2016/02/03 のログ
ご案内:「部室棟」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 窓から西日の差し込む時刻。
開けた休憩スペースに並ぶ長椅子のひとつに、ヨキが横になっていた。

腰掛けた姿勢から座面に横臥して、死んだように眠っている。
そもそもヨキは、寝息が限りなく小さい。
元から顔色の芳しくないことと相俟って、慣れない者にはあまりましな眺めではないだろう。
肩のごくわずかな上下動だけが、辛うじて生きていることを伝えている。

部室棟の廊下には、合唱部の伸びやかな歌声が遠く響いてくる。
ヨキの幾度目かの身じろぎ。が、顔を顰めるばかりで起きる気配はない。

別段魔術を行使しているでも、異能が含まれている訳でもなかった。
ヨキはその歌声に、まるで縛り付けられた魔物のように眠っているのだった。

ヨキ > 「……んむ……ぅうん……」

まるで寝坊を咎められた子どものような、小さな呻き声を漏らす。
廊下には、変わらず明るく希望に満ちた歌詞が何とか聞き取れるほどの歌声が響いている。
目が開かない。身体が重い。覚醒しているときさえ腑抜けてしまうというのに、眠っているときに聴く歌声は泥濘のように身を絡め取るのだ。

唇をもぐもぐと動かす。心地が良いのか悪いのか、何とも言えない顔になる。

曲が終盤に差し掛かる。歌声の呪縛を振り解かんと持ち上げる頭は、何とも重たげだった。

ヨキ > 曲が終わる。曲が終わる。曲が……

「……――ぷわッ!」

素っ頓狂な声を短く上げて、長椅子の上で跳ね起きた。
鉄塊のヨキが急に起き上がったものだから、金属の足がぎいと軋む。
やっと逃れられた、とでも言いたげな顔をくしゃくしゃにして、長く息を吐いた。

「危なかった……このまま寝たきりかと……」

部活でやっている以上そんなことはないのだが、ヨキにはよほど重大であったらしい。
ローブの襟元からぱたぱたと風を仰ぎ入れていると、間もなく次の曲が始まった。
何とも旺盛なもので、喉の温まった歌声はより活き活きと感じられる。
腰掛けたままのヨキの顔がふにゃりと弛緩して、首元にやっていた手をぱたりと下ろした。

「…………、もう少し聴いてよう」

ヨキの知らない合唱曲だったが、その半眼はとろとろとして、ひどく心地良さそうだった。

ヨキ > 半ば酩酊しているかのような顔で、日が沈むまで練習をきっちりと聞き終える。
声が止むと、不意に我に返って――

「……あッ!」

小休憩のつもりが、すっかり時間を浪費していたことに気付く。

合唱といい、カラオケといい、戯れの鼻歌といい、ヨキには随分と子守歌になるらしい。
魔法でも掛けられたかのような覿面さで魂を奪われる性質というのは、なかなか難儀なものだった。

忘我のひとときを誰にも見られていないであろうことを確かめて、廊下を去る。

ご案内:「部室棟」からヨキさんが去りました。