2016/10/01 のログ
■化野千尋 > 「…………、」
日も落ちて、残っているのは数人の図書委員だけになった図書室。
化野千尋は、本来立入禁止である禁書庫にいた。
はじめは、普通の魔術書を読み漁って"探し物"をしていたにすぎなかった。
が。それだけでは、化野の探している回答には辿り着けなかった。
そんな中、立入禁止の魔導書図書館――禁書庫の話を聞いたのは偶然であった。
人が少なくなってきた時間を狙って、こうして忍び込んだ。
勿論、悪いことをしているという自覚はあるが、それでもどうしても。
天下の常世学園に所蔵されている"知識"を探し求めて。
驚くほどに、世界から葬り去られた知識たちが保管されているにしては、
あまりに簡素なセキュリティを抜けて。
さながら怪物の口の中に自分から飛び込むように。
ひとり、並んでいる物騒なタイトルを眺めて歩いている。
■化野千尋 > .
人の足音が聞こえていないのを確認すれば、はあ、と溜息をついて壁に凭れ掛かる。
図書館の中と禁書庫とでは、空気の張り詰め方が違っていた。
常に誰かから見られているような感覚が、べったりと身体に付き纏う。
嫌な汗が垂れるのを、化野は我慢ができなかった。
一冊一冊に手を伸ばし、数ページ読んだだけでも体力の消耗が激しい。
紛れもない注視妄想であることは事実なのだが、それを妄想と断定することも出来ない。
この独特の空気感が、きっとこの禁書庫のセキュリティの意味も為すのだろう。
事実、一般的な生徒である化野千尋は、このセキュリティを前に敗北が見えていた。
何を探すことも出来ずに、何を見つけられることもなく、
何も得られることがなく、この知の集合体から逃げ出すことになりそうになっていた。
「魔法使いのみなさんでしたら、きっと」
余裕なのでしょーか、と。ため息混じりに重々しく漏らした。
■化野千尋 > .
禁書庫の隅に置かれていた脚立を持ってきて、魔術学の区分の棚の傍に置く。
きっと、図書委員やそれに準じる司書たちが使うものなのだろう。
真面目に働くために置いてあるだろうものをこういう悪いことのために拝借することは
僅かどころでなく心が痛むが、目的のために手段を選んではいられない。
そうそう高頻度で訪れる場所では間違いなく、ない。
それよりも、こんなところは一刻も早く立ち去りたい思いのほうが圧倒的に強い。
「っとと……。」
ぎいこと音を鳴らして、脚立に足を掛ける。
几帳面なまでに整理された本の中から、一冊引き抜く。
引き抜いてみると、改めてその整理の均等さに驚くと同時に、
持ち出したらきっとすぐにバレてしまうのだろうという焦燥に駆られる。
引き出した本を片手に、脚立を降りる。
その棚の前に座り込めば、おもむろに最後5ページ目を開く。
――『死に関する41の魔術事例』。
死というものは、すべての生き物に与えられた権利であり、また、
すべての生き物に対して極めて有効な事象である。
これが、私がこの書を記した理由であり、私の長年の研究の結果である。
■化野千尋 > .
――暫くして。
化野千尋にとって、その10分間はこれまでの人生のどの時間よりも長いような気さえしていた。
事実、経過した時間はたったの10分だ。たったの600秒だ。
それなのに、頭のなかに叩き込まれる著者の言葉は、どうしようもなく化野を苛む。
これが禁書であるのか、と本能で理解する。
恐らく、最後の言葉からして【大変容】の前に書かれた書物であることは間違いない。
今となっては、死などものともしない生き物が我が物顔で闊歩している。
この著者が見たら、泡を吹いて倒れることだろう。
それでも、この著者の言葉には重みがあった。
それは、本に仕掛けられた魔術によるものなのかもしれない。
それは、この禁書庫独特の空気によるものなのかもしれない。
それは、ただ化野千尋自身に響くものだったのかもしれない。
ひゅうひゅうと肩で息をする。
元の場所に戻す気力もなく、並んだ本の上にぽすんと置く。
持ち出そうなんて思いは、まず抱かなかった。
呼吸を整えながら、真っ暗な図書館へと戻っていった。
ご案内:「禁書庫」から化野千尋さんが去りました。
ご案内:「図書館」に美澄 蘭さんが現れました。
■美澄 蘭 > とある日の放課後。
蘭は、借りた本の返却(と、ついでに勉強を少し)のため、図書館を訪れた。
「20世紀のゴシックロマンの金字塔」と称される作品は、蘭の読書欲をたっぷりと満たした。
冒頭の、幻想的な夢の描写。その後綴られる、痛々しいまでに初々しい、若い女性の不安な恋心。読んでいて、いたたまれなくなるほどだった。
…そして、やってくる後半のサスペンス。隠された、男の罪。「真実」が見えた気のしない女。
外形だけ見れば、「ハッピーエンド」に見えなくもなかった。しかし…
(結局、「死者」に勝てたかっていうと…微妙だったわね。
そういう余韻の含みがあるからこそ面白かったけど)
そんな感想を抱きながら、返却カウンターへ足を運ぶ蘭。
■美澄 蘭 > 「ありがとうございました」
カウンターで、その言葉とともに借りた本を返す蘭。
そのまま、自習スペースへ向かうが…余韻をたっぷり含ませる物語だったからこそ、思考はなかなか「あの本」から離れてくれなかった。
(………「ながら」勉強しやすい英語にしよう)
通路にほど近い机の椅子をひいて腰掛けると、ブリーフケースから英語のテキストとノート、そして筆記用具を取り出す。
■美澄 蘭 > 蘭にとって、英語の復習はともかく予習はほぼ作業だ。
文型を分析し、分からない語句を辞書で調べるという作業は、ほとんど頭を使う必要がない。分析結果も調べた結果もノートやテキストにメモしておくので、記憶しておく必要もないのだ。
なので、蘭は手を動かしながら、思索にふけるという器用なことをやってのけたりする。
…というか、そうしたい時、そうなりそうな時、蘭は学習対象として英語をよく選んでいた。
ただの「恋愛」と、「結婚」の重みの違い。
「自信を持つ」ということ。
「白雪姫」のように、繰り返される「物語」の予感。
死後、第三者に「語られる」ということ。真実を見せなかった「女」。
読書によって得た感慨を頭の中でぐるぐると巡らせながら、淡々と英語の予習を行う蘭。
■美澄 蘭 > (…支配するかされるか、みたいな「愛」って窮屈そうよね…)
「家」に相応しい「女」を得ようとして支配され、そして今度はその「女」とは違う「娘」に救いを見出すも、「ある件」をきっかけにその「娘」を失った男。
「全てが終わった」後の穏やかな描写の中で、彼はかつて「娘」だった「女」に、ゆるやかに支配されているように思えてならなかった。
(…並んで立つのが当たり前、くらいが気楽そうなのに)
そんな事を考えながら、シャープペンシルをノートの上で走らせる蘭。
■美澄 蘭 > そうして考え事をしているうちに、英語の予習が終わってしまった。
「…あ」
小さく声を零す。
(…流石に、他の科目はここまで「作業」じゃないし、切り替えなきゃ)
軽く頭を振って読後の感慨を一旦頭から追い出すと、蘭は別の科目の勉強道具をブリーフケースから取り出す。
そうして、蘭は日が傾き始めるまで勉強してから、図書館を後にしたのだった。
秋分を過ぎ、日は徐々に、しかし確実に短くなってきていた。
ご案内:「図書館」から美澄 蘭さんが去りました。