2015/07/10 のログ
ご案内:「美術部部室」に日恵野ビアトリクスさんが現れました。
日恵野ビアトリクス > 「…………」
夕暮れ時。
土塊や砂、粘土が粉々に砕けたような何かが美術部の床に散らばっている。
それを目の前にしてため息。

別に散らかして遊んでいたわけではない。
美術部に収蔵されている絵画を利用して具現召喚の練習を行っていたのだ。
それに失敗した結果が目の前のゴミだ。

「掃除しなくちゃな……」
頭を掻く。

日恵野ビアトリクス > 具現召喚。
絵画から力ある存在を呼び、あるいは創り出し――使役する魔技。

《イリューガー》や《ヴァルナ》、《ドゥエルガル》など
ビアトリクスにも、いくつか安定して呼び出せるものはいる――
しかしそれらはごく初歩的なもの。
実力を高めるためにはよりバリエーション広く喚びだせるようにならないといけない。

もう少し試行を重ねてみよう。
今度は犬の描かれたキャンバスに手を添え、念じる――

「――――」

すると、犬の頭部が絵からせり出し、やがて全身が飛び出して――

陶器が砕けるような甲高い音とともに、
犬が粉々に砕けちる。
その細かい破片がビアトリクスの足にひっかかった。
ちょっとだけ痛い。

「……やっぱ自分の描いた絵じゃないとダメなのか」

他人の絵というのは“翻訳”が難しい。
今の技量ではとうてい無理だろう……そう悟る。

日恵野ビアトリクス > もちろん最初に試したのは自分の絵だ。
スケッチブックをパラパラとめくると生き物のスケッチがいくつかある。
結果は記すまでもないだろう。

現象を引き出すことはそれほど難しくない。
仮初といえど命を喚びだそうとするととたんに難しくなる。
生物は自己判断しまた長期的に留まらせる必要があるからだ。

《イリューガー》のような精霊は半生物といったところ。
非常に単純化・機能化されているため扱いやすく、
しかし発展性はない。

パタン、とスケッチブックを一旦閉じる。
そして開く。

出てきたのはまだ試していない生物――
緑色の巨大タコ。が、幼女を襲っている――
描きあがったばかりのラフな、油性マーカーによる絵。

「……」

渋い顔で見つめた。

日恵野ビアトリクス > 「まあ今更ちょっと土塊が増えたところで」

そもそも屋外でやればよかったなとは今更気づく。
そう考えて気楽な調子でその頁に手を添えて、
魔力を込め、引き出すイメージを――

ズルッ。

大ダコの緑色の触腕が頁から突き出て……
湿ったビタアアンという音を立てて、
美術部部室の床に落ちた。

「あれっ」

日恵野ビアトリクス > このタコ――否、タコ足だけが
土塊にならずにスケッチブックから這い出てきた
今日唯一のクリーチャーだった。

「なんでだよ」

数十秒ほどの間それは不快な音を立てながら
のたうちまわっていたが、やがて動きが小さくなり
その姿も霧散し、掻き消えた。

ご案内:「美術部部室」に美東暦さんが現れました。
美東暦 > 「おお、ナニ、今の。」
声がしたのはタコ足が消えたか消えないか。
部室の扉に寄りかかるようにして白黒の影が夕暮れの赤を受けている。

だぶっとした黒いパーカー。黒字に白でがしゃがしゃと落書いたようなデニムパンツ。
いわゆるB系だが、パーカーの下の白いTシャツを胸が押し上げているのでB-BOYとは言いがたい。

「あ、いーよ。 オレの事は気にしないで続けろよ。」
ぱたぱたと左手首を振る。
れっきとした美術部員だが顔を出すのは極稀。

日恵野ビアトリクス > どちらかといえば失敗だ。
出てきたのはタコ全身ではなくタコの足一本で、
しかも長持ちしない。

とはいえ、かなり成功に近い失敗ではあった。
それを果たした本人の表情は――

「…………」

甚だ納得の行っていないことが伺える。


(うわっ見られてた)
声の方向を振り返る。こわばった表情。
最近あまり良くないタイミングで人に見られている事が多い……

「その……召喚魔術の練習を……」

消え入りそうな声。
気にするなと言われても無理だ。
せめてもう少しかっこいいものを出そうとしていればよかった。
タコ足ではどうにもしまらない。恥ずかしい。

美東暦 > こわばった顔へ眉尻を下げた微笑みで返す。
どうしたんだ次どうぞとでも言うように「ん?」とだけ。

消え入りそうな声へははぁーと頷きながら部室の中へ。
静かだった部屋にアルトの声が通る。
「あー、絵から出せるとかって? ひー…えの?」

後輩の名前もはっきり覚えていない。あまりいい先輩部員とは言いがたかった。
そして続けろと言ったわりには、ビアトリクスが召喚に使った絵を覗きこもうとする。

日恵野ビアトリクス > 「日恵野ビアトリクスです」
一応名乗っておく。相手の顔を眺める。
確か前に一度ぐらいは顔を合わせていたような気もした。
美術部に多い幽霊部員のひとりだろう、と判断。

「まあ絵から出しているように見えるだけで、
 厳密には少し違うんですが……」

具現召喚はイメージを増強するための美術品があれば
理論上はなんでも出せるようになるが、
ビアトリクス程度の腕前ではそれは程遠い。

絵をつぶさに観察しようとするなら、
ビアトリクスはいやそうな顔をしてさっさとスケッチブックを閉じてしまう。
海で怪物タコの触手に狐メイド幼女(登録番号379)がとらわれているという絵だ。
どう見ても趣味のいいものではない。

美東暦 > 「そうそう、ビアトリクス。
オレ…は覚えてるわけないよな? 美東ね」
名乗りつつ歩み寄る。
だがビアトリクスが見せたくなさそうなそぶりを見せれば、視線を外した。
顔を傾けて灰色の瞳でまっすぐビアトリクスを見る。

「へぇー、単に媒介になってるだけ…ってことか?
やっぱり気合入れた上手い絵のほうが良かったり?」
ビアトリクスの練習していた魔術に興味があるのだろう。
絵の内容はちらとでも見えたのか見えていないのか、触れずに問う。

日恵野ビアトリクス > 近寄られてわずかに後ずさる。
美術に携わろうとするものはどうも性別が判然としないものが多いな、
とぼんやり考える。

「ええまあ、気合入れた絵が触媒として使いやすいのは確かですね。
 それだけ描いた本人の中にイメージが強く刻み込まれますから。
 絵が丁寧なほど出てくるモノの精度も上がりますし。
 ……さっきのはほとんど時間をかけずに描いた粗雑なものですが」

要は絵によってどれだけ強固なイメージを喚起させられるか、
というのが重要であるらしい。
例の巨大タコはビアトリクスにとってひどく印象深いものだったようだ。
ゆえに、他の具現召喚使いがこの絵を使っても望ましい成果は出せないだろう。

美東暦 > 自分の方がビアトリクスよりいくらか背が高い。
ビアトリクスが後じさるのに見下ろす眉を一瞬上げた。
だがすぐに「へぇー」と声を上げながら周りを見渡し、その辺の椅子に手を伸ばす。

ごく自然に距離を取りながら、引いた椅子にどっかと座った。
前のめりに両肘を腿に乗せる。
「イメージ。 イメージかぁー。
ま、でもそれだけで使えるってもんでもないんだろ?」

視線はビアトリクスの持つスケッチブックの裏表紙。
「しかし、ま、あれかー。 一石二鳥の趣味ってヤツか。 いいな」

日恵野ビアトリクス > ほうきとちりとりを出してきて、
召喚失敗の残骸である土塊や破片をさっと掃いてゴミ袋に詰める。

「もしそうならすべての画家は魔法使いになってますから。
 要はイメージに指向性を持たせるという
 すべての魔術師がやっていることを覚える必要があって……」

憂うように睫毛が下を向く。
「そんなにいいもんじゃないですよ。
 魔術に自分の絵を使っていると、
 何のために絵を描いているのか
 次第にわからなくなってきますから……」
ふう、と溜息を吐いた。不機嫌そうに見える表情。
たのしみのために絵を描こうとしても、
それが“使えるかもしれない”と意識してしまっては
うまくいかないこともある。

「……まあ、両立できれば理想なんですけどね。
 いろいろ考えてはいるんですが」
それじゃ、と頭を下げると、
ゴミ袋とスケッチブックを抱えてさっさと部室を出てしまった。
裏表紙越しに怪しいタコの絵を見られているような気分に
なってしまったのかもしれないし、
さっさとこの場から離れてタコの絵を焼却処分したかったのかもしれない。

ご案内:「美術部部室」から日恵野ビアトリクスさんが去りました。
美東暦 > 「まぁ、そうだよな。
絵を描く時点でイメージを固めてるから、その部分が補強される…ってことか」
なるほどね、と残骸を片付けるビアトリクスを視線で追う。

ビアトリクスがぼやいてみせれば、「んー」と微笑で口を閉じたまま唸るようにした。
「そういうのは、よく聞くよなぁー。
あれかー。 趣味を仕事にすると~みたいな、さ」
うんうんと頷く。
理解する、とまでは主張しないやんわりとした同調。

そしてやや足早に去ろうとしたとも言えるビアトリクスに、変わらずのんびりと顎で応える。
「あぁ、じゃーな。 締めるのはしとくから」

「ま、今度は見せてくれよ。絵も」
去っていくビアトリクスの背に届いたかはわからない。

美東暦 > 「イメージ。 イメージイメージ。
イメージ…かぁ」
独りになった部室で、夕暮れの方を見ながら呟く。

しばらくすると体をひねって、傍にあった本を手にとった。
表紙にはブリューゲルとある。
フルカラーの写真が大きく並ぶページをぱらぱらと捲っていく。

美東暦 > 「実際呼び出してるわけじゃないなら。
あくまでイメージの問題なら。
あいつ自分の絵でやってるみたいだけど、たとえばスゲー思い入れのある大ファンの絵とかだとどうなんのかなー?
…ま、人の絵だといくらイメージが強烈でも魔術として自由になんないか」
独り言に紙の滑る音だけが重なる。

「でもモナ・リザとか。 ミロのヴィーナスとか。
どーなんだろうな。 スゲーのが、でたりしねーのかな」
絵と絵の合間に挟まれた解説には全く目を通していない。
絵自体すら見ているか怪しい。

美東暦 > しばらくして捲るのをやめた。
夕焼けで真っ赤に照る紙面に目を落としたままうっすらと鼻歌を口ずさむ。

そうして、さらにのち、本を閉じて立ち上がった。
本は元あった場所にするりと差し込まれる。
窓際へ寄ってカーテンを締めると燃えていた教室に影が落ちる。
「あー今晩は向こうの部にも顔を出そうかなー…」

鍵をとってその場を後に。
また英語の歌詞を口ずさんでいる。

ご案内:「美術部部室」から美東暦さんが去りました。