2015/11/22 のログ
ヨキ > 「…………?」

(《レコンキスタ》。その語を聞いて、眉を顰める。
 遠い噂に名を聞くばかりの、与り知らぬ組織の名前。
 笑い出す蓋盛に、その笑みを崩すこともしない)

「当たり前だろう。
 ヨキはそれだけ、望まずと始まった『人生』を充実させようとしてきた。
 そうでなくば、《門》から叩き出された割に合わない」

(低く緩やかな声)

「随分と不公平だな、蓋盛。
 ヨキは君を嗤わずに居ると言うのに」

(唇を結ぶ。静かな金色の双眸が、蓋盛を見据える)

「……今まで散々、馬鹿の人でなしと呼ばれてきたんだ。
 今更『人間』で『大人』のように聡くなれはしない。
 それなら最後の最後まで、犬は犬らしく目先の充実に惹かれるだけだ」

蓋盛 椎月 > 「そうじゃない!
 そうじゃないんだよ、わたしの言いたいことは……」

思わず身を乗り出して、声を荒げた。

目の前にいる融通の効かない獣人の美術教師のことも、
当然のように実習で生徒を保健室や病院に送り込む無茶な魔術学の教師のことも、
それほど嫌ってはいないことに、蓋盛はこの段になってようやく気づいた。

あくまで動じないヨキに、
自身の発言を、恥じるように口元を手で覆い、表情を消す。
気まずそうに視線を逸らした。
姿勢を戻す。

「そうだよ。わたしはもとより、
 不公平で身勝手な人間だよ。
 まさか知らなかったのか」

蓋盛はモラルを語ることができない。
それは自らがモラルに反した存在であると認識しているからだ。
だから銀貨がヨキを襲ったと知った時も
銀貨に対して『恋人』としてのモラルを説くことはできなかったし、
今だってそうだ。

自分は誰にも説教する権利がない。

「知り合い同士がそういう仲だなんて、
 もう笑ってやるっきゃないだろ。
 ……は、まったく、訊くんじゃなかったな」

心底蔑むような表情を作って、肩を落とす。

ヨキ > (蓋盛が身を乗り出す。
 そこではじめて、ヨキの瞳が常より大きくぱちりと開いた。

 その眼差しに、ヨキが自宅で誰あろうおこんに擦り寄ったときに見せた――
 大人の愚かではなく、稚気の無知からなる困惑が滲む)

「…………。
 不公平で身勝手なのは、君が『大人ごっこ』から離れたときだと思っていた」

(徐に俯く、)

「獅南は、いつかヨキを殺しに来る。
 ……彼が己の信念を曲げずにヨキのところへ来たならば、ヨキの勝ち。
 だが……万が一にも彼がヨキを殺しあぐねるようなことがあれば、それは彼の敗北だ。

 そういう点で、彼ひとりが勝利することは決して、ない」

(顔を上げる。
 ヨキの声は低い男のそれをして、言葉の選びはまるで老翁めいている――はずだった。
 今や子どものように口を噤み、目を逸らす蓋盛をいよいよ凝視するほどに見た)

「……教えてくれ、蓋盛。
 奥野君は言ったよ。人間は、曖昧で、揺らぎに満ちていて、ひどく適当にできていると。

 それに、君だって言ってくれた。ヨキは覚えているぞ。
 『理解できないものに苛立つヨキは、人間らしく見える』と!」

(思わず大きくなった声に、自分でうっと息を呑む。
 だが蓋盛のようには――抑えはしなかった。

 システマチック。機械的。大人の男らしく……

 ヨキを取り巻いてきたそれらの表情が、歪む。
 まるで銀貨に差し入れられた毒のひと針から――すべてが瓦解するかのように)

「嗚呼、……あああ、もう。

 君も、奥野君も!
 そんな風に、作ったような表情なんか要らない。
 ああそうだ、ヨキには君らの心など、『人間』の心など理解できるものか!

 だがヨキはその代わりずっとずっと、ずっと勉強してきた。
 色彩学も解剖学も美学も、人間の心と身体に関わることすべてを!

 見慣れた君の顔がちぐはぐに動くのに、黙ってなどいられるか。

 君の言いたいことがそうじゃないなら、何だよ。……言ってくれよ!」

蓋盛 椎月 > 信じられないものを見たかのように、幾度か瞬き。

「随分と……
 お変わりになられた」

ブラウスの胸元を握り、ヨキを凝視し返す。
……いや、変わりつつある、と言ったほうが正確なのだろうか。
その兆しが銀貨によってもたらされたものだというのなら、大した毒だ。

「ヨキ先生」

咳払い。
姿勢をただし、まっすぐにヨキを見据える。

「あたしは知っています。
 あなたは善い教師として幾人もの生徒を薫陶し、世に送り出してきました。
 迷う子らに道を指し示し導いてやりました。とても素晴らしいことです。
 それがどんな思想や信条に基づいたものであったとしても。
 ですが…… 

 あなたの仕事はそれで終わるわけではありません。
 あなたは生きなければなりません。
 命をむざむざ散らせば、それは教え子たちへの裏切りとなるからです」

教本を暗唱するような口調。
教師が生徒へと教え諭すように続ける。

「いいですか。
 わたしたちはどれだけこの世界が欺瞞と苦しみと理不尽に満ちていると知っていても、
 生きていく姿を見せなければなりません。それが教師として果たすべき責任です。
 そうしなければすべてはまやかしであったことになってしまう。
 ……」

立板に流すような声が、一度止まる。
視線が泳いだ。

「獅南……あの人があなたを殺すと言うのなら、それは本当に殺すんだろう。
 彼はそういう人だ。
 だけど、あたしは……
 あなたにも、獅南にも、死んでほしくは、ない」

う、と呻き、耐え切れなくなったように卓に肘をついて突っ伏す。


「わたしの前から、
 もう、だれもいなくならないで……
 わたしを、裏切らないで」

 

ヨキ > (変わった、という蓋盛の言葉に、小さく呻いて顔を伏せる。
 決して赤らむことのない、青褪めたままの顔で視線を泳がせてから、名を呼ぶ声に向き直る)

「………………、」

(感情がすべて溶けて流れてしまったように、静かな顔。
 燃え立つ灯を宿した瞳に日中の陽が差し込んで、奥の奥まですうと透ける。
 蓋盛の理路整然とした口調に、教壇に立つ自分自身を思った)

(瞬きだけが相槌の代わり、蓋盛の静かな声が流れる。
 やがてその声が震え出し、机上に突っ伏す)

(言葉のすべてを聞き終えるまで、ヨキは何も言わなかった。
 冷めた茶を一口飲んで、伏せた蓋盛を見下ろす)

「……蓋盛。ヨキは……

 生徒から、『見ていてください』と言われたよ。
 『先生のような人が居てくれて良かった』とも、
 『ヨキの姿を見て、先生になることを決めた』とさえ。

 幸せだよ。ヨキのような男が、善い生徒に恵まれ続けたのだ。
 異邦人として打ち捨てられた身で、よくぞここまで『充実した生』を得られたものだと思った」

(優しく微笑み、穏やかに話す)

「……でも、だめなんだ。もう。
 人の身でずっと、求めながらにして叶わなかった『死』が、視えてしまった」

(声のトーンが、徐々に落ちる。
 首を振る。相手にのみ届くきりの、小さな声)

「ヨキは死なない。子どもを残すことも出来ない。
 代わりに出来るのは、ここを訪れる人びとを、余さず認め、自分の子どものように愛し尽くすことだけだ」

(目の前の蓋盛椎月のことも、自分を毒によって組み伏せた奥野晴明銀貨のことも、
 そして自分を殺そうと目論む、獅南蒼二のことも)

「死なない生き物は、『人間』ではないよ。
 君が奥野君と共に、緩慢な死へ向かうのと同じように――ヨキもまた、いつかは死ななくてはならない」

(唇が小さく震える。
 が、その瞳は少しも潤みはしない。乾いたままの、燃え立つ金)

「本当は……判ってたんだ。
 人びとに対して、真に平等になど出来るはずがないと。

 ヨキだって、君を裏切りたくない。それでいて、獅南の志の前に立つ壁で在りたい……」

(座ったまま、手を伸ばす。
 蓋盛の頭に、大きな手のひらで触れる。背を叩くことも、肩を抱くこともしない)

「…………。迷うというのは、つらいな」

蓋盛 椎月 > 「なぜ……」

なぜ死を願うのか。
そんなことを尋ねられるはずもなかった。尋ねる意味もなかった。

生き延びることに何の意味もない。
死に臨む瞬間だけが、生に色彩をもたらすのだ。

ヨキの伸ばす手が頭に触れられるがままに、ただうつむいている。

「死ななければ人間ではない?
 そんなセリフを吐いていいのは、きっちりと生ききった人間だけだ」

突っ伏したまま掌を上に向けると、淡く輝く弾丸が現出する。

「あたしのこの異能は、多くの人を救うためにもたらされたものと信じていました。
 ……ずっとむかしの話ですけど。

 銀貨くんが……どうして、あたしを好いたのか、
 それはわからない。
 けれど、あたしは生きていかなければいけない。
 それだけが、彼に対してできる唯一の事だと思うから……」

弾丸が消える。
不意に、伸ばされていたヨキの手が両手で強く握られた。

「――ヨキ! わたしはたちばな学級の教師でもあるんだよ。
 あそこは、ひととは違う、ひとと相容れない子が、
 世界に絶望しないためにある場所なんだ!

 お願い、
 死ぬなとは言わない、けど、死に抗って!
 わたしたちが生きることが無意味じゃないって――証明して!

 ――わたしはもう誰にも絶望してほしくないし、したくないの!」

ほとんど悲鳴のような懇願。

ヨキ > 「だめか?」

(尋ねるヨキの声は渇いていた)

「ヨキは……獣として、生きて。殺されて死んだはずだった。
 呪われて、人の姿になって、《門》から転がり落ちて……」

(枯れ枝のような指に、蓋盛の髪が柔らかく絡む)

「……獣として永く生きた時間を、圧し潰して凝縮したような十年であったよ。
 人間として、社会のなかで、言葉でものを考える毎日が、こんなにも騒がしいとは思わなかった」

(俯く。
 額が触れそうなほどの距離)

「君の言うように、愛が不死者を殺すとして。
 たとえ愛に殺されずとも……生ききりさえすれば、それは『人間』だろうか。

 それとも、今までこんなにも人びとからの愛を、無下に振りほどいてなお――
 ……愛というものを、受け取っても……いいんだろうか?」

(弱々しい声。
 蓋盛の手のひらの上で光る弾丸に、目を向ける。

 《イクイリブリウム》。治癒能力としては圧倒的とさえ思われる異能。
 ずっとむかしの話。『かつてはそう信じていた』……

 “その異能を以てしてさえ、彼女はただ生きることでしか銀貨を救うことが出来ない”)

「…………、違うんだな?ヨキや、常世学園の知るデータ……
 『治療と引き換えに記憶を失う』――それだけの話では、……ないんだな?」

(眉間に薄く皺を寄せる。
 ――不意に掴まれた手に、顔を上げて目を丸くする)

「!」

(はじめて聞く、蓋盛の乞う声。
 驚きに引き結んでいた唇を薄く開く。そこから言葉が発されるまでに、少し間が空く)

「……蓋盛。
 止してくれ。そんな風に……ヨキに、望まないでくれ。

 …………、そうするしかないではないか。
 誰あろう君に乞われて、断れるはずがないじゃないか……」

(声に、わずかばかりの震えが交じる)

「何度でも言うよ。ヨキは君が羨ましい。
 許し合える相手と巡り合うことの出来た……君と奥野君が、うらやましい」

(唇をも震わせる。
 尖った牙が、下唇を柔く噛んだ)

「……獅南が築いてきたものに、傷を付けたくない。
 彼ほど意欲に溢れた研究者を、ヨキは見たことがない。

 あるはずなんだ。どこかに。道が。

 ――ずっとそうしてきた。
 見方や受け取り方とを変えることが芸術のはじまりなのだと、ただそれだけを。

 彼の研究が魔術学の礎となるのと同じように、
 ヨキがしてきたことも決して無為ではなかったと、証明……したい」

(表情を歪める。手を掴まれたまま、顔を伏せる)

蓋盛 椎月 > 「自ら定めた死に場所で死ねなかったものどうし、か」

絞りだすような吐息。

「知ってます? 人間って、自分の血が失われたと信じただけで死んでしまうそうですよ。
 たとえ本当に血が流れてなかったとしても。

 生き物っていい加減ですよね。
 少し記憶を削っただけで、自分が生きているのか、死んでいるのかもわからなくなる。
 最高の医者は最高の殺人者でもあるんですよ。
 こんなものを持ってしまった人間、正気じゃあ、いられませんね」

ゆっくりとおもてを上げる。
疲れたような横顔を向けて、ヨキから離した手をひらひらと靡かせる。

「あたしはあなたの罪の深さを知りません。
 あなたに道を示すこともできません。
 なにしろあたしが道を探している最中なのですから。……ごめんなさい。

 ……けれど覚えておいてください。
 あなたが、人と外れているという理由で、排除されることをよしとするなら、
 あたしはあなたを許しません」

拳を握りしめる。
向き直り、茶の瞳がヨキの金色を鋭く見据えた。

「生きることが、復讐なんです。世界への」

ヨキ > 「記憶、か。
 ……撃つことも、撃たぬことも。いずれにせよ、随分と重い弾丸だ」

(眉を下げて笑んだ顔で、息を吐く)

「ヨキも本当のところは、記憶を削られていて……。
 それが充たされることで救いが得られるならば、と、……ずっと思っていた。
 そうでなくば、この記憶も、呪いの傷をも、まとめて消すべきだと。

 ヨキは君を、君の《イクイリブリウム》を利用したかった」

(蓋盛と目を合わせる。机の上で、両手の四指を絡める)

「君は知らずともいい。示さずとも構わない。だから謝らないでくれ。
 それは正真正銘、ヨキが自分で見つけるべきものだった」

(瞳の奥に、金の焔がぐるりと燃え立つ)

「いつかの、《イクイリブリウム》でヨキを撃て、と言った話は――もう終わりだ。

 どんなに滑稽でも、心はずっと変わらなかった。『ヨキは人間として生きる』と。
 結果的にどれだけ虚ろで、空しい日々を過ごし、生徒らにもそんな思いをさせてしまっていたとしても。

 おそらくヨキはこれからも、常世島のために尽くす犬であり続けるだろう。

 ……だが、もう『常世』の渕に惑うままの獣では居たくない。

 今度こそ、本当に『現世』を生きるための術を――手に入れる」

(唇を引き結ぶ。
 じろり、と、鋭いまでの眼差しが蓋盛を見返す)

「済まなかった、蓋盛。
 君は十分すぎるほどに、……道を示してくれた」

蓋盛 椎月 > 「それで構いません。
 懸命に生きるものというのは傍から見れば滑稽に映るものですから。
 ……あなたの見出した道は苦難に満ち溢れています。
 ……けれどきっとそれが、あなたやわたしに課されるべき罰なのでしょう」

ヨキの言葉に、こくり、と頷き、静かに微笑んだ。

「わたしたち異邦人・異能者のこんにちの地位は偉大な先人たちが血を流したうえにあります。
 しかし真の共存と相互理解のためにはもっと血を流す必要があるのかもしれません。残念なことに。
 ……わたしは本当は、近いうちに養護教諭をやめて、常世を出るつもりでした。
 この仕事は、楽しいことばかりではなくなっていましたから」

礼を言います、と、控えめに頭を下げた。
軽薄な笑いも、偽悪的なにやつきもない。毒気のない澄んだ相貌。

「……あなたに偉そうに説教した手前、
 この遊びにわたしはもう少し責任を持つ必要が出てきました。
 銀貨くんもいますし。」

瞑目して頬を掻く。

死に方を探すということは、生き方を探すことと同義なのだろう。
あまり認めたくはない話だったが。

思う。
もしこの男が、獅南の炎から生き延びることができたなら。
自分な本当の意味で生きる希望を見つけることができるかもしれない。

「そちらこそ謝る必要はありません。
 わたしは残酷で身勝手な願いを押し付けただけにすぎませんから……」

そう言って、湯のみと急須を片付けると、デスクへと戻る……

ご案内:「保健室」から蓋盛 椎月さんが去りました。
ヨキ > 「苦難でも構わない。惑いさえないのなら。
 ……その先で心の漱がれることが信じられるのならば、それだけで」

(微笑む。ついぞ涙を流したことのない瞳で、泣き笑いのように)

「生徒が去ることは元より、同僚が減ることはもっと堪える。
 ……思えば養護教諭としても、たちばな学級の担任としても。
 君の存在は、ヨキにとって大きな頼りだった」

(頭を下げる蓋盛に、こちらこそ、と目礼を返す。
 まるで蓋盛の本当の顔立ちをはじめて目にしたかのような眼差しが、真っ直ぐに相手を見つめた)

「ヨキが言葉を重ねる必要もないが――奥野君を、大切にしてやってくれ。
 彼はヨキにとっても……大事な教え子なのだ」

(椅子から立ち上がる。蓋盛がデスクへ戻る間際に、ひとたび振り返る)

「ならば礼を。
 ……ありがとう。

 君から押し付けられた願い、確かに『受け取った』。

 ではな。――邪魔をした」

(目を細め、背を向ける。ローブの裾を翻し、保健室を後にする)

ご案内:「保健室」からヨキさんが去りました。