2015/08/10 のログ
ご案内:「保健室」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 保健室はそう珍しくない頻度で養護教諭が離れ、無人となる。
理由としてはサボリ――というのも、なくはない。
しかしそれ以外にも色々ある。
生徒の健康関連の告知物の張り出し(生徒会に許可を得る必要あり)、
物品の補充、トイレの点検(これは他の生活委員に任せることも多い)などなど。

今回は、体調悪化した生徒の病院への付き添いである。
屋外で活動していたエクストリーム書道部員が熱中症で倒れたのだ。
なぜ屋外で書道に勤しんでいたのか蓋盛の知るところではない。

ともあれそういった仕事を終わらせ、今は常の居所である保健室に戻ってきたところ。

蓋盛 椎月 > 「外出たら汗かいた……」
業務用の粉末のスポーツドリンクをグラスに入れ、水に溶かして飲む。
あまり調子に乗って飲み過ぎると糖尿になる危険性があるので注意だぞ(カメラ目線)。

軽く汗をタオルで拭って、人心地つく。
デスクの上には特に言伝も残っていないし、
新たに訪問者が来る気配もない。

足を伸ばすと、なんかデスクの下に置いてあった紙袋に当たった。

「あれ?」

なんだっけこれ。
デスクの下に隠すように置いてあった紙袋に手を突っ込んでがさごそする。
取り出されたのは、首輪とそれにつながったリードだった。犬用の。

「あったなこんなの」

自分で買っておいて完全に忘れてた。

蓋盛 椎月 > 別にペットなんて飼わない蓋盛がなんでこんなもの買ったかというと。
しばらく前に、某教員は首輪つけるとかわいいよねみたいな話で盛り上がったのがきっかけだった。
その後ペット用品店の前を通りがかった蓋盛はその話を思い出して、
ついつい首輪を衝動買いしてしまった、というわけである。

結局、その思いつきが実践に移されることはなかったが。
遠慮したというわけでもなく単純にいろいろあって忘れてしまっただけである。
しかし今更このアイデアを持ちかけるのもなという微妙な心境だった。

そういえば最近話すようになった美術教員も犬系の獣人だったか。
(あの人に首輪つける勇気は出ないけど……)

さてこの持て余したグッズ、どうしたものかな……と
リードを手にしてぐるぐると振り回している。危ない。

ご案内:「保健室」に惨月白露さんが現れました。
惨月白露 > 扉を数度ノックして、中を覗き込む。
ぴょこんと揺れる耳と尻尾。

「すみません、誰か―――。」

保健室に養護教諭が居るとは限らないのがこの学園だ。
誰かいるかどうかを確認するために声をかけ―――。

そこで、手に持ち、振り回しているものを見て固まった。

『……あ、なんかやばい人が居る時に来ちまったか?』

そんな感想を思い浮かべつつ、
『あ、失礼しました』と愛想笑いを浮かべて、
ゆっくりと顔を引っ込めると、ゆっくりと扉をしめ直した。

蓋盛 椎月 > 「うおっと」

油断していたら訪問者が現れた。
扉を向く。犬耳。固まった表情。
(あっ完全に誤解された!)
風紀委員の制服だったし人種差別的な行いをする
養護教諭がいるとか報告されたら困る。

「ま、待って待って」
とりあえずこのカウボーイよろしく振り回してる首輪を止めようとして、
手元が狂った。
制御を失った首輪があらぬ方向へと飛び……
デスクの上に並んでいた書類をなぎ倒していった。

ドサドサドサ――ッ!
床に無残に落ちて行く本やファイル。
「うわあーっ」
蓋盛の叫び声と書類のなぎ倒される音が、閉まった扉の外にも響いたかもしれない。

惨月白露 > 「―――って、おい、大丈夫か!?」

扉を閉めて、もう一度恐る恐る扉をあけようとしている最中、
外に響いてくる轟音に、耳と尻尾がビクンと震える。

踵を返して中に入ると、
床に散らばった本やファイルを拾い集めながら

「―――ったく、んなもん振り回してるからですよ。」

蓋盛に向かって首を傾げながら、
自分が拾い集めた分の本とファイルを手渡す。

蓋盛 椎月 > 「あっ、ありがと……」
手伝ってもらいながらなんとか書類を片付けていく。

「すいません……保健室の中で首輪振り回したり
 ビニールプールで遊んだりするのはやめます……」
シュン……と怒られた子供そのものの様子でうなだれた。
ともあれ、おかげさまで散らかったものは元通りになった。

「それで……何か御用かな?
 あたしはまあ……こう見えてもこの保健室の先生だったりするわけなんですけど」
するする、と首輪を畳んで紙袋にないないし、
デスクの前の椅子に座って改めてそう尋ねる。

惨月白露 > 「……あっ、いえ、こ、困った時はお互い様ですから。

 要件、えっと、要件の前にその、確認したい事があるんですけど。」

『振り回されてたからよく見えてなかったけど、
 見直してもやっぱりこれ、首輪とリードだよなぁ……。
 なんで養護教諭がこんなもん持ってんだ。

 犬でも飼ってんのかな……飼ってて欲しいな、マジで。』

そういったご趣味の方とかでは無い事を祈りつつ、
若干挙動不審気味に、チラチラとソレが仕舞われた紙袋に視線を向ける。

「えっと、あの、犬でもー……。
 お飼いに、なられているんでしょうか……?」

蓋盛 椎月 > (あっ、そこ気になっちゃうかあ~)
普段ならいくらでも軽くごまかしたり受け流したりできるような追及だが、
書類ぶちまけた上に訪れた生徒に手伝わせた蓋盛の今のテンションは底値である。
半笑いで気まずそうに目をそらした。

「いや、犬は飼ってないけど……
 あー、いや。そういうのじゃなくて。
 なんとなく買ってみただけで……別に誰かに使う予定はないから……安心して!」
うまく誤魔化すセリフが出てこなかったので、
言葉の力強さでなんとか押し切ろうとした。
両手は握りこぶしである。

惨月白露 > 「あ、いや、ならいいんだ、
 ほら、俺、見ての通りそういう異邦人だからさ、
 その、そういうプレイとか、したがる人、結構知ってる……から。
 
 もし、俺がその対象になったら困るなぁーってさ。」

頭上の耳を伏せて同じく気まずそうに目を逸らしつつ、そっと頬を掻く。

『……とりあえず使う気がねぇならいいか、
 いや、ならなんで買ったんだよって気はするけど。』

蓋盛 椎月 > 「はい……」
沈痛な表情。
やはり犬系獣人の前でうかつにこういうものを振り回すのはマズかったらしい。
蓋盛は反省するべきである。
ポリーティカールコレクトー(呪文)。
「いやまあ安心してよ。同意がなかったらそういうのはしないから」
気が緩んだのか微妙に余計なことを口走った。

「まあ、なんだ。首輪はどうでもいいんだよ首輪は。
 それより用件あるんでしょ用件!」
ねっ、ねっ? と訴えかけるような視線を向けた。

惨月白露 > 「同意してやってるなら、まぁ。
 ……俺も、嫌いって程じゃないんで。」

苦笑いを浮かべながらそう返しておきつつ、
『あ、用件』と軽く手を打つ

「―――ああ、いや、この学校の保健室、
 スクールカウンセリングもやってるーって聞いたんで、
 折角だから話でも聞いて貰おうかなって思ったんですよ。」

急かすような視線を送る彼女に戸惑いがちに答える。

蓋盛 椎月 > 椅子の上、少し姿勢を正した。
首輪の件でやや余裕を失っていた蓋盛のペースが、すぐに平静なものへと戻った。
「おう、いいよー。聞いちゃる聞いちゃる」
ごく気易い調子で返事して、思いついたように立ち上がった。
「長くなりそうならお茶でも淹れようか」

惨月白露 > 「……ああ、すんません。」

お茶を入れると答える彼女に小さく頭を下げつつ、
風紀委員の制服のジャケットを脱いで椅子に掛けた。

蓋盛 椎月 > 急須に茶葉を入れて、電気ポットのお湯を注ぐ。
二人分の緑茶を湯のみに淹れ、小さな卓の上に並べて出す。
「どうぞ」

再び事務椅子に掛けて、彼が話し始めるのを静かに待った。

惨月白露 > どうも、とお茶を受け取ると、
少しだけ飲んで唇を湿らせる。

「最近、風紀委員が一斉に『二級学生』の引き上げをしたじゃないですか。
 ……俺、その一人なんですよ。」

『あ、今はその罪滅ぼしにって事で風紀委員として働いてます。』と、制服を指し示す。

「前は偽装した学生証で、作ったキャラっていうか、
 なんていうか、嘘ついて通ってたんですけど。

 ……改めて正規学生になって学校に来たら、
 なんていうか、先生との距離感とか、皆との距離感とか、
 
 そういうのが、なんか、全然掴めなくて。」

俯き、耳を伏せる。

「それこそ、どんな感じで先生に接すればいいのかとか、
 みんなとも、どんな感じに接すればいいのかとか、
 ……本当、何もかもわからないんですよ。」

蓋盛 椎月 > 相槌を入れながら、話に耳を傾ける。
「ふむ。なるほど……。話してくれてありがとう」

そう言って、顎に手を添えて、ふーむ、と天井を仰いで、少しの間考える。
と言っても、それほど深刻そうな顔はしていない。

「どんな風に接していいか、わからない、か。
 ……でも、こうして、あたしと話すことはちゃんとできているよね。
 人と話す事自体は、苦手、というわけではない……ことがまずわかる」

当たり前のようなことを最初に確認する。

「……で、きみのいう、『作ったキャラ』で話すことは、問題なかった。
 今そうしないのは……立場が変わった以上、演技で人に接したくない、
 という意思のあらわれかな。
 きみはまっすぐな人なんだね」

「けど、どうして、そうなると生徒や先生とどう話していいのか
 わからなくなるんだろう」

「きみは、気後れしてしまっている、ということでいいのかな。
 二級学生っていうのは、後ろめたさを感じる地位だから。
 その立場に長い間いすぎて、一般学生が、怖くなってしまった……
 そういう理解でいいのかな」

噛んで含めるように、少しずつ言葉の意味をほどいていく。
話の意味に、悩みに、そのまま短絡的に踏み込むのは少なくとも彼に対しては性急だと判断した。
できるだけ慎重に、彼の在り方と彼の苦しみを確かめようとした。

惨月白露 > がりがりと頭を掻くと、お茶を一口飲む。
唇が潤うと、再び口を開いた。

「すみません、それも、正直よくわかんなくて。」

手元でお茶の入ったコップを弄びながら、そう呟く。

「先生って、先生じゃないですか。
 正直なとこ、内心で俺の事をどう思ってても、
 多分、先生って立場上、蔑んだり、怖がったり、
 そういう事って、しないと思うんですよ。」

「だから、こうして喋れるってだけで。
 実際、俺が人と話すのがそもそも得意かどうかーってのは、
 ……正直、よくわかんないです。」

尻尾が小さくゆれる。

「『作ったキャラ』で居る間は、なんていうか、
 自分じゃない誰かとして人と話せたから、怖くなかったんだと思います。
 
 俺は何処までも汚れきってる、
 だから、きっと、俺の事は誰も好きになってはくれない。
 でも、自分じゃない誰か、別の人になってれば、
 誰かに言われた通りの自分で居れば、 

 こんな俺でも、誰かに愛してもらえんじゃないかなって。」

「だから、確かに、先生が言う通り、
 一般学生が怖いのかもしれないです。」

そう言って体を抱く様に蹲ると、小さく震える。

「贖罪するって、罪人として、蔑まれて生きるって決めた筈なのに、
 でも、実際に、そういう目を向けられるのは、
 やっと、手に入れた平穏ってやつを、失ったって事を知るのは、怖いから。

 ―――皆と話すのが……怖い。」

蓋盛 椎月 > 湯のみを両手で持って少し傾け、口の中を潤す。

「まず大前提として。
 あたしはきみの過去はなんにも知らない。
 きみがどういうふうに過ごしてきたのか。
 どういうふうにそう思うようになってしまったのか。

 だからあたしは今ここにいるきみのことだけを見てものを言う。
 いや、あたしだけじゃなく、みんながそうする。
 みんなが、今のきみを見るんだ。
 昔悪いことをしてしていたきみではなく、ね。

 汚れる、って、どういうことだろう。
 何かを盗んだり壊したりすること?
 人を傷つけたり殺したりすること?

 そうじゃあないよ。
 誰だって一度は悪いことをする。間違える。だけどそんなことで汚れたりはしない。
 そういう悪いことをして、何も感じなくなるのが“汚れる”ってことなんだよ。
 きみはどうなんだ。違うだろう。

 きみの過去を知って、今のきみを見て、
 それでもきみに後ろ指を指すやつがいるとするなら――
 そんなやつとは、仲良くしなくていい」

何分も掛けて、ゆっくりと、ゆっくりと言葉を口にする。
まっすぐに、白露の眼を見据えたまま。

「普通に生きる、っていうのはね。
 クラスの全員と、仲良くするって意味じゃない。
 実は、そんなことは、誰にもできない。
 そりが合わない奴とは、関わらないようにしていいんだ。
 あたしだってそうしている。

 きみの望みはなんだ?
 すべてを愛しすべてから愛されることかい。……違うだろう?」

惨月白露 > 「もし、先生が俺の過去を知ってる人間なら、
 こうして、不安がってるって話をしたりできませんよ。
 ……被害者面すんなって言われるの、怖いですから。」

そういって、寂しそうに笑う。

「なぁ、先生?」

ぎりっと、膝の上で手を握りしめる。

「―――先生は、幸せなんだな。
 そうやって、付き合う相手を選べるだけの魅力があるって事だろ?
 確かに、先生の言ってる事は、すっげぇ綺麗だよ。尊敬も出来るよ。

 でも、俺には、弱い奴には、そんな生き方はできない、
 俺には付き合える相手を選べるほど魅力もないし、
 もし選べたとしても、それで、
 俺の事を知ってまで仲良くしてくれるヤツに迷惑はかけたくないから。
 
 ……だから、できない。

 ソリが合わない奴とは仲良くしなくていいってさ、
 そしたら、俺が仲良くしたソリが合うやつも俺の側に引っ張り込むって事だろ?
 
 俺のせいで、俺と仲良くした良い人まで傷つくのは嫌だよ。
 元から、そういう奴らならいいけどさ、普通の奴らなんだ、皆。
 
 俺と仲良くして、『元二級学生と同類』って見られたらどうすんだよ。」

その瞳をしっかりと見返して、答える

「―――俺は、ただ、人を傷つけたくないし、
 自分も傷つきたくない、そんな、臆病者だよ。
 
 ……皆を愛し、皆に愛されるなんて、んなこと、考えてみたこともない。」

蓋盛 椎月 > 「……」

少しの沈黙の後。

「綺麗、か。そうだね。
 綺麗事だよ、あたしの言っていることは。
 あたし、綺麗事が好きなんだよ。
 全部それで片付くなら……とても美しく収まるだろ」

でもきみの気には召さなかったらしいね、と付け足して
たははと笑った。

「じゃあそうだなあ、あるテロリストの話でもしようか」

ぎ、と事務椅子を傾け……身体を横に向ける。
背もたれに身を委ねた。

「むかしむかし、ひとりのテロリストがいました。
 たくさん殺した。どれだけ命を奪ったか……数えてもいないし、
 覚えてもいないが……まあ三桁はくだらないんじゃないかな。
 理念はよりよい世界の構築とか旧秩序の棄却……いやまあどうでもいいわそれは」

立て板に水を流すように、流暢にしゃべり続ける。

「んで、そいつの持ってる異能ってのは《忘れさせる》のが得意でさ。
 うまく立ちまわって関係者の記憶を全部消しちゃったんだ。
 それで誰もそいつの悪行なんざ覚えちゃいないし、罪にも問われないってわけよ。
 そうしてそのテロリストは、のうのうと姿をくらまして
 今じゃなんとこの常世学園の教師に収まってるんだってさ。
 罪を贖うつもりもないし、罪の意識すら持ってない」

「それがあたしなんだけど」

くる、と椅子の向きを正面に戻した。

「どうかな……あたしのこと、軽蔑したかい?
 最低なやつだって、思い直したかい?」

人懐っこく笑っている。

惨月白露 > 「悪いけど、綺麗事を言ってる奴は嫌いなんだ。
 そういう奴は、騙そうとしてる奴か、
 本気で今まで幸せに生きてきた奴かのどっちかだし、

 ………どっちにしても、俺は好きとは思えない。」

そういってお茶を飲む、
彼女の話に耳がぴくぴくと動いて、
そして、勢いよく立ち上がった。
机に叩きつけられた手が大きな音を立てて、
その目が大きく見開かれる。

「―――おい、それ、本当の話なのか?」

『だとしたら』と彼女を睨みつける

「俺は、全力でアンタを軽蔑するよ。アンタは最低のクソ野郎だ。

 一度は自分が考えて、結論して、自分がやった事なんだろ?
 もしそれに後悔して、考え直したなら、
 その責任は自分なりにでもなんでも、取らねぇとダメだろ。

 それに、どんな内容であれ、その人の記憶を、人が生きてきた証ってやつを、
 自分の私利私欲の為に異能でほいほいと忘れさせるなんて、俺は絶対許せねぇよ。
 
 その話、もし本当なら、俺はその、お前を忘れた、
 お前を許せない奴らのかわりにお前をぶん殴るぞ、先生。」

『話を聞いてもらったのに悪いけどな』と拳を握る。

蓋盛 椎月 > 叩きつけられた手に、睨みつける瞳に、その剣幕に――
呆けたように目を丸くした。
そして力なく笑った――降参だ、とでも言いたげに。

「もうちょっと話をさせてくれ」
問いに、否定も肯定もせず、掌を突き出してどうどうと宥めるようにした。

「あたしの言いたいのはね。
 たまたま保健室に来て、たまたま見つけたあたしという人物が、
 それほどまでにどうしようもない悪人だったとしたら。

 他の人物についても――どうしてそうでないと言える?」

口の端が嘲るように歪み、汚らしい笑い声が漏れる。

「きみは自分が汚れていると自覚しているから、
 世界が痛々しいまでに綺麗に見えるのかもしれないけど。
 実際は薄皮一枚剥がしてみればどいつもこいつもクソみたいな汚泥なんだよ。
 さっきあたしの言葉を、『綺麗で尊敬できる』って言ってたろ。
 それぐらいきみは簡単に騙されてるんだ」

立ち上がった白露に向け、露悪的な笑みを浮かべて、覗きこむようにしながら見上げる。

「安心しなさい。
 きみごときに世界を汚すことはできないよ。
 世界も、誰もかも、すでに地獄のように汚れきってるんだから」

惨月白露 > その表情に身体が震え、数歩後ずさる。
だが、すぐに体制を立て直して、再び詰め寄った。

「『とんでもなくいい奴かとんでもなく悪い奴のどっちかだ』って言ったろ、
 ―――お前がたまたま、俺を騙すような奴だったってそれだけだ。」

ギリッと歯を噛むと、拳を握って、
ただ吠えるように叫ぶ。

「お前は自分が汚れてるから、世界がどうしようもなく汚く見えるのかもしれねぇけどな。
 この世界は痛々しいほど綺麗なんだよ、俺や、お前みたいな、
 どうしようもないクズが、世界に数人いるだけでなッ!!!!」

「お前はそう……この世界は薄皮一枚剥げば
 全部汚泥って、きたねぇって思ってるから、罪の意識も何にもねぇんだな。
 
 ……そういう事なら納得が行くよ、皆そうなら、
 自分がそうでも気にしない。そんだけの話だ。

 つまんねぇ悪党だな、アンタ。
 悪人なりの美学って奴もねぇ、ただのクソ野郎だ。」

床に置いた鞄を手にすると肩に担ぐ。

「―――ほんと、胸糞悪い話で聞いて損したよ……帰る。
 
 お前には首輪をつけさせてやれねぇな。
 どっちかというと、首輪をつけてぶん殴ってやりたいタイプだ。」

蓋盛 椎月 > 「…………」

目を伏せる。

「きみはほんとうに綺麗なんだな。
 あまりにも綺麗すぎて、綺麗なまま――
 ヒビが走って、砕けることを望んでいるようにすら見える。
 誰に侵されることもないままに」

しみじみと語る。
ため息を付いて、お茶を一口。
卓に肘をつく。
笑みはごく薄い、無害なものに戻る。
激昂する白露など、まったく見えていないように。

「行くのかい?
 すまないな。力になってやれなくて。
 殴っていってくれてもかまわないよ。
 それとも、『殴る手が汚れる』みたいな心境かな。それもわかる」

ゆるゆる、と首を揺らす。

「――ああ、そうそう。テロリスト云々の話は完全な創作だから。一応。
 別に信じてくれなくてもかまわないけど」

惨月白露 > 呆れ顔でため息をついて、首を振る。
じっとりとした目で彼女を見ると、杜撰な声を漏らす。

「テロリストの話が創作なら、俺がお前を殴る理由もないだろうが。

 それに、ちゃんと力にはなってくれたよ、
 ただ、俺にその処方箋は合わなかったって、そんだけのこった。」

保健室の出口の直前で、半身だけ振り向く。

「あと、俺は綺麗じゃねぇよ、もう散々汚れちまった、
 だから、そんな汚れを、他の奴にもつけたくはねぇって―――そんだけだ。」

そう言うと『お茶御馳走様』と手を振って、
ふわりと、尻尾の毛を揺らして保健室を出て行った。

ご案内:「保健室」から惨月白露さんが去りました。
蓋盛 椎月 > 「世界が痛々しいまでに綺麗だなんて言えるのは、
 きみ自身が綺麗であることの何よりの証左だよ。
 自分で反対を言ったじゃないか。
 『どうしようもなく汚れているから、世界が汚れて見える』――って」

聞こえないその言葉を、扉越しに放って、
急須と湯のみを粛々と片付ける。

「――やれやれ、カウンセラーとしては失格だな。
 ……殴ってくれたほうが嬉しかったんだがね」

本当に何も感じていないような顔をして、通常業務へと戻った。

ご案内:「保健室」から蓋盛 椎月さんが去りました。