2018/08/15 のログ
ご案内:「第十三音楽室」にアリスさんが現れました。
■アリス >
私、アリス・アンダーソン。
今年から常世学園一年生。
最近になって友達が三人になったのでぼっち根性を捨てようと努力中の十四歳!
最近、私は部活に入ったの。
ぼっち根性を捨てるためにも、部活に入って一挙に知り合いを増やそうという魂胆。
そして勧誘されて私はこの軽音部に入った。のだけれど。
『さ、みんな! 練習を続けるよ!!』
リーダーの輝 夜空さんがみんなに声をかける。
私もギターを手に緊張しながら音を出す。
夜空さんの歌声と、私達の演奏が渾然となって『音楽』が生み出されていく。
『今の良い感じだったよね! この調子でいこう!!』
みんなに笑顔が生まれる中、私は強張った表情でおずおずと手を上げた。
「あの……みんな。これって………デスメタルじゃない?」
私の一言に、世界が凍りついた。
■アリス >
言ってしまった。ここ三ヶ月ばかり気になっていたことを。
喉がカラカラに渇いている。
軽音部というにはあまりにも重低音がメインの演奏だった。
というか、私の前にもマイクがあるけど。
デス声の指示しか来ない。
『何言ってるのアリスちゃん! これはデスメタルなんかじゃないよ!』
「あ、そうなの……でもデス声とか入ってるし」
私がキョドりながらそのことを指摘すると、ドラムの翔子ちゃんが詰め寄ってきた。
『アリスちゃん、デス声じゃなくてグロウルっていうんだよ!?』
「いやその呼び方にこだわってるのデスのメタラーだけじゃない!!」
ツッコミを入れてしまった。
もうここまで来たら気になっていることを全部言うしかない。
「私、ずっと気になってたの……」
「なんかイメージだと軽音部って水分補給にスポーツドリンクとか飲むと思ってたのに」
「……うちはエナジードリンク、じゃない…? それもデスゾーンって名前の輸入エナドリ」
メンバー全員が顔を背けた。
■アリス >
疑いの視線をリーダーに向けながら気になっていることを言っていく。
「そもそもうちって……バンド名が妙にヘビーでパンクだよね。エゴイスティック・エンジェルって」
『何言ってるのアリスちゃん、ガールズバンドなら普通だから!!』
なんか勢いで押し切られそうな感じはある。
でも。
「この前、音楽室の使用申請書見たけど……うちって軽音部じゃないよね?」
全員が顔を見合わせる。
気付いてしまったか、と顔を手で覆うドラムの山崎さん。
「……うちって軽音部じゃなくて、警音部じゃあ…」
『な、な、な! 何言ってるのアリスちゃん!! そんなのただの書き間違いだよ!?』
え、え……なんでそんなに必死に否定するの、リーダー…
そもそもうちが本当に警音部だとしても意味不明だし…
『まぁまぁ、アリスちゃん。これでも飲んで落ち着くデスよ』
「だから差し出してるそれデスゾーンじゃん!! あと山崎さんの口癖のデスってdeathだよね!?」
エアコンが効いた部室に、一気に気まずさが流れ込んできた。
■アリス >
ふ、と笑ってリーダーの夜空さんがマイクを握りなおす。
『さ、冗談はこれくらいにして練習を再開するよ』
「リーダー……」
『それじゃファッキン関係ねぇぜ!!のくだりからもう一度練習しようか』
「歌詞~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
仰け反って頭を抱えた。
「歌詞がもうおかしいよね!? デスメタルだよね!?」
私の必死に紡ぎだした言葉にベースの翔子ちゃんが肩を掴んで説得に来た。
『アリスちゃん、デスメタルじゃなくてうちはグラインドコアだから!!』
『翔子ちゃん、うちってデスグラインドじゃないの!?』
『ううん、厳密に言えば新ジャンルデスからガーリッシュゴアデスメタルとかそういうのデス』
「デスメタルじゃん!!!」
肩を落とした。
もうギターが重くて持っていられないレベルで力が抜けている。
もっとこう、ふわふわしたり、可愛かったり、かっこよかったりするものを求めてきたのに。
「デスメタルだこれ!!!」
デスメタルだこれ!!!
涙が滲んできた。軽音部だと思って入ったら、警音部だった。
もう自分で何を言っているのかすらわからない。けど、事実だ。
■アリス >
泣き出した私を前にドラムの山崎さんがふんわりと両肩に手を置いた。
『大丈夫デスか? とりあえずデスクに座って落ち着くデスよう』
「そのデスクの発音のデスの部分に力を入れて発音するの前からおかしいと思ってた!!」
リーダーがダンボールの中から新品の衣装を取り出しながら私に訴えかけてきた。
『もうアリスちゃんの分の衣装だって用意してるんだよ!?』
「改造した手術着じゃん!! しかも返り血のペイントが入ってるやつ!!」
『アリスちゃんに今、抜けられたら対バンのクラッシュグレイブに勝てないわ』
「対バンも前に聴いたけどノイズグラインドじゃん!!」
確かに私も悪かった。
アニメで軽音部に過剰な期待を持っていたのは、悪かった。
でもこの仕打ちはない。
最悪、返り血のついた手術着の衣装でデス声を叫ぶことになる。
『あなたのバンドメンバー専用の称号も用意したのに……』
「ライブのペーパーで確認したけど私の称号、金色の殺戮者だったじゃん!!」
泣きながら叫ぶ。
「人殺したことないから!!!」
■アリス >
『わかったわ、そこまで言うならあなたの脱退はゲームで決めましょう』
ゲーム?
リーダーは……夜空さんは一体何を。
『ルールを説明するわ、ナイフを二本、床に刺してお互い刃に踵を置き、一歩でも逃げたら負けの殴り合いで』
「デスマッチじゃん!!」
急に何言い出したのこの人!?
「ガールズバンドでナイフエッジデスマッチ提案するなんて展開聞いたことないから!!」
最早デスメタルバンドですらない!!
『デスマッチやらないんデスか? オオウ、デスカレーションデスね』
「戦争の勢いが落ちるって意味で使ってるんだろうけどデスがつく言葉好きすぎるよ山崎さん!!」
今、思えば最初から疑うべきだった!!
この人たち、音楽好きだから気にしないようにしてたけど、変人すぎる!!
『アリスちゃん、私が卒業したらあなたにボーカルをやってもらいたくて…』
「リーダー……」
『あなたのメインの新曲も用意してあるのよ、タイトルはデッド・エンジェル・ロトン・コープス』
ギターをそっと置いて私は部室のドアまで歩いた。
「デスメタルじゃん」
そう呟いて部室を後にした。
二度と彼女達と関わることはなかった。
ご案内:「第十三音楽室」からアリスさんが去りました。