2017/09/08 のログ
ご案内:「屋上」に時坂運命さんが現れました。
時坂運命 > 学園中に響き渡る鐘の音が、午後の授業の始まりを告げる頃。
受講するものが無い女生徒は、屋上の一角、小さな庭園として作り上げられた木陰に腰掛けながら、
ぼんやりと天を仰いでいた。

「――さて、どうしたものかな」

ほころんだ口元から漏れる独り言は、その手に握られた手紙が原因だった。
手紙、もとい書面には、お堅いゴシック体で『能力の測定及び、研究所への協力のお願い』などと言った言葉が並んでいる。
この学園に来て異能や魔術の申請は入学時にしたが、測定や演習などは未だ一つしてこなしていないのだから、
そろそろ催促が来るのは仕方がないとして。
問題は後半である。

「お願いと言う名の強制依頼でないことを、僕は祈るばかりだよ」

目が眩むような日差しの下、煌めく輝きを見た。
花も咲かない草むらの陰で、アゲハ蝶がもがいていた。
蜘蛛の巣に捕らえられ美しい羽を傷つけながら、それでも生きるために足掻いていた。
少女はそれを見据えて、ただただ穏やかな笑みを浮かべる。

時坂運命 > 島に来るまでの人生で知った異能持ちはどれも危険物ばかりで、
自分の異能は使い方によっては危険だが、それらに比べれば可愛いものだと思っていた。
それが間違いだと認識したのは、先日のカフェでの反応を見てのこと。
申請する際に、正直に話してしまったのは今思えば悪手と言わざるを得ない。

「やっぱり、僕は少しばかり世間知らずすぎるみたいだ。
 ……まぁ、大きな嘘の中にほんの少しの真実を織り交ぜることが、
 最もばれにくい嘘の作り方だと大昔から決まってる以上、全てが間違いとも言い切れない」

嘆く声音の後は、鈴を転がしたような笑い声が残る。

少女が物思いに耽ている間も、ゆっくりと背後に迫る死から逃れようと、蝶は足掻き続けていた。
鋭い牙を覗かせる八足の蜘蛛が、その美しい羽に触れた時だった。
傷ついた左の羽は胴から離れ、残った体が地面へと落ちて行く。
落ちたとて、軽すぎる体は音もなく横たわるだけだった。

このまま再び蜘蛛に貪り喰われるか、はたまた漁夫の利を得た第三者が喰らうか。
運命に逆らい一命を取り留めて、本当に救われる者がどれほどいるのだろうか――。

読み終えた書類を片付け、少女は立ち上がる。

時坂運命 > 薄暗い木々の陰に歩み寄り、足元に転がる蝶の体を優しく掬いあげた。
文字通り虫の息になっているそれを、愛おしい者を見るように見据え、
無残にも欠けてしまった七色の翅に口づけた。

すると、まるでフィルムの不要なところだけを切り取って貼りつけたように、
瞬く間もなく自然で不自然な流れの中で、蝶は両の翅を広げていた。
大きく羽ばたけば空に舞い上がり屋上のフェンスを越え、風に乗り遠い彼方へと去って行く。
どこまでも、どこまでも、青空を超えて――。

少女は穏やかな笑みを浮かべ、庇を作り、その姿が消えるまで見送った。
薄く脆い色鮮やかな美しい翅を、いったい誰に重ねたんだろう……。


さて、と軽く手を払いながら、思考を巻き戻す。

「……で、結局どうするべきかなぁ。
 真面目な優等生で通っている僕としては、堂々とサボるなんてできないし」

だからと言って、正攻法で実習や実験を避ける方法はいくつあるだろう?
頭の中に叩き込んだ学生のノウハウを思い出す限り、一番無難な手は一つだ。
執行猶予にしかならないとしても、対策を練る時間が稼げるならそれで十分。

時坂運命 > 「測定の予定日は二日後……。
 もし万が一、うっかり制御に失敗して全力お披露目からのモルモットなんて流石の僕も遠慮したいところだし。
 あーあ、一時的に異能を弱体化させる薬とかどこかに売ってないかなぁ。
 む、でも血液検査とかでばれちゃうのかな?
 それは困る。優等生がサボり魔を跳びこえてジャンキーなんて笑えないんだぜ」

困ると言う割に口調は終始楽しげだった。
先と同じ木陰に腰掛け、鞄の中から両手に抱えるほどの白い布に包まれた何かを取り出す。
開けば、中には黄昏の日差しに良く似た色をした石、琥珀が現れた。
琥珀の中には数匹の蝶が眠っていることが分かる。
少女はその石を日の光に透かすようにして掲げ、笑みを深めた。

「では、久しぶりのご馳走だ。 余すことなく頂くとしよう」

先ほど傷ついた蝶にしたように、そっと触れる程度の口づけを琥珀に贈る。
だが、先ほどとは違うことが起きた。
琥珀が変化を見せる前に、琥珀は少女の手からゴロリと零れ落ち、少女自身も力なく地面に伏せたのだ。
地面に落ちた琥珀は一瞬で溶け消え、中で眠っていた蝶達が目覚めて行く。
その光景は、毒の林檎を齧った有名な童話の1シーンのようでもあった。

時坂運命 > こうして、少女は少し長い眠りに着く。
具体的には3~4日。丁度測定を病欠で避けられる日数分だ。
一つ懸念することがあるとすれば、このまま誰にも気づかれず寒空の下眠り続ける可能性だが……
その可能性は限りなく低いので大丈夫に違いない。と、高をくくる。

薄れ行く意識の中で、少女は自身に寄り添うように羽を広げる古の蝶を見ていた。
それは先ほどのアゲハ蝶とはまた異なる美しさを持っていた。
たとえそれが、いずれ偽りの生を使い果たしここで朽ちるとしても。
美しいの物はやはり、美しいのだ。

ご案内:「屋上」から時坂運命さんが去りました。