2016/06/18 のログ
ご案内:「屋上」に蘆 迅鯨さんが現れました。
蘆 迅鯨 > 夕刻、屋上。ベンチに座っているのは黒いフードの少女――蘆迅鯨である。
島の季節はといえば夏も近づく頃だが、迅鯨は相も変わらずフードで頭を覆っているのだった。
周囲にはまだ、迅鯨の他に誰もいないはずだ。自らの目でそれを確認した上でもなお、人目を憚るようにベンチの隅で縮こまっている。
金属色の光沢を纏うサイバネ義足が、未だ沈まぬ陽の光によってその輝きを一層目立たせていた。

蘆 迅鯨 > 教室内でサイバネ義足が突然機能障害を起こしてから数ヶ月、
今や義足は以前のように正常な動作をするようになっていたものの、
先に機能障害が治っていた左足側の膝から下に、今度は負荷による物理的な損壊の恐れがあると診断された。
取り急ぎその部分を有り金で賄える範囲内で交換したことにより、
現在迅鯨の左膝下側は右脚と異なる棒状の義足になっている。
武装展開時に姿勢を維持するため備えられた変形機構を丸々取り除いたことで、事実上戦闘行為はほぼ不可能となった。
未だ仇敵との決着もつかぬ状況ではあるが、迅鯨はその選択を悔いてはいない。
どのみち戦場には戻れぬ今の彼女には、このようなものは過ぎた力だ。

蘆 迅鯨 > 今の迅鯨が抱えている苦悩の根本は、そこにはない。
――迅鯨は未だ、たちばな学級からの『卒業』はならぬ身である。
無差別、一方的に周囲へテレパシーを発する自らの異能、
それを完全に制御する手立ては、未だ見つかっていないのだ。
故に、こうして一人思案にふけるだけでも場所を選ばねばならない。
『星の子ら』のテリトリーである落第街へ赴かずとも、
迅鯨の顔は――そして"声"は、自らの想像以上に知れ渡っている。
違反学生のみならず、一般の生徒からでさえいつ理不尽な暴力に曝されてもおかしくはない。

「(……こんなんじゃ、カワイイ後輩やあの狐の姉ちゃんにも合わす顔がねェや)」

そんな心中の呟きもまた、容赦なく周囲へ漏れ出てゆく。

蘆 迅鯨 > 何より、迅鯨を今日まで苦悩させ続ける最大の原因となっているのは、
かつて迅鯨がその異能により、図らずして精神を破壊してしまった美術部員の少女――剣埼麻耶のことであった。
商店街のとあるショッピングモールで再会を果たし、寮内の自室にまで押しかけてきた剣埼は、
自らの精神を破壊した迅鯨に対して怨恨も憎悪も表さず、
それどころか迅鯨との再会を喜び、感謝の言葉まで述べ、終始笑顔で接していた。
そして迅鯨には、それが堪らなく恐ろしかったのだ。

蘆 迅鯨 > 理解ができない。納得がいかない。――怖い。
迅鯨は俯き加減になり、ベンチの手すりに力なくもたれかかりながら思考を続ける。

「(俺は恨まれて当然のことをした。剣埼には俺を憎む権利があった。だのに……)」

迅鯨の部屋を訪れた時、剣埼は言っていた。あれは不幸な事故だと。
自分よりも迅鯨のほうがよほど辛かったであろうと。
だが、迅鯨が考えていたことは、剣埼の思いとは正反対であった。
つまり、本当に辛かったのは剣埼のほうだ――と。
彼女の笑顔も、自身を恨んでいないという言葉も、
すべて迅鯨を安心させるため、無理をして作っているものに違いないのだと。
そう言い聞かせることで、迅鯨は自らの精神の危うい均衡をどうにか保っていた。

蘆 迅鯨 > 長い髪を顔の横で長いポニーテールに束ねた剣埼の笑顔、
そして彼女が迅鯨に見せた、どこか狂気を孕む絵画のイメージが、
迅鯨の脳内で何度も反復され、そのたびにテレパシーに乗って周囲へと放出される。

「(俺は……)」

あいつに何をしてやれるんだろう――ふと浮かんだそんな言葉を振り払う。

「(……俺が、できるのは)」

――剣埼から、距離を置くことだけだ。

蘆 迅鯨 > 「(……これ以上考えてても、しょうがねェか)」

いかに思考を巡らせようとも、迅鯨の中では同じ結論に行きつくだけだ。
それに、元々寂しがりな迅鯨は一人でい続けることには耐えられなかった。
前を向いて重い腰を上げ、軽い歩みで屋上を去らんとする。
そうしてまた、商店街にでも遊びに行くのだろう。

ご案内:「屋上」から蘆 迅鯨さんが去りました。