2017/07/28 のログ
和元月香 > 「.........」
(平和やー...)

遥か眼下に、人々の営みが見える。
学生街の辺りには、穏やかな日常が。
歓楽街の辺りには、賑やかな喧騒が。
落第街の辺りには、殺伐としたやり取りが。
全部全部、“いつも通り”。
形はどうあれ、住人達にとってのありふれた日々。

淡々と時間が過ぎてゆく。
月香はじっと下を眺めながら、左手に抱えていた黒い本に僅かに力を込めた。

すると、突如独りでにページが捲られた。
黒いページがぱらぱらと捲れる度に、白い文字が刻まれていく。
焦がれるように、愛するように。

『あら、寂しいの?』
『寂しいの?』
『寂しいのかしら?』
『寂しいんだね』

「いやそんなこと言ってねぇしバーカハーゲ!」

傍に浮遊する魔術書に、小学生のような悪口を叩きつける。
それは図星、ではない。
【それは死んでもありえない】ということを表していただけだ。

和元月香 > 『冗談』
『冗談よ』
『ありえないもんね』
『ないない』

『ツキカが寂しいだなんて、そんなの死んでもありえない!』

愉快そうに、笑うように黒い本は語る。
月香は顔を顰めて、咎めはしなかったがドン引きそのものの表情でそれを眺めていた。

『ツキカ、思い出した?』
『思い出したのね』
『この前のこと』
『この島で始めてバケモノにあったこと!』
『異形に食われかけたこと!』

「いや、何度も言わんでも分かるから!」
(羅列すんなと何度言えば...!)

鬱陶しげに手を振る月香を華麗にスルーして、黒い本は楽しそうに文字を紡ぐ。
余程楽しかったようだ、余程嬉しかったようだ。
...同じ 【バケモノ】の行く末が。

「お前ってほーんと、悪趣味よなー。引くわー」
『あら、褒めないで』
『照れる』
『ふふ』

和元月香 > 近道として利用していたただの路地裏に現れた、得体の知れないバケモノ。
元は人間だったらしいが、人の心を壊し喰らう。
それがバケモノ以外の何と表わすというのだろう。

『あの子、大丈夫かしら?』
『壊れないかな』
『ツキカじゃないし、壊れちゃうかもよ』
『死んじゃうかもね』
『可哀想』
『可哀想だわ』

黒い本が羅列する言葉。
たむけたのは、天狗を冠する少女。
1度バケモノに捕らわれたものの月香に何とか救われ、その後は気丈に振舞っていたが____。

「...うっせ!あの子はそんな簡単に壊れないよバーカめ!」

それでも、月香は思いっきり黒い本を睨みつけた。
何をほざいてやがる、とぷんすかしながら手摺に腰掛ける。
それを不思議そうに見る黒い本。

「あのさぁ、お前あんま人をなめない方がいいよ。
そんな簡単に壊れたりしないって」

うんざりするように空を見上げた月香は、心の中でぽつりと呟いた。

(そう信じている内は、人は皆正気だ。
私だってそーだもん、私は正気のつもりだけどさ、

【傍から見れば私はきっと壊れてる】からね!)

何故か笑をこぼした月香をはてなマークを浮かべて見ていた黒い本だが、突如金網に叩きつけられた。

『きゃっ』
『わっ』

「だから1回黙っとけ!人が黄昏てんの邪魔するの良くないよ!」

もちろん月香が叩きつけただけの話だ。

和元月香 > 暫く足をぶらつかせていたものの、んーっと伸びをして手摺に立つ。
そして金網の上でぷかぷか浮いている黒い本を乱暴に閉じると、印を結んだ。

「...ふう。長居しすぎた」

手を開けば、金の光が溢れる。
夜空に瞬く星を掻き集めてできたような美しい光を、月香は皮肉げに嘲笑う。

(妙にセンチメンタルになっちゃったな)


____そのまま光の中に、消えた。

ご案内:「大時計塔」から和元月香さんが去りました。