2016/01/31 のログ
ご案内:「教室」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 椅子に深く身を預けて座る姿が、その教師が一般的な人間よりも背が高く、また身体が重いことを物語っていた。
「――それでは今回のレポートの提出は、木曜の17時までとする。
既に重々承知と思うが、ヨキはインターネットからのコピペには聡いので注意するように」
計ったかのよう、鐘の音と同時に授業が終わる。
多くはない人数の学生が、出席票を提出し、教師や学生らといくつかの話を交わして退出してゆく。
一月も後半。獣人教師ヨキが行う講義も佳境にあった。
異邦人だからといって、小手先が通用する訳では全くない。その代わり、ユニークな着想や解釈には大変に好意的だった。
講義の題材は、古典絵画からサブカルチャーまで幅広い。
土産のお裾分けや交換もしばしば行われ、師弟間の距離は学生が望むだけ(可能な限り)縮められた。
そういう授業が一コマ終わって、時刻は夕方。
一日の実習や講義を終えて、一息ついたところだった。
背後の黒板には絵画の写しや写真が貼られ、整然としたチョークの文字が残っている。
ペットボトルの茶をぐいと飲み干し、レジュメの束を教卓の上でとんかとんかと角を揃える。
ご案内:「教室」に日下部 理沙さんが現れました。
■日下部 理沙 > 夕刻。ベランダが朱の彩りを増す放課後。
丁度、生徒たちが疎らに散っていく時間に、逆に集まってくる生徒たちもいる。
時限が変われば、教室の用途もまた変わる。
次の授業は写生の授業。
それに合わせてやってくるのはスケッチをする生徒たちと。
「あ、ヨキ先生……」
被写体にして新入生。
白い翼を持つ一年男子、日下部理沙。
「御無沙汰してます」
昨年よりはいくらか明るい表情で、理沙は恩師にそう声をかけた。
■ヨキ > 椅子から立ち上がり、時計を見遣って荷物をまとめる。
黒板に貼り付けていたものを綺麗に剥がし、文字を消してゆく。
紙の束を小脇に纏め、次の授業の学生たちが入ってくるのと入れ替わりに、部屋を出ようとして。
入ってきた理沙と目が合い、おお、と足を止めた。入口の脇へ身体を引いて、表情を明るませた。
「やあ、日下部君か。元気そうだな」
笑い掛け、その顔を見遣る。
「ふふ。随分といい顔になったな。
迷いは晴れたかね?」
■日下部 理沙 > 問われれば、以前よりは晴れやかな笑みで返して、小さく頷く。
「はい、お陰様で。それもこれも……友人や、先生方の助けがあってこそです。
この翼でも出来ることや……期待されることにせめて答えて……出来ることからやってこうって。
今はそう思っています。
だからとりあえず……スケッチの被写体になって欲しいと美術専攻の方々に頼まれまして……早速。
あ、すいません、準備します、大丈夫です」
理沙に対して「日下部君準備終わったらいってね」などと笑いかけてくる生徒達に返事を返しながら、改めてヨキに向き直る。
「先生、お暇でしょうか?
もしよければ……スケッチの間ずっと座っているのも退屈ですので……一緒にお話を出来ないでしょうか?」
理沙がそう提案すると、「いいねー、絵になるから先生も座ってよー」などとスケッチの生徒達も囃す。
■ヨキ > 理沙の答えに頷きを返し、ほっとしたように眼差しを和らげる。
「そうか。――よかった。
君のことは、ずっと心配していたんだ。
持ってしまった異能のために、この先ずっと悩み続けてしまうのではないかと。
すぐに不便がなくなる訳ではないが……利用してやることは出来る。
それにしても、絵のモデルか。
君は翼だけでなく、顔の作りもいい。見栄えするよ」
笑ってはいるが、冗句の類で口にしている訳ではなさそうだった。
理沙からの誘いと、それに乗じる学生たちの声に、ぱちぱちと瞬きして自分を指差す。
「ヨキも?
ふ、はは。絵の邪魔にならないだろうか?
いいよ、君らが楽しくやれるなら」
楽しげにふっと吹き出して、理沙が座るべき椅子の傍らにもう一脚増やす。
「二人とも、格好良く描いてもらわなくてはな」
■日下部 理沙 > 「か、顔!?
え、ええ、そんな……いや、で、でも……女子からも人気のあるヨキ先生に言われると……その……きょ、恐縮です。
私はともかく……ヨキ先生はとってもカッコ良く描いて欲しいですね」
顔を真っ赤にして、あたふたと両手を虚空で彷徨わせる理沙。
例え男性とは言えど、それこそ整った顔立ちの上、色気のあるヨキにそんな事を言われれば、初心な年頃の少年ではひとたまりもない。
「先生ったら男の子まで口説いちゃってイッケメーン!」などと女子たちにまた囃されながら、理沙とヨキは二人揃って対面して、椅子に座る。
椅子が置かれた場所は開けっ放しのベランダ。冬空で冷える筈であるのだが、此処は天下の常世学園。
真っ当な外の常識など通用する筈もない。
如何なる異能か魔術か、届くのは冬晴れの心地よい夕の日差しばかりで、空っ風どころか隙間風すら届きはしない。
完璧な空調である。空気の層か何かが調節されているのだろう。
外の風鳴りも届かない異形のベランダで、異能者の生徒と異邦人の教師は向き合う。
「なんだか、こうやってゆっくり喋るのは久しぶりですね。
いや、お互いに腰掛けて喋るのは……もしかしたら初めてでしょうか?
そう思うと、ちょっと不思議な気持ちですね」