2016/01/17 のログ
ご案内:「廊下」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 夕刻、人気のない、美術室沿いの廊下。
アートイベントやデザイン事務所のインターンの案内などが所狭しと貼られた掲示板の前で、
美術室の備品である木のスツールに腰掛けたヨキが電話をしている。

『嬉しそうな声をしてるわね』

電話の向こうで、年嵩の穏やかな女の声が笑う。

「ええ」

ハウンド犬の垂れ耳の下にスマートフォンを差し込むようにして話すヨキの顔は、
その指摘のとおり晴れやかだった。

『良いことでもあったのかしら』

「はい。これから少し、やりたいことが」

『へえ』

笑って、目を伏せる。
恋人に近況を話すような親しさと、母親に秘密を打ち明けるような気恥ずかしさと。
普段の学内ではあまり見せることのない表情だった。

ヨキ > 窓の外の、冬の晴れ間を背にしたヨキの顔に、柔らかな影が落ちている。
瞼を起こし、金色の光を宿した眼差しを正面の床へ向ける。

「このところ、面白い出会いがありましてね。
 ……見届けたくなったんです」

『やだ。今までは違ったの?』

「見方を変えてみようと思ったんです」

敬語。学外の人間には丁寧な語調で話すヨキではあったが、
島内でこうした話し方をする相手は限られている。

秋に行われた学園祭。
十月の半ば、ヨキたち美術学科の展示を観に訪れた老婦人――
それが、この電話の相手だった。

「常世島の……
 『常世学園の』ヨキではなく、

 ……『ひとりの人間』の、ヨキとして」

ヨキ > 『そう。随分と大きな心境の変化があったようね』

「……はい」

――「人」として生きることを説いた、蓋盛椎月と奥野晴明銀貨。
自身の道に名を連ねるよう求めてくれた朽木次善。
自分を師と仰いでくれ、その顔に光明を宿した生徒たち。

「恐らくは……これが、『夢』というものなんだと思います」

臆しながらも常世島の在りようへ踏み込み、教職への夢を芽生えさせた茨森譲莉。
あの日々が、恋へと至るささやかな切欠だったと気付くには、少し時間が掛かりすぎたけれど。

そして――

自ら掲げる理想へ、揺らぎなく歩み続ける獅南蒼二。

彼が掛け替えのない友人であることと、ヨキを己の最高の魔術を以て殺しに来ることは、
全くの等価値としてヨキの中に根差していた。

「ヨキはそれらの、いずれをも見届け、叶えるつもりで居ます」

ヨキ > 『良いことだわ。
 “妙虔さん”もきっと喜ぶわね』

「………………、」

眉間に皺。

「長い回り道でしたがね。
 まんまと彼奴の思う壺という訳です」

『ふふ』

「……申し添えておきますが、ヨキは変わらず彼奴が嫌いです。
 重々誤解なさらぬよう」

『判ってるわよ』

鈴を転がすような笑い声。

(絶対に判ってない……)

ヨキ > 「……それで」

『なあに?』

「ヨキの異能とも、真面目に向かい合おうと思っています」

畏まった顔。

「……あなたに救われなければ、
 ヨキは永遠に『鉱脈』として扱われるままでした」

『………………、』

「その頃のことはもう、今や過ぎ去ったんだと感じました。

 ……ヨキはもう一度、向き合いたい。
 《門》を潜ることになったあの日、はじめて『美しい』と思った――

 『金色の輝き』と」

ヨキ > 獣であったヨキの心を打ち据えたもの。
息が詰まり、足が竦み、心臓を握り潰され背骨を絡め取られたかのような錯覚。
心に吹き荒んだ風。圧倒的な力。

『畏怖』。
言葉を持たなかったヨキが、産まれてはじめて味わった感情――

それこそが『美』と呼ばれるものだった。

「人びとの心があれほどの『輝き』を創り出すのなら。
 今のままのヨキでは……永遠に、それを成し遂げることは出来ない」

電話口の相手は黙している。

「悔しいんです。
 ……ヨキは、妙虔が示した以外の『方法』で、人間になってみせたかった」

切れ切れに、ようやく吐き出す。

「でも、駄目でした。
 どう足掻いても、この島で誰しもに示され、行き着いた先は――

 ――彼奴の敷いた道でした」