2016/10/09 のログ
セシル > 「…ん?」

心配げな声をかけられて、そちらの方を見る。
深い青の瞳が、頭一つ分ほど下から自分を心配げに見上げる少女の顔を見返した。

「………ああ、何でもない。ただの考え事だ。
心配させてすまんな」

「一般生徒に心配されるようでは、委員失格だな」などと、中性的な低さの声で苦く笑った。
その間、探っていた新書の背表紙に指は伸ばしたまま。

化野千尋 > 「考え事でしたか。お邪魔しちゃってたらすみません。
 もしお探しのものがあるんでしたら、あだしの、探すの手伝い――……」

彼の長い指の先をふ、と目で追いかけた。
二冊の本。あまり化野に馴染みのないジャンルの本だったからか、疑問が口から漏れる。

「風紀委員さんだと、そういったこともお勉強なさるんです?」

おっとりとしたやや高い声が、不思議そうに問いかけた。

セシル > 「いや、構わん。
あまり悪い方に考えを引きずられても建設的ではないからな…良い切り替えになった」

「感謝する」と、相手の女子生徒を安心させるかのように、優しく目を細めて笑み返した。
どちらかといえば、横に広げるような印象の強い…男性的な色の濃い、笑顔の作り方。
そこに、相手が疑問を投げかけてくれば、「あー…」と、少し考えるように視線を上に投げた後、改めて少女の方を見て。

「風紀委員に限らず、生活委員も縁はあろうとは思うが…
私は再教育やカウンセリングが専門ではないから、ほぼ趣味だな。
…まあ、専門でないとはいえ、再教育やカウンセリングの効果を薄めてしまうようなことはしたくないと思ったものでな。
つまるところ、自らを律するためだ」

性別の伺いづらい…つまりは女性的でない…口調で、表情は柔らかいながらも厳格にそう言い、少女の方を見ながらも新書を二冊、長い指で器用に引き出す。
引き出した二冊を少女の眼前で確認してみせて、「うむ」と、小さく頷いた。

化野千尋 > 「自らを律する、ですかあ。
 えらいですね、ええと……、1年の、あだしのです。
 化野の、ちひろ、と申します。風紀委員のおにーさん。」

「お名前を聞いても?」と、申し訳なさそうに小首を傾げる。
そして、セシルと化野の周りの本の数々に、ここにきて漸く視線を向けた。
丁度自分たちと同じか、似たような年代の少年少女について書かれた本たち。

「カウンセリング、保健室でもやっているみたいですしねえ。
 未だにあだしのは、お世話になったことはないのですけれども。
 風紀委員さんはそこまで考えないといけないんですねえ……。おつかれさまです。

 律する、となると――……。」

もう一度、書架に収められている本の数々を見る。
セシルの引き出した二冊のタイトルを改めて確認して、
野次馬根性を隠すことなく、小声で、囁くように問いかけた。

「家出少女を匿ってしまった、とか、そゆ類のことです?」

セシル > 「それが「権限を持つ」、ということだからな。
…少なくとも、私は故郷でそう教わった」

「自らを律する」ことについての持論を、彫刻じみた彫りの深い顔で淡々とのたまう。
…と、相手から名乗られれば。

「チヒロ、だな。私はセシル・ラフフェザー。同じく1年だ。
…それと、一応私は「おにーさん」ではない」

少しだけ困ったような笑みを浮かべながらも、「よろしく」と、空いた手を千尋の方に伸ばした。握手の構えだ。

「まあ…保健室のカウンセリングと風紀のカウンセリングでは分野が少し異なる気はするが…
…私も、今のところ世話になったことはないな。互いに息災で何よりだ」

ははは、と穏やかに…しかし、中性的な低さの声で笑う。
腹筋を意図して使っているような、どこか不自然な笑声だが…千尋は認識出来るだろうか。

一方、『風紀委員はそこまで考えないといけないのか」については、微妙な表情をし。

「…まあ、個人差はあるだろうな。私のように荒事屋だと、そこまで考えている者は多くないかもしれん」

と。そういったことを考えない人間が少なからずいる現状には、多少不満があるようで、その表情は彫りの深さも相まって渋みをいささか強く感じさせた。
…が、「家出少女を匿ったとか」といった例を振られると、ついふっと笑みを吹き出す。
その後、

「………ああ、失礼した。
…そういったことではないというか…寧ろ、「家出少女に頼られない現状」を何とかしたいと思ってな、彼ら彼女らの考え方を少しでも知りたいと思ったんだ」

そう言って、手に取った二冊の新書を軽く持ち上げてみせた。

化野千尋 > 「フャッ」

頭の悪そうな声が漏れた。
セシルが着ているのは男子の風紀委員制服で、それに身長も高くて中性的だ。
思わず失礼なことを言っていたのを察し、どういうこっちゃと目を回した。

「わ、すみません、ええと、セシルさん。
 てっきりですね、たいへんかっこよかったので、男性かと思ってしまっていまして。
 ……ちゃんとおぼえましたからね。よろしくおねがいしますっ」

伸ばされた手に、また片手を伸ばす。
そして、不躾にセシルのことを頭から爪先まで、見てない風を装いながら一通り眺める。
顔立ちも、立ち振舞いもどこか外国の王子様だと言われれば納得するようで。
それでも、どこか役者じみた発声だな、とも思う。それこそ、演技のようと言えば言い過ぎだが。

「家出少女に頼られない、ですかあ。
 そうですねえ。家出少女の知識が、漫画や小説しかないあだしのの考えだと、
 セシルさんみたいな『正義の味方!』なひとには頼りたくない、
 なーんて気持ちがあるのやもしれませんねえ。
 『正義の味方』に借りを作ること自体を嫌うひとは、少なくないように思いますし。」

セシル > 「ははは、光栄だな。
…こちらこそ、騙すようですまなかった。昔から、こちらの格好の方が慣れているものでな」

「たいへんかっこよかった」という言葉を、自然に受け止めて笑う見た目王子様。
言われて慣れていることを察するのは、さほど難しくないだろう。
そして、その晴れやかな笑顔のまま、伸ばされた千尋の手を取って…千尋が痛がらないように気を遣いながらも、男性的な力の込め方で握り、軽く上下に振った。

セシルの全身を見れば、胸こそほとんど分からないが「男性にしては」ウエストのくびれがあるように思えなくもない。
それに、握った手も、力強いながらもその指はごつごつしておらず、掌も硬いもののさほど厚くはなかった。
…そして、その「自然でない」ように思える声。セシルが、ある程度意識して「女性性」を排しているのは想像出来るかもしれない。
そして、「家出少女に頼られない」悩みを吐露したセシルに対する、フィクション経由とはいえ千尋の考えを聞けば、困ったように眉を寄せながら笑い。

「………私の故郷のような階級社会であれば、体制側の人間に反感を持つのも道理とは思うが…
「こちら」でも、そういった発想は少年少女にとって一般的なものなのか?」

と、尋ねた。
この島のように「表」と「裏」が明確に分かれた社会で、「裏」側の人物に反感を持たれるのは道理だとは思う(だからこそ「裏」側の人間の思考を知りたくて本を手に取ったのだが)が、そういった「正義」への反感がそれ以上に浸透しているとしたら、割と深刻な問題だ。…先日の、浜辺での会話の件もある。
…それに、少年少女向けフィクションは、少なくとも彼ら彼女らにとって真実味があるからこそ受けるものだし。

この世界の少年少女の思考を、真剣に掘り下げてみたいと、セシルは思うようになっていた。

化野千尋 > 「わ、セシルさんも異邦人だったんですねえ。
 ここのところ、異邦人の方にお会いする機会が多くって。
 見た目だけじゃわからないものですねえ、やっぱり。」

質問には、やや困ったような笑顔を浮かべた。
「どうなんでしょう」、と小さく呟いてから、真剣に思考を巡らせる。
階級社会。体制側。パズルのピースのように散らばるセシルの祖国にも興味が湧く。
思考がそっちに引っ張られかけたところで、ゆっくりと口を開いた。

「セシルさんのいた世界の体制や階級社会はあだしのにはわからないですが、
 この島も――この世界も、きっと同じだとは思いますよ。
 この年代の子どもというのは、いつだって偉い人には反抗したくなってしまうんです。
 だからあだしのも何度も時計塔に忍び込んで何度も風紀委員さんに怒られましたもん。

 ……なんてことはどうだってよろしーのですけれど。」

照れ笑いのように小さく笑って、改めてまた口を開く。
自分なりの考察と、自分の興味のあることを教えてほしい、と。

「一般的では、あるのではないでしょーか。
 『お前らなんかに俺の気持ちがわかってたまるかよ!』ってやつではないのですか?
 あだしのには、それくらいしか思いつきませんけれど。

 ……それから、お答えにくかったら言わなくっても構わないのですけれど。
 セシルさんが男装をしてらっしゃるのは、お国のルールとか、そゆものなのです?
 それとも、セシルさん本人がお好きで着てらっしゃるだけなのですか?」

セシル > 「ああ、そうだ。
「これ」があるから気付くのには苦労せんかと思ったが…少なくとも言葉では不自由せんからな。文化に溶け込めていれば違和感はないか?」

「そこまで溶け込めている気もせんのだがなぁ」と笑いながら、腰に差した二振りの剣の柄を、何度か軽く叩いてみせる。「荒事屋」を、自称する所以なのだろう。
…が、この世界の少年少女についての千尋なりの考えについては、真剣なまなざしで千尋の顔を見つめ、話を聞く。

「偉い人への反感、か………まあ、分からないとは言わんが。

………おや、チヒロはそんなことをしていたのか。
私はあの辺りの巡回にはさほど回されんからな…知らんはずだ」

寮の規則とか、そういえば面倒だった…などと、前の学校のことが頭をよぎったが…千尋の「悪行」が彼女の口から零れれば、その表情が少しの間だけ緩む。
…しかし、それも少しの間だった。

「………『自分の気持ちが分かってたまるか』か………。
分からんとは言わんが………何というか…そうまで徹底するものか?」

悩ましげにこめかみを押さえ、眉間に皺を寄せて目を伏せる。
セシルの脳裏にあるのは、先日訓練施設で遭遇した、千尋などめではないほどの「不良学生」だ。
セシルの常識において、体制への反感は、自分の生存への支援の手まではね除けるほどのものではないのだ。

………と、そう悩んでいるところで、セシルの男装についての問い。
「おお」と、目を開いて千尋の方を見返すと、軽く頭を振って思考を切り替える。

「あー…ルール、というほどのものではない。
少し、家の事情と法が複雑でな…私のような出自の娘は、幼いうちは男の格好で育てられることがたまにあるんだ。
私の場合、それが長引いてしまってな…それで、こちらの方が馴染んでしまった、という具合だ。

やめようと思えばやめられるが、今のところやめる気はないのでこうしている。
剣の道にあるのならばこちらの格好の方が都合が良いからな」

と、作ったような発声ながらも、朗らかに笑った。

化野千尋 > 「この学園にいると、帯刀している方もちらほら見かけますからねえ。
 異能を使うのに必須だとかで、許可をする生活委員も大変だ、なんて話を聞きます。
 というよりも、あだしのがあまり周りを見ていない、というのは勿論あるでしょーし。」

見るからに困惑だとか、苦悩だとかいう言葉が似合う状態のセシルに慌ててフォローを入れる。
それもどうにも現実のものではなく、読んだ漫画の話のようだった。

「最近ちょっと読んだ漫画があるのですけど。
 そこでは、支援は同情だ、って言ってらした人はいましたねえ。
 上から目線だ、とか、偉そうに言いやがって、とか。何様のつもりだー、とかって。
 あだしのにはわかりませんが、そゆ人たちは間違いなくいるのではないでしょーか。」

「あだしのは善良な一市民なので」、と付け足して笑顔を浮かべる。
プライドやら何やらとは無縁に生きてきたのが化野千尋だ。
極めてマイペースに、のほほんと日常を過ごしてきただけの16歳なのである。

「男装女子、と言うやつでしょーか。
 この世界では、中々に人気があるんですよ。男装女子も、女装男子も。
 おうちにルールがある、って聞くと、本当におとぎ話の中の王子様みたいですねえ。
 ……あんまり女の子に見られるのはお好きじゃないのですか?」

そろそろ聞いてもいいだろう、と、ひとつまた問う。
「お声、結構気にしてらしたりするんでしょーか」、とまた付け足す。

セシル > 「ああ…確かに見るな。
………そうか、あの中には荒事屋でも異邦人でもない者が混ざっているのか………」

帯刀しているのは自分と同様の「荒事屋」か異邦人かと思っていたのだろう。完全に意表を突かれた顔だ。
…しかし、一方で何かに納得する顔もしている。訓練施設のメニューの充実の件についてだが、それは千尋の与り知らぬところだろう。

「………あー………」

「支援は同情」という反発の言葉に、何かもどかしい思いでもするかのように図書館の天井を見上げて、やや苦しげな声を漏らす。
少年少女らしい我の強さと、視野の狭さを、教養からの排除が後押しする、負のサイクル。
基本的に荒事屋なのでそういった少年少女とがっつり向き合うのはセシルの仕事ではないのだが、そういう職務を担当する人間からの愚痴は、聞かないではなかった。
…そして、千尋が「よく分からない」と言えば、顔の向きをやや下くらいに戻して、息をつき。

「…チヒロはそれで良いと思う。認識を曲げるほどのプライドは、大抵ろくなことにならんからな」

と、少し沈んだ声で返すのだった。

「まあそれで大体違わんだろう。…人気がある、というのが、どういう意味かは知らんが」

「男装女子」という言葉はさっくり肯定するが、「人気がある」という意味に何やら「女子寮の王子様」とは別の意味を感じて、少しおかしがるような笑みを零す。
…が、「おうちのルール」に対して「お伽噺の王子様みたい」と言われれば、その笑みに苦みが混じった。

「…まあ、「家」で食うような一族も、庶民も、それぞれに大変だということだ。

………「女」に見られて困るというよりは…「弱く」見られると困る、の方が近いな。
何せ、これで身を立てるつもりでいたから」

と、再び腰に差した剣の柄に手を伸ばし、今度は軽くさする。

「…声もな。元々そこまで高いわけではないが、いかんせん凄みが無い。
「前の学校」の音楽教師に、この声の出し方を教わった。今更素の声を外で出そうにも、どう話したら良いか見当もつかん」

そう言っておかしげに笑うが、その声はどこまでも「作った」それだった。

化野千尋 > 「ああ、なるほど。騎士さまだとか、そういう類のものでしょーか。
 そうなると、やっぱり男らしいほうがお得なのですねえ。
 あだしのにセシルさんのたいへんさはわかりませんが、おつかれさまですよう。
 身を立てる、なんて考えたこともなかったですので、勉強になります。」

そう言って、セシルの繊細な指先の撫でる腰の剣に視線を向ける。
重そうだな、だとか、あれで戦うのかな、なんて感想がポツポツと浮かぶ。
声の話になると、自分の喉元を軽く触った。出っ張りのない、何の変哲もない女の喉だ。

「凄み……ですかあ。それこそ、あだしのとは全くご縁のない世界のお話ですねえ。
 声でどうこう見られ方が変わるとか、考えたこともなかったですよう。
 やっぱり生きてる世界が違えば、考えることも全く違うのでしょーか。」

言い終えて、はっとしたように目を僅かに開いた。
生きている世界が違えば、考えることも違う。ということは。

「セシルさんには、もしかしたらわからないものかもしれませんねえ。
 そういう発想。体制が嫌だー、堅苦しいー、息苦しいー、っていうものは。
 きっと、その家出少女とセシルさんでは生きてきたものも違うのでしょうし。
 ……お話を聞いてみたりするほうが、支援よりもよろしーのかもしれませんねえ。
 そうしたら、もしかすると嫌だって思ってる理由、わかるかもしれませんし。」

ゆっくりと、口元を持ち上げる。女らしい、というよりも少女らしい微笑みだった。
手首に嵌めた腕時計にちらと視線を向ける。そこそこ長く立ち話をしていたらしい。
図書委員がじいっと此方を見ているのに気づき、苦笑いへと表情を変える。

「すみません、長々とお話してしまって。
 おなじ1年生ですし、またきっとご縁があることでしょう。
 ぜひまた、お話きかせてくださいね。あだしのは、セシルさんを応援しておりますので!」

ぐ、と小さなガッツポーズ。応援を示しているらしい。
くるりとセシルに背を向けて、また書架の間に戻っていった。

ご案内:「図書館」から化野千尋さんが去りました。
セシル > 「…まあ、そんなところだ。
男らしい方が得というか………男らしくない方が悪目立ちをして損をする、という方が近いな。
………貴殿だって、私と方向は違うにしろいずれ「大人」として自立するのだろうから、少しくらいは考えておいて損はないと思うぞ」

千尋ののんびりした様子に、苦笑を零す。
セシルの喉元は男子制服のため分かりづらいが…きっと、露になれば、千尋同様の、喉仏の目立たない首筋があるのだろう。

「場面に合わせて話し方や声のトーンを調節する、というのは重要だぞ。
相手に与える印象がまるで変わる。見た目並みの影響があるのではないかと思えるほどだ」

滔々と語るセシルは、真顔だ。
実際、セシルはこの声を体得するまで、同窓の男子にはそれ以降の倍くらいは舐められていたのである。大体の連中は、自らの剣の腕で見返してやったが。

「………。」

そして、そういう生き方が、いわゆる「家出少女」のそれからかけ離れていることは…頭では理解しているつもりだったが、身に落とせていなかったことに、千尋の指摘を受けて改めて思い至ったらしい。無言でしばし、目を大きく瞬かせた後…

「………そうだな…それは、そうだ。

話………聞かせてもらえたら、良いのだがなぁ」

千尋の、少女らしい無邪気な笑みとは対照的に、思案がちの表情でひとりごちるセシル。
………と、そこでセシルも、図書委員からの視線に気付いたらしい。

「…いや、お互い様だろう。…寧ろ、考えの手がかりをもらえて助かった。
…応援も、感謝する。異邦人の私では貴殿ととっている講義も違うだろうが…また、どこかで話せたら良いな」

そう言って、こちらも少し困ったような…それでも、迷いの晴れたような笑みを零す。
そうして、千尋を見送った後…こちらも、新書二冊を貸出カウンターに持っていき、手続きをして図書館を後にするのだった。

(…きっと、この声や話し方も「斥力」のうちなのだろうな………どうしたものか)

そんなことを、考えながら。

ご案内:「図書館」からセシルさんが去りました。