2016/10/06 のログ
ヨキ > 「ははは。卑怯で結構。ヨキほど悪い先生は、他に居らんよ。
 そうやってみんなみんな、この島から巣立たせてきたのだから」

惑いのない、明るい声。

「焦ってしまうことは当然だよ。
 朝起きたと思ったら、もう夜だ。明日までに、来週までに、来月までにこうしたいと思いながら、時間はひたすら過ぎてゆく。
 何年後までにああしたい、こうしたい、と考えていた気持ちが、少しずつ擦り減ってしまう」

塔の内部に張り巡らされた柵のひとつへ、ゆったりと凭れ掛かる。
隣を叩いて、おいで、と。

「だからみんなこの学園で学生として、教師と一緒に過ごすんだよ。
 焦ったときに心を落ち着ける方法を学んで、擦り減ってしまう初志を埋め直すために。
 敷かれた道は決してひとつではないし、自分で切り開いてゆくことさえ出来るのだと、学ぶために。
 限られた人生の、さらに限られた時間の中でね」

千尋の“例え話”に、懐中電灯を持った手の十指を組み合わせる。

「――受け入れるよ。

 君が世界を壊そうとすることを受け入れるけれど、ヨキが跡形もなく直させてもらう。
 教師というのは、その方法を、心構えを身に着けた者のことを言う」

牙のない、人間の歯並びで笑む。

「異能者が異能者だけに害を成すことは、きっと“例えば”の化野君が求める世界とは、程遠い場所に辿り着いてしまう。
 攻撃されて、異能者が減る。異能者が居なくなる。最後にきっと、異能者の君がひとりだけ残る。

 独りぼっちの異能者の世界から、異能が消えることはない。永遠に。

 だからそのときは――ヨキが君の傍に居るよ。
 どうしてそんなことをするのか、本当にそうすべきなのかを、君と一緒に言葉を重ねてゆきたい」

化野千尋 > ちいさく一歩一歩と、またヨキの傍へと歩いていく。
柵に並んで寄りかかって、セーラー服の袖で目元をごしごしと拭う。
この島に来る前よりも、こうして泣く回数は増えたかもしれない。

「……いやですねえ。
 早く大人になりたくても、あだしのはまだまだ、ずーっと子供です。
 いやなことから逃げて、……ここに来たのも、子供だったからなのかもしれません。
 いろんな先生がいるんですねえ、ここは。」

人間らしい、黒いネイルで彩られた10本の指を見た。
困ったように笑いながら、また「ずるいなあ」、と。
ぎい、と僅かな金属音。受け入れるという言葉は、何よりも優しく、何よりも乱暴だった。
また目元を拭う。涙が落ちる。

「独りぼっちの異能者っていうのも、中々に。
 最初の異能者は、どんな気持ちだったんですかねえ。
 ……ありがとうございます。こんな仮定の話に付き合わせてしまってすみません。
 勉強に、なりました。」

ヨキ > 「大人でも成長出来る余地はいくらでもあるけれど、子どもの方が伸びしろはずっと多い。

 成長には、痛みを伴うものだ。
 大人は心を捻じ曲げる痛みだけで済むが、子どもは身も心も大きくなってゆかなくちゃならない。
 痛くて、つらくて、イヤになるのも当然なのさ」

隣り合った千尋の背を、大きな手のひらがぽんと叩く。

「誰にも知られず、理解されず――それでも現実に表出している、というのは、計り知れない苦痛であったと思うよ。
 現代の異能者たちが抱える苦悩とは、似ているようで全く違う。
 我々は想像こそすれど、同じ心境を味わうことは不可能だ」

千尋の礼に、ゆったりと首を振る。

「どう致しまして。
 自分の話が君の勉強になるなら、ヨキはいくらだって付き合うよ。

 いくつもの仮定がなくては、よりよい結論には辿り着けないものさ」

化野千尋 > 「痛みを伴わずに成長できたら、あだしのは大満足だったのですけれど。

 ……いやですねえ。痛くて、つらくて、くるしくて、かなしくて。
 それに、絶対に逃げられない。いつでもそれはあだしのを見てるんです。
 だから、あだしのから寄っていかないといけないことはわかってるんです。」

叩かれた背がぴんと伸びる。
寄りかかっていた柵から離れて、大きく両手を上にあげた。

「絶対に知ることのできないことは、どうしようもなくひとを惹きますね。
 気になってしまって、たくさん考えてしまって。
 ……どんな苦痛だったのか、すこしだけ、興味があります。」

鞄から携帯端末を取り出して、時間を確認する。
兄の決めた夕食の時間はとうに過ぎ去っていた。

「それじゃあ、ありがとうございました。
 また、お話してくださいね。とっても、見えない視点の話が聞けるので。
 それこそ対比も、あだしのにたくさん魅せてください、ね。」

深くキャスケットを被り直し、ヨキへ背を向ける。
誰にも見つからないように、来るときよりも幾らか控えめな足音が響いた。

ご案内:「大時計塔」から化野千尋さんが去りました。
ヨキ > 「君がもがいてることを、ヨキは少しずつ心得てる。
 たとえ君のすべてを承知しきれずとも――辿り着いた君を、辿ってきた道ごと祝福してやりたいんだ。
 よく頑張ったな、って」

“絶対に知ることのできないこと”に想像を巡らせるよう、目を伏せる。

「ああ。ヨキも、きっとそういう気持ちで制作を続けて来られたのだと思うよ。
 一度それに惹かれてしまった者は、二度と戻れなくなる。
 ヨキも化野君も、どうやら似た者同士らしい」

挨拶する千尋へ向けて、頷く。

「こちらこそ、話が出来て良かった。

 ――覚えていて。
 君との視差こそが、他ならぬヨキとの“対比”になることを」

鏡写しの《対比》。
その最後のひとつとなることを宣言してみせたヨキの傍らには、今や誰しもが立ちうるのだと。

秘密めいたひとときから、千尋がそっと去ってゆく。
微かに木霊する足音が完全に聞こえなくなってから、ヨキは元から誰も居なかったかのように見回りを再開した。

ご案内:「大時計塔」からヨキさんが去りました。