2016/09/24 のログ
ご案内:「屋上」にヨキさんが現れました。
ヨキ > まだ日の高い午後、屋上のフェンスに張り付いて街並みを見下ろしているヨキの姿。
人間の色覚を手に入れてからというもの、ヨキには何もかもが目まぐるしく、目新しかった。

街が色とりどりの屋根と壁で出来ていること。

夏に比べて、空が高くなったと言われること。
黄昏どきのほんの一瞬、街中が金色の光に包まれること。

遠景のブルーがかった空気遠近法。
日ごと色の異なる青い空。

空気にも色があることを、ヨキははじめて知った。

(これは……また一から、勉強し直さなくてはならんなあ)

それこそ、自分を取り巻く何もかもを。

ヨキ > 色彩と呼ばれるものが視神経をどのように刺激して感ぜられるものか、
ヨキはとうに学び、知ったつもりでいた。

だが百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので、
この無限の色彩に目の奥が刺激されているのだと思うと、どこかむず痒い心地がした。

眼鏡を外す。
これまで使っていた近眼用のものと異なり、度の入っていない伊達だ。
これから作業に読書にコンピュータにと、細かい作業ですぐに目を悪くしてしまうのかも知れないけれど。

今ばかりは、産まれたての視力が保たれた裸眼の視界を満喫することにする。

レンズの隔たりのない澄んだ碧眼を、秋めきつつある風がそっと撫ぜた。

ヨキ > 刻々と、だがそう短時間では変わることのない風景を、飽かずに眺める横顔。
その肌には血の気があり、体温の赤みがあった。

人間になってから、僅かばかりこざっぱりと整えた髪から覗く、ヒトの耳。
じんわりと熱を帯びた色は、どこか興奮冷めやらぬ子どものようでもあった。

(斯様なことでは、学生らに呆れられてしまうな)

早く慣れなければ。
人間に生まれ変わったとて、教師として教えられなくなってしまっては本末転倒だ。

ヨキ > くるりと踵を返し、屋上の中ほどに置かれたベンチへ向かう。
こつりこつりと床を叩く足音に、かつての鉄塊の重みはない。

足取りは軽やかで――それでいて一歩ごと、靴跡のように不可視の魔力の波紋が残る。

靴を履いていてさえいれば微かな余韻で済むが、裸足で歩けばその足取りは明らかだった。
魔力を扱う者にとって、気配を察するにこれ以上の“匂い”はないだろう。

(…………、“狩り”をするには不利だな。
 早いところ、制御の方法を身に着けねばなるまい)

足先から溢れ出る魔力は、他ならぬ土地神としての名残だ。
人から信仰を集め、里を富ませていた――という話は、決して夢まぼろしではなかったらしい。

視線の流れに、揺れる髪のほんの一房に、肩が切る空気の流れに。
滔々たる魔力の揺らめきが、風に交じっては消えてゆく。

ヨキ > 伸びをして、腰を下ろす。
講義のない午後、仕事へ戻るにはまだ幾許かの時間があった。

それまではこうしてのんびりと空を見上げ――陽光を背にした雲の、
色彩の変化を眺めて過ごす。

常世の底にぽつりとやってきた晴れやかな季節は、まだまだ終わりそうになかった。

ご案内:「屋上」からヨキさんが去りました。