2016/07/20 のログ
ヨキ > あとでゆっくり採点してやれ、と息をついて紙の束をファイルに収める。
机の下に手を伸ばし、サンダルのベルトをちょこちょこ弄るくらいには気に入っているようだ。

こういうときは、言うまでもなく男子より女子の方が反応がいい。
ヨキの服装はどちらかといえば女性的なラインをしているから、当然と言えば当然だ。

彼らはみなヨキの直接の教え子である訳だが、個展に対する反応の方はまちまちだった。
絶対に行きますね、と言ってくれる者があれば、特に話題にしない者も多い。
かと思えば、勝手知ったる数年来の学生などは、スイマセン夏の間旅行なんです、と、
わざわざ行かないことを報告してくる者もある。

その点、ヨキは相手から話をしてこない限りは自分から来場を勧めることをしなかった。
銀貨に語ったとおり、交通が決して便利な立地ではないし、肌に合わぬものを無理に見せることはない。

各々が自由に過ごしてこそ、若人の夏というものだ。

ヨキ > ヒールで床を軽くこつんと叩き、手帳のタスクリストを整理しながら難しい顔をする。

果たして個展でこの服装をしていてよいのか?
人間らしくスーツを着た方がよいのか?
だが長身で人間と体格の異なる自分には似合わないのではないか?
それにしたってスーツにハイヒールはどうなんだ?

今度の個展は、学園の教師として表に立った常世祭とはまるきり事情が違う。
ヨキが全面的に矢面に立たねばならないのだ。
こういうとき、世間の常識に疎いくせ体面を気に掛けるヨキは弱い。

「……ヨキはヨキらしくしておればよいか……」

軟着陸。

ご案内:「教室」に界雷小羽さんが現れました。
ヨキ > 机に突っ伏して額を打ち付ける音は、ヒールよりも重い。

「……癪だな」

何が、とは言わなかった。

きっと個展は成功するだろう。それなりの評価を得る自信もある。
酷評を受け止めるだけの精神力があり、新作を発表するだけの意欲と着想は尽きることがない。

だが、ヨキは負け戦だと思っていた。

自分は近い将来、正気を失う予感があった。
教師としての理性は保ってはいられなくなるだろう。
間違いなく血が流れ、自分は相手を殺すよりも早く“最高の魔術”の前に潰える。

身を灼かれることを恐れはしない。
抗い、立ち向かって、生き残ってみせるという強い意志。

それでも、心を奪われてしまったことが何より悔しかった。

ヨキ > 徐にペットボトルの茶で喉を潤す。

今は、学生らの去った教室の中に、荷物をまとめているヨキの姿があるばかりだ。

界雷小羽 > 小羽は、期日までに提出する事の出来なかったレポートを提出しに、放課後の教室へとやってきた。

「………何をやっているんでしょう。あれ。」

目当ての先生を見かけると、その目当ての先生ヨキは、何やら机に頭をごつごつとぶつけている。
正直関わり合いになりたくない、と、大変に失礼な事を考えながら、
出来るだけ手早くすませよう、と、失礼しますとだけ声をかけながら、小羽は、ヨキに歩み寄った。

界雷小羽 > 「すみません、ヨキ先生、遅くなりました。」

レポートを眼前に差し出し、丁寧に頭を下げる。
下げれば、足元が目に入った。
新しいサンダル、少しちゃらちゃらしたデザインだ。

小羽は頭を上げると精一杯ににっこりと笑顔を作る。

「新しいサンダルですか、ヨキ先生に大変お似合いですね。」

ヨキ > 傍目から見れば居眠りをしているような姿だ。
けれど起き上がって水分を摂ったのだから、眠ってはいなかったらしい。

やってきた小羽の姿に気がついて、そちらへ目をやる。

「やあ、界雷君か。
 余裕を持って期日を伝えるようにはしておったが……間に合わなんだか」

レポートを受け取りながら、苦笑いで文面に目を落とす。
今はまだ精査はせず、丁重にファイルの中へ仕舞い込んだ。

「内容は良くとも、期日に間に合わぬ者は半分の減点だぞ。
 次回から気を付けるように」

それだけ言って、足元に目を落とす。
太いベルトで足首や甲を固定する、ヒールの高いサンダルだ。
装飾らしい装飾はついていないが、黒革の艶が仕立てのよいことを思わせる。

「これか?ああ、有難う。
 先日、歩いているときに気に入りのサンダルのヒールがもげてしまってな。
 使い込んだものであったし、新調したのだ」

にっこりと笑顔を返す。

「褒めても遅刻した点数は戻らんぞ」

褒め言葉を素直に受け取るのも、はっきりとついた白黒にシビアなのも、このヨキという教師だ。

界雷小羽 > 小羽は、やっぱりダメか、と、内心でこっそりと残念に思った。
あわよくば『少しばかり』評価をオマケしてもらおうという魂胆ではあったものの、
そうもいかなかったらしい、あはは、そうですよね、と、口から曖昧な笑いが漏れた。

案外、個展に行っても、期待したような成果は得られないのかもしれない。

「ヒールが、」

それは大変でしたね、と、小羽は曖昧に答えた。
少し考え事をしていたし、用が済んでしまえば、このヨキ、という教師に特別用はないのだ。
加えて、小羽はどうにもこの教師が苦手であった、芸術家、というものが苦手ということもあるし、

近くに居ると、何故か異能に影響が出るのか、
髪の毛が浮き立ってしまったり広がったりしてしまい、セットしなおすのに時間がかかるというのもある。

現に、既に小羽の髪の毛内、数本がふわふわと浮き立っていた。
手で浮きたった毛を抑えながら、小羽は「では」と頭を下げる。

用は済んだし、雑談に興じても今さっき提出したレポートの審査が甘くなるわけではない、
という事が分かった以上、少なくとも小羽にはこの教師の前に長居する理由がなかった。

ヨキ > 曖昧な労いの言葉に、まあな、と短く応える。

小羽の異能が、その危険さのために使用を禁じられていることは最低限聞き及んでいた。
だから眼前でふわりと立ち上がる髪の毛も、恐らくはその影響なのだろうと察する。

「あまりヨキと相性の良くなさそうな異能とは聞いているよ。
 寒くもないのに静電気とは、手間を掛けさせたな」

その髪を手で押さえる様子に、小さくふっと笑った。
頭を下げる小羽に、着席したまま会釈を返す。

「ああ。お疲れ様」

特に話題がなければ、放課後の学生を引き留める理由はない。
机上でファイルの紙束の角を揃えて、ヨキもまた職員室へ戻る支度を始める。

界雷小羽 > 「いえ、元はといえば、提出が遅れた私が悪いですから。
 
 ………お疲れ様、と言えば、
 先ほど頭をガツガツとぶつけていたみたいですけど、
 初の個展、という事で、準備にお疲れなんでしょうか。
 
 美術家としては、大人として公私の節度も忘れて学校で告知を出したくなる晴れ舞台でしょうし、
 それこそ、何かと気を使ったり、作業も多い事と思いますが、

 私情で生徒に気がかりを与えてしまうような様子になってしまうのは、
 教職という立場上どうかと思いますよ。

 ヨキ先生もお疲れ様、のようですから。くれぐれも、ご自愛、ください。」

今度は広がり始めた髪の先をもう片手で抑えつつ、小羽は改めてにっこりと笑う。

ヨキ > 小羽が続けた言葉に、ふは、と笑い声を漏らす。

「ああ、さっきの……見られてしまっていたか。
 放課後の、人が居ない場所を選んだのだったが、タイミングが悪かったな。
 二度とそんなヘマはしないさ」

言葉の通り、このヨキという教師は学生の前で同じ失敗をしなかった。
そのひどく律された姿勢が、第三者からの賛否の的となっていることは言うまでもない。

「……それにしても、公私の節度、な」

相手からの指摘に、小さく頭を掻く。
どうやら似て非なる何らかの言葉は、言われ慣れている様子だった。

「ヨキはもともと、私人として作品を発表してきた身ではないからな。
 この常世学園に拾われた異邦人であるから、教師としてではなくとも、
 学園には大いに助成を受けているんだ。

 ヨキが掲げる看板には、例え個人の活動であろうとも、
 そのようにして『常世学園』の名が添えられているからな。
 だから、何も節度を忘れるほど浮足立っている訳ではないのさ。

 だが君にそうと感じさせてしまったことは、このヨキの配慮が足りなかったに過ぎん。
 済まなかった」

真面目な顔をして、謝罪の頭を下げる。

「はは、労いを有難う。
 この頃すっかり暑くなってきたから、界雷君もくれぐれも体調など崩さぬようにな」

界雷小羽 > 「そうですね、確かにこうして、提出が遅れた生徒が入って来ない限り起こらないヘマでしたね。
 とは言っても、体調が優れないと言うのは事実でしょうから、
 見せない努力では無く、そもそも体調を崩さない努力をしたほうがいいかと思いますよ。」

小羽は、ふぅ、とため息をついた。

「最初から、私人では無く……そうですか。
 それは、さぞ同業の方から羨ましがられたんでしょうね。

 勿論、それだけヨキ先生の才能が優れていた、という事ではありますが、
 芸術家、というものは、最初からそうして庇護を得られる事はなく、
 その腕一つで勝負し、勝ち残った方でしょうから、
 ヨキ先生のような立場に憧れる方も多かった事と思います。

 特に、作るものに制限を受けている、という様子も見受けられませんし、
 ある程度、責任を持って発表はなされているそうですが、
 最初から、というのは、学園側としてはよほど自信があったんでしょうね。

 とはいえ、学園側には何かメリットがあるんでしょうか。
 タダで教職をしている、という感じではありませんし………。」

小羽はふっと、ヨキの靴、サンダルを見る。
新調できる、ということは、それなりに給金は貰っているのだろう。

「―――いえ、生徒として当然の心配をしただけですから。
 生徒よりも大人なんですから、しっかりしてください。

 ありがとうございます、私は、体調は万全ですから、ご安心ください。」

ヨキ > 「ああ、別に体調が悪かった訳ではないんだ。少し考え事をしていただけでな。
 大人になっても、考え事をするときに突っ伏してしまう者は少なくないものさ」

“嘘を吐く”という行為が文字通り不可能なヨキが、明るく笑う。
とはいえ疑り深い者にとっては、何の納得もしないのだろうが。

「人から憧れられる、どころか……
 当初ヨキに向けられたのは、嫉妬と、制作にさえ関係のない個人攻撃ばかりだったな。

 ヨキがこの島に辿り着いた頃は、今ほど異邦人も多くなかったんだ。
 それでいて、見る者にとってはどこの馬の骨とも判らぬ獣人のヨキが、
 教職に就いて芸術を教え、作品を発表してゆくというのだから……それは酷い非難ばかりだった。
 君のように、きちんと理由を持ち、自らの考えで指摘をしてくれる者など皆無だったよ。

 君の言うように、メリットよりは、デメリットの方が大きかったかも知れないな。
 だがそれでこそ、常世学園が『超常の力を持つ者と、持たない者の融和』を目指す、
 モデル都市ならではの選択だったんだろう。

 もちろん、これはヨキと学園との、一対一の話には限らない。
 もっとたくさんの縁と、協力があってこそ培うことが出来た立場だ。

 ヨキはこの学園の揺籃期から、幸いにも籍を置かせてもらうことが出来た。
 学園側に、ヨキが大成する確信などなかったろうし、
 ヨキは学園から一介の教師以上の扱いを受けたことはない。

 だからヨキに出来ることは、真摯に学生らや作品と向き合い、
 自らの腕を磨きながら、学園組織の一端として、その信頼を確立してゆくこと。それだけなんだ」

小羽の視線が向かう先、足元のサンダルを見る。

「……やはり、これが気になるかね?交換条件だよ。
 ヨキが異能で工具を修理する代わり、少しだけ代金を安くしてもらう。
 異邦人同士の、友人付き合いというものだ」

窘めるような小羽の言葉に、微笑んで頷く。

「しっかりしてください、の次は、もう少し気を抜いてください、などと言われたりしてね」

界雷小羽 > 「そういう事ですか、お気持ちは分かります。
 では、今後は見えない所で考え事をするようにしてください。

 あと、結構重い音がしていましたから、職員室に戻る前に、保健室に寄っておくといいと思いますよ。」

抑えていても手の隙間からふわふわと逆立つ毛を恨めしく思いながら、
小羽は、その言葉を素直に受け取り、納得し、頷いた。

「それは当然の事だと思います。
 何しろ、美術教師として教鞭を取るくらいですから、
 当然、その方面に明るい人間を連れてきている、と思うのが普通かと思いますし、

 ヨキ先生のおっしゃる通り、どこの馬の骨とも知れず、実績も無く、
 恐らく、教員免許も取得していないような人間を保護し、教職に据えよう、と言うのですから。

 恐らくですが、ヨキ先生が異邦人でなくとも、
 個人攻撃はされたんじゃないでしょうか、私でもするかと思いますので。」

モデル都市、という言葉に、小羽は納得して頷く。

「そうですね、あくまで試験的に、取り入れてみよう、という事だったのかもしれません。
 知識不足な私の為に色々とご教授頂き、有難うございました。

 ………いえ、教員に気を抜け、等とは言いませんよ、大人は、大人として、
 子供の前では大人らしくしていてほしいですから。教員ともなれば、猶更です。」

サンダルの事について聞くと、「友達ですか、いいですね。」と返した。
あまり友達というものの居ない小羽にとっては、友達、という響きは、羨ましく耳に響いた。

そして、小羽はここまでよく喋ってから、ヨキが職員室へ戻る準備を終えた事に気が付いた。

「これ以上ヨキ先生の傍に居ると、髪の毛が覚醒モード、
 といった趣になってしまいますので、今度こそ失礼致しますね。
 
 芸術家、という方々は、才能という不確かな個性を武器に立ち回る、という事で、
 私としては少し理解とは遠い方々なんですが、ヨキ先生のように、
 期待、いえ、まわりからの誤解を解くためにそうなった、
 という、ある意味では打算的かつ計画的な考え方は理解できますね。

 少しだけ、ヨキ先生の事が好きになれました。

 ―――では、失礼します。」

改めて一礼すると、小羽は頭を抑えたまま、すたすた、と教室を出て行く。
生徒の奇異の視線から逃げるように、その足ですぐにトイレに駆け込んで持ちこんでいた道具で必死に髪を整えた。

ご案内:「教室」から界雷小羽さんが去りました。
ヨキ > 「音?重い……ああ。これはヨキの体質みたいなものだ。
 別に強く打ったのではなくてな」

拳を握り、試しに教壇の天板を軽く打ってみせる。
見た目よりもずっと重い、小羽が聞いたのと同じ音が低く響いた。

「そう、異邦人の身分というのは、そこが難しいところなんだ。
 身寄りがなく、身分も不確定で、何の実績もないところから始めなくてはならない。

 そこで必要とされたのが、財団からの厳しい審査や、外部のお墨付きだったのさ。
 今となっては随分と、ここの教職に就くハードルは下がってきているようだがね。

 だが財団の審査をクリアし、第三者によって身分を保証されたとしても、
 学外の人間にとってはそうとは限らない。当然のことだ。
 個人の尊厳を攻撃するための非難であっても、その心情はまこと理解出来るというものだ」

ゆっくりと話しながら、時おり相槌を打ち、頷いて返答する。

「こう見えて、『随分と人間らしくなった』と褒められたんだがな。
 ふふ……君がここへ入学してくる前のヨキも、見せてやりたかったよ。

 だが教師とは、人を教え導く者に他ならないからな。
 親しみのある教師、威厳のある教師。
 学生の求める教師像はさまざまで、我々はそのひとりひとりに応えてやらねばならん。
 無論のこと、一貫した節度を保った上でな」

挨拶をする小羽の前で立ち上がる。
高さの揃っていた目線が、遠ざかって小羽を見下ろす。

「打算的で、計画的か。ヨキのことを好きになってくれたついでに……
 その斜に構えたものの見方も、少しは変わってくれると有難いんだがな。

 ヨキと君とは、互いに互いのことを未だ全く知り得ていない、ということだ。
 君にとっては、それほど興味もない男やも知れんがね。

 少なくとも、学生の君がヨキへ向けるべき信用には背かぬこととしよう」

返礼して、自分もまた教室を後にする。

しっかりしてください、と注意された人物の印象とは程遠く、真っ直ぐな背筋。
システマチックなほど規則的な足音が、職員室の方角へ遠ざかってゆく。
それは少なくとも、一朝一夕の誤魔化しからなる身のこなしではない。

ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。