2015/07/18 のログ
三枝あかり > 「そう……ですか………」
本当の悪。それを考えたことはなかった。
悪とは何か。
昨日、一年生の歓迎パーティにいた時に、銃声が聞こえてみんなで逃げた時のことを思い出した。

あの場にも、悪はいたのだろうか……?

「奇神先輩。多分……そう…?」

不思議な語調の人だ。でも、違和感も嫌悪感もない。

そのまま撮影を続ける。今度は物音一つ立てないように。
自分が、幽霊であればいいと思った。
幽霊なら物音一つ立てることはないだろうから。

この世のものとは思えないほど、綺麗な曲だと思った。
胸が高まる。心臓の音がビデオに拾われていないだろうか?

奇神萱 > 切々と奏でる主題には美化された過去の匂いがする。
聴衆は自分自身の回想の中へと取り込まれる。曖昧模糊とした印象はそのあたりから来るのだろうか。

今はもうはっきりとは思い出せない場所。幸せだった時間。
ラヴェルの思い描いたノスタルジアも、スペイン宮廷のおとぎ話も俺は知らない。
かけがえのない、自分の居場所。俺にとっての『フェニーチェ』か?

すこし感傷が過ぎるな。腑抜けてる証拠だ。異界の管弦楽団が困惑してるぞ。
団長は死んだ。梧桐律も死んだ。パトロンに気を揉ませるのは良くないことだ。

主題に戻って、半眼にしてたまなざしを三枝あかりのカメラに向ける。
その先には数えきれない耳と瞳が待ちうけている。俺を値踏みするために、味わい尽くすために。
―――なるほど。三脚で固定しているより動いてくれた方がずっといいな。

余韻を残して弓を放したとき、すこし自然に微笑むことができた気がした。

「よし。どうだった?」

三枝あかり > 眼差しがカメラ越しにこちらと交錯した。
今度こそ、心臓が破裂するかと思った。
幻想の中で人は無力。
月の光が作り出す幻想世界にあって、彼女はただのオーディエンスに過ぎない。

「は、はい」

その言葉のままにスピーカー機能をON、再生を始める。

「……ちゃんと撮影できてますね、奇神先輩」
「すごく良い感じです、私……こういう音楽にあまり馴染みがないんですけど」
「とってもドキドキしました……!」
嬉しそうに笑って、カメラに視線を向ける。
「奇神先輩は撮影のためにここに? それとさっきのピアノを演奏していた方は…?」

奇神萱 > ディスプレイの中に切りとられた世界を覗き込む。
暮れなずんでゆく夕闇を背に、淡い月光に浮かぶ奏者。これが俺か。どこのPVだ。

「……やるな。記録映画みたいだ。いいカメラマンになれるぞ」
「練習の一環だ。人目があった方が身が入る。かといって邪魔をされるのも嫌だ。矛盾しているな」
「だから、動画を流して反応を見ることにした。人が来ない場所ならどこでも構わない」

「あれは………幽霊だな。演奏しているあいだ音だけが聞こえてくる。なかなか気のいい連中だ」

わりと大真面目に言っている。この世のものではないのなら、それはイコール幽霊なのだ。
例えて言えば、戦友のような者たち。癖の違いも調子の良し悪しも感じ取れる。奇妙な信頼感を抱いていた。

「何か礼がしたいな。聞いていけ、三枝あかり。録画はいらない。すぐ終わる」

『亜麻色の髪の乙女』で締めよう。
どこぞの『仮面』みたく大げさに一礼して、グァルネリウスを肩にあてる。
満を辞して奏でるのは、ルコント・ド=リールの詩想から霊感を得て生み出された、唯一無二のマスターピース。
はるか古のケルト世界の乙女を謳う、オールドバラッドのエッセンスが民族音楽の情緒を掻き立ててくれる。

三枝あかり > 「あはは、カメラの才能なんてあったんですね、私!」
「なるほど、それでカメラで撮影していたんですねー」
「人が来ない場所でヴァイオリンを弾いていたから、幽霊騒動なんて話になっ――――」

次の言葉に耳を疑う。
「ゆ、幽霊…………?」
笑顔が引きつる。でも、気の良い連中だと言うのであれば害はないのかな?

目を閉じて、音楽に聞き入る。
メロディアスで短いその音楽は。
律動的なセンテンスをいくつも重ねた、素晴らしいものだった。

髪をかきあげて。頭を下げる。
「ありがとうございます、奇神先輩」
「とってもいいお礼でした、なんて題名の曲ですか?」

奇神萱 > 『前奏曲集』の中でも、とりわけ異質なルーツをもつ曲ではある。
ルコント・ド・リールは言った。詩は詩の世界の中にだけあるべきだと。
古代ケルトの乙女なんてロマンチックな生き物は実在しない。美しいイメージの中の永遠の乙女だ。
詩人と作曲家の霊感が共鳴しあって、空想の再生産が起きただけ。全ては空想の産物なのだ。

聴衆はたった一人。
オイストラフ流の誠実な表現性が少しでも真実味を与えてくれることを願って奏でた。

「『亜麻色の髪の乙女』。お前のことだ、三枝あかり」
「俺は機材を片付けていく。お前の言うとおり、この島は悪党だらけだ。寄り道はせずに帰れよ」

三枝あかり > クロード・ドビュッシーの作曲した前奏曲の一つ。
それを知らない彼女にとって、その曲名を聞いた時に二度目の喜びが起こる。

「あ………」
そうか、この人は私を見て曲を選んだんだ。
「ありがとうございます、奇神先輩!」
もう一度お礼を言って、嬉しそうに笑った。

首を少しだけ右に傾ける。
「そうですね、悪の意味もわからない間に悪に狩られたくはないので」
「それでは私はこれで! また会いましょう、奇神先輩!」
手を振ってからバケツを持ち、音楽室を後にした。

ご案内:「第一部室棟」から三枝あかりさんが去りました。
奇神萱 > 「ああ、またどこかで」

三枝あかりが去って、静かになった。ガット弦を緩めて皮脂を拭い、ケースに収める。
時計塔で出会った自称騎士のアーヴィング。元気印の三枝あかり。
それぞれこちらの意図を超えて、全く違う反応があった。
ゼロからはじめて気付かされた。聴衆の顔が見えるのはいいことなのだ。

とにもかくにも、聞いてもらわないことにははじまらない。
機材一式ケースに収め、音楽室を出ていった。

ご案内:「第一部室棟」から奇神萱さんが去りました。
ご案内:「ロ研部室」に相模原孝也さんが現れました。
相模原孝也 > 「失礼しまーす…。」

こっそりと、部室棟にある部屋の一つの扉を開ける。
時刻は朝。今日は授業も入ってないので、"仮"入部のロケット研究部、略してロ研の部室に顔を出してみることにしたのだ。
研究部という部活動なのだ。静かに入らなければ研究の邪魔をしてしまうだろう……そんな気遣いだったのだが、

『なー、今年も夏祭りで屋台やろーぜ。』
『ああ、去年に宇宙人焼きって名前つけてイカ焼き売ったあれか。』
『人を焼くなって怒られたよな、宇宙系の人に。』
『じゃあ今年は…よし、あの新入部員のレーザーで焼く宇宙レーザー焼きとかどうだ。』
『安全対策どうすんだよ。』
『大丈夫だ、問題ない。レーザー推進装置のために用意した素材を使って組み上げれば…。』


「………。」

どうやら夢中で話しているせいでこちらには気づいていないようだ。
そっと何も聞かなかったことにして戸を閉めた。

相模原孝也 > すー はー すー はー
深呼吸だ、落ち着くためには深呼吸だ。
わかっていたはずじゃないか、新入部員一人であそこまでパーティる部活集団である。というか学生なんだから、先輩たちが研究以外のことをしていてもむべなるかな。

「……よし。 失礼しまーす。」

遠慮したのが悪かったのだ!勇気を持って、一歩踏み込め!の精神で、がらりと戸を開ける。

『あ、悪い、できればすぐ閉めてくれ。』
『ちょっといま機材の組立中でな。あんま部屋の中央には近づかないようにな。』
『ああ、それならちょっとこっち来てくれ。レーザーの波長とか調べよう。』
『ククク…レーザー推進なら水を主燃料にすることで、かなりの軽量化が見込めるな。』
『ああ……だが問題は詰め込む発破物だ。いや、いっそ飛翔している間に出る水素を利用して水素爆発を…。』
『制御手段がないだろ、却下却下。』

「………。」
この先輩たちの姿が、取ってつけた系の真面目ぶりなのか、それとも単に(この短い時間で!)話題を切り替えたのか、今の僕には理解できない。
が、ひとつだけわかることがある……組み立てている機材とやらには、たこ焼き用の鉄板が取り付けられている……宇宙レーザー焼きは本気のようだった。

相模原孝也 > 「あー、と。レーザーの波長を調べるんでしたっけ。」

招いてくれた先輩の一人の方へ、カバン片手に歩み寄る。白衣にメガネの先輩だ。メガネ先輩と呼ぶことと決める。

『ああ。君のレーザーがどんなものかわからないからね。レーザーと一口に言っても色々ある。まあ座ってくれ。』

「ども。 で、どうやってしらべるんですか?」
進められたパイプ椅子に座って、カバンは椅子の横に置いておく。
問いかけに対して先輩は、テーブルの上に置かれたスマホを持ち上げ、それに、大型機械につながっているコードを差し込み。

『これでよし。 じゃ、そこの装置に腕を突っ込んで、レーザー撃ってくれ。弱いのでいいぞ?』

本来は、機械を入れるだろう円筒形の穴が開いている部分を指さして告げるメガネ先輩。

「ザルぅい!?」

あまりの大雑把ぶりに顔が引きつらざるを得ないが。目の前のメガネパイセンは、大丈夫大丈夫とザルな保証をしてくれた。

相模原孝也 > 『ザルなのは諦めろ。』
『そうそう。』
『予算削減のあおりをくらったのさ。』
『むしろ大型機械よりスマホの方が高い。ソフトウェアも考えれば。』
『諦めんなよ、もっと熱くなれよ!』
『あ、アイス食べたい。誰か買ってきてー、』

てんやわんや。

「……自由ですねー、みなさん。」

『なあに、楽しんでるだけさ。さて、じゃあそろそろお願いするよ。』

「うぅ…得体のしれない装置に腕つっこむとか、マジ怖いんすけど…。」

よくわからない大型機器、腰を上げて色々な角度から確認してみるが……よくわからん!ただ、ロ研を示すような、ロケット付のロゴマークが入っているのが確認できた。
……手製?

「よ、よし……じゃあ行きますよ?」

そーっと、そーっと、おっかなびっくりに腕を入れる。中はひんやりしているが、物陰だから、というより、クーラーの気配を感じるひんやりさ。

『よーし、レーザー出してくれ。平行になるように頼む。』

メガネパイセンの指示に、りょーかいです、と答えてから。人差し指をぴんと伸ばして、出力レベル最低値のレーザーを照射した。このレベルならまあ、長いこと直視してなきゃ問題ない。

相模原孝也 > 『んー…これくらいならクラス1。可干渉性の可視光線、だな。パルス発振……えーと、アレだ。モールス信号みたいな感じのはできる?』

どうやらスマホの方で、機器が観測した結果がわかるらしい。
言っている内容はさっぱりだが、尋ねられた内容にはひとまず、試してみます、と告げて、一度レーザーの照射を止めた。

「んー……。」
制御訓練でやっている時のように、自分の腕を意識する。
色を変えるときは、最初の光のイメージを、目当ての色にすれば、腕の中で勝手にやってくれる様子はあった。
じゃあ、断続的に放つのには、となると。どうやるのだろう…。出す、止める、は自己判断でやれるが、連続してやってみたことはない。
まあまずは、それでやってみようと決めれば、伸ばしっぱなしだった人差し指を曲げて、伸ばしての体操の後。

「やってみますよー?」

まずは指先より、レーザー照射、即止める、照射、止める、照射、止める、照射、止め、照、止、照、止……

『おーっと、それくらいでいいよ。』

メガネパイセンから、ストップがかかった。

「っとと…。あー…何かわかりました?」
集中し過ぎてたので、止められてかくんっとした。左手で眉間を揉みほぐす。

相模原孝也 > 『パルス信号にはなってなかったね。』

「アッハイ。」

端的すぎる結論に頷くほかなかった。

『まあ、それはそれ、これはこれさ。 おおよそは想定内の結果だしね。できれば真空の状態で調査したかったけど…。』

「腕がモゲるから勘弁してくださいよ!?」

大慌てで機器から腕を引っこ抜いて訴える。メガネパイセンは笑ってごまかすばかりだ。

『それで、出力の方は最大でどのくらい行くかはわかってる?』

問われた内容に、む、と小さく眉間にシワがよった。正直こう…あまり思い出したい内容ではないのだけど、
それでも、こうしてやれることができた以上、放置というわけにもいかないし。

「とりあえず、ための時間があれば、試した中で最大だと、コンクリが溶けました。」

『怖っ』

そりゃそうだ。同意して頷く。オレも怖い。

『ま、今日はこれくらいにしておこうか。 ちょうど昼時だし。』

「え、もうそんな時間?」
慌ててケータイを取り出して時刻を確認する。すでに12時を回ってた。どうやら結構ながいこと実験してたらしい。

『調度良いからみんなで飯食いにいこう。オラ、お前ら食堂いくぞー!』
『うーす。 手ぇ洗ってくるから先言っててくれー。』
『あ、もうちょい、もうちょいで組み上がるからあと15分!』
『カップ麺のスープがなくなるほど時間かけてんじゃねーって。新人待たせるなよー。』
『冷やし中華食いたい。』

ばらばらのようで、方向は一致してる先輩方に、力が抜けたように笑い声が漏れた。

「じゃ、オレも冷やし中華にします。紅しょうが山盛りで!」
カバンを手にとって、先輩たちに続いてロ研の部室を出る。まだ仮入部ではあるけれど、この部活では、楽しくやっていけそうだ。

ご案内:「ロ研部室」から相模原孝也さんが去りました。