2015/08/04 のログ
■乙訓 真織 > 「おおきに~」
実のところ、目の前の男の様子に、本当に声をかけてよかったものか、
少し二の足を踏んでいた真織であった。
しかし目の前の男が快く返事をしてくれたので、真織はほっと一息ついて、
にっこりと笑ってお辞儀をした。
頭を下げて静止すること2秒。ゆっくりと頭を上げる。
そうしてから、遠慮無く~、と小声で呟いて
椅子に座った。
そして自らの持ってきた本を一冊、広げようとしたのであるが、
その手をとめて、ふと目の前の男を見やった。
そうして、他の者に迷惑にならないよう、口を開いて小声を出す。
「何の本読んではるん?」
純粋な興味から、真織は目の前の男にそう問うた。
■『室長補佐代理』 > 聞き慣れない関西弁でそう言われれば、包帯だらけの知己の顔を思い出しながら目前の女生徒に目を向ける。
普段なら、大半の人物と喋るときは少しばかり視線を下げることになるのだが、今日ばかりはそういうことはない。
ほぼ水平に近い角度で視線を合わせ、男は左手に持った文庫本の背表紙を見せる。
本のタイトルは、在り来たりな詩的表現に固有名詞がつけられたものである。
中指に嵌った銀の指輪を鈍く輝かせながら、男は真面目な声色で答えた。
「恋愛小説だ」
■乙訓 真織 > 「は~、恋愛小説。ええなぁ、うちも恋愛小説好きやで。ま、今日のところ
は勉強やけどな。夏休みの宿題片付けなあかんし」
初対面の相手であるが、よく言えばフランク、悪く言えば馴れ馴れしい口調で、
女子生徒は目の前の男にそう返した。
そしてにこにこしながら、肩に掛けていた鞄を床に、静かに置くと
中から桃色のノートと猫のぬいぐるみペンケースを取り出して机の上に広げる。
「ここの席、割と好きでな。そっちも――あ。ええと」
男のことを呼ぼうとして、言葉に詰まる。
当然である。初対面なのだから。
名前を聞くならば自分から名乗った方がいいだろうと。
そう考えて真織は微笑みながら語を継いだ。
「そうそう。うちは乙訓真織っていうもんや。普段は生徒会で雑用みたいなこと
やってるんやけどな。そっちは?」
■『室長補佐代理』 > 「いや、俺は別にこの小説が好きってわけじゃあないんだが……ああ、アンタ生徒会なのか」
女生徒のフランクな対応に合わせたのか、男の方は男のほうで、不遜とも不敬ともとれる口調で無遠慮に話す。
そして、笑みにまた男も笑み……といっても、汚泥が滲むような不気味なそれで返して、とんとんと、本の角で自らの腕に巻かれた腕章を示す。
公安委員の証である、それを。
「公安委員会直轄第二特別教室 調査部別室 室長補佐代理、だ。適当に役職名で呼んでくれ」
そういって、じわりと、また笑みを向けた。
男は普通に笑っているつもりなのだが、傍目から見ればただ不気味な微笑である。
■乙訓 真織 > 「好きじゃない小説を読んでるんか? 恋愛勉強中とか……そういうあれなん?」
頭の上にクエスチョンマークが、それも三つほど浮かぶ勢いで、真織は首を傾げた。
「わ、かっこええなぁ~。その名乗り方。うちは生徒会 書記局副局長や。
役職名で呼ばんでもええで」
顎に親指と人差指を宛てがって、きらりと目を光らせる真織であった。
傍目から見れば不気味、であるかもしれない。
しかしながら真織の中では、こういう笑い方をする人なんやな、と軽く片付け
られてしまった案件のようで、特に何か思うでも無い、純粋な笑みを返す。
「そかそか、よう見たら腕章あるやん。公安さんなんやな、えとしつちょ……
室長補佐代理さんは」
少し噛んでしまったが、何とか言えたことに小さくガッツポーズをとる真織
であった。
「お礼言わんとな、おおきにな。いつも常世学園の為に頑張ってくれて。
ほんま、偉いと思うわ。そういう仕事できるの」
彼女の、純粋な心の底からの礼と賛辞であった。
■『室長補佐代理』 > 「そっちこそ、書記局といやぁ年がら年中書類と格闘続ける激務じゃねぇか。助かってるのはお互い様だぜ。
……あと、呼びづらいなら、朱堂でいいぞ。我ながらややこしい肩書だとは思ってるからな」
そういって、左肩だけを竦めて笑う。
本当は名前は余り名乗るべきではないのだが、情報が漏洩して久しい上に相手は生徒会。
それも書類管理のエキスパートだ。調べられればどうせすぐにわかる。
なら、隠し立てすることもないだろう。最早、秘匿の意味は余りに薄い。
それでも、自分の『下の名前』をこの男は余り好んでいないので、名乗るのは一先ず苗字だけだが。
「好きでもない小説読んでるのはまぁ、御察しの通り、お勉強だ。異性の同僚が多い職場なんでね。
一先ずは書籍で敵情視察と思ったんだが……余り捗っちゃいないな」
■乙訓 真織 > 「ま、デスクワークが生きがいみたいなもんやからね。でも危ないこととかしてへんからな。
公安って言うたら色々危険なことにも関わらなあかんやろ。それでも頑張ってくれてるんや。
常々お礼を言いたいと思ってたで。ほんま公安さんに会えてよかったわ~」
目を輝かせながら言う真織であった。
「朱、朱堂……」
真織は、はっと。
真顔になってその朱堂と名乗った男の顔をまじまじと見つめる。
夕焼けの下、空白の数秒間。
「いやぁ~、助かったわ~。シツチョウホサダイリ、なんて毎回呼ぶの
絶対無理やもん、毎回のように噛んだらどうしようかと割と真剣に悩んで
たとこやったわ~。教えてくれておおきに~」
ほわっとした緩い笑顔で、己の両手を合わせてそう口にする真織。
口調から仕草まで、あまりにもゆったりとしすぎているが、これが彼女の常である。
誰に対してもそうなのだ。
「敵情視察って何やねん」
びしぃ、と。
朱堂との間の宙に、空を裂く音が鳴らんばかりの手刀が叩き込まれた。
「恋愛する相手は敵じゃないやろ? 本読んで勉強するっていうくらいやから、
やっぱりお堅いんやな~。それが悪いって訳やないんやけどな」
■『室長補佐代理』 > 「別に俺だってやらなきゃ野垂れる自転車操業してるだけで、感謝の必要なんて……って、いってぇなおい、どういう……!
……あ、え、ああぁ……お、おう」
台詞の途中で鋭い手刀の一撃を叩き込まれ、渋い顔をするが、直後に乙訓からそう窘められ、言葉につまる。
ぐうの音もでない正論であった。
「……いやまぁ、ほら、敵を知り己を知れば百戦危うからずっていうアレであって……この敵ってのは例えであってだな?」
それでもまぁ、一応、カッコのつかない弁明をしてはみせるが、そのあたりは口に出せば出すほど言い訳がましい。
次第に尻窄みになり、また一つ溜息をついて、男は困ったように苦笑を漏らした。
「……やっぱり、女子から見ると俺はそのへんズレてみえんのか?」
■乙訓 真織 > 「あ、あれ? あわわ、ごめん、ほんまごめんて。寸止めするつもりやったんやけど、つい勢いで」
宙を叩くに留めたつもりがついつい力が入ってしまったのか、直撃してしまったようだ。
後頭部に手をやってぺこぺこ謝る真織。
「はーん、ふーん、そかそか」
じっとりとした目で朱堂の弁明を聞く真織であったが、全て聞き終わればにっこりと笑って、
頷いた。そうして、うーん、と困ったように笑えば口を開く。
「ちょっとな? ズレてると言えばズレてるのかもしれんな。でも、そういうの好きな女子
も居ると思うで? うちは嫌いじゃないで、そういうの。こう、個性的な男の人っていう
のは、やっぱり惹かれるとこあると思うんや。そういうの、魅力的やと思うで~」
うんうん、と頷いて再び顎に親指と人差し指を宛がう。
どうやら彼女の癖らしい。
「個性は武器やで、朱堂さん」
びしぃ、と人差し指をつきだして、朱堂の胸を指差す真織であった。
■『室長補佐代理』 > 「個性ねぇ……まぁ、私生活なら、痘痕も笑窪つーし、それでもいいと思うんだけどな」
実際、男の恋人こと麻美子はそういうところを気に入ってくれているらしい。
無論、男からすればそれは己の事なのでよくはわかっていない。
まぁ、しかし、それは私生活である。私生活は、それでいい。
だが、仕事となってくると、そうもいかない。
感情的というものがどういうものなのか、今一度考える必要があると、男はおもっている。
そういうものに対してもう少し理解を深めなければ、遠くない未来、後悔するのではないかと。
しかし、具体的に問題や課題が言葉に出せない当たり、自分でも問題点の根本すら分かっていないのかもしれない。
男はこれでも自分は感情的な人間であると思っていたのだが、どうにもそれも違うらしい。
いや、本当にそれが違うのかどうかもイマイチわかっていない。
なので、とりあえずは『感情的』な内容の書籍を今一度読み直すことで考え直そうとしていたのだが、結果は見ての有様である。
「……それより、俺なんかと喋ってていいのか? 見た所、課題に手がついてねぇみたいだけど」
考えながらも、目の前の気になったことをとりあえず問いかける。
これも多分逃げである。
我ながら姑息だと、男は思った。
■乙訓 真織 > 「んー……まぁ、仕事やったら、向こうだってそうそう気にしないとちゃうんかなぁ……
いや、人それぞれやけどな。仕事上やったら、うちならしっかり仕事してくれてれば何にも
思わんけどなぁ~。多少ズレてたとこで、気にならんしな」
そう言って口元に指をやって、うーん、と小さく声を出して天井を見上げ。
「……はっ!?」
両手をぱん、と音が鳴らない程度に合わせて、手元にあるノートを見やる。
勿論、白紙である。紅に染まる図書室の中で、眩く輝く透き通るような白。
「あ、あかん……ちょっと頑張ろ。じゃあま、お喋りはこんなもんで。
お喋りに付き合ってくれてありがとな、朱堂さん」
軽くウィンクをして、猫のぬいぐるみペンケースの背中のファスナーをじじじ、と
開けてペンを取り出した。
何事も無ければ、そのまま勉強を続け、最後に朱堂が残っていたのであれば、
またな、と挨拶をして去っていくことだろう。
■『室長補佐代理』 > 「いや、こっちこそ、為になる意見をありがとう。確かに、敵情視察ってんじゃぁ……なんか違うみたいだからな。
さて、そんじゃあ、俺もそろそろいくわ」
ちらりと時計をみて、男も読んでいた本を棚にもどしてから、一度だけ向き直る。
「じゃあな」
そして、短くそう言って去っていく。
実地はやはり違うもんだな、などと胸中でまた呟きながら。
そんなことを考えている時点でまた恐らく理解からは遠ざかりつつあるのかもしれないが。
ご案内:「図書館」から『室長補佐代理』さんが去りました。
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