場所になり得る相手を見つけたか。
 うらやましいよ」

(笑う。
 『羨ましい』。その語もまた、いつか蓋盛に言われたものだ)

蓋盛 椎月 > 「いやだ、覚えてたんですかそんなこと。
 恥ずかしい」

小さく苦笑する。

「そうですね。きっと、『愛』と呼ぶものなのでしょう。
 あたしが受け取ろうとしているものは。
 そうしてあたしは、おそらく、朽ち果てる、緩やかに……
 あの子とあたし、愚か者同士、お似合いでしょう。

 予断はできませんけどね。
 嘘を吐かれたり、裏切られるのには、慣れてますから」

吐き捨てるように言うその表情には、『愛』を得た人間特有の
浮かれた調子は一切見受けられない。
両手で湯のみを持ち、少しずつ啜る。

「うらやましい……か。
 さてね……葡萄の味なんて、取ったものにしかわかりませんよ。
 あなたはそういう相手を見つけるのは大変そうですね。
 あたしのような、半端で不徹底な人間ではないから」

口を離して薄く笑う。

ヨキ > 「覚えているとも。
 理解の及ばぬ言葉ほど、ヨキのうちには強く残る」

(椅子の肘掛けに両肘を乗せ、背凭れに身を預ける)

「……ヨキは生徒を、送り出すために教師の仕事を続けてきた。
 自分で生きる道を見つけ出し……選び取り、
 
 こんな『常世』などと銘打たれた地に、長居すべきではないと。

 ……だが君と奥野君がそう決めたのならば、ヨキはそれが叶うよう、心のうちへ留めておくだけだ」

(見守るでも、応援するでもなく――ただ黙して秘すると。
 肘掛けに立てた手でこめかみを支え、目を細める)

「ふふ。君の手に入れた葡萄など、酸っぱくて不味いに決まっている、か。
 ……奥野君にも、君と同じようなことを言われた。
 揺らがぬものを欲するならば――揺らぎのある、曖昧なものに恋をするべきだと。
 ひどく呆れられてしまった」

(そうしてゆっくりと、茶で口を潤す)

「たしかに……ヨキが死するならば、徹底的にやり尽くしてもらわねば気が済まない。
 一片の容赦もなく完全でなければ、美しくないと」

(少し黙る。
 自分でも言葉に表しあぐねているかのように、ぽつりと零す)

「………………。
 だが……ヨキも『あれ』に殺されるならば、おそらく後悔はないだろう、と思うものが……

 居る。ひとりだけ」

蓋盛 椎月 > 「ご立派な考えです。尊敬いたしますよ。
 ……そして感謝します」

 表情に皮肉を混ぜて、小さく頭を下げる。

「あたしにはいまいち理解できませんけどねえ、それ。
 だって常世って来る社会のモデルケースで縮図なわけでしょう。
 きっとどこに行ったって地獄がついて回りますよ。
 そのことを教えてあげたほうが生徒のためじゃないです?
 ……なァーんて」

おどけたように肩を竦める。

「へえ、あの子、あなたに説教をしたんですか。
 まったく大したタマですね……」

くつくつと愉快げに喉を鳴らして笑う。
殺されるに足る相手がいるとヨキの口から漏れれば、
ますます関心を深めたように瞳をぱちりと開いた。

「ほぉ、いらっしゃるんですか、そんな人が。
 誰ですかー、あたしにだけこっそり教えて下さいよー、このー」

まるで恋話をする女学生のようにニコニコと笑ってヨキを指でつつきだした。

ヨキ > 「はじめはモデル都市として『作られた』……それはつまりこの先、変化する可能性もあるということだ。
 こんな、地獄が長続きする社会に可愛い教え子らを放り出すなど、ヨキには認められんよ。
 地獄を作り変えるほどの力を……身に着けてもらわねばならん」

(来るべき変化と、それそのものを齎す力を。
 自分でそう口にしておきながら、ふっと小さく笑って)

「……ヨキ自身が、誰より固着したきり変わらんというのにな。
 奥野君は随分としっかりしている。
 そんな姿勢は空しいだけだと、一蹴されてしまったよ」

(蓋盛の笑みに呼応して、まったくだ、と頷く。
 自分の話に機嫌のよさそうな蓋盛に、うん、と呻いて、天井を仰ぐ)

「…………。
 あれほど自らの大望に徹底しているものは、他に類を見ない。
 そつがなく、冷静で……筋が通っている。

 おそらくヨキは……殺されるのだろうと思う。
 いつかは分からない。だが確実に。

 あれに消される者たちの、所詮は大勢のひとりに過ぎないとしても――」

(顔を引き戻し、『君にだけだぞ』と前置きする。
 蓋盛の様子に反して、ひどく落ち着いて、淡々とした声)

「獅南だよ。魔術学の」

蓋盛 椎月 > 「ふ~~ん……前向きですねぇ……」

身を反らして、腕を自分の頭の後ろに組む。
大した感慨も受けなかったような、ひどくつまらなさそうな表情。

そして、ヨキの告げた人物に、
深くため息をついて、がりがりと頭を掻いた。

「《レコンキスタ》……」

その名前をつぶやいて、しばらく、頭を抱えた姿勢。
やがて、肩を小刻みに揺らして笑い始める。

「……なんだ、知らない間に随分と楽しそうなことになってたんだな、お前ら。
 わたしを羨む必要もないぐらい、充実した生を送ってんじゃあないか」

大きく息を吸い、吐く。
行儀悪く椅子の上に脚を組む。
あまり人前に見せることのない、左右非対称の嘲りの笑い。

「わたしに言わせれば、お前ら馬鹿どものほうがよほど羨ましいよ。いい大人がよ」

ヨキ > 「…………?」

(《レコンキスタ》。その語を聞いて、眉を顰める。
 遠い噂に名を聞くばかりの、与り知らぬ組織の名前。
 笑い出す蓋盛に、その笑みを崩すこともしない)

「当たり前だろう。
 ヨキはそれだけ、望まずと始まった『人生』を充実させようとしてきた。
 そうでなくば、《門》から叩き出された割に合わない」

(低く緩やかな声)

「随分と不公平だな、蓋盛。
 ヨキは君を嗤わずに居ると言うのに」

(唇を結ぶ。静かな金色の双眸が、蓋盛を見据える)

「……今まで散々、馬鹿の人でなしと呼ばれてきたんだ。
 今更『人間』で『大人』のように聡くなれはしない。
 それなら最後の最後まで、犬は犬らしく目先の充実に惹かれるだけだ」

蓋盛 椎月 > 「そうじゃない!
 そうじゃないんだよ、わたしの言いたいことは……」

思わず身を乗り出して、声を荒げた。

目の前にいる融通の効かない獣人の美術教師のことも、
当然のように実習で生徒を保健室や病院に送り込む無茶な魔術学の教師のことも、
それほど嫌ってはいないことに、蓋盛はこの段になってようやく気づいた。

あくまで動じないヨキに、
自身の発言を、恥じるように口元を手で覆い、表情を消す。
気まずそうに視線を逸らした。
姿勢を戻す。

「そうだよ。わたしはもとより、
 不公平で身勝手な人間だよ。
 まさか知らなかったのか」

蓋盛はモラルを語ることができない。
それは自らがモラルに反した存在であると認識しているからだ。
だから銀貨がヨキを襲ったと知った時も
銀貨に対して『恋人』としてのモラルを説くことはできなかったし、
今だってそうだ。

自分は誰にも説教する権利がない。

「知り合い同士がそういう仲だなんて、
 もう笑ってやるっきゃないだろ。
 ……は、まったく、訊くんじゃなかったな」

心底蔑むような表情を作って、肩を落とす。

ヨキ > (蓋盛が身を乗り出す。
 そこではじめて、ヨキの瞳が常より大きくぱちりと開いた。

 その眼差しに、ヨキが自宅で誰あろうおこんに擦り寄ったときに見せた――
 大人の愚かではなく、稚気の無知からなる困惑が滲む)

「…………。
 不公平で身勝手なのは、君が『大人ごっこ』から離れたときだと思っていた」

(徐に俯く、)

「獅南は、いつかヨキを殺しに来る。
 ……彼が己の信念を曲げずにヨキのところへ来たならば、ヨキの勝ち。
 だが……万が一にも彼がヨキを殺しあぐねるようなことがあれば、それは彼の敗北だ。

 そういう点で、彼ひとりが勝利することは決して、ない」

(顔を上げる。
 ヨキの声は低い男のそれをして、言葉の選びはまるで老翁めいている――はずだった。
 今や子どものように口を噤み、目を逸らす蓋盛をいよいよ凝視するほどに見た)

「……教えてくれ、蓋盛。
 奥野君は言ったよ。人間は、曖昧で、揺らぎに満ちていて、ひどく適当にできていると。

 それに、君だって言ってくれた。ヨキは覚えているぞ。
 『理解できないものに苛立つヨキは、人間らしく見える』と!」

(思わず大きくなった声に、自分でうっと息を呑む。
 だが蓋盛のようには――抑えはしなかった。

 システマチック。機械的。大人の男らしく……

 ヨキを取り巻いてきたそれらの表情が、歪む。
 まるで銀貨に差し入れられた毒のひと針から――すべてが瓦解するかのように)

「嗚呼、……あああ、もう。

 君も、奥野君も!
 そんな風に、作ったような表情なんか要らない。
 ああそうだ、ヨキには君らの心など、『人間』の心など理解できるものか!

 だがヨキはその代わりずっとずっと、ずっと勉強してきた。
 色彩学も解剖学も美学も、人間の心と身体に関わることすべてを!

 見慣れた君の顔がちぐはぐに動くのに、黙ってなどいられるか。

 君の言いたいことがそうじゃないなら、何だよ。……言ってくれよ!」

蓋盛 椎月 > 信じられないものを見たかのように、幾度か瞬き。

「随分と……
 お変わりになられた」

ブラウスの胸元を握り、ヨキを凝視し返す。
……いや、変わりつつある、と言ったほうが正確なのだろうか。
その兆しが銀貨によってもたらされたものだというのなら、大した毒だ。

「ヨキ先生」

咳払い。
姿勢をただし、まっすぐにヨキを見据える。

「あたしは知っています。
 あなたは善い教師として幾人もの生徒を薫陶し、世に送り出してきました。
 迷う子らに道を指し示し導いてやりました。とても素晴らしいことです。
 それがどんな思想や信条に基づいたものであったとしても。
 ですが…… 

 あなたの仕事はそれで終わるわけではありません。
 あなたは生きなければなりません。
 命をむざむざ散らせば、それは教え子たちへの裏切りとなるからです」

教本を暗唱するような口調。
教師が生徒へと教え諭すように続ける。

「いいですか。
 わたしたちはどれだけこの世界が欺瞞と苦しみと理不尽に満ちていると知っていても、
 生きていく姿を見せなければなりません。それが教師として果たすべき責任です。
 そうしなければすべてはまやかしであったことになってしまう。
 ……」

立板に流すような声が、一度止まる。
視線が泳いだ。

「獅南……あの人があなたを殺すと言うのなら、それは本当に殺すんだろう。
 彼はそういう人だ。
 だけど、あたしは……
 あなたにも、獅南にも、死んでほしくは、ない」

う、と呻き、耐え切れなくなったように卓に肘をついて突っ伏す。


「わたしの前から、
 もう、だれもいなくならないで……
 わたしを、裏切らないで」

 

ヨキ > (変わった、という蓋盛の言葉に、小さく呻いて顔を伏せる。
 決して赤らむことのない、青褪めたままの顔で視線を泳がせてから、名を呼ぶ声に向き直る)

「………………、」

(感情がすべて溶けて流れてしまったように、静かな顔。
 燃え立つ灯を宿した瞳に日中の陽が差し込んで、奥の奥まですうと透ける。
 蓋盛の理路整然とした口調に、教壇に立つ自分自身を思った)

(瞬きだけが相槌の代わり、蓋盛の静かな声が流れる。
 やがてその声が震え出し、机上に突っ伏す)

(言葉のすべてを聞き終えるまで、ヨキは何も言わなかった。
 冷めた茶を一口飲んで、伏せた蓋盛を見下ろす)

「……蓋盛。ヨキは……

 生徒から、『見ていてください』と言われたよ。
 『先生のような人が居てくれて良かった』とも、
 『ヨキの姿を見て、先生になることを決めた』とさえ。

 幸せだよ。ヨキのような男が、善い生徒に恵まれ続けたのだ。
 異邦人として打ち捨てられた身で、よくぞここまで『充実した生』を得られたものだと思った」

(優しく微笑み、穏やかに話す)

「……でも、だめなんだ。もう。
 人の身でずっと、求めながらにして叶わなかった『死』が、視えてしまった」

(声のトーンが、徐々に落ちる。
 首を振る。相手にのみ届くきりの、小さな声)

「ヨキは死なない。子どもを残すことも出来ない。
 代わりに出来るのは、ここを訪れる人びとを、余さず認め、自分の子どものように愛し尽くすことだけだ」

(目の前の蓋盛椎月のことも、自分を毒によって組み伏せた奥野晴明銀貨のことも、
 そして自分を殺そうと目論む、獅南蒼二のことも)

「死なない生き物は、『人間』ではないよ。
 君が奥野君と共に、緩慢な死へ向かうのと同じように――ヨキもまた、いつかは死ななくてはならない」

(唇が小さく震える。
 が、その瞳は少しも潤みはしない。乾いたままの、燃え立つ金)

「本当は……判ってたんだ。
 人びとに対して、真に平等になど出来るはずがないと。

 ヨキだって、君を裏切りたくない。それでいて、獅南の志の前に立つ壁で在りたい……」

(座ったまま、手を伸ばす。
 蓋盛の頭に、大きな手のひらで触れる。背を叩くことも、肩を抱くこともしない)

「…………。迷うというのは、つらいな」

蓋盛 椎月 > 「なぜ……」

なぜ死を願うのか。
そんなことを尋ねられるはずもなかった。尋ねる意味もなかった。

生き延びることに何の意味もない。
死に臨む瞬間だけが、生に色彩をもたらすのだ。

ヨキの伸ばす手が頭に触れられるがままに、ただうつむいている。

「死ななければ人間ではない?
 そんなセリフを吐いていいのは、きっちりと生ききった人間だけだ」

突っ伏したまま掌を上に向けると、淡く輝く弾丸が現出する。

「あたしのこの異能は、多くの人を救うためにもたらされたものと信じていました。
 ……ずっとむかしの話ですけど。

 銀貨くんが……どうして、あたしを好いたのか、
 それはわからない。
 けれど、あたしは生きていかなければいけない。
 それだけが、彼に対してできる唯一の事だと思うから……」

弾丸が消える。
不意に、伸ばされていたヨキの手が両手で強く握られた。

「――ヨキ! わたしはたちばな学級の教師でもあるんだよ。
 あそこは、ひととは違う、ひとと相容れない子が、
 世界に絶望しないためにある場所なんだ!

 お願い、
 死ぬなとは言わない、けど、死に抗って!
 わたしたちが生きることが無意味じゃないって――証明して!

 ――わたしはもう誰にも絶望してほしくないし、したくないの!」

ほとんど悲鳴のような懇願。

ヨキ > 「だめか?」

(尋ねるヨキの声は渇いていた)

「ヨキは……獣として、生きて。殺されて死んだはずだった。
 呪われて、人の姿になって、《門》から転がり落ちて……」

(枯れ枝のような指に、蓋盛の髪が柔らかく絡む)

「……獣として永く生きた時間を、圧し潰して凝縮したような十年であったよ。
 人間として、社会のなかで、言葉でものを考える毎日が、こんなにも騒がしいとは思わなかった」

(俯く。
 額が触れそうなほどの距離)

「君の言うように、愛が不死者を殺すとして。
 たとえ愛に殺されずとも……生ききりさえすれば、それは『人間』だろうか。

 それとも、今までこんなにも人びとからの愛を、無下に振りほどいてなお――
 ……愛というものを、受け取っても……いいんだろうか?」

(弱々しい声。
 蓋盛の手のひらの上で光る弾丸に、目を向ける。

 《イクイリブリウム》。治癒能力としては圧倒的とさえ思われる異能。
 ずっとむかしの話。『かつてはそう信じていた』……

 “その異能を以てしてさえ、彼女はただ生きることでしか銀貨を救うことが出来ない”)

「…………、違うんだな?ヨキや、常世学園の知るデータ……
 『治療と引き換えに記憶を失う』――それだけの話では、……ないんだな?」

(眉間に薄く皺を寄せる。
 ――不意に掴まれた手に、顔を上げて目を丸くする)

「!」

(はじめて聞く、蓋盛の乞う声。
 驚きに引き結んでいた唇を薄く開く。そこから言葉が発されるまでに、少し間が空く)

「……蓋盛。
 止してくれ。そんな風に……ヨキに、望まないでくれ。

 …………、そうするしかないではないか。
 誰あろう君に乞われて、断れるはずがないじゃないか……」

(声に、わずかばかりの震えが交じる)

「何度でも言うよ。ヨキは君が羨ましい。
 許し合える相手と巡り合うことの出来た……君と奥野君が、うらやましい」

(唇をも震わせる。
 尖った牙が、下唇を柔く噛んだ)

「……獅南が築いてきたものに、傷を付けたくない。
 彼ほど意欲に溢れた研究者を、ヨキは見たことがない。

 あるはずなんだ。どこかに。道が。

 ――ずっとそうしてきた。
 見方や受け取り方とを変えることが芸術のはじまりなのだと、ただそれだけを。

 彼の研究が魔術学の礎となるのと同じように、
 ヨキがしてきたことも決して無為ではなかったと、証明……したい」

(表情を歪める。手を掴まれたまま、顔を伏せる)

蓋盛 椎月 > 「自ら定めた死に場所で死ねなかったものどうし、か」

絞りだすような吐息。

「知ってます? 人間って、自分の血が失われたと信じただけで死んでしまうそうですよ。
 たとえ本当に血が流れてなかったとしても。

 生き物っていい加減ですよね。
 少し記憶を削っただけで、自分が生きているのか、死んでいるのかもわからなくなる。
 最高の医者は最高の殺人者でもあるんですよ。
 こんなものを持ってしまった人間、正気じゃあ、いられませんね」

ゆっくりとおもてを上げる。
疲れたような横顔を向けて、ヨキから離した手をひらひらと靡かせる。

「あたしはあなたの罪の深さを知りません。
 あなたに道を示すこともできません。
 なにしろあたしが道を探している最中なのですから。……ごめんなさい。

 ……けれど覚えておいてください。
 あなたが、人と外れているという理由で、排除されることをよしとするなら、
 あたしはあなたを許しません」

拳を握りしめる。
向き直り、茶の瞳がヨキの金色を鋭く見据えた。

「生きることが、復讐なんです。世界への」

ヨキ > 「記憶、か。
 ……撃つことも、撃たぬことも。いずれにせよ、随分と重い弾丸だ」

(眉を下げて笑んだ顔で、息を吐く)

「ヨキも本当のところは、記憶を削られていて……。
 それが充たされることで救いが得られるならば、と、……ずっと思っていた。
 そうでなくば、この記憶も、呪いの傷をも、まとめて消すべきだと。

 ヨキは君を、君の《イクイリブリウム》を利用したかった」

(蓋盛と目を合わせる。机の上で、両手の四指を絡める)

「君は知らずともいい。示さずとも構わない。だから謝らないでくれ。
 それは正真正銘、ヨキが自分で見つけるべきものだった」

(瞳の奥に、金の焔がぐるりと燃え立つ)

「いつかの、《イクイリブリウム》でヨキを撃て、と言った話は――もう終わりだ。

 どんなに滑稽でも、心はずっと変わらなかった。『ヨキは人間として生きる』と。
 結果的にどれだけ虚ろで、空しい日々を過ごし、生徒らにもそんな思いをさせてしまっていたとしても。

 おそらくヨキはこれからも、常世島のために尽くす犬であり続けるだろう。

 ……だが、もう『常世』の渕に惑うままの獣では居たくない。

 今度こそ、本当に『現世』を生きるための術を――手に入れる」

(唇を引き結ぶ。
 じろり、と、鋭いまでの眼差しが蓋盛を見返す)

「済まなかった、蓋盛。
 君は十分すぎるほどに、……道を示してくれた」

蓋盛 椎月 > 「それで構いません。
 懸命に生きるものというのは傍から見れば滑稽に映るものですから。
 ……あなたの見出した道は苦難に満ち溢れています。
 ……けれどきっとそれが、あなたやわたしに課されるべき罰なのでしょう」

ヨキの言葉に、こくり、と頷き、静かに微笑んだ。

「わたしたち異邦人・異能者のこんにちの地位は偉大な先人たちが血を流したうえにあります。
 しかし真の共存と相互理解のためにはもっと血を流す必要があるのかもしれません。残念なことに。
 ……わたしは本当は、近いうちに養護教諭をやめて、常世を出るつもりでした。
 この仕事は、楽しいことばかりではなくなっていましたから」

礼を言います、と、控えめに頭を下げた。
軽薄な笑いも、偽悪的なにやつきもない。毒気のない澄んだ相貌。

「……あなたに偉そうに説教した手前、
 この遊びにわたしはもう少し責任を持つ必要が出てきました。
 銀貨くんもいますし。」

瞑目して頬を掻く。

死に方を探すということは、生き方を探すことと同義なのだろう。
あまり認めたくはない話だったが。

思う。
もしこの男が、獅南の炎から生き延びることができたなら。
自分な本当の意味で生きる希望を見つけることができるかもしれない。

「そちらこそ謝る必要はありません。
 わたしは残酷で身勝手な願いを押し付けただけにすぎませんから……」

そう言って、湯のみと急須を片付けると、デスクへと戻る……

ご案内:「保健室」から蓋盛 椎月さんが去りました。<補足:蓋盛・椎月は養護教諭である!>
ヨキ > 「苦難でも構わない。惑いさえないのなら。
 ……その先で心の漱がれることが信じられるのならば、それだけで」

(微笑む。ついぞ涙を流したことのない瞳で、泣き笑いのように)

「生徒が去ることは元より、同僚が減ることはもっと堪える。
 ……思えば養護教諭としても、たちばな学級の担任としても。
 君の存在は、ヨキにとって大きな頼りだった」

(頭を下げる蓋盛に、こちらこそ、と目礼を返す。
 まるで蓋盛の本当の顔立ちをはじめて目にしたかのような眼差しが、真っ直ぐに相手を見つめた)

「ヨキが言葉を重ねる必要もないが――奥野君を、大切にしてやってくれ。
 彼はヨキにとっても……大事な教え子なのだ」

(椅子から立ち上がる。蓋盛がデスクへ戻る間際に、ひとたび振り返る)

「ならば礼を。
 ……ありがとう。

 君から押し付けられた願い、確かに『受け取った』。

 ではな。――邪魔をした」

(目を細め、背を向ける。ローブの裾を翻し、保健室を後にする)

ご案内:「保健室」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>