2016/07/17 のログ
ご案内:「ロビー」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 野太い悲鳴。
それから、何か大きなものを倒したような、けたたましい金属音。
近くの部屋から様子を見に飛び出してくる人びとに向かって、
済まん、何でもないのだ、済まぬ、という慌てた謝罪の声。
ヨキがロビーで盛大にすっ転んだ音だった。
今シーズンになって初めて履いてきた気に入りのサンダルのヒールが、根元から見事に折れたのだ。
一般的なヒールよりも太いチャンキーヒールとあって、購入から数年ほど愛用してきたのだが、
今夏になって寿命が来たらしい。
ついでに、転んだ際に足を挫いてしまい、こうしてロビーの隅で休んでゆく羽目にもなった。
センセー可哀想だからこれあげる、と通り掛かった教え子からもらった
チョコチップクッキー(一袋一枚入り)を齧りながら、肩を落とす。
「うう……済まぬ……ヨキに買われたばかりに酷使されて……」
異能を使えば代わりのヒールを生成することなど朝飯前だったが、
それにしても愛用品が予期せず壊れると落ち込むものだった。
椅子に座って四本指の足を組みながら、手にしたサンダルをさめざめと悼む。
■ヨキ > 先端の指のつくりは人間と同じだが、土踏まずから後ろがすぐにふくらはぎへ続く足を擦る。
踵がない足の、足首と思しき部分だ。
「恐らくヨキの厄を代わりに被ってくれたのであろう……」
にしては、足首を随分と痛めてしまったが。
ともあれ、片足のヒールだけ金属質に様変わりしたサンダルを床に置く。
ごつん、と重たげな音がした。
「個展が始まる前に、よい履き物を仕立てよう。景気づけだ」
■ヨキ > しばらく休んだ後、サンダルを履き直し、ヒールで床を軽く叩く。
金属製ともなれば無論のこと頑丈だが、何せ装飾を施したとて無機質に過ぎる。
夏は夏らしく、涼やかに見えるのがいちばんよい。
海開きも迎えたこの時期、面倒を見ている子どもらに外出をせがまれるのは間もなくだろう。
自分は海の家で涼を取りつつの引率、である。
「忙しくなるな」
昼間のロビーは、ガラス越しに見る外の光が鮮やかだった。
テーブルに半身を向けて肘を突き、何を見るでもなく屋外を眺める。
■ヨキ > のっそりと立ち上がって、自動販売機へ向かう。
心なしか片足を引きずって緑茶を買い求め、喉を潤す。
保健室に行って、湿布の一枚でも貰ってくることとした。
ヨキの身体にどれほど効果があるとも知れないが、
そのままにしておくよりはましだろう。
頑丈ではあるものの、それだけ扱いに難儀するのがこの身体だ。
人と化生との交じりものは、自分自身でさえ未だに全容をどこまでも把握できない。
■ヨキ > (……全容が知れる前にくたばる場合もありうる、か)
さて、とひとつ大きく伸びをして、再び歩き出す。
あとの授業は座学であることが救いだった。
セミの鳴き声が遠く響く廊下を、規則正しい歩調が互い違いの足音で歩き去る。
ご案内:「ロビー」からヨキさんが去りました。