2015/10/10 のログ
ご案内:「魔術工房 制作室A」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。
奥野晴明 銀貨 > がりがりと金属の板を削るような固い音がする。

ちょうど授業を終えた午後の時間帯、工房の中で一人作業机と椅子に座って
銀貨は自分の魔術に使う道具を作っていた。

それは名刺ほどの大きさの薄い銀板に、草木の意匠や装飾的な図案を削り込んだ美しいカードのようなものだ。
魔術の知識があるものがそれをみれば、その彫り込んだ図案がみな
緻密な計算による魔術の起動術式であるとわかるだろう。

銀貨が留学で学んだ魔術の一つ、刻印魔術は何かに印を刻み込んで魔術を成す。
別にこのような銀板に彫り込んだものばかりでなく、
その辺の壁に自らの血で記号を書き込むだけでも発動できるし、
最悪シャチハタのようなスタンプに起動術式を仕込んでおいてもよい。
押すだけで簡単に発動できてしまうから手軽だろう。その分効果もお察しだが。

なぜわざわざ金属板に彫り込んで持ち運ぶかといえば単に銀貨の趣味だ。
それほどかさばらず名刺入れにストックできて、あるいはしおり代わりに本に挟める。

金属を変化させる術はヨキ教諭の異能を参考にして考えた。

奥野晴明 銀貨 > 工具から銀板を外すと、削った金属の粉をはたいて窓から差し込む日の光にすかして見つめる。
彫った部分から光が差し込みきらきらと輝いた。悪くない出来だ。

机の脇にそれまで作ったカードと一緒に並べて置くと、一息入れるために椅子から立ち上がる。
備え付けの流し台で手を洗い、買っておいたペットボトルの水をカバンから取り出して一口飲んだ。

蓋盛とホテルでの一夜を過ごしたあと、自分はわずかながら変わってしまったように思う。
もちろん何の変化もない交流などあるわけがないが、
それよりかはもっと、銀貨の中で深い部分がかき乱されるような重い変化だ。

自らの暗い部分をさらけ出して告白まがいの思いを告げて、触れられて大人になった。
あの夜ほど恐ろしいものはないと銀貨は思う。

奥野晴明 銀貨 > 蓋盛とのキスの味は煙草の味がした。
銀貨は煙草など吸ったことがないけれど彼女がまとう匂いはよく知っていたし
その苦みはあまり好きではなかったが、受け入れてしまえば心地が良かった。

どっちつかずの体を何の気負いもなく愛する遊び。

銀貨の母親がどっちつかずの銀貨を男に育てたのはたぶん、
同性の生き物としてみれば銀貨があまりに逸脱しすぎていて
女として許しがたかったのだろうと銀貨は考えている。

コンプレックスではあったものの今更変えられるものでもなし
今は恨みもせずただ淡々と受け入れている。
だが、女性として育っていたなら……少なくとも浅ましい欲望を
幾分かは発露しなくてよかったのではないかと考えている。

「いやらしい」

口に含んだ水の味が淀んだ気がして、流しに向かって吐き出した。
ほとんど中身の残っていたペットボトルの中身もどぼどぼとあけて空にする。
流れ落ちる水をじっと見下ろしながら、口の中に蓋盛の煙草の苦みがよみがえるような気がした。

ご案内:「魔術工房 制作室A」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。