2016/01/17 - 22:06~01:44 のログ
ご案内:「廊下」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>
ヨキ > 夕刻、人気のない、美術室沿いの廊下。
アートイベントやデザイン事務所のインターンの案内などが所狭しと貼られた掲示板の前で、
美術室の備品である木のスツールに腰掛けたヨキが電話をしている。
『嬉しそうな声をしてるわね』
電話の向こうで、年嵩の穏やかな女の声が笑う。
「ええ」
ハウンド犬の垂れ耳の下にスマートフォンを差し込むようにして話すヨキの顔は、
その指摘のとおり晴れやかだった。
『良いことでもあったのかしら』
「はい。これから少し、やりたいことが」
『へえ』
笑って、目を伏せる。
恋人に近況を話すような親しさと、母親に秘密を打ち明けるような気恥ずかしさと。
普段の学内ではあまり見せることのない表情だった。
ヨキ > 窓の外の、冬の晴れ間を背にしたヨキの顔に、柔らかな影が落ちている。
瞼を起こし、金色の光を宿した眼差しを正面の床へ向ける。
「このところ、面白い出会いがありましてね。
……見届けたくなったんです」
『やだ。今までは違ったの?』
「見方を変えてみようと思ったんです」
敬語。学外の人間には丁寧な語調で話すヨキではあったが、
島内でこうした話し方をする相手は限られている。
秋に行われた学園祭。
十月の半ば、ヨキたち美術学科の展示を観に訪れた老婦人――
それが、この電話の相手だった。
「常世島の……
『常世学園の』ヨキではなく、
……『ひとりの人間』の、ヨキとして」
ヨキ > 『そう。随分と大きな心境の変化があったようね』
「……はい」
――「人」として生きることを説いた、蓋盛椎月と奥野晴明銀貨。
自身の道に名を連ねるよう求めてくれた朽木次善。
自分を師と仰いでくれ、その顔に光明を宿した生徒たち。
「恐らくは……これが、『夢』というものなんだと思います」
臆しながらも常世島の在りようへ踏み込み、教職への夢を芽生えさせた茨森譲莉。
あの日々が、恋へと至るささやかな切欠だったと気付くには、少し時間が掛かりすぎたけれど。
そして――
自ら掲げる理想へ、揺らぎなく歩み続ける獅南蒼二。
彼が掛け替えのない友人であることと、ヨキを己の最高の魔術を以て殺しに来ることは、
全くの等価値としてヨキの中に根差していた。
「ヨキはそれらの、いずれをも見届け、叶えるつもりで居ます」
ヨキ > 『良いことだわ。
“妙虔さん”もきっと喜ぶわね』
「………………、」
眉間に皺。
「長い回り道でしたがね。
まんまと彼奴の思う壺という訳です」
『ふふ』
「……申し添えておきますが、ヨキは変わらず彼奴が嫌いです。
重々誤解なさらぬよう」
『判ってるわよ』
鈴を転がすような笑い声。
(絶対に判ってない……)
ヨキ > 「……それで」
『なあに?』
「ヨキの異能とも、真面目に向かい合おうと思っています」
畏まった顔。
「……あなたに救われなければ、
ヨキは永遠に『鉱脈』として扱われるままでした」
『………………、』
「その頃のことはもう、今や過ぎ去ったんだと感じました。
……ヨキはもう一度、向き合いたい。
《門》を潜ることになったあの日、はじめて『美しい』と思った――
『金色の輝き』と」
ヨキ > 獣であったヨキの心を打ち据えたもの。
息が詰まり、足が竦み、心臓を握り潰され背骨を絡め取られたかのような錯覚。
心に吹き荒んだ風。圧倒的な力。
『畏怖』。
言葉を持たなかったヨキが、産まれてはじめて味わった感情――
それこそが『美』と呼ばれるものだった。
「人びとの心があれほどの『輝き』を創り出すのなら。
今のままのヨキでは……永遠に、それを成し遂げることは出来ない」
電話口の相手は黙している。
「悔しいんです。
……ヨキは、妙虔が示した以外の『方法』で、人間になってみせたかった」
切れ切れに、ようやく吐き出す。
「でも、駄目でした。
どう足掻いても、この島で誰しもに示され、行き着いた先は――
――彼奴の敷いた道でした」
ヨキ > 電話の向こうで、相手が口を開く。
ヨキは今にも泣きそうな顔をして、笑い、頬を震わせて、俯いた。
控えめな相槌だけが、無人の廊下に密やかに響く。
窓に映るヨキの表情が歪む。
脳裏に掛かった靄が、徐々に晴れてゆくような感覚。
ヨキ自身の憎悪によって歪められていた像が、
少しずつそのピントを合わせてゆく。
ヨキが人の世にやって来る切欠となった、『妙虔』という男。
この地球に放られ、人間に利用され、傷付けられて――救われて。
荒波に身体を裂かれることが、自分に与えられた罰なのだと思っていた。
そうして今の今まで頑ななしがらみとしてきた妙虔への怨念が、
人びとから聞かされた言葉の数々と結ばれて――他ならぬ支えであったことに気付く。
黙して語らず、伏せてきた来歴。
それを思い起こし、反芻し、整理するだけの語彙がついに自分の中に備わったことをヨキは実感していた。
ヨキ > ヨキさん、と名を呼ばれて、背筋が伸びる。
「はい」
『今度、遊びにいらっしゃい。
またゆっくりお話ししましょう』
「……はい、“先生”」
『“先生”は止して頂戴。研究所はもう辞めたのよ』
「いえ。……ヨキにとっては、いつまでも“先生”ですから」
『そう。そしたらどうぞ、貴方の呼び易いように』
「ええ」
密やかに交わされる笑み。
「有難うございます」
話し相手になってくれて。
自分を許してくれて。
――自分を救ってくれて。
ヨキ > ――老婦人は、その名をシキミと云う。
彼女はもともと、異邦人を対象に研究を行う医科学研究所に勤めていた。
その彼女の“正義”が、かつてのヨキを救ったのだ。
金属を無限に生み出し得る触媒とされた、《門》を抜けて間もない頃のヨキを。
当時のことを記憶している者は、もう殆んど居ない。
ごく小さな新聞記事が、学園の図書館や、わずかなアーカイブに残されているばかりだ。
『生命倫理に反する研究を行っていた組織における重金属中毒事故』。
さる小規模な異能研究所において、十数名の研究員が命を落としたとされる事故だ。
原因は不明。外部への影響はなく、土壌の汚染もなし。
その出来事は、違法組織の愚かな末路としてささやかに報じられ、すぐに忘れ去られた。
報道を振り返ったとしても、ヨキがその事故に関わったという言及は何一つ存在しない。
だが“重金属”がヨキの異能によるものであったことは、今や想像に難くないだろう。
悪霊として討たれた魔獣。
ヨキという名と、人の姿を得てはじめに経験したのは――
常世財団とのコネクションを求める違法組織の、物言わぬ傀儡だったのだ。
ヨキ > ヨキという人物について、辿ることの出来る記録は少ない。
点在する情報の断片はいずれも線を結ばず、その全体像を易々と現しはしない。
それでも。
人びととの繋がりに。
折に触れ語られる言葉に。
ヨキの所作に見え隠れする信念に。
それらすべての端々に、真実は秘されているのだ。
「………………、」
通話を終え、スマートフォンを下ろす。
継ぎ目のない首輪にそっと手を遣る。
――“常世”の底から、顔を上げる。
ご案内:「廊下」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>