2016/09/21 のログ
クローデット > 話しかけられて、少しだけ視線を横に泳がせて逡巡した後…

「ええ…お久しぶりです、ヨキ先生。
…お見苦しいところを、失礼いたしました」

硬い表情のまま、どこか恐る恐るのような歩み方で職員室に入ってきて、ヨキの方にわずかに歩み寄ってから、最後に謝罪の言葉と共に頭を下げる。
…初対面のような見分の視線が、身体に刺さるのを感じた。

「そうですか…残念ですわね。
机に提出して、返事を待つのも不確定ですから…また、後日改めましょう」

担当の教師が帰ったようだという方を聞いて、視線を落とす。
表情の強張りは取れたと言えば取れたが、その顔には、代わりに落胆の色がありありと浮かんでいる。
…それから、訳知り風の笑みで、相手に言葉を尋ねられれば…一瞬、驚いたように目を丸くした後、羽根扇子で口元を隠しながらも、苦笑を浮かべて。

「………あたくしの先ほどの顔、ご覧になっていたでしょう?
あたくしには、見た目以外のこともある程度は分かりますから…」

と、言葉だけに返すような返事をした。
クローデットには「デーダイン先生の新しい魔術ですか?」と聞かない程度の探知能力は(補助も合わせて)備わっているし、驚き自体は、先ほどの自分の硬直で伝わっているはずなのだから。
…無論、羽根扇子の影の苦笑いはかなり硬い。

(…どういうこと、なの?種族が「こう」なっているだけではなく…「知られて」いる…?)

脳内では、「ある人物」への懐疑が、失望を通り越して怒りに変わろうとしている。
「好きにしろ」とは言ったが…まさか、「手駒」として動いたことまで、知られていようとは。

ヨキ > 「ああ、その方が確実だ。掲示板に伝言を残しておいてやろう」

言いながら、伝言用のメモ用紙にさらさらと用件を書き付ける。「魔術学担当へ/図書資料閲覧許可の希望あり」。
それを手近な壁の掲示板にマグネットで貼り付けておく。
何気ない動作の合間に横たわる、沈黙。

クローデットへ振り返り、さて、と腰に手を当てる。

「残念ながら、ヨキは隠し事をすることは出来るが、一度まろび出てしまったものを引っ込めるのは下手糞でな。
 それに、一度突端に触れてしまった物事を、追い掛けずに放っておくことも」

その声は至って穏やかで、平坦だ。
立ったまま、自分のデスクへ寄り掛かる。鉄塊めいた重さはない。

「『先生』から、君が『才能ある手駒』であったと聞いたよ。

 ……単刀直入に訊く。
 ヨキのことを、どこまで調べた?」

魔力を孕んだ深い青色の瞳が、まっすぐにクローデットを見据えた。

クローデット > 「ありがとうございます…お手数をおかけいたします」

ヨキがわざわざ伝言を残してくれれば、丁寧に頭を下げる。
その声は礼儀正しく、感情の色は伺えなかった。

「………やはり、「先生」から「お話」を受けていらしたのですね。
…諸々の事柄、お詫びいたします」

再び、静謐な所作で頭を下げる。
クローデットから、どんどん感情の表出が失われているように見えるだろう。
次に顔を上げた時…ヨキの目には、クローデットの青い瞳が、どこかガラス玉めいて見えるはずだ。
そんな中で、口元だけが、表情の硬さをごまかすかのように、ほんのわずかに笑んでいる。

「………恐らく、ヨキ先生が自ら「先生」にお話しになった以上に価値の「あった」ことは、承知していないと存じますけれど。
…音は「零れます」。あたくしの口から、言葉で申し上げてよろしいものでしょうか?」

「過去形」で語るクローデットの言葉が、ヨキの身体に今起こっていることを、彼女がどこまで察しているかを物語っているだろう。
魔力をはらんだ、青い独特の虹彩が放つ視線を見返す青い「ガラス玉」に、自我の手応えは乏しい。クローデットの知性からすれば、あまりにも不自然な空虚だった。

ヨキ > クローデットの表情が変化してゆくのを、余さず見つめる。

「構わん。それでも、君から直接『本当のところ』を聞いておきたい。
 ……音か。ふうん。

 『君たち』は、そうやって話しておった訳か」

言って、後ろ手に机上の本を取る。
少なくとも図書館の蔵書ではない、どこか個人の使用感のある魔術書だ。

魔術学部棟第三研究室に置かれた大量の書籍のうちの、一冊。

「…………。そうだな、これがよいか」

ぱらぱらとページを捲って短い確認を済ませ、本を机に戻す。
ゆっくりとデスクを離れ、職員室の出入口の扉を閉める――

発動に必要な動作は、それだけだった。
扉の外へ音を漏らさぬための、初歩的な防護魔術のひとつ。

魔力に類する力を行使出来ないとされていたはずのヨキの、それは紛れもない魔術だった。

「……誰かさんのように、触れずに開け閉めできればどんなに楽か。

 ともかく、これでとりあえず話すには不便をせんだろう。
 続きをどうぞ、ルナン君」

クローデット > 「………承知いたしました」

柔らかい、女性らしいソプラノで…しかし、作り物じみた慇懃さで、ヨキの要請に応じる。
何せ「分かっている」のだ。ヨキが、初歩とはいえ魔術を使ってみせたことにも驚く様子は見せない。
彼が使った魔術書の「出所」も、見当がついている。…表面に出さない憎悪を、心の奥底で燻らせながら。

「…ええ、「先生」は防諜にも随分手慣れていらっしゃいましたわね。

………とは言っても、本当に、大したことは存じ上げないのです。
常世医科学研究センターに残っていた資料に記載されていた分と…以前転移荒野でヨキ先生にお会いして知ったこと。
…後は、常世医科学研究センターへの手がかりを得るために、美術館の図書館でヨキ先生の古い顔写真を拝見した程度です。

…結局、あたくしは「先生」の「手駒」にはなれませんでした。
これらで調べたことは全て、公に提出するどころか、「先生」にも申し上げず、あたくしの記憶に留めることになってしまいましたから」

相変わらず、感情を見せないアルカイックスマイルを浮かべながら…ガラス玉めいた瞳で、ヨキの方を見据えて、淡々と答えた。

ヨキ > 「そうか。……センターか」

転移荒野での遭遇、かつての図録の顔写真、そしてセンターに残っていた資料……。
何を知られ、何が伏せられたままか、それだけで察することが出来た。

クローデットの言葉を聞きながら、目を伏せ、顔を上げ、指先で額を掻いて、また床を見る。
二の句を次げずにいる様子は、かつてないほどぐっと人間らしい逡巡を備えていた。

再び相手の顔を見る。

「本当に裏切られたのは、ヨキではなく、君の方だったかな」

息を吐いて小さく笑い、ぽつぽつと言葉を続ける。

「……君が『手駒』だったと明かされたとき、ヨキはどんな顔をしてよいものか判らなかったよ。
 元はと言えば、どのような手管を使おうが、仕方のない話だ。ヨキはあれと殺し合う気で居たのだから」

微動だにしないクローデットの表情にも構わず、口角を吊り上げる。

「“わざわざヨキの資料にまで辿り着いてくれた”以上、並みの頼まれ方はされていないはずだ。
 ……それで“見限った”となれば、余程がっかりしたか、あの獅南には?」

クローデットが情報を明かさなかったという文脈について、ヨキは明確に“見限る”という語を使った。
ここへ来て、獅南、と遂にその名前を呼ぶ。

クローデット > 人間らしい逡巡の後に、自分の方を見てヨキが零した言葉に…クローデットの瞳に、わずかではあるが人間らしい動揺が戻る。
…まさか、相手に自分が押し込めた感情を言い当てられるとは思っていなくて。

「………はぁ」

辛うじて、そんな声を漏らすことしか出来なかった。
その後、クローデットの感情は再び伺えなくなるが…それでも、先ほどのような、ガラス玉のごとき空虚さは、その青い瞳からは消えていた。

「………頼まれ方については、「彼」のこともございますので、明かすわけにはまいりませんが。

「見限った」…と言うほどのつもりは、あたくしの方には、今の今までございませんでしたわ。
ただ…あなたと「彼」が親しいご様子でしたので、あたくしを経由して情報が漏れたことをヨキ先生が知ることになっては困ると思ったのと…
………ヨキ先生のための研究をしていらっしゃる獅南先生が随分楽しげでいらっしゃいましたので、「お邪魔」をしては無粋かと思って身を引きましたの」

それから…くすりと、艶と、どこか悪戯っ気を兼ね備えた微笑を口元に貼り付けて。

「…寧ろ、あたくしの方が見限られたのかもしれませんわね。
あたくしよりよほど素質のある、優秀な「生徒」を見つけられたようですから」

ヨキが封じられていた魔力がどれほどのものであったのか…この場において、無頓着でいられるクローデットではなかった。

ヨキ > 「どちらかと言えば、秘密を預けることについては獅南よりも君の方が信用出来るらしい。
 彼は、ヨキと君が荒野で出会ったことを知らずに居たのだから。

 ――君は、ヨキの言葉を守ってくれた。その点については感謝するよ。有難う」

場違いなほど突然の、礼の言葉だった。

「だが彼は……恐らく“ヨキのために”研究をしていたなどとは、露ほども考えていなかったろう。
 あれは徹頭徹尾、自分のために技術を磨いていた」

小さく肩を竦める。

「結果的に、“獣であったヨキ”はまんまと殺されたよ。
 彼の勝ちだ――『これ(人間の耳を抓んでみせる)』は、獅南のお陰で手に入った」

耳から離した手を、ぱたりと膝に置く。

「そういう訳だ。
 元異能者で、今は魔力持ち。目指すのは相変わらず、融和と共生。それが今のヨキ。
 獅南からすれば、大層な邪魔者だろうな」

獅南どころか、目の前のクローデットもまたレコンキスタの一員であることを知らぬままに。

「生徒として優秀かどうかは判らんが、あれに教えを乞うのは悪くない。
 あちこち回って調べたところ……ヨキの魔力は、根っから“野性的”であるようだから」

旧い時代、人里の豊穣を司った雷獣――どこまでも際限のない魔力の源は、他ならぬ神性に連なっていた。

「夏の間、散々魔術について勉強したよ。
 あとはこの魔力と、学んだ知識を少しずつ結び付けてゆくだけだ」

クローデット > 「………口を噤むだけであれば、大した労力ではございませんわ」
(何せ、慣れておりますもの)

場違いなほどの礼の言葉には、くすりと、花の綻ぶような瑞々しさを持つ笑みで返した。
…もっとも、「慣れている」ことは明かさなかったが。

「………それはそうでしょうけれど…獅南先生も、ヨキ先生のことを、随分前から信頼していらっしゃいましたわ」

「きっと、まんざらでもなかったのでしょう」と、楽しげな笑みを少しだけ零す。
明かされた自分の行いからすれば、このくらい、「ばらした」うちには入らないだろう。

「………随分変わった方向の「勝負」だったようですけれど…
きっと、「彼」もご満悦でしょうね。それに、お2人ともこの学園それ自体を敵に回すことにはなりませんでしたし」

「実際に殺し合っていたら、どうなっていたことか」と、おかしげにくすくすと笑う。
…しかし、「獅南からすれば、大層な邪魔者」という言葉を聞いて、その笑いが止まる。
口元は優しげに笑んでいるが…その目には、感情の色が浮かんでいなかった。

「…どうでしょうか?
ヨキ先生との邂逅を通じて、「問題は異能者ではなく異能」とお思いになっていたようですから…以前とは、随分変わっていらっしゃるかもしれません」

そして…先ほどの「夏の間の成果の一端」を思い返しながら、

「獅南先生は、単純な資質よりは努力を評価なさいますから…一夏で一からそこまで学ばれたのでしたら、十分過ぎるほどかと存じますわ。
魔力の質が”野性的”なのでしたら…獅南先生が得意としていらっしゃらない分野にも、素養がおありかもしれませんわね?」

そう言って、楽しげに笑んだ。
魔術に関する会話をすること自体は、好きだ。…その「相手」に悪意があることを、隠す労力さえ気にしなければ。

ヨキ > 「……大した労力では、か」

鼻を鳴らす。
明かさずとも、もはやどんな演技も無駄だと知れるだろう。

このヨキと言う男は、今やクローデット・ルナンのことを何ひとつ信じていなかった。

そうと心を決めたターニングポイントは、どこまでも簡単だ。
手を伸ばさなければ決して触れる機会のない、ヨキの過去に踏み込んだことだった。

それだけの能力と手管が、このルナンという娘には在るのだ。

相手の微笑みが整えば整うほど、ヨキは鼻白んだ様子で唇を冷たく引き結んだ。
そこには何ら怒りも失望もない。

「学ぶことは楽しかったよ。発動のキーに、効率、効果の大小、コントロール。
 機械でも弄っているみたいに結果は明らかだからな。

 あとは単純に――ヨキの頭の中には、元から魔術の素地があった。
 ヨキはただそれを思い出し、この地球の言葉に当て嵌めるだけでよかった。

 全く可笑しなものさ。
 あの何もかも楽しくなさそうな獅南に、こんなにも楽しみを教わるとはね」

少しの間。

「彼に比べれば。
 ……学生としての信用はともかく、君のことは信頼出来ないな。
 君にどれだけ褒められようと、ヨキは何も嬉しくないんだ。

 『研究所』の人間たちが、そうだったから」

困ったように笑う。

「特別だよ。
 学内でこんな話を出来る相手、今は君しか居ないんだから」

クローデット > 相手の表情が硬化していくことすら、想定内と言わんばかりの様子で、クローデットは淑女然としてそこにあった。

「「それだけのお力」をお持ちのようですし、魔術のコントロールも容易いことでしょうね。
…「力を得た」という実感それ自体が、「ヒト」を強くもいたしますし」

「「彼」も、もう少し楽しげにしても良さそうですけれど」と、くすくすと笑って答える。
「信頼出来ない」という改めての告白に対してすら、ショックを受けた様子を見せなかった。

「「彼ら」ほど、残酷なことをしているつもりはありませんけれど。

………あれほどお互いに信頼なさっているのに、「彼」にはお話しなさらないのですか?」

そう、ことりと人形めいたしぐさで首を傾げて問う。

クローデットが為してきたことは、見ようによっては「彼ら」…「研究所」の人間がしていたことより残酷だ。
しかし、クローデットにはその認識はなかった。…少なくとも、表層では。

ヨキ > 「人間であることで、こんなにも視界や頭の中がクリアになるとは思わなかったよ。
 全く情けないことに、想像だにしなかった。知らなかったんだ。

 今までのヨキが、どれだけ狭苦しい感覚の中で生きていたかがよく判った」

何気ない世間話でもするみたいに、ふと視線を落とす。

「ヨキの方こそ、何が残酷で、そうでないかを判別など出来んよ。
 人間たちには、もう散々痛め付けられてしまったからな。
 おかげでこの十年と少し、生きているのか死んでいるのか判らない状態のまま来てしまった。

 このヨキに判ることは、ヨキにとって快いか、そうでないかでしかない」

話さないのか、と問われて、首を横に振る。

「いや。何もかもは済んだ過去だ。今さら獅南に話したところで、詮無いことに過ぎんよ。
 毒にも薬にもならん話を、わざわざ重ねる必要はない。

 それに、彼にはもう随分と助けてもらった。今度はヨキが彼の力にならねばならん」

クローデット > 「………ヨキ先生は、本当に「あたくし達が思う以上に」「犬」でいらしたのですね。

そこまで感覚が違うとは、思っておりませんでした」

そう言って、くすくすと笑う。
実際のところ、一旦アップグレードされた思考を再度ダウングレードするというのは労力を要する作業だ。
クローデットには、「人間」になる前のヨキが何を考えていたのかを想像するのは難しかった。
…それでも、相手が視線を落とせば、笑いを収めて、真摯な眼差しでそれを聞いていた。
…相手が自分を信頼していないとはいえ、わざわざこの場で感情を逆撫でしてやる必要はない。

「………そう、でしたわね。
ヨキ先生は…これから、「何が残酷か」などの社会通念を学んでいかなければならないのでしょうか」

同調するかのように、視線を落とす。
しかし、自分の質問に対する相手からの答えを聞いて…また、花の綻ぶような笑みを浮かべて。

「………そうですか。
お二人とも、本当にお互いを信頼していらっしゃるのですね」

そう言うと…最後に頭を下げて。

「…長々と、夜分遅くに失礼いたしました。
本来の用件は、また日を改めて果たしに参ります。

ヨキ先生も、「生きた」お身体になられたのですし、健康にはご留意下さいね。
…「彼」の真似など、なさるものではありませんから」

そう言って…書類を自分の手に持ったまま、再度ヨキに対して礼をして。
去り際に再度「失礼します」と挨拶をしてから、クローデットは職員室を辞した。

…この日から、クローデットはヨキにはもちろん、獅南にも、心を開かなくなった。

ご案内:「職員室」からクローデットさんが去りました。
ヨキ > 「この職員室の中だって、この目にはひどく眩しいものさ。
 何しろ色が多すぎる……注意を引くための色が見えるようになったことは、有難いがね。

 ヨキは研究所を出てから、これまでずっと教師だった。そしてこれから先も。
 学べるだけのことは、この学内で学んできたつもりさ」

クローデットの挨拶に対して、ゆったりと頷く。

「ああ。無理はしないつもりだよ。
 身体をどこまで使っていいものか、それこそ覚えていかなくては」

おやすみ、と声を返し、再び独りになる。
クローデットとの隔たりが刺すように浮かび上がった今、ヨキの横顔には何の表情も浮かんではいなかった。

「………………、」

ヨキはクローデットでも、自分を弄んだ研究所でも、他の誰でもない、自分自身と向かい合っていた。

「……人間というのは、どこまでも残酷になれるものなのだな」

獣であった頃のヨキには、無理解から来る酷薄さがあった。
だが今のヨキには――何もかも理解した上で切り捨てることの出来る、ある種の非情さが芽生えていた。

指先のほんのひと触れで、扉に施していた術は泡のように掻き消えた。

ご案内:「職員室」からヨキさんが去りました。