2016/06/12 のログ
ご案内:「ロビー」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 放課後。学園のロビーに設えられた掲示板に、ヨキが画用紙を一枚ずつ貼り付けている。
それらはすべて、常世学園に在籍する幼い子どもたちによって描かれたものだ。

常世学園は、就学年齢の制限を持たない。
つまり、学年は同じと言えども十にも満たぬ子どもらも少なくない。
そうしたら子らに絵を教え、思うさま粘土を捏ねたりダンボールを切り貼りしたりと、
工作の面倒を見てやるのもヨキの重要な仕事のひとつだった。

それで今、掲示板のスペースを借りて、子どもらが常世公園で描いた作品を貼り出しているという訳だ。

「ええと……これはこっちが上」

一枚一枚、絵と裏面に書かれた氏名を確かめながら、ピンを差し込んでゆく。
クレヨンや水彩絵の具で描かれた絵はいずれも大らかで、自由だ。
中には、抜きん出て爆発するようなエネルギーを溢れさせている絵や、逆に心の抑圧を表したかのように恐縮してしまっている絵もある。

それらを等しく丁重に扱いながら、時どき三歩離れて全体のバランスを見ている。

誰がどう見ても親身で、丁寧な作業でありながら――
既に掲示された中のたった一枚、明らかに逆さまに貼られてしまっている絵があった。

ヨキ > それは晴れた空の下、身体を大の字に伸ばした子どもが地面に寝そべっている絵だ。
稚拙でいて、伸びやかな味がある。

水彩の大きな平筆で塗られた水色の空と、クレヨンでぐりぐりと塗られた黄緑色の地面と。
あまりの自由に花が縦横無尽に画面を埋めているが、少なくとも色使いは鮮やかだ。
子どもが見たって、天地を間違うような色彩ではない。

それを、ヨキによって貼られた今は、明らかに空が下になっていた。

ヨキ本人は、大事な作品を逆さに貼ってしまったことには全く気づいていないらしい。
何故なら、彼は壁へ貼る前にきちんと確認したのだ――画用紙の裏面に記された、少年の名前を。
子どもの奔放さで、名前そのものが上下逆に書かれていたとも気付かずに。

貼り出した作品を、何度も何度も離れては見ている。
見ているのに、絵が上下逆さまであるという、そのたった一点に気付くことが出来ないのだ。

ご案内:「ロビー」に古志野 緋色さんが現れました。
古志野 緋色 > 「……うーぅ」

寝不足気味の頭を抱えて歩く、いまいち頭がはっきりしない。
目の下にはクマが出来ており、ただでさえ悪い人相が更に悪化している。

「くそぅ……」

後頭部をガリガリと掻いてロビーにやってくる、眠気覚ましにブラックコーヒーでも飲むか。

ヨキ > 一枚、また一枚。明朗な壮観さを増してきた掲示板に、満足げな顔。
離れて様子を見ているところで、やって来た緋色の姿に気付く。

彼が自販機に向かっているらしいと知るや、そのすぐ傍らのベンチに積んであった作品の画用紙や、
虫ピンの容器や、プリントを挟んだクリップボードを纏めて脇へ寄せる。

今の時間ロビーは空いていて、他にも座るだけのベンチは沢山空いている。
ので、退かしたのはあくまで一先ずの礼儀といったところ。
自分の荷物が緋色の休憩の邪魔にならぬことを確かめて、再び掲示の作業に戻った。

古志野 緋色 > 「あ、どうも」

どうやら道を空けてもらったようだ、キチンと会釈をして自販機へと再び向かう。

と、美術教師が壁に貼り出している絵の中に、ひとつ違和感を覚える作品があった。

「んー……?」

ブラックコーヒーを買い、喉から胃へ流し込みながら考える。
何がおかしいのか……答えは割と早く出た。

「逆……じゃね……?」

ヨキ > 緋色の会釈には、ごく軽い目礼を返すに留める。
子どもが絵を描いていたときのことを思い出しているのか、画用紙に落とした視線は穏やかだ。
いわく、「自分と友だちと、大好きなネコが一緒に公園で遊んでいるところ」らしい。
上下を間違うべくもなく、迷わずぺたりと貼り付ける。

背後で学生が休憩しているところは慣れっこであったから、しばらく緋色へ声を掛けるつもりはなかった。
だが彼が不意に漏らした呟きが耳に届くと、きょとんとしたヨキの顔が振り返る。

「……え?」

逆、と聞こえた。
緋色は正面の掲示板――つまり、今しがた自分が掲示していた作品の数々を見ている。

離れて見るまでもないであろうに、ヨキはわざわざ緋色と同じ位置まで遠ざかって掲示板の全体像を見渡した。
往復する視線は、何度も何度も天地が逆さまの絵を行き来している。

「逆だったか?…………。ど、……どれだ?」

恐々としながら、緋色に尋ねる。

古志野 緋色 > 「あ、いや、そこの……下ン所が水色で上が黄緑色に塗られてる……あの水色、空でしょ?」

逆さに貼られた絵を指差す、よくよく見れば結構目立つ。

「珍しいですね、ヨキ先生がこういうミスをするってのは」

どちらかと言えば冷静……むしろ老獪とでも言うべき人物だったような気もする。
見た目はそこまで変わらないような気もするが……この島じゃ見た目はあまりあてにならない

ヨキ > 緋色が示した作品を目にして、頬を冷や汗が流れ落ちた。

「……………………、」

そろそろと件の一枚に近付く。近付く。近付く……どう見ても近付きすぎだ。
じっくりと見てから、そっとピンを抜いて剥がした。

「くっ……こっちが空だったか……!」

小声で呟きながら、引っ繰り返して貼り直す。
人物を描いた構図としては逆さまの方が収まりが良かったのだが、全体が自然な配色に戻ったのがよく判る。

「……いや、失敬。恥ずかしいところを。
 これを描いた本人に見られなくてよかったよ……有難う」

頭を掻きながら、ばつが悪そうに首を振る。
頭の左右に垂れ下がったハウンド型の薄い耳が、ぴらぴらと揺れる。

「ヨキは犬の獣人であるから……実のところ、『色』というものがよく判っておらなんだ。
 淡い色や、明るい色はなかなか見分けが付かなくてな」

安堵に胸を撫で下ろす。

「ヨキが気付いていないだけで、珍しくもなかったりしてな」

古志野 緋色 > 「あー……犬って確か色の見分けがあまりつかないって話でしたね」

本で読んだかテレビで見たか、いずれにしろそういう話は聞いた事があった。

冷静な教師の意外な一面を見て、思わず少し笑ってしまった。

「ま、見つかって何よりって奴でしょう」

ヨキ > 「そう。直接教えている者らにとっては周知の事実だが、
 聞く者によっては、教師の資質そのものを疑われてしまうことも少なくなくて。
 君や他の学生らが、そのような評価はせずに居てくれるとは判ってはいるんだがな」

眉を下げて笑い返す。

「その代わり、そこそこ補えるくらいには色についてよく勉強してきたつもりだよ。
 絵具と絵具を混ぜるとどんな色になるか、とか、そこいらにあるものがどんな色をしているか、とかな」

言いながら、緋色がコーヒーを買い求めた“真っ赤な”自販機に手を突く。

「この側面は『赤』。郵便ポストより深くて濃い。
 人間の色覚からすると、ヨキの目には『黄色』に見えているらしいがな」

悪戯っぽく笑う。

「ふふ。聞いていると、何だか混乱してくるだろう?
 君が口を出してくれて、助かったよ」

古志野 緋色 > 「はー……なんつーか、クオリアでしたっけ?
 俺の見ている“赤”と相手の見ている“赤”は同じとは限らない……みたいな」

彼の場合文字通り自分の思う“赤”とは違う訳だが。

「しかしまぁ、確かに美術の教師が色の区別がつきにくいってのは……
 炎の苦手な消防士とか、高所恐怖症のとび職みたいな雰囲気は有るかもしれませんね……
 ま、芸術に関しちゃ素人の俺が言うことじゃないんでしょうけど」

美術や芸術といったものは、自分のような素人がああだこうだ言える物ではないのだろう。
有名な絵画でも色彩化感覚が(少なくとも緋色から見れば)めちゃくちゃな物も多い

ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ご案内:「ロビー」に剣山 榊さんが現れました。
ヨキ > 「ヨキと君の見ている赤は明らかに違うが、君と同じ人間であるはずのクラスメイトも実は違う色を見ているやも知れん。

 この鼻と耳で、ヨキの空間はどこまでも広がりをもって感じている。
 もしもヨキが君と同じ身体になったら、視界が狭まったように感じてしまうかも知れない。
 逆に色の鮮やかな視界がくっきりと冴えて、世界が広がったと感じることもあるだろう。

 不便だが、他人の感覚は味わえないからこそ面白い」

笑いながら、歩み寄ったついでに自販機でペットボトルの茶を購入する。
余分な水滴が大事な作品に跳ねてしまわないように注意しながら、開栓して一口。

「絵や染め物や、色をメインに扱う分野であれば困りごとも多かったかも知れない。
 幸いにも、ヨキが専門にしているのは金属で形を作ることであってな。

 金属の融け具合や、火を通した色の変化が判らないのは不便だが……
 絵具を使って色とりどりの絵を描くよりは、ずっとスムーズにやれているよ」

にっこりと目を細める。

「芸術の前では、みな等しく素人から始まるものさ。
 感じたことを言葉や作品に表すことが、その第一歩なのだから」

古志野 緋色 > 「不思議な話ですね……」

青い空、白い雲、赤い花、ひいろ……じゃない黄色い鳥
自分の目に見えている色が、相手とは違うかもしれない。
だが、それは同じ色という事になっており……考えすぎると混乱しそうだ

「金属っつーと、銅像とかそういうのスか」

頭の中に奈良の大仏やらクラーク博士像やらが浮かんでは消える。

「言っちまえば『よくわからない』ってのも感想ですしね
 よくわからないけど好き、っていうのも、意外と多いですね」

所謂フィーリングという奴である

ヨキ > 「全く同じものを同時に味わうことは、恐らく一生できない。
 不思議で、何だか空恐ろしくて、夢がある」

言いながら、緋色の言葉に頷く。

「ああ。銅像も作るし、銅なら食器なんかを作ったりもする。
 鉄を熱して伸ばしたり、銀を叩いて伸ばしたり、いろいろさ。
 金属というのは、人間の暮らしにとても近いところにある。

 例えば、こんなことも」

徐に、緋色へ向けて手のひらを広げる。
手首に真鍮のバングルを嵌めた、空っぽの手に――

突然若葉が芽吹くように、バングルと同じ真鍮の塊が姿を現す。

塊はやわらかな粘土のように独りでに膨らんで形を変え、やがてころりと小さなタンポポの花の形になった。

「これはヨキの異能が成せるわざだがね。
 こんな風に、ヨキはずっと金属を弄って暮らしてきた」

笑った拍子に、真鍮のタンポポは蝋のように手のひらの中へとろけて消えてしまう。

「なぜ芸術が『よく判らない』か。
 それは君が成長するにしたがって、さまざまな『芸術とされるもの』や、『そうでないとされるもの』に触れてきたからではないかな。

 子どものときは、誰しも無邪気に絵を描いたり、折り紙をしたり、工作をしていたはずなのに……
 大人になるにつれ、だんだん『巧い』と『下手』、そして『美しい』や『美しくない』を理解するようになってくる。
 身に着けた知恵や理屈が、『芸術は結局よく判らない』とブレーキを掛けてしまうんだな。

 そこで『よく判らないけれど面白い』『判らないなりにやってみよう』と心を決めた者が、美術に打ち込んだりする訳だ。
 まあ、ゴールのない修羅の道へ足を踏み入れてしまうようなものだよ」