2015/08/17 のログ
ご案内:「美術部部室」にビアトリクスさんが現れました。
ビアトリクス > 少しの間美術部に足を運んでいなかった。
顔を出すことが義務付けられているわけでもないし
出さなかったからといってとやかく言われるわけでもない。

扉を開ける。
『よおハニー、寂しかったぜ』
作業机で鉛筆を削っていた針金先輩が、うれしそうな顔を向けた。

足元に転がっていたポスターカラーの亡骸を拾い上げて投げつけた。

ビアトリクス > ポスターカラーをぶつけられた針金のような手足の男は
思いの外あっさりと退散していった。
煙草が吸いたいらしい。

『ビーチェ、結構変わったよな』
すれ違い様に頭を撫でながら(やめてほしい)、そんなことを言われる。

部室内に残されたのはビアトリクスひとりだけになった。
石膏のかけら、床にへばりついた絵の具、使い終わったペン(さっき投げたようなの)、
ボロボロになった筆やバケツ、囲碁将棋盤……
そんなものが散乱している。
いちど掃除したほうがいいのかもしれない。

手始めに、部屋の隅に雑にのけられている作品群を整理しにかかった。
イーゼルに置いたまま放置するのはやめてほしい。

ビアトリクス > 「……ん」

作品群を棚や段ボール箱に片付けていると、
目を引くキャンバスをひとつ見つける。
上手いわけではない。その逆だ。

ひどく抽象的な輪郭の定まらない絵だった。
おそらくは“炎”を描いたものだろうか。
乱雑なストロークだった。
作品として見れたものではない。
しかしビアトリクスは、なぜか、ギクリと硬直した。

「…………」
しかし、これをここにいるどの部員も描きそうもない。
心当たりがなかった。
首を傾げる。

ビアトリクス > 『なんか気が付いたらあった』
煙草を咥えた針金男がヒョコッと顔を出して、戻る。

どうやら彼も把握しては居ないらしい。
おそらくは部員外の生徒か何かが勝手に入って描いていったのだろう。
キャンバスは部費で購入しているものなのでやめてほしいといえばやめてほしいが、
そう気にするものでもない。

「なるほどね」
納得してその“炎”の絵も同じようにしまっていく。
部室に放置されてしまってる以上、部のものとして保管するのがいいだろう。

(部屋の掃除は……面倒だからまた今度にしよう)

自分も何か描こう。
何がいいだろうか。
即興で適当な素描か、数カ月前から続けている油絵の続きか……。

ビアトリクス > 「……木炭でなんか描こう」
イーゼルにスケッチブックとキャンバスを掛け、その前に座り木炭を手に取る。
白黒の木炭画で終わらせてもいいし、パステルや油彩で着色してもいい。

手を動かしていると、ほどなくして走る一羽の兎が
キャンバスの上に姿を現す。

「ん…………」

首をこきこきと回す。
なんというか、普通だ。動きも硬い。
ちょっと絵に慣れた素人が描くみたいな感じになってしまった。
着想自体も大したものではない。

「…………なんか、今日はダメだな」

どうせ死んだ絵だ。
掌でキャンバスを撫でて、構わずに《踊るひとがた》を使用し、
デジタル絵を全消去するように一瞬で真っ白にしてしまう。

木炭を手放し、黒く染まった指を拭った。

ビアトリクス > 真っ白になったキャンバスに、自分のものであることを示す水色のテープでタグ付けをする。
後で練習用に再利用するつもりだ。

いつのまにか針金男は部室に戻ってきていて、
何をするでもなくその様子をぼんやりと眺めていた。
振り返り、彼と益体もない世間話を適当にする。

「さっきの、“変わった”ってどういう意味ですか」

『……別に』

ゆるゆると首を振る。

ちなみに針金男は名前を刺原といい、なんでも風紀委員もやっているらしい。
それらしい活動をしているところを見たことはない。
入部当初、右も左もわからないビアトリクスの世話をしていた。
……色々と。

彼に関しては愉快とも言える思い出もあるが、
不愉快な話のほうが多い。
しかし深く立ち入ったことはけしてしてこない。
煙草の煙のような男だった。

ただ、今日の彼はどこか違うような気がした。
それがなんであるのかはわからない。

誰が描いたのかもわからない、炎の絵を見て覚えた胸のざわつきの正体も。

部室を後にする。針金が残される。

ご案内:「美術部部室」からビアトリクスさんが去りました。