2017/08/24 のログ
ご案内:「教室」に時坂運命さんが現れました。
時坂運命 > 放課後、まだ日が高い夏の夕暮れ。
生徒たちが帰った後の小教室の中で、教師と女生徒が向かい合っていた。

「はい、センセー。
 お陰さまで少しは慣れて来たよ。
 学校の人はみんなとても親切にしてくれるしね。
 迷子になったら家まで送ってくれるような人までいるくらいなのだから、
 本土の人間よりも親切なくらいさ」

投げかけられた問いに女生徒が答え、それは良かったと教師が頷く。
面談と言うのは、基本的にそれの繰り返しだ。
彼女が敬語を使うことは教師相手でも滅多にないが、
それ以外はまっとうな、一般的で、模範的な優等生というのが彼女に対する印象だった。

『そうですか、その様子なら学生生活は満喫できているようですね』

「うん、楽しいことが多すぎて目が回りそうだけどね」

『ははは。 学校に通ったことが無いと聞いていましたから、
 集団生活は苦痛に思うこともあるかと心配していたのですが、
 私の杞憂に終わったようです』

「そうだよ、センセー。
 僕はとーっても良い子だからさ、何も心配することは無いよ?
 みんなとだってちゃんと仲良くできるから、安心してよ」

そう言って微笑んだ彼女は、ふふふっ、と声を漏らして十字を切る。

「大丈夫」

ただただ、教師は頷いた。
疑いもせず、自分の思考が鈍っていることにも気付かず、頷いた。

時坂運命 >  
「ねぇセンセー。
 卒業までに異能の“制御”も、出来るようになるかな?」

『それは時坂さんの努力次第ですよ』

「ふふふっ、じゃあもっと頑張らないといけないね」

『私たち教師は頑張る生徒の味方ですから、
 授業で分からないことがあったり、何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくださいね』

「はーい」

両手を上げて返事をする仕草が少し子供っぽい。
そんな彼女を見て満足したように教師は微笑んだ。
和やかな雰囲気のまま、それじゃあ、と言葉を切って教師は席を立つ。
面談はこれで終わりらしい。
まだ少しここに残ると言う女生徒は、教室を去って行く教師の背に笑顔で手を振った。

――カラカラ……ピシャリ。
ドアが閉まる。

時坂運命 > 無人になった教室は小さいと言っても十分広い。
教室の隅から一帯を見渡して、最後に締め切られたドアを眺めた。
堪らず、クスクスと笑いがこみ上げて、両手で顔を覆った。

「制御……、ねぇ」

ポツリ、呟いた言葉を最後に笑いを引っ込めて、いつもの微笑を浮かべる。
異能の申請をした際に軽いテストは受けたけれど、はたしてあれでどこまで把握できたのやら。
未来を……、運命を制するような力が身に着くなんて、本気で思っているのだろうか?
人と言う生き物はどうしてこうも浅ましく愚かで愛らしいんだろう。
いや、だからこそ神は人を導くのか、愚かで愛らしい子羊が迷わないように……。
同じ人間でありながら、同じ目線を持てない少女は嗤う。

「ぁ、」

ふと、何か思い出したかのように声が漏れた。
ドアから窓の外へと視線は移り、人影を見つけると窓を開けて言う。

「センセー」

呼び止めたのは先ほどまで話をしていた教師だった。
こちらに気付き顔を上げ、女生徒へ手を振ってこたえている。
お互い浮かべた笑顔。けれど、教師の笑顔は彼女の声を聞くと同時に崩れ去った。

時坂運命 > 「頭の上、気を付けてね」

笑顔で告げられた言葉と同時に、教師の背後で

―― ガシャンッ!! ――

と、鼓膜を破らんばかりの甲高い破壊音が響いた。
振り返れば、そこには粉々に砕け散ったガラス片と、拉げた窓枠が転がっている。
あの時呼び止められなければ、彼女の声に気付かずに進んでいたら……。
その先を想像すると、足が震え、血の気が引いて行くのが分かった。

「良かったね、怪我しなくて。 センセー、また明日」

にっこりと笑った女生徒は、ひらひらと手を振って窓の内側へと戻って行く。
何気ない風に告げられた別れの言葉で、教師は呆然とし、その場にうずくまってしまうのだった。

ご案内:「教室」から時坂運命さんが去りました。