2016/06/19 のログ
ヨキ > いつもは学生が並んで座る机の上、開かれているノートパソコンはヨキの私物だ。
艶消しのシルバーの本体に、ご贔屓のポストロック・バンドや、海外ゲームメーカーのステッカーがぺたぺたと貼られている。

元教え子から買った情報とは言え、得体の知れないファイルを備品のパソコンで開くことは禁じられているのだ。
手際よくキーボードを叩いてパスワードを打ち込み、文書を開く。

「……………………、」

このところ、裏通りで異能者の失踪や変死が増えているという。
目撃談、噂、その他の証言――人間の生きたネットワークが織り成す情報が、統計という形で数字に落とし込まれていた。

ヨキ > 普段から治安が悪く、何が起こっても不思議ではない地域だ。
それに、失踪者の一部はヨキ自身がその当事者である。教師の身と言えど、庭と呼んでも過言ではない。

画面をスクロールし、殺害された人物や失踪者の特徴をざっと眺める。
定期的に通覧してきた落第街の状況が、いつもと何かが違う……そんな気がした。

何かが違う、という違和感を自覚すると共にヨキの脳裏を過ぎったのは、昨晩歓楽街で出会った女、エルナールの顔だ。

常世島は人の流出入の激しい土地だが、とりわけ落第街を中心とする裏通りの人間は、到底把握しきれるものではない。
見ない顔だからといって、異変に結び付けるのは短絡的に過ぎる――小さく息を吐くと、目を伏せて首を振り、浮かんだ面影を消し去った。

ヨキ > 机に肘を突き、口元に指を添える。考えなくてはならないことは尽きない。
教え子の指導、金工作家としての制作は勿論のこと、異能のこと、魔術のこと、怪異のこと……。

獅南蒼二の「最高の魔術」から身を守るための魔力は未だ身につく兆しすらなく、
ヘルトが話していた「遺跡群の鎧武者」については目ぼしい情報さえない。
人に美学を教えるその実、美しさの欠片もない力押しが専売特許のヨキにとって、進まぬ状況はもどかしいものだった。

ノートパソコンをずりずりと横にずらし、息を吐いて机に突っ伏す。
鉄アレイを落としたような重い音が、ごつん、と響いた。

ヨキ > 実際のところ、心は折れてもいないし、絶望に陥るには程遠い。
何があろうと自らを律し、進み続けられるのもまたヨキの強みだ。
その精神力があってこそ、彼は「たちばな学級」の講師を務めていられる。

居眠りするような体勢のヨキの腹が、小さく鳴った。
文書ファイルを閉じたノートパソコンのデスクトップには、これまで撮り貯めた学生らの写真がスライドショーで表示されている。

ヨキ > 「確かに、おいそれと死ぬ訳には行かんな……」

くぐもった声。

例え魔物としての心が、待ち侘びる滅びに甘美を見出し、傾こうとも。
自分を打ち倒さんとするものが、どれほど完成された美しさであろうとも――
幸いにも、ヨキにはやるべきことがあまりにも多すぎた。

あの蓋盛は、いつかきっと学園を去るという予感があった。
そのときにヨキが居なくては、ヨキを措いてたちばな学級を支えられる人手が在るとは思えない。

ご案内:「教室」に不凋花ひぐれさんが現れました。
ヨキ > 特に異能者が多く狙われる昨今、自衛の侭ならない「たちばな学級」を守ろうとする人間は少ない。
他者を傷付けながらも人との繋がりを求めて止まない彼らが、落第街へ足を運ばないとも限らない。
自分が死んでしまう前に、教え子だけは何としても守らなくてはならないのだ。

机に寝そべった姿勢のまま、顔だけを上げる。
天板に押し付けていた額が、うっすらと赤くなっていた。

不凋花ひぐれ > 静寂を包んでいた後者の中に規則正しい足音。ローファー特有の硬い音ではなく、草鞋の磨り減るような香しい音。
娘は扉の前に立ちて、軽くノックをする。3度音を鳴らす。

「失礼します」

この場にいる主が誰かは分かるので瞼を落とした儘入る。なんともまぁ、疲れたような気配。
はたして先生の苦悩まで察することは叶わんので首を傾げる程度にする。
片手に杖代わりにする刀と、もう片方の手にビニール袋。ワンコインセールの最中だったおにぎりが詰め込まれている。

「……ヨキ先生? 大丈夫でしょうか。お疲れのご様子ですが」

ヨキ > ノックの音に返事をして、入口を見遣る。

「やあ、不凋花君か。お疲れ様」

上体を引き起こして、椅子の背に凭れてひぐれを迎える。
傍らのノートパソコンを閉じながら、照れ臭そうに笑った。

「いや。少しばかり色々と、考え事をしておったのだ。
 ついだらけてしまっていたよ……ふふ、生徒の前で見せていい格好ではないな。

 君の方は休憩中かね?」

匂いを嗅がずとも、人の世に暮らす動物にとって「白いビニル袋」は食欲をそそるものだ。

不凋花ひぐれ > 「はい、お疲れ様です」

椅子の軋む音を耳にしながらそちらへと近づく。一歩歩くたびに鈴と鞘と下駄が鳴る。あとビニールも。
パソコンを閉じたことから仕事は一段楽したのか、それとも分からん。

「パソコンの音から調べ物でもしていらっしゃるのかと思いまして。
 根詰めているようですし、お腹の音が鳴っていたので買ってきました」

だから食べませんか。目を閉ざしたまま口元を緩ませた。いろいろな種類があるぞと。
娘は目のステータスが最低な代わりに、それ以外の五感が強く発達している。
耳も鼻も、人並み以上に冴え渡っている。ハラの音とて聞き分けられる程度には。

「ヨキ先生はいつも頑張っていらっしゃるんですから、少しくらいだらけても良いのではないでしょうか。
 ……はい、そんなところです。見回りが一段楽したので、ついでにこちらへ」

受け取るにせよ受け取らないにせよ、娘は自分の分を開けて食べることにする。好物の梅干おにぎりだ。

「……それと先生、先に呟かれているのを耳にしてしまいまして」

死ぬわけにはいかんとかなんとか。言葉を選ぶように、しかし陰鬱そうな顔も声もせず告げる。過労とか、そんな辺りから連想した吐露みたいなものだと思うたものだから。

ヨキ > 「どれだけ見た目を取り繕っても、君には敵わないな」

眉を下げて、ばつが悪そうに明るく笑う。

「じゃあ……君の優しさに甘えて、馳走になろうかな。
 何はなくとも、米があればやってゆける」

若干ウキウキとした様子を滲ませながら、ビニル袋を覗き込む。
スタンダードなシーチキンマヨネーズのおにぎりを手に取って、ぱりぱりと開封する。頂きます。

おにぎりを頬張る寸前、自分の独りごとを聞いていたというひぐれの言葉に手を止める。
ああ、と小さく呟いて、おにぎりを一口齧る。三角形の上半分がたちまち口中に消えていった。

「ちょっとした……いや、ちょっとどころではない、大事な約束だよ。
 それを果たすまでヨキは死ねないし、そのあとも元気に生きていかなくちゃならない。
 何しろ、たちばな学級の皆のこともあるからな」

隣の椅子に置いていた鞄の中から、ペットボトルの緑茶を取り出して飲む。

「ヨキはいつも頭が固くて、厳しいことばかり言っているが……君ら学生を大事に思っていると、そういうことさ。
 学生らの中に、決してヨキのことをよく思っていない者が少なくなかろうともな」

不凋花ひぐれ > 「陰鬱そうな息遣いや吐露された声色から色々と察すこともできます。
 他人(ひと)は意外と、当人にとって見えにくいところや気付きにくいものを見ているものですよ」

あるがままの姿は見方を変えるだけで見える。音の情報を頼るからこそ得た天啓たれ。
がさがさと袋特有のワクワクするが響き、シーチキンが選択されると「子供っぽいですね」と揶揄う言葉を並べてみたり。
袋を傍において教室に備えられた空いてる椅子に腰掛け、ヨキの隣に座り込んだ。
自らもおにぎりを食せど、ヨキのように早くは食えない。ちまちま食べる。

「先生にとって大事な約束なんですね。生きるも死ぬも大層な、と言いたいところですけど」

風紀委員に入ってから、色々なものを垣間見ることはあった。否定的になれないので言葉尻に押し黙り、おにぎりと一緒に飲み込んだ。
堅く閉じられた目を相まって苦悶にも見える表情。
しかしてすぐに顔を上げる。
そうし、一言区切ってから眼を開き瞬いた。

「私はヨキ先生が好きですよ。えぇ、大事に思われているなら、それと同じくらい大事に思わなければなりません。
 ヨキ先生が嫌な人だと思う輩は正座で正してあげます」

ヨキ > 「どうにも君の前では、ヨキの方が随分と子どもになってしまうな。
 大人びた女性に弱いのは、ずっと変わらない」

寛いだ姿勢に、ヨキのひぐれに対する信頼が表れていた。
普段なら二口三口もあれば食べ切ってしまうおにぎりを、このときばかりは大事に食べる。

「そう。約束であって、目標みたいなものでもある。
 志は多ければ多いだけ、自分自身の支えになってくれるからな」

ひぐれの紅い瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。
にんまりと笑む顔は、年長の女性に褒められた子どものようだった。

「ありがとう。ヨキも不凋花君のことが好きさ。
 ふふ。正座だなんてカタいことを言って、ヨキもろとも一緒に嫌われてくれるかい」

冗談交じりにくすくすと小さく笑う。おにぎりを一口。
人間の食物をよく噛んで食べる、行儀の良さが垣間見える。

「でも君にもそのうち、ヨキより大事な男が出来てしまうのだろうな。
 もしかしてもう居たりするのかな。妬けてしまうな」

ちっとも妬きそうには思えない軽口。

不凋花ひぐれ > 「そうでしょうか――そうなんでしょうかね。
 大人びた女性になりたいから、そう振舞っているだけ、やもしれません」

大人びた、という表現に首を傾げた。大人しくて物怖じしないという自負はあるが、大人びた印象といわれると「そうなのか」と思う。
体は小さく貧相なのに――あぁそれでも背伸びしようと努めてるところがそうなのか。
平坦に発した声は暫し思考を重ねて沈黙を作るに至ったが、つまるところそういうことだろうと考えついた。

「先生は、大人びたヒト、母性的意識の強い人がタイプとか?」

嗚呼おかしいな。こちらのほうが随分小さいはずなのに、まるで相手は子供のようだ。時々、というか高確率で子供みたいな反応をする現場に同居したものだから印象が強い。
下世話的だが、学生らしい会話で大変よいと思う。

「はい、剣の鍛錬においても、指針や目標を掲げることが自己の通過点になります。
 通過点が多ければ生きる希望も湧きますし、そう、きっと彩り豊かなものになります。

 勿論、嫌われるくらいなら喜んで。先生を守る剣になりましょう」

つられるよにして笑って冗句を返した。
ようやくおにぎりを一個食べ終えることが出来たので、おにぎりの余韻を味わってから二個目に移る。
そうして告げられた二の句の軽口に、はたして娘は困ったようにする。

「まだ、まだいませんよ。出会いも何も、相手が見えませんから」

直接的な意味ではなく、この学級にいるからこその隔てりとてある。
娘の学生生活はそれなりに順風満帆である。一般生徒との関係も悪くは無いが、悪くないだけ。
学級は特異で、委員会のメンバーも特異。機会がそも無い。
手前は、しかし。

「大事なヒトとか、そういうものを持てたら、この生活はもっと楽しくなるんだろうなと思います」

ヨキ > 「そうと振舞うことから変わる人柄もある。
 ヨキもまた、教師たらんとしているからな。
 だからヨキは、弱いものに接するとすぐに化けの皮が剥がれてしまうのさ。
 二番目はごはん、いちばんには女性」

ひぐれのペースに合わせて、おにぎりを口にしているらしい。
好みのタイプを指摘されると、見るからに明るくにっこりと笑った。

「ご明察。
 ヨキには母親が居ないから、余計に憧れが強いのやも知らん。
 だから不凋花君、君もきっと素敵な大人の女性になってくれよな」

一つ目のおにぎりをぱくりと食べ終えて、しばし休憩。
お茶をぐびぐびと飲みながら、自らの唇を小さく舐める。

「はは、君は真面目だな。君を矢面に立たすなど、教師も男も廃ってしまうよ。
 だが君は強い。自立した女性であろうとしている。
 守られるばかりでは、そちらの方が君の自尊を傷付けてしまいそうだ」

両手の肘を突いて八指を組み合わせ、話すひぐれを眺める。

「大事な人、か。
 ヨキにとっては皆がみんな等しく大事で、なかなか一人に心を傾けることが出来なくてな。
 だがもしもそうすることが出来たら、きっと見えるものも、創るものも違ってくるような気がしているよ。

 お互いにこんな調子では、ヨキと不凋花君、どちらに先に恋人が出来るかの競争だな」

笑う。このたちばな学級で教師として接する普段のヨキより、いくらか柔和な気配がある。

不凋花ひぐれ > 「……なるほど」

したりしたりと頷きながら娘はヨキの言葉に同調する。
自己を足らしめるのは己が思い描く、ある種の目標だ。無意識だろうと実行すべく、何か為そうと体は努めてくれているのかもしれない。

「本能的というか、素直というか。先生はとても『らしい』です。」

そして化けの皮とやらは随分薄い皮である。クレープよりも薄い。パックより薄い。
だから何枚も予備の皮は持っているのではなかろうか、この先生。
そんな先生は太陽のように明るい笑顔を浮かべてくるのだ。

「善処します。善き女性として胸を張れるように。先生が吃驚するくらいに。
 生徒は教師に勉学と人間性を教わり、何かの形で返してあげることが理想だと思います。
 私の杖になってくれた先生の剣になれるなら、それはそれで恩返しになりそうではありませんか」

傷つくかどうかは当時しないことには分からんが、ともかくとして自立したからには導かれるだけでなく、能動的に動けるようになりたいのだと。
手前勝手ではあるが、青い身で己はそう伝うのだ。

「私には若さのアドバンテージがあります。
 なのできっと、先生より早く見つけて青春を謳歌してみようと思います。
 でもそれまでは、きっと先生が一番大事なヒトです、暫定的に」

そうのたまって見せる。紅眼を瞼に収めてから、競争という言葉に反応した。
いわゆる、宣戦布告。柔らかな物腰でいい含まれた言葉に、そう返して見せた。
手前も随分と饒舌に冗句が言えるようになったと思う。

ヨキ > 「規律に従うことと不自由に甘んじることは、決してイコールではないからな。
 決まりごとの穴を見つけたり、屁理屈でどうにしするのではなく、限られた枠の中で最大限のことをする。

 そうしてヨキが『本能的』に見えているならば、してやったりというものさ。
 学生らに、ルールの中でも自由に生きることは出来る、と教えてやれるからな。
 全くの自由は、時に不自由するハメになる」

ひぐれが語る理想の形に、穏やかに目を細める。
彼女の中に通った芯は、蔑まされることさえ少なくないたちばな学級の誇りだ。

「君は立派だよ。口で語るのみならず、行動が伴っている。
 不凋花君を風紀委員へ送り出してやれたことは、ヨキにとって大きな喜ばしい出来事のひとつだ。
 君の言葉を『疑わない』のではなく、真っ向から『信じる』ことが出来る。

 安心するがいい。ヨキは君の杖であることに間違いないが、杖は杖でも仕込み杖だ」

背中を預け合うような、心強さを含んだ声。
珍しくひぐれが口にした冗談には、ぶは、と吹き出して笑った。

「――あっは!君も言うようになったな。
 卒業する前に、ばら色の学校生活を楽しんでおくといい……但し、校則に触れない範囲で」

“教師としての”ヨキらしく、カタい一言を言い添えておく。
が、そのカタさは次ぐ言葉でいっぺんに吹き飛んでしまう。

「この学園の男らは、どいつもこいつも癖が大ありだからな。
 島を出たあとに、本土の異性が物足りなく映っても知らんぞ。

 そうしたら、ヨキのところへ帰ってくるといい。その『暫定』を取り払った上でな」

不凋花ひぐれ > 「あぁ――それもそうか。先生は自由に見えても枠の中で動いているんですからね。
 私は先生と違って弱いところを見せないようにしてます。だから今ある狭い枠を余計に狭く作って不自由にしているのかもしれません。
 それは……今後考えてみたいですね」

上手く穴に嵌ったように納得する。学校は言わずもがなルールが蔓延っている。
その中の枠で如何に過ごすかは道さえ違えねば自由だが、彼の言い分は理にかなう。
たちばな学級という特別学級にいる以上、確執はあるし偏見もある。奇異特異とする眼も少なく無いだろう。
元来真面目な気質の手前はそれすら当たり前のように享受していたが、他人に言われて改めて気付く事もあるものだ。
先に手前が言ったよに。

「お陰様で、メンバーとも上手くやれています。先生が信じてくれたから頑張れているんです。
 背を押す手伝いをしてくれるから、傍に寄っても引かないから。
 前向きに私たちのことを考えてくれることはとても嬉しいのですよ」

そして同時に光栄というべきか、憧憬する先生にそんな言葉を掛けられれば嬉しくないはずもない。
雪のよな肌が僅かに染めて吐息を吐いた。
あぁいけない、もっとしゃんとしなければ。

「お上手ですね」

仕込み杖と綺麗な切り口で返される饒舌な彼の言葉に含み笑いを零す。
続けざまに「当然、」と返す。

「風紀委員ですから」

あぁでも、たまーにいる噂は耳にするけれど。やりすぎな人とかヘンなヒトとか。
言いよどみかけたがかぶりを振ることで雑念を払った。頭の鈴がしゃらんと鳴り響く。
堅い一言を前に気持ち視線は上向きになったが、そうした頃には彼は揶揄るのだ。

「一癖どころかねじ切れてしまうほど見ました。
 それでも、青春を謳歌できるのはここだけなんですから。青くなったままでいられるのもここです。

 だから、つまらなくなったら先生のところに来ます。先生なら熟れた果実も腐りかけでも食べてくれそうですから」

言うに事欠いて、深い意味なぞ含まない。果たして意味なぞ含む脳すらあらんだろうが。

気付けば既におにぎりもなくなった。袋をまとめてゴミを片付ける。
刀を手に、床をついた。

「そろそろ見回りに戻りますね。ヨキ先生、またお話しましょう。……こういうと密会的でとても興味をそそるものですね」

そうして、目を閉じたままに幾度目か笑った。

ヨキ > 「一見弱そうに見えて、その実しなやかに屈曲する余裕のあった方が折れないものさ。
 剛性だけに頼っていては、すぐにぽきりと行ってしまうから。

 ルールを破るだけの単なる野放図は、格好が付かない。
 ヨキの言葉で、君の何らかの殻が破れてくれたら嬉しいよ」

自らの胸をぽんと叩いてみせる。

「教え子を支えるのはヨキの仕事だが、何も仕事だからという理由だけで支えているのではない。
 一人ひとりの心掛けと実績によって、心からそうしたいと思っているからだ。
 その点では――君自身が今までやってきたことが報われている証なのだと、誇ってくれ」

珍しく紅潮する顔に、ゆったりと微笑む。

「ヨキはちゃんと見てる。君のことを」

いたずらに触れる代わり、はっきりとした発声で頷く。

「ふふ。まさか『不凋花』が腐り落ちるとは限らんだろう?
 だがそれはそれで、きっととびきり甘いのだろうな。

 ヨキはいつまでも待つさ。だからどうか、待ちぼうけを食らわせてやってくれ」

ヨキから離れて、そのまま巣立ってゆくように、と。
言外に含めた、他の誰でもないひぐれへの祈り。

「ああ、またいつでも話そう。ドキドキすることが欲しくなったら、ヨキのところへお出で」

笑って、ひぐれを見返す。

不凋花ひぐれ > 「殻を敗れたら、それもまた成長したということで。どうかそのときは褒めてくださいね」

時に柔軟に捻れても己を貫けば。あるいは弾性を以って戻れば良かろう。
ブサイクになっても折れなければ壊れはしないのだ。ルールすら捻じ曲げはせんようにしないといけない。
まだまだ何が起こるかわからないのだから。だからこそ楽しけれ。
頼もしい彼は優しげな姿とは裏腹に、雄大にも見えていた。
踵を返し、一歩離れる。

「そんな先生だから、生徒に慕われるんでしょうね。
 顔に泥を塗らないように誇らしくありたいですよ。私達に真っ直ぐ手を広げて受け止める力があるから、また私たちも報いたいと思います」

閉ざした目と体がひくついた。見てるという言葉に震えた。深い深い紅眼が恐る恐る開かれた。しかして僅か遠ければ輪郭が精々、しかして観得ぬわけではないのだ。
真摯とする声と息が耳を通じて彼の総てを見ているから。

「"日暮れ"になれば、咲き続けられるかはわかりませんよ。永遠の花だって太陽に焦がれるんかもしれませんから」

太陽が如き抱擁があれば、あるいは咲いていられるかも、などと。
彼なりの祈りであり激励だろう。ヨキ先生の言葉に手前は再度と頷いた。

「はい。期待しています」

他にもドキドキする要因があれば、それはそれは話の種として話そうさ。あぁさてはて。
まずは他の人と仲睦まじく話してみることから始めないと。
心の中に目標を一つ立ててみながら扉に手をかける合間に

「それではさようなら、ヨキ先生。まだ授業で」

お会いしましょう、と。
彼女は扉をゆっくり開き、一礼をして去っていく。
かつんんかつん、からんからん、しゃらんしゃらん。鞘と下駄と鈴音の奏者は次第に遠ざかっていった。

ご案内:「教室」から不凋花ひぐれさんが去りました。
ヨキ > 「ヨキは悪い子を叱るのが巧いが、良い子を褒めるのはそれ以上に得意だよ。期待していてくれ」

一歩遠ざかるひぐれを見上げる。それこそ、ちゃんと見てる、という言葉の通りに。

「光はどこにでも注いでいるよ。指向さえすれば、すぐに手は届く。
 だから君は、そのままのしたたかな花であってくれ。雨のほんの一滴さえ、糧として取り込んでしまうほどに」

ひぐれが持つ伸びしろの大きさに、眩いものを見るように目を細める。

「有難う、不凋花君。おにぎり、ご馳走様。
 君と一緒に食べて、腹も胸もいっぱいになった」

扉の向こうへ、淀みなく去ってゆく足取りを見送る。
呑み込んだ食物はすぐに灼かれて虚空の胃袋に立ち戻ったが、もはや迂闊に鳴らすことはしなかった。

微笑んで、浸る。

ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。
ご案内:「屋上」に雨宮 雫さんが現れました。
雨宮 雫 > 時刻は夕方。
屋上の内側と外側を隔てる境界線、フェンスの縁に座って沈んでいく夕日を眺めている。

吹き上げる風に長い髪を靡かせ、嬲らせながら、座っている。
最近、とみに暑くなってきているが、ココでこうしている分にはまだまだ涼しくて、いい。

落ちたら赤いトマトになること請け合いの、こんな場所に座るヤツは早々いないと思うが。

雨宮 雫 > 視線を下にさげて、日曜だというのにまばらに地上に居る生徒と教師を見る。
部活か補修か、その他かは分からないが、真面目なことである。

佐伯に異能を強化されてから、素の視力もあがったのか、この距離でもハッキリ顔を視認できる彼らの顔を一つ一つ見ていく。

保健室で見た知っている顔も、多少ある。
授業?いやそっちはあんまり自分わかんないので。

雨宮 雫 > 顔と名前と、持っている異能や魔術を知っている範囲で思い浮かべる。
戦闘に役立つもの、日常生活で役に立つもの、本人にとって良くないもの、本当に色々ある。

共通するのは、どんな生徒にだって生活があり、交友があり、一人ではないというトコロ。

つまり。

「………………消えたら面倒ってことかな、かな。」

雨宮 雫 > 例えば、あそこに居る女子生徒でも男子教師でもいいが、一人誘拐したとしよう。

攫うこと自体は実はそう難しくない。
定番は寝入ったところを攫ったり、ほんのりと催眠をかけて誘導したり、手をつけられる場所は山ほどある。

攫って自分の領域の中に連れ込んでしまえば、それで完了する。

だが、目撃者への配慮、不在になったことへの周囲への対処を考えると、とても簡単に じゃああの子でいいや とは行かない。

誘拐されたこと事態は露見しても全く構わない。
落第街のちょっと奥でも歩けば、うっかり死んだりすることだって普通にあるのだし。

が、自分が犯人だとバレるのは困る。
異能と魔術が跋扈するこの島で痕跡を徹底的に、完璧に消すのは、物凄く大変なのだ。

ご案内:「屋上」に烏丸秀さんが現れました。
烏丸秀 > 屋上へ出て、目当ての人物を探す。
なにやら何回かここに来ているような気がするが、さて。

「……お」

居た。
なんか凄い場所に座っている。怖くないのだろうか。
まぁだが、離さなければ始まらない。

「や、雨宮さん、でいいのかな?」

雨宮 雫 > 「…………うーん、どしょっかなーかなー。
 無理でしたーでもいいんだけどかなーかなー。」

物憂げな顔で、ふー と溜息をつく。
別に達成できなくてもどーということもないのだが、言われたからには一応、検討はしないといけない。

下っ端家業の辛いところである。

フェンスで足をパタパタさせながら……かけられた声に振り向いた。
椅子に座って振り向きました みたいな態度だ。

「んー?そうだけど、雨宮だけど。
 誰かな、かな?」

烏丸秀 > 「や、どうも。
――『黒旗』からの紹介、だって言えば分かるかな?」

大陸系マフィアの末端組織のひとつ、『黒旗』。
主に違法な密輸品……干した臓器だの子供のミイラだの、そういうヤバい物を専門に運ぶ業者の一つだ。
一応、烏丸とも付き合いがある。

薬物調査に行き詰った彼は、しょうがないのでそういう非合法な連中に、それとなく薬の知識のある人間の紹介を頼んでいた。
そこに引っかかったのが雨宮雫、というわけだ。
もっとも、痕跡はほぼ無く、シラを切られたらオシマイなわけだが。

「ちょっと見て欲しい薬があってさ」

雨宮 雫 > 「      んー?」

顎に指を当てて、首をかしげた。

笑った顔のまま、纏った空気だけがドロリと濁る。
背負った夕暮れの景色まで赤黒く汚れていくかのように。

「駄目だよ、ボクに直接来たら。
 でも、来ちゃったものはしょうがないかな、かな。

 教えられたのはキミのせいじゃないものね?
 キミは悪くないからね、うん。

 話はお伺いするかな、かな。」

片手をフェンスについて、ひょいと体を浮かせて、屋上側へ飛び降り、音もなく着地した。

烏丸秀 > あぁ、やだやだ。
この空気、間違いなく『当たり』だ。
これで死んだら絶対あの連中祟ってやると想いながら。

「そりゃどうも。
見て欲しいのは、これと、これと、これ」

順番に
・ディアボロス・ウィルスの効能などを纏めたデータ
・ディアボロス・ウィルスによって変異した人間の死骸
・"マネキン"からもらった栄養ドリンク
である。

ディアボロス・ウィルス。いわゆる深窓意識に接触し、『何か』と融合する事によって、その力を引き出す、海底遺跡から見つかった謎のウィルス。
なんでまた、こんなモノに付き合わされているんだか。女の子と楽しくおしゃべりしたりワンナイト・ラブを楽しむ方がよっぽど有益なのに。

雨宮 雫 > 「できれば上司でも通して欲しかったけどー……
 クレームはその黒旗さんに入れるから、キミは大丈夫かな、かな。」

殺さない、少なくとも今ココでは。
からからと笑いながら、取り出されたモノを順番に……

「…………何これかな、かな。
 面白いモノ持ってきたのだね、だね?

 コレをボクにどうして欲しいのかな、かな?」

一番最初に目を引いた 死骸 に目を細めた。
興味をそそられているのは間違いない、すぐ様ここで触ったりはしないが。

烏丸秀 > 「まぁ、彼ら今困ってたからね。
お金ちらつかせたらキミの事喋ってくれたよ――あ、ボクの知らない所でヨロシク」

黒旗との付き合いもこれまでかなー、と心の中で合掌。
烏丸の経験上、こういう一見穏やかで話の分かる善人っぽいのが一番怖い。

「落第街の"マネキン"って奴が実験してたウィルス。
知り合いが打たれちゃってね。手遅れになる前に、解毒薬が欲しいんだってさ」

でもこんなモノ、表の医者に見せられるわけもないし、と肩を竦める。
持ってきた物は好きに見て欲しい、と渡し。

雨宮 雫 > 「困ってるから人を売ったら駄目かな、かな。
 まぁ、それはいいのだね、明日以降にどーにかなっちゃえってことで……」

黒旗はまぁ、本家がどうにかする話であり。
きっと面白おかしい話し合いが実施されるんだろうが、この島では続かない話だ。

「まねきん。
 名前は聞いたことあるよーなないよーな……
 へぇえ、そりゃまた大変だね、だね。

 んー……」

好きにしていい、のならデータも流し読みしてみる。
悪意で固まったようなウィルスに、あはは と笑いが零れた。

ちょっと気軽に請け負える中身ではない、ようだ。

「なるほどねー、それは可哀想に。
 研究していいのなら、触ってみるけど……ちょっと真面目にやらないと、駄目かな。
 今ここで解毒というか、無効化できるって保障はできないかな、かな。」

データから顔を上げて、烏丸を見る。
濁った目の中で、好奇心に爛々と輝いている。
餌を前にした猫のようだ。

烏丸秀 > 「まぁ、そりゃそうだよねぇ。
研究が必要になるよ、ね……」

ある意味、マネキンよりももっと厄介な人物だったかもしれない。
が、まぁ烏丸が面倒な事になるのは、たぶん、無いだろう。
きっと、無い。うん、きっと。

「うん、持ち帰って調べて欲しい。なるべくはやく結果が欲しいけど、そもそも研究ってのは時間がかかるものだし。
必要な機材、材料、金銭、その他諸々は、まぁボクに用意出来るモノだったら用意するよ」

たぶん、一番必要になるのは……
久々に人身売買組織の連中ともつなぎをつけないといけないかもしれない。

雨宮 雫 > 「ここで はい、できます って言うほうが怪しいんじゃないかな、かな。
 面白そうっていう大事な点が満たされてるし、誠心誠意やらせてもらうけどね。ひひひっ。」

それじゃあ、提供された資料は回収させてもらう。
明らかに入らないであろう、片腕の袖の中にデータ、死骸、栄養ドリンクが吸いこまれるように消えていく。

にたにたと笑う顔は、マッドサイエンティストのソレである。

「大丈夫、お金も丸太も何も、コッチで持つからね。
 こーいうのボク、大好きだからね。

 途中経過とかも細かくレポート出してあげる……
 あー、知り合いの健康状態とか、肉片、体液とかも貰えるとありがたいけど、無理ならいいかな、かな。

 ボクが弄るのが一番早いけど、どうするかは任せるかな、かな。」

烏丸秀 > 「違いない。ヤブ医者ほど、治るって断言するものだからね」

――ある意味、お金を受け取ってくれた方がまだ安心だったのに。
が、仕方が無い。

彼女は言った。

『お姉ちゃんに、何かあったら。助けてあげてください
ね?』

彼女が求めるならば、与えよう。
自身の全てをもって、彼女を助けよう。
手段も選ばない、結果も選ばない。
その結果世界を敵に回そうとも、悠薇の願いを叶えよう。
それが、烏丸秀という男なのだ。

「――健康状態は、病院のカルテを見れば大丈夫、かな。
肉片か体液……は、こっちで何とかしてみるよ」

あの蕎麦屋に頼もう。
彼女ならワケもないだろうから。

雨宮 雫 > 「はい、了解だね、だね。
 じゃあ後は連絡先だけ交換しておこうかな、かな。

 そういえば、キミの名前を聞いてなかったの思い出したかな、かな。」

手品のように、提供されたものを袖の中に消し去って。
代わりに取り出したのは最新型のスマートフォン。

「最終的に、どっかで顔合わせして診断させてもらう必要が出るから、それも了解して欲しいかな、かな。

 どうしてもサンプルだけじゃ分からない部分って結構あるから。」

烏丸秀 > 「あぁ、そういえば――
ボクは烏丸秀。一介の学生だよ。連絡先はっと」

目の前の存在に比べれば、ちっぽけな、本当に何の能力も持たないただの学生である。
まったく、それがなんでこんな事に……

スマホを取り出し、通信で相手との連絡先の交換も完了。
ちょっと袖の構造が気になり始める。何入ってるんだろう、アレ。

「ん、了解。どこかで直接診断する機会を探ってみるよ。
まぁ、顔合わせくらいなら……」

これも蕎麦屋に頼もう。それくらいは働いてもらわないと。

雨宮 雫 > 「ボクは知ってるだろうけど、雨宮 雫、ね。
 ただの保険課の人だよ、ひひ。

 はい、ありがとーう。」

連絡先を入れたスマホは袖の中に戻される。
ちらっと見えた袖の中は、なんか真っ暗で何も見えなかった。

「じゃあまぁ、後はメールですればいいかな、かな。
 ボク、すっごいやる気が出たから今すぐ帰って始めるからね、からね!」

がんばるぞー と腕まくりして、やる気アピール。
見た目は可愛いかもしれないが、纏う雰囲気が完全に裏切っている。
ドロドロした雰囲気が完全に台無しにしている。

烏丸秀 > やる気があるのは結構な事だが、その結果何が起こるのか。
――まぁ、烏丸が心配してもしょうがない事か。

「ええ、あとの連絡はメールで。
こっちも何か分かったり手に入れたりしたら連絡するから」

スマホ――危ない連絡先用のそれを仕舞い、はぁとひとつ溜息。
まったく、あの姉妹に関わるとどんどん常世島の暗部へと関わっていく事になる。
エロ動画なんて漁った結果がこれである。
もっとも、悠薇と出会えたので喰いは無いのだが。

雨宮 雫 > 「はーい、それじゃあ次は2-3日したらメールできると思うかな、かな。
 何か緊急事態があったら遠慮なく、そっちからもメールしてねだね、だね。」

上機嫌に ばいばーい と烏丸に手を振って、ひょい、ひょい、と軽やかにステップを踏んで離れていく。

一歩、二歩、三歩  四歩目を踏む瞬間、姿がぱっと消えうせた。

烏丸秀 > ――まぁ、今更消えた所で、だが。
命があるだけでもめっけものか……

「本当、ボクみたいなのがやる事じゃないよねぇ」

とはいえ、悠薇や凛霞、蕎麦屋、司あたりが得意な事でもない。
結局、彼がやるしかないわけだ。

溜息をひとつ吐くと、烏丸も屋上から去っていった。

ご案内:「屋上」から雨宮 雫さんが去りました。
ご案内:「屋上」から烏丸秀さんが去りました。