2016/07/22 のログ
ご案内:「屋上」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 放課後。
屋上のベンチに腰掛けたヨキが、雲の多い空を見上げていた。
腰掛けた座面、尻の後ろに手を突いて、横には馴染みの緑茶のペットボトルが置いてある。

夜半過ぎから午前中に降り続いた雨は暑気をすっかり奪い去り、人には肌寒ささえ感じられるほどだった。
だがヨキはといえば、いつもの夏服で平気な顔をしていた。
陽光に身体中の骨を融かされるような思いをするよりは、こうして冷えている方が具合もよい。

それにしたって、この頃よく痩せたとか、体調が悪そうとか、やつれたなどと言われるようになった。

事実、ヨキの体重は少しも変わっていないし、腹が減っている以外に体調は平素と変わらない。
それでも、ヨキを知る者の目には、どうしたってそう見えてしまうのだ。

「………………、」

ベンチに突いていた手を、徐に持ち上げる。
手のひらにくっきりと刻まれた赤い跡は、ベンチの座面を組む板の溝だ。

その手首には、午前中に外して時間が経ったはずの、軍手のゴムの跡がくっきりと残っていた。

ヨキ > 少しも痩せていないのに、体調も悪くはないのにやつれて見える――
つまり、それほどまでにヨキの肌は弾力を失っていた。

皺は増えた訳でもない。老けて見える訳でもない。

若い青年の姿そのままに、ヨキの身体は内側から変容しはじめていた。

試しに、腕に人差し指の爪で跡をつけてみる。
軽く力を入れただけではっきりと残った小さな溝は、夜になっても変わらず残り続けるだろう。

その感触は、まるきり熟れきって腐り始めた果実そのものだった。

(なるほど)

こうして自分は少しずつ死んでゆくのか、とヨキは無感動に考えた。
食べなければならないものを口にしない魔物は、こうして朽ちてゆくのだと。

ヨキ > 他にこの状況を脱する手立ては、一切ない。
一片の望みも、慈悲もなく、食べる以外に命を保つ方法はなかった。

しかし、そのようにして保たれる生命を認めれば最後、今度は永遠に人間から遠ざかってしまう。
魔性のみによって繋ぎ止められる生を、ヨキは望んでなどいなかった。

いずれにしろ袋小路だ。

人間としての矜持に朽ち果てるか、化生の業に従って生き延びるか。

「……まあ」

(なるようになるだろう)

自らに正義を打ち立てたときこそ、ヨキの心は強かった。
なるようになる、と考えられるだけの泰然さが、このしんとした屋上のように広がっていた。

ヨキ > (とりあえず、下手な居眠りは厳禁だな)

この状態で机に突っ伏せば、顔がひどいことになるのは間違いなかった。
万が一傷でも作ろうものなら、すっかり膿んだような臭いを撒き散らしてしまうはずだ。
浄化や除霊や、討伐などという面倒ごとだけは、何としても避けねばなるまい。

大きく伸びをした拍子に、胃が今にも擦り切れそうな音を立てる。

座面から手を離し、膝に腕を載せて小さく頭を掻く。

抜けた髪の毛が一本、二本、はらりと落ちた。

「……いや……?」

まさかな、と独りごちる。
人間の姿まで、犬と同じ幽鬼になってしまっては堪らない。

(……………………。
 あんまり強く掻き毟るのもなし、と)

ヨキ > 個展の準備は大詰めで、学園も間もなく夏休みを迎える。
去年の夏だって大分充実した毎日を過ごした記憶があるが、今年は趣が少々異なる。

(この身体で、体術を振るったらどうなるだろう)

近ごろの多忙で、違反学生の掃討には手を付けられていなかった。
もし暴れ回って手足が千切れ飛びでもすれば、目も当てられない無様を晒す羽目になる。

少なくとも、骨格が鉄でできているだけ幸いだった。
肉が潰れても、骨さえ残っていれば立ち回りはどうとでもなる。

身体が少しだけ重たく感じるのは、そろそろ空腹だけの所為でもないんだろう。

立ち上がって、屋上を後にする。

ご案内:「屋上」からヨキさんが去りました。