2016/02/01 - 22:10~02:23 のログ
ご案内:「廊下」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:指定の制服を着た茶髪の男子。背中に真っ白な翼が生えている。>
日下部 理沙 > 廊下の片隅。
自販機前に置かれたベンチに、理沙は座っていた。
遥か視界の彼方には、『立ち入り禁止』の札とテープが掛かった廊下の一角。
その一角にある教室は先日、生徒達によるスケッチが行われていた教室であり……同時に、女生徒の落下事故があった教室でもある。

日下部 理沙 > 女生徒の落下時、教室に同席していた理沙はすぐに風紀委員会からの取り調べと事情聴取を受け、解放されたのがつい先ほどである。
何をしゃべったのかは正直ほとんど覚えていない。
聞かれたことに聞かれたまま答えただけだ。
目の前で女生徒が落ちたけど助けられませんでした。
それ以外に語ることなどあるはずもない。
風紀委員会側も理沙の『異能の性質』を知っている以上、それ以上聞くこともない。
ならば、この事故には事件性などないわけで。
ただの事故ともなってしまえば、別にこの常世島では珍しくもない。
毎日誰かしらが傷つき、時には命を落とすこの常世島だ。
その程度、マクロからみれば取るに値しない些事である。

日下部 理沙 > 事故後は理沙に『あれこれ』いってきた現場の他の生徒達も、理沙の異能の性質をしればむしろ謝ってきた。
時には涙をしてくれた子すらいる。
そう、この事故は誰が悪いわけでもない。
『仕方なかった』のだ。
確かに理沙には翼が生えている。
だが、生えているだけだ。人に翼が生えたら飛べるのか?
人の背に巨大な翼が一対生えた程度で大空を羽ばたき、今まさに五階のベランダから落下していく女子を抱き留める事が出来るであろうか?
 
真っ当に物理学を学んでいるものなら即座に『否』と答えるだろう。
 
実際、それはその通りでしかなく、事実として不可能である。
故に今回は『残念な結果』となった。
たったそれだけの話だ。

日下部 理沙 >  
 
「んなワケあってたまるかッ!」 
 
 

日下部 理沙 > 慟哭と共に、自販機を殴りつける。
常世島のそれは異能者を相手にする都合上、普通のそれよりも頑丈だ。
そんな代物に貧弱な理沙の拳を叩き込んだところで、ディスプレイをへこませるどころかヒビを入れることすらできない。
むしろ、理沙の拳の方から強かに血と痛みが噴き出してくる。

それでも、理沙は拳を振るう事をやめない。 
いや、やめられなかった。

日下部 理沙 > 「何が、進むべき道だ……何が次だ。何が明日だ!
求められたことに応えたい?
嘘を吐け、お前は『与えられたもの』を見て『取り分が少ない』とゴネてただけのガキだ!
自分の不遇を飾って自慢して……どうぞ憐れんでくださいと情けのお零れを貰おうとしてたタダの卑怯者だ!
『次』の『逃げ場』ばっかり探して……最後にこの島に辿りついただけの臆病者だ……!」

ご案内:「廊下」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>
日下部 理沙 > 叩き付けた拳が血に塗れ、ディスプレイの表面が血に染まる。
その血に映る己の顔を叩きつけ、また血が滲み、己が映る。
そうだ、本当はそんなものだ。
自分なんてそんなもんだ。
どこまで逃げたって自分から逃げることなんかできない。

そんな事には、みんな恐らく気付いている。
少なくとも、教えてくれた人たちは知っていたはずだ。
その上で、教示してくれたのではないか?
 
だというのに自分はなんだ。
何に自分は、『甘えて』いたのだ。
 
力なく、自販機の前で項垂れて、涙を流す。
哀しいわけじゃない。辛いわけでもない。
 
ただ、悔しかった。
 
悔しくて、たまらなかった。

ヨキ > 硬く冷えたヒールの音が、風のように廊下をやって来る。
長い裾の飾りが涼やかな音を立て、波打って揺れる。

足早に、一直線に、自動販売機の前で項垂れる理沙の傍らへ。

死者のように生白い手が伸べられて、血を流す彼の手首をそっと取る。

「――止さんか」

静かではっきりとした声色。
見上げればそこに、厳しくも冷淡ではないヨキの姿がある。

「事情は聴いた。いま君が怪我を増やしてどうするね」

日下部 理沙 > そっと、重なる手があった。
真っ白な手。四本の指。優しくも、力強いその手。
良く知るその手と声を聞いて振り返れば。
そこに居たのは、理沙にとってはよく知る恩師であり。
ヨキに向いたのは、悔恨に染まった少年の相貌だった。

分かっている。
ヨキの言っていることはわかる。
それでも。
 
「先生……あの時、あの子は……確かに『俺』にいったんですよ」
 
それでも。

「『どうして』……って……」
 

ヨキ > 白い手を、理沙の赤茶けた血が薄らと汚す。
それを拭き取りもせず、理沙と向かい合う。

理沙が聞いたという言葉に、苦く眉を顰め、目を伏せる。
間もなくして瞼を開き、唇を硬く結んだまま、長く息を吐いた。
頬の強張り。平素のヨキとは異なる、重い呼気。

「君は」

押し殺したような声だった。

「……君が悔やむ気持ちを、十全に理解出来るとは言わない。
 だが、自分自身を責めることだけはしないでくれ」

ヨキの両手が、理沙の両手を取って包み込む。

「ヨキが……あの場に、居てやればよかった」

自分があと、もう少しでも長居していたならば。

「彼女のことも、君のことも」

眉間にきつく皺を寄せる。

「……悔しくて」

短く吐き出して、理沙の手を包む手に力を込めた。

日下部 理沙 > 微かに力が篭るヨキの両手に包まれて。
理沙の手も、強張る。
今初めて理解した気がする。ようやく理解した気がする。
 
誰かの為なんてことは、一つもない。
それはきっと……あくまで、自分が悔やまないためだ。
それは何処まで行っても自分の為で、だからこそ他人の為なんて『嘘』を言わなくて済むようになる。
他人に謙遜されても。他人に遠慮されても。
いいや、他人に『許されて』も。
 
それで『悔やむ自分は良くない』と言い切れることが……本当の、強さだったんじゃないだろうか。
 
ヨキは言った。あの時自分が居ればと。
 
それはきっと、同じなのだ。
理沙の悔やむ気持ちとそれは、きっと。
 
だというのに、自分は。
 
 
「先生……俺のやりたいことが決まりました。
聞いてくれますか」
 
 

ヨキ > 衣服の擦れる音だけを小さく響かせて、包み込んだ手へ祈るように顔を伏せる。
だがその伏せられた眼差しの先に、この教師は祈るべきものを持っていなかった。

「……君が無事で、……よかった」

小さく呟く。
ひとりを助けることは出来ず、もう一人は自分の目の前に。
か細い語調から、その言葉が本心のすべてではないことは明白だったろう。

それこそ、そこに軽重などない。
学生のどちらかが助かったから安泰などという結果は、決してありはしないのだ。

「…………、」

声を掛けられて、理沙へ向き直る。

「ああ。……何かね?」

日下部 理沙 > 理沙の蒼い目が、ヨキの瞳を捉える。
その瞳は揺れていなかった。その瞳はただ真っ直ぐ恩師を見ていた。
己の中に芯を持ち、嘘を吐けても嘘を通せない教師。
自分が無事な事は喜んでくれているだろう。
だが、それだけではない。
片方助かった。でも片方は助からなかった。
助けられたはずなのに。
それは理沙に言っているわけでは決してないのは分かる。
だが、それは理沙にとって問題ではない。
むしろ、だからこそ。

「俺は今後……ずっと……『自分自身を責め続ける道』を選びたい」

理沙も、嘘は吐けない。

「自ら進んで、自分の好きで、自分の勝手で……自責で、この道を選びたい。
俺が敬愛する教師が、そうであるように」

自らの逃避に気付いてしまった以上、容易にそれを選べるほど、『男子』を辞めていない。

「出来ない自分が『気に入らねぇ』から、そうしたい。
『人からどう思われるか怖い』ではなく、『こう思われたときにはこうできる』自分になりたいから。
そうしたい。
翼がそこにある以上……そこに掛かる期待を……見返したい」

その眼は真っ直ぐで、曇りなく。
それでいて。

「『俺』は、『私』に復讐がしたい」
 
一片の光も、伴っていない。
ただ、深く。ただ、蒼い。
その奥を見通すためにそうであると、囁くかのように。

ヨキ > 理沙の言葉を聞きながら、ヨキの表情は冷えたままだった。
時間が止まったかのように瞠られた双眸の中で、金色の瞳に宿る焔だけが揺れていた。

ややあって、口を開く。
乾いた喉が、そうか、と掠れた声を絞り出す。

「……彼女の友人らと同じように、君も彼女のことを忘れないで居てやってくれ。
 君の心は、君のものだ。ヨキや他のものたちが、口を挟んでいいことではない。
 だが……」

蒼い瞳と、真っ直ぐに向き合う。

「その気持ちが、どうか『歩み続ける』ための原動力であって欲しいと思う。
 自分を『責め続けること』が君の行く道を塞いでしまうことだけは、どうか止してくれ。

 それほどまでに、ヨキは嬉しかったんだ。
 昨日の君が、『演劇をやってみたい』と話してくれたことが」

日下部 理沙 > ヨキの言葉を受けて。理沙は笑った。
光の無い目でヨキの顔を見たまま。口元だけを歪めて、能面のように。
いいや違う。

「昨日までの『私』だったら、その言葉できっとまた悩んだと思います」
 
何かに、挑むように。
 
「だけど『俺』は、そんな昨日までの自分が今は許せない。
許して、逃げて、また先生の懐に飛び込んだら……ずっと、アンタから独り立ち出来なくなる。
アンタに甘えることが『刷り込まれ』て、そのままきっと、どこまでも堕ちていく。
アンタに認められることは心地がいい。アンタに甘えることは容易い。
全部全部、ヨキ先生の『お陰』とヨキ先生の『せい』にして生きられたら、きっと毎日気分がいいと思う。
だけど……そんな籠の鳥でいることは『俺』は望まないし、きっと先生も望まないのも、わかってるんだ。
だから、『俺』は『私』を恨むし……そのせいでこの道がいつか途絶えても、俺の勝手にする」 
 
渇いた瞳の向こうに、金色の瞳が映る。
揺らめき踊る焔の彼方に……微かに、冷えた何かが見える。
わかっていたはずだ。鉄に寄り添えば体温が奪われることを。
わかっていたはずだ。だからこそ、己に丁度よく宿るその熱が心地よいことを。
 
「それが、今の俺の答えです。
舞台の上で演者だけを見て演技する大根役者になんてなりたくない。
舞台に居る自分を見る聴衆に……本当にそれが出来るんだと思い知らせてやりたい。
したり顔で『そこ』に座ってた『昨日までの私』に……復讐するために」

ヨキ > 鉄で作られた、冷えた彫像のような顔。
じっと理沙を見つめていたその眼差しが、ふっと和らぐ。
それはどことなく、安堵のようにも見えた。

「判った」

薄く笑って、首を振る。

「……もしもヨキが毒になるのなら、そんなものは吐き捨てたっていいんだ。
 君の歩みをヨキが止めさせてしまうのは、このヨキとて本意ではない」

顔を引き戻すと、ヨキは理沙よりも随分と頭の位置が高かった。
もはや教え子を諭し見守る教師の顔はなく、少年の前に立つひとりの男がそこに在った。

「――だがヨキは、ヨキの毒を飲み下して尚そう言い切った君を喜ぶよ。
 人を知り、自分を知った君は、さぞや冷酷な名優になれるだろうから」

自らの手に付いた理沙の血を、指先が拭って捏ねる。
指の腹を赤黒く染まるのを見下ろす顔は、それこそ芝居のようでさえあった。

「『復讐が復讐を生む』など、現実に決まりきった導はない。
 切り開いて脱皮したら、あとに残るのは何の情緒もない抜け殻だけだ」

ぱたりと手を下ろし、深く笑う。

「もはや君を『心配』する必要はないようだ」

日下部 理沙 > 見上げる顔は、遥か高く。
見下ろす瞳は、柔らかくも、鉄のように鋭く。
分かっていた。彼は今まで『私』を守ってくれていた。
きっとその気であったら、一生。
それが恐らく、ヨキという教師であるから。
何故なら彼は、異邦人。
彼から見れば人間など……いつまでたっても『子供』のようなものかもしれないから。
 
人間も、小鳥を飼えば一生面倒を見る。
それと同じなのかもしれない。
 
だからこそ、彼の愛は……人を容易く堕落させる。
その傷と愚かしさすらも、『愛おしい』と嘯きながら。
 
「毒も薬も、違いなんてない。きっと一緒だ。
俺にその薬はもう必要ないってだけで、きっと先生の薬を欲する人はまだまだいる。
だから、アンタは教師なんでしょうね」
 
深く、深く頭を下げる。
翼を畳み、腰を折り曲げ、しっかりと。
 
「お世話になりました。ヨキ先生。
毒と分かってそれを薬として適切に振り巻くアンタは本当に……教師だった。
だけど俺の復讐に……俺が『選んだ』復讐に、『導く』その薬はいらない。
それをずっと教えてくれてたのに……理解するまで……時間がかかって、すいませんでした」
 

ヨキ > 教え子の瞠目に伴う感嘆でなく、対等な言葉が返る。
耳に届くその音に、声に、言葉の選びに、嫣然たる笑みがいっぺんに融け落ちる。

「――ヨキを教師にしてくれるのは、いつだって君たち学生だった」

待ち侘びた瞬間を迎えたかのよう、ひどく心地良さそうに笑ったのだ。

「そしてヨキを『単なる教師』から解き放ってくれるのも、また」

生乾きの血を拭う。
手のひらが、頭を下げた理沙の背に添えられる。

その手は理沙から奪った熱を彼へと返し、見る見る冷えてゆくかのようだった。
それでいて声の低い調子には、穏やかな熱が保たれている。

「……有難う、日下部君。
 時間を気にすることなどあるものか。みな遅かれ早かれ、誰しもヨキの下を発つ。
 君のその顔を見られて、これ以上ない幸福だよ」

理沙の背から手を離す。

「喪うことを不幸と感じるのも、そこから立ち直ろうとすることも、生けるものの業でしかない。
 それでもその業を強みに昇華できるものが、ヨキには好ましいのさ。

 “常世”は、生きた人間が永く活きるための場所ではないから」

背から生えた翼が、彼の筋肉にしかと統御されているかのような様に、再び目を細める。

「君は進んでゆけるよ。その足でも、その翼でも、きっとな」

日下部 理沙 > 背から、手が離れる瞬間。
つい、泣きそうになる。
それでも、一度歯を食いしばれば……今は、それで済む。
既に、熱は返された。
ならば、それすらも今は……理沙の中にあるものだ。
 
もう、大丈夫だ。

自分に今必要なことは、逃避ではない。
一人すでに取りこぼした。
もう、『ゆっくり』などとは言っていられない。
時間はいつだって、限られているのだから。
 
「ヨキ先生……ありがとうございます」
 
しっかりと目を見て、しっかりと礼を言って。
背を向ける。
手は離された。
ならば、今すべきことは決まっている。
 
「さようなら」
 
まずは、スケッチを描いてくれた子達に謝りに行こう。
本当は飛べるかもしれないと。
殴られても恨まれても構わない。
 
それが今は、自分のしたい事なのだから。
 
己の勝手で、俺は私に復讐をする。
過去は覆らない。 
 
だからこそ……この復讐が終わることも、またきっとないのだろう。
それこそ、墓に入るまで。

ご案内:「廊下」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:指定の制服を着た茶髪の男子。背中に真っ白な翼が生えている。>
ご案内:「廊下」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:指定の制服を着た茶髪の男子。背中に真っ白な翼が生えている。>
ヨキ > 向き合った彼と視線を交わす。
頷いて、足先が自分に背くのを見る。

「元気でやれよ。あとにヨキが望むことは、それだけだ」

遠ざかってゆく背中が廊下の向こうに消えるまで、いつまでも見送った。
静寂の戻った廊下で、ひとり。

踵を返す。
理沙とは逆の方向へ、歩き出す。

足を踏み出したヨキの瞳が涙にも似た光の軌跡を残し、しかしその目は渇いていた。

廊下に響き渡った理沙の慟哭も、自動販売機に残された血も、ヨキの手と肌とにこびり付いた熱も。
浸る間もなく洗われ、払われ、落とされて。

それでも残るものがあるならば、人はそれを『導』と呼ぶのだろう。

幕は上がったのだ。

ご案内:「廊下」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:指定の制服を着た茶髪の男子。背中に真っ白な翼が生えている。>
ご案内:「廊下」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目、スクエアフレームの黒縁眼鏡。197cm。鋼の首輪、拘束衣めいた白ローブ、ベルト付の白ロンググローブ、白ストッキング、黒ハイヒールブーツ>