2015/09/19 のログ
ご案内:「職員室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (午後。学園祭に向けた職員会議を終えて一息吐いたところで、ヨキが自席に腰掛けて居眠りをしている。
 回転椅子の背凭れに深く腰掛けて、ひどく静かに。

 机の上は、ヨキの神経質さそのままに整然と片付けられている。
 紅茶を飲み干したカップは既に冷えて、隣には畳まれた新聞が置かれている。

 異能者相手の人権保護団体について。異邦人排他を掲げる政党の提出法案について。
 異邦人たちの作品を集めたギャラリについて。異能者を集めたチームで奮闘する、無能力の野球選手について。
 報じられた当日よりは、些か扱いの小さくなった『レコンキスタ』イギリス支部について……。

 いずれも日々新聞の上に書かれては忘れられてゆく、ささやかな話題ばかりだ。
 そんな日常どおりの机を前に、無防備な様相でぐっすりと寝こけていた。

 平穏な光景だ。ヨキの顔色が普段から土気色をして、その顔が死人にしか見えないことを除いては)

ヨキ > (緩く結ばれた唇からは吐息ひとつ零さず、装束に隠れた肩や胸は上下している様子さえ見えない。
 椅子に身体を預けきって、身動ぎひとつしない。
 『紅茶に一服盛られて命を落とした』と表現されても文句は言えないレベルで、ヨキの寝姿は死人に似ていた。

 机の上にシャンパンゴールドのスマートフォンが置かれているところからして、タイマーのセットは忘れていないらしい。
 勝手知ったる教師や生徒たちは、みな平然としてヨキの横や後ろを行き交っている)

ヨキ > (ヨキはまだ知らない。
 獅南蒼二が、彼の『凡人教室』そしてクローデット・ルナンとを使い、自分を抹消せんと考えていることを。
 未だヨキの中で、獅南と『レコンキスタ』が結び付くことはなかった。

 そもそも、このヨキという男は学内における限り全くの無防備だった。
 何を聞かれても平然として答え、写真を取られたとて気にしない。
 自信の表れか、あるいは財団に対する妄信か――はたまた本当に警戒が不要と考えているのか、定かではなかったが。

 眠りのうちに、深い呼気が一度交じる。
 細身の鼻が、ふうん、と暢気な息を漏らす)

ヨキ > (スマートフォンのタイマーが鳴り出すきっかり一分前に、すっと瞼を開く。
 淀みの奥底から突如として掬い上げられたかのように、茫洋とした眼差し。
 まるで『ヨキという人格がその身体に宿るのに時間を要するような』、深みの底に微睡む横顔)

「………………、」

(手を伸ばす。
 アラームが鳴るその瞬間、画面に指を滑らせてタイマーを切る)

「……ふぁ。…………くあァ……」

(そうして、大あくび)

ご案内:「職員室」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 > 「やっとついた」
 
新入生、日下部理沙はロクに学内の間取りを覚えていない。
故に職員室に辿りつくのも毎度毎度、一苦労である。
そうやって苦労して辿りつく職員室も、正直あまり居心地がいい場所ではない。
なにせ、理沙の背中には大きな翼がある。
職員室のような棚や書類が多い場所では当然ながら邪魔であるし、気を使いながら歩くのは単純に疲れる。
そんな理沙が職員室に訪れる理由はあまりない。
だが、そこに用事があれば、行くことは必然であり、しょうがないことである。
今回のように教員に用事があるとなれば、そこを訪ねるのは至極当然の事であった。
そう、今日、用がある教員。
美術教諭のヨキ先生。
その先生のデスクをきょろきょろと探し、そのへんの教師に場所を聞きながら近寄れば。
 
「……?!」
 
土気色の顔でぐったりとしているヨキ先生の姿。
これには理沙も色を失い、手を伸ばしながら声をかければ。
 
「よ、ヨキ先せ……えぇ……?!」
 
携帯端末のアラームが鳴る直前に目をさまし、それを止めて大あくびをするヨキ先生。
どうも寝ていただけらしい。
いや、寝てたのか?
理沙からみると昏倒から起き上がったようにしかみえない。
まるで奇跡の生還である。
 
「え、えと……ヨキ先生、大丈夫、ですか?」

ヨキ > (相手の声に、深い瞬きを一回。
 目頭を擦り、ゆっくりと振り返る。
 

 ――相手が誰であるかを理解していないかのような、忘我の眼差し。
 日本にはおよそ自然と生まれ持つことのない金色の目に、どろりと焔。
 意志の通じない、獣の目――)

(……が。
 突然ぱちりと開いた)

「……ん……おお、日下部君!やあ、君か。こんにちは。
 ヨキかね?いいや、もちろん大丈夫さ。見た目はこうでも、いつも元気だ」

(過日に駅前で出会ったときと同じ顔で、気さくに笑う。
 一瞬だけ過った人ならざる者の表情が、まるきり嘘のようだった。
 何か用かい、と小首を傾ぐ)

日下部 理沙 > 「……っ」
 
思わず、息をのんだ。
そこにあったのは……獣の目。
人ならざる者の眼差し。金色の瞳に浮かぶ、焔の虹彩。
それを見た瞬間に、音がきえた。光が途切れた。
理沙の五感の全てが、ヨキに釘付けにされた。
理沙はよく異邦人と間違われる。
それもそうだ、なにせこの翼なのだ。
異界由来の有翼人と間違えられても無理もない。
だが、その時、理沙はハッキリと思った。
 
間違えるのは、この『瞳』を知らない連中だけだ。
 
見られただけで射竦められる。
目を合わせただけで喉が縮こまる。
そんな、『この瞳』を知らない奴らだけだ。 
この瞳を知っているのなら、一度でも見たのなら……間違えるわけがない。見紛うはずがない。
体が強張る。全身が総毛立つ。翼が震える。

その全てが、ヨキが『駅前であったときと同じ顔』に戻るまでの、ほんの一瞬の間で理沙の全身を駆け巡った。
 
「え、あ、ああ……大丈夫なら、その、よかった、です」
 
いつかのように陽気に声を掛けられて、ようやく、理沙も返事を返すことができる。
先ほどまでの、一瞬で訪れた『何か』が嘘のように、理沙の周囲の空間が音と光を取り戻す。
 
……気のせいだったのだろうか。
 
「あ、はい、その……実は、美術のほうの課題で今度絵を描くことになりまして。
美術教諭のヨキ先生からアドバイスを頂きたいと……」
 
そういって、鞄からラフを取り出して差し出す。
鉛筆書きの風景画だ。
異邦人街の駅前の様子が描かれている。

ヨキ > (理沙の中に駆け巡った逡巡に、ヨキは気付く風もない。
 ごく一瞬のまぼろしのように、『それ』はたちまち遠くへ過ぎ去っていた。
 言葉を詰まらせる理沙の様子に、ヨキは顔色がよくないからなあ、とてんで的外れな呟きを返す)

「ほう、美術の課題で?
 嬉しいな、それでヨキを頼りに来てくれたという訳か。
 ふふ、喜んで力になるとも」

(差し出された紙を、壊れ物のように優しく受け取る。
 描かれた風景を見下ろして、柔らかく笑みを深めた)

「……これが、日下部君の絵か。
 ここは……あの異邦人街の、駅前の通りだな?よく描けているじゃあないか。
 アドバイスが欲しいということは……自信がないのかね?」

(理沙の顔を見遣って尋ねてから、再び絵に見入る)

日下部 理沙 > すっかり以前と同じ物腰穏やかな教師に戻ったヨキをみて、理沙も心中で安堵する。
何かの見間違いだったのだろう。もしくは、寝起きでちょっとだけ機嫌が悪かったのかもしれない。
それきり、理沙も気にしないことにした。
その畏と向き合いたくなかったからかもしれないが。

「はい、知人の先生で美術教諭となると、ヨキ先生以外に頼れる方がいなくて……
あ、そうです、ヨキ先生の言う通り異邦人街の駅前の通りです。
……自信がないのも、先生の言う通りです」
 
そういって、理沙は顔を伏せた。
ヨキ先生は最初あったときもそうだったが、意図も容易く自分の心中を見透かす。
それが心強くもあり、気恥ずかしくもあった。
 
「私は、この見た目ですので異邦人街の駅前にだけは良くいくのですが……そこから先は、あまりいったことないんです。
私はあくまで……翼が生えているだけの人間ですから。
だから、あの町じゃあ、なんというか……余所者の自分がそれを描いても、上手く出来てるかどうか、わからなくて……」
 
若干、視線を泳がせながら、そう不安を語る。
ヨキも一目で『生来のものではない』と見抜いたその翼。
そんな生粋の有翼人から見れば恐らく紛い物でしかないそれを持つ自分が彼らの街をかいても、大丈夫なのだろうか。

ヨキ > 「先生に向かって、アドバイスが欲しい、とはっきり言える生徒はなかなか少ないものさ。
 だからもしかすると……悩んでいるのやも知れん、と思ってな」

(理沙の説明に耳を傾けながら、目は理沙の顔と絵とを交互に見ていた。
 彼の視線が言葉と共に揺らぐのに、ふうむ、と低く息を漏らして)

「異邦人ではない自分が、異邦人の街をきちんと描けるかどうか不安……、か」

(人間である理沙の懊悩を知ってか知らずか、普段どおりの明るさで言葉を続ける)

「日下部君は、海外旅行をしたことがあるか?
 『異邦』とは、すなわち自分とは異なる文化圏のことだ。
 ここは確かに君が産まれた日本なのに……常世島の中には、どこよりも遠い外国がある。
 はじめての風景に、感動したり、面食らったり、躊躇ったり……それ自体は、決して悪いことではない」

(紙を両手で持ち、描かれた風景を理沙に向ける。
 本人にとってはきっと散々向き合ったであろう、鉛筆の街並み)

「この風景を見たとき……君は、『どこ』がいちばん目に付いたかね。
 描いてみよう、と思ったこの景色の中で……最も君の目を引いたものは、何だった?」

日下部 理沙 > 「何処よりも、遠い場所……」
 
理沙は、外国に行ったことはない。
それどころか、本州を出て海を越えたのだってこの常世島に来た時が初めてだ。
だが、ヨキの言わんとすることは、理沙にも伝わった。
ここは、『遠い』のだ。
今まで自分がいた世界と比べると、何処よりも、ただ……遠い。
自分がいた所とが違う、何処か。
 
もしかしたら、自分の居場所になるのかもしれない、何処か。
いや、それすらも、今はまだ都合の良い願望でしかない。
だが、その願望のまま、その欲する望みのままに奔らせた筆の先は……当然、分かっている。
 
「道行く異邦の人たちが、目につきました。
『翼』を誰もみない彼らの横顔が、目につきました。
だからきっと……その街の、そんな、『当たり前』が、きっと一番私の目についたんだと思います」
 
果たしてそれは理沙に描けているのか。
理沙にはわからない。
だが、理沙にとっての異邦人街はそれであり。
だからこそ、自分はいつまで経っても余所者だった。
それは、果たして良い事なのか。悪い事なのか。
理沙にはわからない。

ヨキ > (理沙の少ない言葉を止めはせず、彼が考えるままに任せる。
 そうして口を開くたび、真摯に受け取って、消化し、言葉を返す。
 まるで異邦人たる自分と、地球人の彼との溝を大らかに埋めてゆくように)

「当たり前の風景。そうだなあ、君にとっては外国でも、彼らにとってはここが住み場所だからな。
 ……でもなあ、君が外国に突然訪れてしまったのと同じように、彼ら異邦人もまた『突然見も知らぬ外国に住まわざるを得なくなった人たち』なんだ。

 彼らにとっては、翼はあまりに当たり前の持ち物だったやも知れん。
 だが逆に、こんな風にも考えてはみないか。
 君が『翼に不便している人間』だと気付いていて、なお――声が『掛けられなかった』と。

 もしも彼らの方こそ、自分たちを『余所者』だと思っていて……
 『日本人に声を掛けるのが憚られる』と感じているとしたら?」

(ゆっくりと、穏やかに。言葉を選ぶ)

「果たしてそこにあるものが『当たり前』かどうかは……本人でなければ、本当には分からないことさ」