2016/06/05 のログ
ご案内:「教室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > かん、かん、かん、かん。

学生の姿もまばらな夕刻。
工芸の授業で使われる作業場のひとつから、金属を叩く甲高い音が響いてくる。

かん、かん、かん、かん。

スツールに腰掛けたヨキが、金床に宛がった直径30センチほどの銅板を、
金槌で叩いて伸ばしている音だ。

かん、かん、かん、かん。

金属の研磨や切削に使われる機械に囲まれた中で独り、
緩やかな椀の形をした銅板の円周を、隙間なく叩き続ける。

かん、かん、かん、かん……。

手元の板金を見下ろす顔は、唇を真一文字に結んで集中している。

ヨキ > 銅板は、鎚の跡が鱗に似た模様を描いて輝いている。
なめらかな曲面を描く皿が出来上がるまでは、未だ先は長い。
ひたすら続く、一見して単調にも見える作業に、ヨキは心底から没頭していた。

鎚目が一周分回ったところで不意に時計塔の鐘が鳴って、金色の瞳が一度瞬きした。

「…………む、」

壁の時計を見上げる。
どうやら随分と長いこと、我を忘れていたらしい。

金槌と銅板とを置いて立ち上がる。
ううん、と心地よさそうに伸びをして、一息ついた。

ヨキ > 形にしたいものが、描きたいものが沢山あった。
いつまでも無理の利く死人の身体と言えども、多少の休息は要る。
だがその休む時間さえ口惜しくて、どうしたって動きを止める訳にはいかなかった。
これから先、例えこの地球で無限にも等しい時間を生きようとしていたとしても。
あれもしたいこれもしたい、一人の身体では到底足りはしない。

「……贅沢な我侭であることだなあ」

眼前に途方もなく広がる、限りのない時間。

スツールに腰掛けて、ふう、と息を吐く。
金槌を取って、再び銅板を叩き始める。

かん、かん、かん、かん……、

ヨキ > 一枚の板を辛抱強く叩き上げて薄く伸ばし、鎚の跡も判らなくなるほど滑らかに成型するまで、
作業はまだ始まったばかりだった。

金槌の音は、それから夜になるまで続いたという。

ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。