2017/10/18 のログ
ご案内:「大時計塔」に時坂運命さんが現れました。
時坂運命 > 心音に合わせて、歯車は回る。秒針が一つ、二つと時を刻む。
眼下に広がるのは、夜の帳が下りた常世島。
遠くに灯る人工の光が、煌々と闇を阻んでいた。
時計塔の最上階、以前一度だけ訪れたその場所に彼女は佇む。

「…………。」

吹き抜ける風が、冬の寒さを思い出させる。
もう、夏は終わり、秋も過ぎ、直に冬がやって来る……。
この砂糖菓子のように甘い日々も、嫌いではなかった。
むしろ――

「『人間ではない者が人間らしい生活を送ることで、人間に近付くこともある。』
 なら、“人でなし”が人のふりをして、人になることはあるのか……」

ぽつりと呟くその問いかけの答えは、自身の中で既に出ていた。
彼女は目を伏せて鼻で笑うように自嘲する。

「まったく、バカだなぁ……、――僕は」

時坂運命 > “――お前は神に愛されている。”

誰が言った言葉だった、これは。

“だからお前は、神の敬虔なる信徒であり続けなさい。”

もう忘れてしまった。
いなくなった人間のことなど、忘れてしまった。
忘れてしまえば、感傷も何もない。
そもそも、感傷を覚える器官がこの心に備わっているのかもわからない。

それでも、刻みつけられ残り続けたその言葉が、彼女の全てだった。

時坂運命 > 「主よ、僕の―― ……私の全ては貴方のものです」

だから、

其の役割を果たすだけ。
其の価値を示すだけ。
存在意義を守るだけ。
唯々、揺るがぬ献身を捧ぐ。

そこに感情は不要であり。
人格など無価値だ。

「この身は神の代行者。
 その存在は運命の調律師。
 故に、私は人でなしで在り続けましょう」

彼女は言う、祈るように瞼を閉じて、手を合わせ、指を絡め。
穏やかな笑みを浮かべ全てを受け入れる。
それが人間にどんな結果をもたらすとしても、運命だから受け入れた。

時坂運命 > 今はもう、霞んだ記憶。
背の高い誰かを見上げていた日のこと。
その誰かは言った。

“未来を見通し、因果まで操る。ああ、まさに奇跡だ。”

いいえ、これは奇跡などではありません。

“それは多くの人を救うことができる、素晴らしい力だ。”

そうでしょうか?

“羨ましいと思うよ。”

――本当に? ……本当に、羨ましい?

この異能の本質を知れば、羨ましいなどとは口が裂けても言えないだろう。
だって、真相を、本当の代償を理解する者は、これを「異能」ではなく「呪」と呼ぶから。

時坂運命 > ――閑話休題。

「ふぅ……、暫く家には戻らないつもりでいないとねぇ」

祈りを捧げ終えた彼女は、ゆっくりと指を解き、一つ息を吸って、そっと人差し指を唇に当てた。
同時に、彼女の像が歪む。まるで、立体映像にノイズが走るような揺らぎだった。

ノイズが消えた後、そこに佇んでいたのは10代前半に見える幼い少女一人だけ。
短い黒髪に、漆黒のワンピースさえ着ていなければ少年とも少女ともとれる華奢な体つき。
唯一、鮮やかな紫電の瞳だけは変わらずに。

少女は短い黒髪を指で梳いて、傍らに置かれていたトランクと紙袋に目を向ける。
がさり、と音を立てて、紙袋から取り出されたの黒いケープを肩に羽織り、
次いで取り出した黒縁の眼鏡を掛け、黒いキャスケットを深く被り顔を隠した。
彼女の面影をほとんど感じさせないその姿はまさに別人だ。

時坂運命 > 少女は空になった紙袋を畳んで、その隣にあったトランクの持ち手を両手で掴み、

「――んっ、しょ。」

よろけながら、重たそうにトランクを持ち上げた。
そして、そのままひょいっと欄干に飛び乗って、仰々しく、
舞台役者が観客にして見せるようにお辞儀をして見せる。

「……さぁ、救済の旅へと参りましょう。
 それでは皆様、御機嫌よう」

子供らしい無邪気さと、子供らしからぬ艶やかさが合わさった笑みを浮かべて、
天を仰ぎ見た少女の姿は夜の闇へと落ちて行った。

カチ、カチ、カチ……時を刻む音色だけが、時計塔に響いていた――。

ご案内:「大時計塔」から時坂運命さんが去りました。