2016/09/20 のログ
ご案内:「職員室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 夜、人気もない退勤前の職員室。
くたびれた表情でデスクに腰掛ける、“人間”のヨキの姿がある。

「……ふう」

つくづく大変なことになった。
週明けの昨日、予定と計画をきっちりと遂行する美術教師のヨキが“急用につき休講”の告知を出した。
それで今日学内に現れたのがまるきり人間のなりをしたヨキであったから、学生らの反応は様々だった。
その大半は、幸か不幸か「デーダイン先生の新しい魔術ですか?」。

ともかく、種族能力その他がまるきり変わってしまったことについて、ヨキは方々を駆けずり回らなければならなかった。
学園、委員会、医療機関、その他諸々の個人情報の変更、生活用品の買い替えに買い足し。

病院に到着したヨキが何しろ訴えて止まなかったのは、「五感が恐ろしいほど鋭くなった」ということだ。
無限にも等しい色彩の奔流が絶えず目を突き刺し、人から触れられれば剥き出しの神経を撫ぜられたように身体が跳ねる。

だが医者の反応は至って冷静で、それが常人の感覚器官なのだ、ということだった。

(道理で赤子はあちこちに反応する訳だ……)

突如手に入れてしまった極彩色の視界に、ヨキは眼鏡の下の瞼を指で揉み解した。

ご案内:「職員室」にクローデットさんが現れました。
ヨキ > 屋上から見た島の風景に、手ずから掲示した子どもらのクレヨン画に、十年も前から繰り返し見た映画に、
エンドコンテンツを極めるまでやり込んだオンラインゲームに、敬愛して止まない漫画家の絵に、
そして毎日接してきたはずの、自分の金工作品が持つ焼成の輝きに。

日曜日、ヨキはとにかく色んなものに感動しまくっていた。
そのたび鼻から耳まで真っ赤になるものだから、自分はこのまま血管が切れて死ぬとさえ思った。

初めて生えた髭に慌てて剃刀を入れて見事に負けたし、
嗅覚はもはや道順を辿るほどの精確さを果たさなかった。

困難は多かったが、それ以上に喜びが大きかった。

いの一番に買ったのは、大好きな人間用のアパレルブランドのブーツだった。
五本の指は想像以上に器用だし、人並みの足に細身のボトムが入るようになった。

そして何より、自らこさえた塩おにぎりがとてつもなく美味かったのだ。
一人前の食事で腹が膨れ、もう掛け替えのない友を食べたいとも思わなくなっていた。

クローデット > 「夜分遅くに、失礼いたします。
禁書の閲覧許可を頂きに参ったのですが、担当の先生はいらっしゃいますでしょうか」

閲覧許可の申請書類を作っていたら、思いのほか時間がかかってしまった。
ノックの後、夜の静寂を邪魔しないように静かに扉を開けて…

「………」

そこに、「知った人物」の信じられない姿を目撃して硬直することになった。

ヨキ > 獣の耳であったなら、即座に聞き分けるところだったのだが。
人並みに一瞬の間を置いて、知った声に振り返る。

「おや」

今までと何ら変わらない、いつも通りのヨキの声だ。
だがその姿は――今までと、何から何まで違っている。

犬の耳も、四本指も、踵のない足も、牙が覗く大きな口も、何もかもがない。
よく似た別人と言われても仕方ないほどに、彼は人間だった。

「……やあ、ルナン君。久しいな」

立ち竦んだクローデットの姿に、にこりと笑う。

「魔術学関係の先生たちは……そろそろ帰ってしまった頃ではないかな。
 さっき一人帰ったばかりだから、あと残っているかどうか」

それだけ言って、しばらく相手の顔を見る。初対面のような眺め方だ。

徐に立ち上がってみせる。
背伸びしていた足を地につけたかのように、いくらか背丈が低くなっていた。

不可思議な色合いをした碧眼を細め、小首を傾げる。

「……“驚いたかね”?」

にこやかに微笑む表情は、事情を知り得てしまった者のそれだ。
クローデット・ルナンの全容を知らずとも、少なくとも――裏で起こっていたことを。