2017/08/18 のログ
ご案内:「教室」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 夕刻。
雨上がりの空気が程よく冷えて、晩夏の虫が鳴き始めるころ。
先生じゃあねえ、お疲れ様、と軽く和やかな挨拶が飛び交うのは、常世学園においては履修生の少ない美術室の日常風景だ。
本土の美術大学への進学を目指す者たちは、夏休み期間中でも補講に余念がない。
今日もまた、そうしたデッサンの講評会が終わった直後なのだった。
「――ふう」
多くの女子と一握りの男子が引き上げたあとの教室は、反動のように静かだ。
イーゼルも静物モチーフも片付けられてがらんとした教室の真ん中で、つなぎ姿のヨキがひと息吐いていた。
■ヨキ > それなりの広さのある美術室ではあるが、ヨキは手ずから掃除をするのが好きだった。
床を掃き、石膏像の埃を叩き、道具という道具を整然と陳列し直す。決まりきった手順だが、抜かりはない。
その手慣れた動作から、私生活もそんな風にして几帳面なのだと察することは容易いだろう。
キャビネットの下にまで頭を突っ込んで、ごそごそと探る。
どれほど綺麗にしていても、現役の教室ともなれば輪ゴムだの練り消しの欠片だの、しょうもない小物が出てくるものだ。
扉を開け放した廊下からは、棚の下から尻を突き出したヨキの姿が見えるはずだ。
■ヨキ > 「……………………、ぷは」
ややあって、掃除を終えたキャビネットの下から頭を引き抜く。
くしゃくしゃの癖毛に、白い埃がくっついていた。手で払い、頭を振る。
ともかく風通しのよい部屋は、掃除を終えると空気が一段と清々しく感じられるかのようだった。
「学生らには、気持ちよく過ごしてもらわねばな」
立ち上がって室内を見渡し、腰へ満足げに手をやる。
■ヨキ > 一段落ついて、ううん、と大きく伸びをした。
大きな口で大きな欠伸をする――人間らしいと言えばそれまでだが、このヨキという男にしてみれば、学内で緩んだ顔を見せること自体が物珍しかった。
人間になった、間もなく一年が経つ。
「……子どもらはみな、各々の進路を決めているのだよな。
ヨキは……、………………、」
天井へ目をやる。
常世学園の他に生きる術を持たないヨキには、“個人としての”具体的な将来の展望が未だに見えていないのだ。
■ヨキ > 大志はある。夢も希望もある。熱意は未だ衰えず、意欲は尽きることがない。
迷いなく、惑いもせず、計画は綿密で、実現するだけの自信もある。
けれどそれらはすべて、元を正せば“常世学園の教師ヨキ”としての志に過ぎない。
一人の人間として生きる喜びを知りはしたが――それをヨキという一人の男の人生に伴わせるには、まだまだ時間が必要らしかった。
ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。