2015/12/25 - 21:30~02:06 のログ
ご案内:「歓楽街」に久方 透子さんが現れました。<補足:【乱入歓迎】髪下ろし・コンタクト/マフラー、お古のコート、ミニスカートに黒タイツ、茶のローファー>
久方 透子 > 聖なる日はもうすぐ終わりを迎えるけれど、浮かれた町の明かりがまだ消える事はない。
祭りの余韻を楽しもうと、一層賑わいを増したようにすら感じる町中を、一人で歩くには少し勇気が必要であった。浮いてしまわないかと、目立ってしまわないかと不安であったから。

「……えーと、たしか、昨日は……」

ここらへん、だったと。
立ち止まるのは、クラブやカラオケといった若者たちが好むし施設が連なった場所。そこからほど近い、広場のベンチ。
まだ誰も座っていない場所に腰を下ろす。
傍目からは、待ち合わせ、のように見えるだろうか。

久方 透子 > 約束はしていない。
けれど、少女には確信に近いものがある。

かならず、ここにいれば声をかけられる、という確信。

脂肪が多い方ではなく、ゆっくりと体温は外気の冷たさに奪われ。
末端――つまりは指先からジンと痺れるような寒さに襲われる。
重ね着、着回し、厚着が出来るほど幾つも服は持っておらず、歓楽街を歩いて不自然ではない程度の衣服など、冬場はせいぜい1~2着程度。
以前と同じ恰好に、年頃の少女が恥じらいを持たないわけもないが、――ベンチに座る少女に、その後ろめたさは感じられない。
通り過ぎていく人波に、目線を向けながらも、過ぎていく……時間。

久方 透子 > 待機の時間は、少女にしかわからない。1時間、いや、2時間は待ったのかもしれないが。
少なくとも、少女の体が芯まで冷え切った頃に、若い男の声で、少女の名前が呼ばれた。
トーコちゃん、と。

目線を向ければ、少女と変わらぬ年頃ほどの若い男が傍に立つ。

会えてよかった
探していた

などと調子のいい事を言いながら、図々しく隣に座ってくる男を拒みはしない。
同じ、学園に通う者同士、弾む会話といった様子で少女もまた笑顔を見せよう。

――少女と異なり、彼はその軽々しい物腰や見た目と反して、正規の学生であるのだが。

久方 透子 > 二人の間に隙間はなく、互いを温めあうように密着する距離。
抱き寄せるように寄り添う二人は、知らない人が見れば、仲睦まじいカップルに見えるだろうか。
けれど、――彼、と知り合ったのはほんの数日前であり。
ましてや恋人であるはずもなく……。

ねえ。アレ。スゲエ良かった。また使わせてよ。
トーコちゃんと一緒にさァ。

そう耳元で囁く男に、はにかみを見せる。不自然さはないはずだ。作り笑いとて顔が引きつってもいないはず。
もう、何度も作った表情だ。

「ダメですよ。先輩といっしょにいれるのはうれしいけど、
 一回だけ、って言ったでしょ?
 アレ、すごーくきもちいいけど、すごーく高いから、…ね?」

久方 透子 > 歓楽街の喧騒で二人のささやき声などかき消されよう。
だからこそ笑顔で話していられる。
尚も食い下がってくる男子生徒に、諦められない程度に何度か軽く断りを入れる、が。
何度目かの食い下がりに、眉尻を下げて、ちらりと見上げるように目線を送る。
背が低い人間は、これを武器に出来るから、楽といえば楽。

「……じゃあ、あの、私、これだけ今持ってるんですけど、
 買い取ってもらえたりできます?
 そしたら、ほら、今日だけ、と言わず、好きなときに。……ね?」

ね、のタイミングで首をかしげる。
指を4本立てて、持っている数を言葉に出さずとも示し。金額もまたいくらほどのものだと、同じように小さな指先が数字で示そう。

決して安い金額ではないが、個数の問題と――金のある学生を狙っての行為であれば、首は横に振られなかった。

ご案内:「歓楽街」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、グレーのロングニット、黒カットソー、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールブーツ、シルバーネックレスとバングルとリング>
ヨキ > (雑踏の中を、黒いコートに身を包んだ長身がすいと歩いてゆく。
 ハイヒールの靴底が鳴らす足音は、拍を刻むように規則正しい。

 人好きのする柔らかな人相、穏やかに開かれた瞼。
 だがその奥から街へ向けられる眼差しはひどく冷たい。

 身を寄せ合った男女――透子の顔を、金色の眼差しが一瞥して通り過ぎる。
 眼鏡のフレームを押し上げたその顔は、待ち合わせとも警戒とも見て取れた)

久方 透子 > 「――――…… ッ ぁ」

後はもう、落第街に引きずり込んで、人生の坂道を急加速で下ってもらうだけ。
そんな状況であるにもかかわらず、少女の目線は傍の彼には向けられず。
通り過ぎた長身の男性。一瞥された、たったそれだけにも拘わらず、一瞬固まる。

教師だ。学園の教師がいる。

背筋に走る寒さと焦燥を押し殺しながらも、けれど焦る素振り自体を消しはしない。

「っ、ど、どうしましょう先輩。
 先生……ですよね。あの、ほら。背の、大きい。

 ふ、不純異性行為とかで、怒られたり、するのかな」

薬自体より、問題は不純な交際であると問題を置き換え。
寄りそう二人に隙間を開ける。30㎝といったところか。

「――…っ 先生っ。せんせーい!
 こんばんは、こんなところでどうしたんですかー?」

――そして。不自然に距離を取ってから。
不自然に声をかけよう。こちらから。いかにも、取り繕っていますという風に。

ヨキ > (上背のあるヨキは、それだけで目立つ。
 透子の他にも、声を掛けてくる生徒は居る。
 先生、メリークリスマぁス、などと女生徒のグループに声を掛けられて、
 こんばんは、あまり奥まで行くんじゃないぞ、危ないからな、と笑って返す。
 あの獣めいた眼差しが嘘のような、朗らかな眼差しを湛えて。

 ――瞬きのあとには、金色の光がふっと冷える。まるで役者だった)

「――――……、」

(透子から声を掛けられて、ぱちりと瞬く。
 大きなつくりの目を丸くして、振り返る)

「やあ……こんばんは。
 なあに、今夜はクリスマスであるからな。
 こうして人目を忍んで見回り……という訳だ。
 いまいち忍べていないような気もするが」

(気の抜けた顔で笑う。
 言葉の通り、ヨキは周囲の人びとより頭ひとつ抜きんでていた。
 声を潜め、内緒話のように透子へ囁く)

「かく言う君は、デートかね」

久方 透子 > 物事や、人物を、観察するのは少女の癖のようなもので、それが喧騒の場においても目立つ存在であるなら事更に。

だから柔らかなその眼差しが一瞬で切り替わる様子も見逃しはしなかった、にも拘わらず。
隠れる事もせずに積極的に存在をアピールするかのようにぱたぱたと手を振る。後ろめたさなど何もないのだと主張する、生徒の浅はかな手段――、を装う。

「こんばんは、です。

 ――っ、で、デートなんて、そ、そそ そんな…っ
 そんな、……ね、ち、違いますよね。
 ともだちと遊んで帰り道で、たまたま会って…、っ、ね、先輩?」

小声でたずねられた言葉に、大袈裟に声を荒げる。
頬を両手で抑えて、ぶんぶんと首を振ろう。――照れを隠す仕草、のその間に、力を込めて頬を押して。少しでも赤みの足しになればと。
男子生徒もまた、恋人と思われるのは困るのだろう。――あくまで彼女とは遊びのつもりなのだから。違うよね?の少女の言葉に同意を示す。今すぐにでも、立ち去りたい様子が、ちらほらと。

ヨキ > (二人が否定する様子に、あっけらかんとして笑った)

「何だ、違うのか?はは、それは失敬を。
 てっきり仲睦まじい様子であったから……つい」

(信じた。これ以上ないほどにあっさりと。勘違いを恥じるように、軽く頭を掻いてみせさえした。
 何やらそわそわとしていた男子生徒の様子に、ああ、と口を開く)

「もしかして……引き留めてしまったかな。済まない」

(気を付けて帰るんだぞ、と、違法な取引のあった現場とは微塵も思っていない様子だった。
 透子へ向き直り、小首を傾いで相手の顔を見た。にっこり)

「それにしても、よくヨキの顔を知っていてくれたな。嬉しいよ。
 どこかでお会いしていたろうかな」

久方 透子 > そう。これから用事があって。

そんなベタな嘘をついて、先輩、と呼ばれていた男子生徒は去っていく。
獲物を逃したという悲しみはなく、ひたすら、一点。注がれるのは目の前の人物……教師、という存在への警戒心。
さよなら、と軽く手を振るだけの挨拶は軽くで終わる。
再び空いた、ベンチの空席。座るのは少女一人だけ。

「あー、…ほら、今日、とっても寒いから。
 私、ちょっと薄着だから、ちょっとくっついたらあったかいかなって。――それで、そう見えたのかも。

 え。だって、学園の先生ですよね。美術の……ヨキ先生?
 私、知ってますよ。授業、受けたことはないですけど」

学園の生徒は、秘匿されていたりしなければ全員の顔の名前は憶えている。頭に叩き込んでいる。――警戒しなければならない人物として、ではあるが。

それを学園の生徒ならば知っていて当然と、まるで優等生の素振り。
今更ながら、両手の人差指と親指で輪を作るように、長い髪を指で結い。普段の学園での髪形を作り出し、これならどう?と首を捻ってみせようか。
それでも普段目立たないようにしている少女の存在が彼に伝わるか、ずいぶん怪しいところだけれど。

ヨキ > (人波を見渡した顔はあんなにも冷たかったというのに、『先輩』を見送る顔は柔らかい。
 ベンチに座る透子の隣、空いているスペースへ腰を下ろす。
 その細身の外見よりも随分と重たげな音を立てて、座面が小さく軋んだ。
 まさか砕けなどはしないけれど)

「くっついたら暖かい?おいおい、女性は怖いな。
 男子は自分に気があると思って、すぐに騙されてしまうぞ。

 ……ああ、ヨキだ。いや、あれだけ広大な学園では、教師の数も多かろう?
 ヨキほど目立たぬ教科の担当ともなれば、知られていないことも珍しくはなくてな」

(両手をコートのポケットに突っ込んだ格好で、背凭れに身を預けてリラックスの姿勢。
 透子が自らの髪を結ってみせると、ああ、と得心がいったように声を上げた)

「君……学内で、見かけたことが。
 すごくいい香りがする娘だと思って、印象に残ってたんだ」

(言うなり身を起こし――露わになった透子の耳元へ、形のよい鼻先を寄せる。
 すん、と小さく鳴らして匂いを嗅ぐと、平然と笑って顔を離した)

「そう、これこれ。この匂い」

久方 透子 > 確かに身長、体格の差はあれど、生徒から教師と変わっただけで悲鳴を上げるベンチに驚いたように目を丸く。
その存在は知っているが詳細は知らぬ。当然、彼の比重が通常の人と異なる事もまた、知らないものだから。
不良品なのだろうかと、つい、目線を外してベンチの側面を、ちらり、一瞥。

「騙され……? ……ああ! ふふ。やだ、ヨキ先生ったら。
 そんなのありえませんよー。…かわいいコならともかく」

いったい何をと、ベンチの驚いたままの丸めた瞳が、ぱちり、と瞬き。
数秒後に合点がいったとばかりに感嘆の声を上げた後に笑い出した。冗談の類と受け取って、流してしまえ、と。

「え。…あ。…匂い。…あ。ああ、もしかして、石鹸かも?
 ヨキ先生だって、あんなたくさんの生徒がいる中で
 私の匂い、覚えるぐらいですよ。
 先生は、生徒よりもずっと少ないんですから、覚えるのも、簡単です」

先ほどのささやく声が聞こえるよりもずっと近く。
傍に彼が寄るものだから素の戸惑いの声が零れる。
すぐに彼の言うものが、己の普段の愛用品――量産品の安物だ――である石鹸である事に気付くけれど。
自身は既にとうに匂いには麻痺しており、今もまた、風呂上りさながらに香る其れを意識出来ずに、掴んでいた髪を解いた後に、すん、と手首あたりの匂いを嗅いで確かめる。わからない。首を捻った。

ヨキ > (彼女が石鹸の匂いに麻痺していることと同じように、ヨキもまた自分の重量には慣れ切っていた)

「また謙遜を。
 まあ、騙されてどぎまぎするのが男子生徒であるならば、ヨキは騙されずともこちらからくっつきに行くがな」

(歓楽街のネオンに照らされた顔で、呵々と明るく笑う。
 顔を離したあとも、二三小さく鼻を鳴らして、うん、と呟く)

「女性はもともといい匂いをしているが、石鹸はそれが引き立つな。
 ふふ、ヨキは根が犬であるから……匂いにはどうしたって敏感だ」

(指先で、猟犬の垂れ耳を抓んでひらりと揺らす。人間と同じ肌色をした異形)

「君、名前は?
 匂いだけではなくて、ちゃんと『君』のことを覚えておかなくてはな」

(顔だけで振り返る。小さな衣擦れの音がして、控えめなパルファンの香りが空気に溶ける)

久方 透子 > 「今のセリフ、なんだか悪い大人みたいですね。
 くっついてくれるなら、――ええ、とても暖かくて、助かっちゃいますけど」

人と触れ合う事に抵抗がまるでない風を装ったのなら、その設定は最後まで突き通さねばなるまい。
傍によってその瞬間こそ驚いたものの、今度はこちらから、二人の距離を詰めるように寄って。もたれ掛かろうとするかのよう、体を傾けようか。
その仕草はあくまでゆっくりで、凡人でも避けようと思えば、たやすく避けれる、そんな程度の。

「犬――、獣人とか、だからそんなに背が高いんですか。
 私、背低いからちょっとわけてほしいですよー…
 あ、なまえ? 久方です。ヒサカタ トウコ。
 先生の方がよっぽど、いい香りしてますよ」

流石にこの学園において、たかが犬の異形だからと驚くこともない。
偏見の目もなくむしろ秀でている点を口に出しながらも、傍に寄れば僅かな香りとて人間の少女でも一瞬ぐらいなら嗅ぎ取れよう。気付いた点は、しっかりと、褒めていく。
できれば名前についてはさらっと流して、今晩中には忘れてしまうぐらいの、そんな薄い印象になるようにと願いすら込めて。

ヨキ > (自分へ身体を預ける透子を、肩で受け止める。避けようとも身を引こうともせず、慣れた調子で。
 但し――服で覆われた身体は辛うじて体温を保っている程度で、まるで死人のように冷めていた)

「冷え性でね。暖を取るためだけなら、ヨキはお薦めしない。
 それでもくっついてくれるなら、いくらでも歓迎するよ」

(目を細めると、目尻に引いた血のように赤い紅が笑い皺に沿って細くなった。
 耳にした名前を反芻して、牙の並ぶ口で笑う)

「ヒサカタ・トウコ……久方君。ああ、もう忘れんよ。
 ヨキは学園の生徒をみな好いているでなあ、覚えておかねば気が済まんのでな。
 褒めてくれてありがとう。自分の身の回りにあるものは、ヨキも気を使っているつもりだ。

 ……なに、別段歓楽街に出入りしているからといって、それだけで目を付けるような真似はせんよ。
 安心したまえ」

久方 透子 > 「……ホント。冷たい」

言う通り。そこに温もりはなく、外気の冷えのせいもあるし、人から感じる落差というものもある。
素直に驚いて、声を上げる。――その驚きは、彼の姿を目撃したときの其れには及ばないけれど。

「ヨキ先生は、……寒く、ないんです?
 私の体温、少し分けてあげられたらいいのに」

冷えを覚えても、けれど一度寄りかかった姿勢を崩したりはしない。
丈の差がある以上、肩にもたれ掛かる姿勢でも首の角度は深くならずに済むのだから姿勢はそう辛くもないが。

ちらり、と見上げた――その鋭い牙が垣間見えて。
笑みに安堵するどころか、ぞく、と背筋に走る寒さを覚えるのは、後ろめたさ故に。

「教師の鑑、ですね。みんなを愛してる、なんて。
 ……って、怒らないんです?
 実は、……結構、学園では真面目にーで通してるから、ドキドキしてたり、しました。
 今でも、心臓、結構バクバク言ってたり、するんですよ。触ってみます?」

安心しました!といった声の明るさのトーン。
ようやく安堵出来たといったように混ざる100%冗談とわかる言葉の類。
そんなものを織り交ぜて。何処までも、べたべたと、嘘の壁で塗り固め。

ヨキ > 「全然。少しも寒くないよ。
 君の体温を?ふふ、きっと心地いいだろうな。
 だがヨキが貰ってもすぐに冷やしてしまうだけだから、それは君が自分で温めておくといい」

(人波を眺めながら、隣に響くほどの低い声で囁く。
 く、と喉で笑って、声を弾ませる透子を見た)

「ヨキはこの常世島と、常世学園があってのものだからな。
 そこに通う子らを思うのは、当然のことだ。

 ……こう見えてヨキは、心が広いでなあ。
 表の街には街の、ここにはここのルールがある、と考えているから。
 何をしていようが……『大抵は』見過ごすさ」

(触ってみますか、と尋ねられて唇を結び、コートのポケットからすいと左手を抜く。
 その四本指の先を、淀みなく透子の身へ伸ばして――

 ひたり。

 透子の髪とマフラーの間に指を差し入れて、冷ややかな指先がひどく正確に頸動脈の真上に触れた。
 冗談みたいな真顔で居たのが、不意に砕けた笑みになる)

「温かいな」

(まるで見当違いの感想を口にして、くすくす笑った)

久方 透子 > 「こんなにも冷たいのに、寒くないなんて、不思議ですね。
 ……でも、もたれかかるのは、何だか心地よいから、もう少しだけ――。
 大抵……じゃあ、いったい、何なら見過ご…な、い……」

力を緩める。甘えたように聞こえる声を発する。
それこそ、男子を、だましてしまうような。

けれど決して目は閉じない。目線は何処までも彼の姿を、行動を、追いかけるようにまっすぐに。
警戒の色だけは、出来るだけ露わにせぬよう。

「――……、……」

今日の驚きの一番は、その後に上書きされた。
まっすぐ伸びる手が、――冗談のつもりで言った、触っても良い箇所は、心臓のそば、つまりは女性の胸部、であったはずの其処ではなく。
首元へと潜り込むものだから。

一気に鳥肌が立ったのは、その指先の冷たさの為だけではない。
身体をめぐる血も冷めて、全身が冷たくなっていくのは、錯覚でもなく。

彼の触れる、そこから感じる脈動は。
確かに緊張に、恐怖に、はやく打って、響くことだろう。

完全に竦んで、固まって、――驚きで見開かれたままの瞳が潤む一瞬と。

「……っ、つ、冷たいですよぉ、ヨキ先生…っ!」

その涙を。
冷たさのせいにしようと。か弱く鳴いて、みせた。

ヨキ > 「ああ、君の身体は軽いからな。いくらでも支えていられる。
 ……何なら見過ごさないかって?

 この裏通りのルールを――表の街へ持ち込むことさ」

(透子の首筋に触れていた顔が、一瞬凄絶な笑みを浮かべる。
 ネオンを背にした陰の落ちる顔が、引き裂いたように大きな口が、にたりと不敵に。
 まるでとっておきの秘密を恋人へ囁くみたいに、甘く優しい声を紡ぐ)

「常世島には、さまざまな営みがある。
 それらがその街の中だけで収まり、他の人びとの暮らしを侵すことさえなければ――
 ヨキは誰が何をしていても構わないと思っている」

(早鐘を打つ心臓の拍動を読み取った指先が、事もなげに透子から離れる。
 そのリズムを手中に収めるようにひとたび拳を緩く握って、ポケットの中へ戻す)

「――失敬。
 冬には引き立つだろう?」

(瞳を潤ませる涙の膜を透かし見るように、金色の目を薄らと細める。
 逆光の暗がりに沈む顔の中で、微笑む双眸だけが蝋燭のように揺れて光っていた)

久方 透子 > 怖い。
低く甘い囁きも、目の前で見える大きな牙も、その笑顔も、金の揺らめきさえも怖い。
演技はそう下手ではない少女ではあるだろうが、それでも誤魔化しがきかない感情の限度もある。
その指先には、少女の震えが感じ取れたはずだ。その手が、離れて、ポケットに収まって、それからしばらく後も、震えは止まらない。

何かを聞こうと口を開いて、
……開いた口は何も言えず、はくはく、と空虚に白い息を零すだけで。

「は、はは。……あはは。
 そうですね。誰かの迷惑になる事は、しちゃいけないと思います。
 ええ。……本当。教師の鑑、ですよ。ヨキ先生」

やがて。
出てきた言葉は、いつもの優等生としてのセリフ。
けれど、引きつり笑い混じりに、目じりの涙を、拭う素振りを隠そうともしないで、未だに高鳴り続ける鼓動を押さえつけるように、自らの手で、左胸に触れ。

寄りかかる、その姿勢から、近づいた時と同じ、ゆっくりとした動きで距離を取った。
今度は、唇の引きつりもなしに、笑う事も出来るはずだ。

「ヨキ先生は――、……きっと、…
 幸せなんですね。素敵です。羨ましいです。
 ……そんなに、誰かの事を、思いやれるような人に、なってみたいです」

ヨキ > (透子の震えを、まるで気付かなかったような顔をして、往来へ目を戻す。
 明るみに晒した横顔は、ふたたび人好きのする教師の微笑み)

「そうだ。自分でできる限りの暮らしをすること――それだけでいい。
 それが秩序というものだ」

(肩口から透子が離れて、その身体は大樹のように微動だにしなかった。
 透子の言葉に、そっと目を伏せる)

「……勿論。ヨキは幸せだ。
 幸せになろうとしてきたからな。
 この姿勢が、無神経のように呼ばれることも少なくはなかったが。

 …………。
 さあ。そうなりたいと真に考えるならば、なれるのではないか。今すぐにでも。
 それが書かされた感想文や、ト書きの類でさえないのならな」

(ヒールの踵が、アスファルトをこつりと鳴らす。
 立ち上がって、透子を見下ろす)

「もし幸せになりたければ、ヨキのところへ来るがいい。
 君の望む形で、ヨキが出来うる限りのことはしてやろう。
 このヨキには、久方君へ譲れる体温も身長もないが――

 手管なら?」

(戯れめかして首を傾げ、笑った)

久方 透子 > ひとまずの危機は――、どうしようもない、間近に迫る危機は去ったと考えるべきなのか。
ようやくある程度の距離を取り、目線も外れた彼を目線の下から観察するも、真意を読む事も、心の中をのぞく事も出来ない。
震えがようやく止まった指先で、コートの裾をぎゅっと掴み、手のひらを隠すように握りこむ。

再び、作る、笑顔。

「――まるで、そんな、私が幸せになろうとしてないみたいに、言われると傷つきますよ。
 私なりに、…せいいっぱい、やってますよ。
 でも、うん、そう仰っていただけるなら、何か困った事があったら、真っ先にヨキ先生に相談します。
 ……でも」

「…………。教師の鑑って言葉、撤回します」

立ち上がればその身長差は更に広がる。
長時間見上げていれば、首を痛めかねない程には。

付け加えられた一言。
今度は、無知で無垢で、控えめな態度を装う事はなく。
若干の侮蔑の意味も込めて、そう、呟いた。

ヨキ > 「おや」

(透子の顔を見下ろしたまま、瞬く。眉を顰めて、爪の先で眉間を掻いた)

「……そういうことを言いたかった訳ではないのだ。
 君の心証を害したな。……済まない、久方君。
 ヨキの言い方が悪かったな」

(吐き零す息は、冬の夜だというのに白く染まることもない。
 かぶりを振って、頭を掻く)

「人それぞれ幸せの形があることは判っている。
 君が幸せになろうとしていないのならば、こんな街へなんて出やしないだろう。

 …………。人間としてのヨキは、この街からはじまった。
 そこに暮らす人びとを、どうして蔑ろに出来よう?
 ……力になりたかった。それだけだ」

(踵を返す。
 後ろを見遣って笑み、軽く手を振る)

「そのうち挽回させてもらう」

(それだけ言い残して、人波の向こうへ消える)

ご案内:「歓楽街」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、黒ロングコート、グレーのロングニット、黒カットソー、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールブーツ、シルバーネックレスとバングルとリング>
久方 透子 > 「じゃあ、…助けを呼んだら、そのときはお願いします」

少なくても彼の視界に少女がいる間は、何とか笑顔を保てた。
人ごみの中、消えてしまえば、途端に眉を寄せて、眉間に深い皺を作って、その大きな背を見送る。

「……あーあ。これは怒られちゃうな。
 怪我の言い訳、どうしようか」

がり、と頭皮を爪で掻く。
今はまだ、その身に何の傷も受けてはいないのに。
そんな未来の心配をしながらベンチから立ち上がる。

向かうべきは、自分の住む世界。
自分の秩序へと向けて、歩みを進めようか。

おそらくはきっと、彼とは異なる道。

裏の、世界へと。

ご案内:「歓楽街」から久方 透子さんが去りました。<補足:【乱入歓迎】髪下ろし・コンタクト/マフラー、お古のコート、ミニスカートに黒タイツ、茶のローファー>