2015/07/31 のログ
ご案内:「美術部部室」にビアトリクスさんが現れました。
■ビアトリクス > 部室棟に存在する、美術部部室にいつものように足を運ぶ。
特にノックもせずノブをひねると鍵が開いていた。
針金のような痩身長駆の男がイーゼルの前に立って作業をしていた。
絵を描いている……わけではなく、シルバーホワイトでキャンバスに下塗りを行っていたようだ。
『よーお、ビーチェ』
特に遠慮の様子のない、針金の男の一方的な親しみの含まれる、鷹揚な声。
軽く会釈をしてその前を通り過ぎる。
別に彼に用があるわけではなかった。
もっとも、大した用事があるわけでもない。部室に足を運ぶうちの八割はそんなものだ。
■ビアトリクス > 『愛想悪いな~』
針金が手にしていた刷毛を置いて、近寄ってべたべたと触ってくる。
「さわんないでください」
はねのける。
何をしようかな、いつもどおり適当にスケッチでもしようかな、
と思案して、部室を見渡すと……
部屋の中央にデンと大きな段ボール箱が開かれているのを見つけた。
中には大量の粘土が。
「これ使っていいやつなんですか」
返事を待たずにそのうちの一つを手に取った。
■ビアトリクス > 先輩部員である針金の了承を得られると、作業机の前に座って、粘土の包装を切る。
特に制作物を決めているわけではないが、
おそらくコレひとつまるまる使うには多すぎる。
粘土ベラで半分ほどに切り、それをさらに何等分かにした。
背中から声がかけられる。
『似顔絵の売れ行き、どう?』
「全然。衣装に問題があるんじゃないですか」
『もっと際どくないとダメかぁ』
「逆だよ」
嘆息して、粘土をこね始める。
瞑目しながら、どういう形にしていくか考える……。
■ビアトリクス > 目を閉じれば、自然とまぶたに浮かぶのはちはやの姿だった。
ずいぶんと彼には助けられてきた気がする。
彼は自分に助けられている、と言うが、そんな風にできている認識はまったくなかった。
先日のちはやの言葉が、まだ腹の中で消化しきれずに残っている。
――ぼくは普通の、小さなただの“神宮司ちはや”だよ。
不愉快、とか、苦しい、とか、そういうたぐいのものではないけれど。
(わかっている……)
(わかっているよ、そんなことは)
いつまでも、甘えてばかりではいけない。
もし、彼が悩み、苦しんでいるようなら、それを汲み取って
出来る限り力になるようにしなければ……
自分にそれができるだろうか? いや、しなければいけない……
「……」
そんなことを考えて手を動かしていたら、
いつのまにか粘土がとぐろを巻いた猫の形になっていた。
ちょっとバランスが変だ。
『へたくそ』
背後から冷やかしが飛んだ。
「うるさい……」
■ビアトリクス > 立体造形は全く未経験というわけでもないが、慣れているというほどでもない。
そんな調子で、余剰の粘土でうさぎとか犬とかも作っていく。
形が整ったらあとは着色だ。
本来ならばアクリル絵具などを使うのだが……ビアトリクスにそれは必要ない。
じっと見つめて、そっと粘土細工を指で撫でると……そこから色が広がっていく。
《踊るひとがた》で、色が塗り分けられていく。
絵と違い、塗料の質感を気にしなくていいので、わりと遠慮無く使える。
金を取るような作品でもないし。
背後からは、
『相変わらず女々しい趣味だなあ』
『その異能、イラストじゃなくて立体物のほうが向いてるんじゃない』
とか勝手なコメントが飛んでくる。
(意地悪したい年頃の男子小学生かよ……)
眉間にしわが寄った。
あとは汚れ防止にニスを塗って、
風通しのいいところに乾くまで放置すれば完成。
■ビアトリクス > 《踊るひとがた》に名前が与えられたのはほんの数カ月前、
この針金先輩によってだ。
絵を描くための異能、とは捉えていなかったらしい。
今もその認識であるかどうかは知らないが。
絵に使えそうで使えない《踊るひとがた》の意義は
相変わらずわからないが、まあ、わからないままなら
わからないままでいいか、とも思えるようになった。
少し前、自分になんの価値も感じることができなかったころは
この異能すら自分を馬鹿にしていると思っていた……。
『そのへたくそな猫おれに頂戴』
「いやです」
立ち上がる。今日の美術部の活動はこんなものでいいだろう。
扉に向かおうとすると針金がなんか近づいてくる。
『おいおいもう行くのかよ。なんか遊んでいこうぜ。将棋とか』
「ここは美術部なんで……」
退屈そうにしている針金をシッシッと手で追い払った。まるででかい犬であった。
ご案内:「美術部部室」からビアトリクスさんが去りました。