2016/11/07 のログ
ご案内:「廊下」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 「さあて、今年も無事に始まったな」

美術系のゼミにとって、作品制作のひとつの山場とも言うべき常世祭。

ヨキが受け持つ金工ゼミの面々は、今年も常世大ホールを借りて展示を行っている。
搬入や展示の準備は恙なく終了し、めでたく開会を迎えることと相成った。

ヨキはといえば、週一回の特別講義やワークショップを予定している。
それらの準備を一通り済ませた初日、まずは会場内を見て回ることにしたのだった。

奇矯な白装束を着た長身の男は、人通りの多い学内でもよく目立つ。
地図や出展物が掲載されたパンフレットをぺらぺらと捲りながら、賑やかな廊下を歩いてゆく。

ヨキ > ヨキの場合、単に楽しむのみならず、言うまでもなく校内の巡回も兼ねている。

人の出入りが増えるということは、それだけ風紀に油断も現れやすい。
祝祭の場が古来より性愛乱交その他不純な交遊の性格を持っていたとしたって、守るべきモラルはある。

早い話が、犬が縄張りをパトロールしているようなものだ。
ともかく今のところ会場内は明るく朗らかで、心配事は何もない……。

「――おお。
 君らはここで出店をやっておるのか。何々、手作りドーナツ」

さっそくエプロンを着けた顔見知りの女子グループとキャッキャしているが、それはひとえにヨキの“人徳”だ。
出来立てのあたたかなドーナツを買い求め、一口頬張る。

「うまい。なかなかイケるな……買い食いの醍醐味だ。ありがとう」

女子らへ手を振り、再び廊下を歩き出す。もぐもぐ。
決して不純でも何でもなく、師弟の正しいコミュニケーションの形である。

ヨキ > ドーナツ片手に、赤色の、革の財布を鞄へ仕舞う。
使い込まれてしっとりとヨキの手に馴染んだ艶。

それは去年の常世祭で、ある女子生徒から贈られたものだ。
自分の髪の色と同じ財布。アタシのことを忘れないで、という台詞を、ヨキはずっと覚えている。

(……もう、一年が経ったのだな。早いものだ)

人間として、色が見えるようになった目。
荒野から戻ってはじめに確かめたもののひとつが、この財布だった。

目を刺すような刺激。
人目を引く、熱を持つ色。

自分は着実にステップアップしていて、掛けがえのない友人が出来て、あろうことか人間に生まれ変わって。
出来るようになったことも、出来なくなってしまったことも数多い。

大きな催し事はいいものだ。
次がやってくるたび、それまでの一年を思い出す契機になる。

ヨキ > ――ともあれ、食べ歩きなるものはどうしてだか食が進む。

ドーナツに始まり、お好み焼きに焼きそばリンゴ飴にチョコバナナ。
昼飯時を過ぎた頃、ヨキは早くも常世祭の食を満喫していた。

オーソドックスなお祭りメニューを楽しんだ後は、そろそろ“常世祭ならでは”の楽しみも欲しくなってくる。
食に限らず、珍しい出し物は枚挙に暇がない。

次はどこへ行こうかと、新しく辿り着いたフロアの左右の廊下を見渡した。