2015/07/04 のログ
■ヨキ > (屋外へ背を向け、壁に背中を付けた格好で、もくもくと口を動かしながら、目は美術室の床にこびり付いた絵具の跡を、奥の窓際に並ぶイーゼルを、裏返しに重ねられたキャンバスを見ている。
腿の上で、所在無げな右手の人差し指が何ものかの形を描く)
「……ヨキにはせねばならんことがある、創らねばならないものが、」
(気難しい顔で頬をパンに膨らませながら、規則正しく一口につき30回噛んで、徐に飲み込む)
■ヨキ > (その長身のわりに、口にしたのは丸いパンがひとつきり。女子生徒よりもよほど長い時間を掛けて食べ終えると、紙袋を折り目に沿って丁寧に折り畳む。それを上着の懐へ差し入れて、代わりに手のひらほどの小さなクロッキー帳を取り出した。
短い指先で鉛筆を摘むように持ち、絵とも文字ともつかない着想の火種を、さらさらと書き付けてゆく)
ご案内:「廊下」に日恵野ビアトリクスさんが現れました。
■日恵野ビアトリクス > 通りかかる。小脇にはスケッチブック。
(……おや)
たしか美術の教師だったか。
金工にはさして興味がなかったために、授業は取っていなかった。
他人がクロッキーをする姿を見るのは少し珍しい。
足を止めて、そっとその様子を伺う。
■ヨキ > (風景にも事物にも目をくれず、俯き加減に鉛筆を走らせる姿はいかにも内省的だ。視界の端、床に人影が映り込んで手を止めた。
気配を感じ取った獣さながらの首の動きで、生徒のほうを見遣る)
「…………。君。授業かね?次の時間は空いていると思ったが」
(この空間を独り占めする心積もりであったらしい。自らの声が柔く反響するのに併せて、髪の下で耳がわずかに動いた)
■日恵野ビアトリクス > 気づかれ、声をかけられてわずかにたじろぐ。
「いえ……」
こめかみを掌で押さえて。
「何を描いているのか気になりまして。
……お邪魔でしたか?」
物珍しさについ覗きこんでしまったが、
自分もそうやって集中を乱されることは好まない性質だったことを思い出す。
声に申し訳無さが混じる。
■ヨキ > (金色の目が相手をじっと見つめる。相手の言葉に、いや、とかぶりを振って)
「構わん、ヨキに邪魔はない。
……試験中ならばこの辺りは静かだからな、少し借りようと思っていた。職権濫用という訳だ」
(紙の上には、一羽の鳥が描かれている。その鳥の翼は、大きな花の花弁だった。生き物とも植物ともつかない)
「確か……君、美術部に居なかったか。あすこは人もあまり多くないだろう」
■日恵野ビアトリクス > 見据えられて反射的に目を伏せる。
花の翼の鳥。
歪ではあるが、精緻な秩序が同居しているそれは
どこか目の前の男――ヨキに通じるところがある、と感じる。
構わない、と言われれば謝意を表して頭を下げる。
「ええ。美術部の日恵野です。
……仰るとおり多くない上に、顔を出さない部員も多くて。
ぼくに支障はありませんけどね」
画材や資料、場所を借りられれば十分。
ビアトリクスにとって美術部の部室とは
気安く足を運べる美術室ぐらいの価値しかなかった。
■ヨキ > (目を伏せられても、遠慮することをしない。
鉛筆を挟んだまま顎へ添える指先は、手のひらの大きさにそぐわず短い)
「君にとっては、美術部の居心地が好いらしいな。
人間は異能を使わずとも魂を削り出すことが出来る、というのに、美を産み出す見い出す術はどうも影が薄い。
……ヒエノ君。いい冷淡さだ。覚えておこう。君は絵を描くのが好きなのか?」
(相手が抱えるスケッチブックを一瞥する)
■日恵野ビアトリクス > いい冷淡さ、と言われて、肋骨の隙間に冷たいものを押し入れられるような感覚を覚える。
すぅ、と短く呼吸して、それを静かに嚥下した。
「さて……どうでしょうね。
好きになりたい、とは思っていますが」
とぼけた回答。
先日は絵が好きだ、と堂々と言い放ったが、
あれは単に勢いから出ただけのことだ、と思う。
「美術芸術というのは、効率の悪い手段ですから。
数年研鑽したところで、観る者から奪えるものはほんの数秒の時間。
魂を縫い止め殺せる程度に至るには、どれほどの投資を要するんでしょうね」
肩をすくめる。
■ヨキ > 「好きになりたい、か。
技術は手を動かしただけ応える。発想の豊かが育つかは保証しないが」
(ふっと笑う。唇が裂けたほんの隙間に、波打つように牙が並ぶ)
「投資か。身体的にも精神的にも、そして経済的にも必要だ。
先人がパトロンなくして名画を産み出し得なかったように、そしてヨキが教師をやっているように。
君は……名声を求めるような性質には見えないな。
それとも、魂を縫い止めたいと思う者が在るかね?」
■日恵野ビアトリクス > 「否が応でも、長い付き合いになりますからね、絵とは。
なら、仲良くしておいたほうが得でしょう」
皮肉めいた薄い笑み。
「金でも、名誉でも。もらえるものならなんでもほしいですが。
魂を縫い止めたいやつなら、結構いますよ。
この世にはぼくの気に食わない連中ばかりだ」
スケッチブックを開き、そのうちの1ページを破り取る。
白紙だったそれは、指の動きに靡く間にいつのまにか
泥まみれで溺れた鼠の鉛筆画が描かれていた。
それがビアトリクスの異能だった。
「周りの連中に銃や刀が支給されていた一方で、
ぼくに渡されたのは絵筆でしたから」
くつくつと笑う。
■ヨキ > 「そうだな。長く付き合い、長引くならば。味方は多い方がいい。
……その物言い、留められた方はさぞかし堪ったものにはならなさそうだ。……、」
(見る間に現れた鉛筆画に、ほう、と小さく声を漏らす。
視線を相手の顔へ引き戻して)
「それが君の異能か。便利だな。
……鉛筆の芯は減るのか?そうでなければ、『投資額』は大層な節約になるだろう。
あるいは他の負担が増してもおかしくはないが」
(日恵野の笑みに、目を細める)
■日恵野ビアトリクス > 「減りはしません。多少の集中が必要になるぐらいで」
溺れ鼠の描かれた画用紙を差し出す。
僅かな間に“描かれた”ものであるためか、出来は粗雑だ。
それよりも、間近で観察すれば、光の反射にどこか違和感を覚えるだろう。
指で触れてみたとしても、黒い汚れがうつることもない。
「まあ……“にせもの”なんですけどね、それで出来る絵は」
それは“描いた”というよりは……
“印刷”のほうが表現としては近いだろう。
■ヨキ > (紙を受け取る。鼠に視線を落とし、紙を傾け、照り返す黒鉛がないことを察する。
悠然と立ち上がり、窓枠の縁に紙を立て掛けて眺める様は、いかにも授業の講評会だ)
「……ゼロからイチへ、無から産み出す力は誰にも、ある。
だがその力をイチより伸ばそうとするならば、影響の多かれ少なかれ“にせもの”から始まるものだ」
(高い位置から日恵野を見下ろす。慰みを一切含まない声)
「魂を奪うには遠いな。だが、“描き上げた”ことは評価に値する」
(紙を裏返し、その隅に鉛筆で『3』と小さく書き込む。3点。
日恵野に紙を差し戻したところで、チャイムの音が響く)
「……ああ、昼休みが終わるな。きちんと休んだか?
ヨキは君を授業へ返さねばならん。話を止めるのは、些か惜しいが」
(ではね、と緩く手を挙げ、スツールを抱え直す。
美術準備室へ引っ込んで、がらりと戸を閉めた)
ご案内:「廊下」からヨキさんが去りました。
■日恵野ビアトリクス > 『3』という数字を眺めて目を瞬かせる。
手厳しい評価だ。10点満点か100点満点かは知らないが。
しかし別にそんなことで傷ついたりはしない。
本気で描いたわけではないのだから。
むしろ。
「…………」
呆然とした表情。
小さな息衝き。
ヨキがその場を去ってからも、
ビアトリクスはしばしその場に佇んでいた。
強く自らを恥じていたのだ。
ご案内:「廊下」から日恵野ビアトリクスさんが去りました。