2018/06/02 のログ
ご案内:「大時計塔」にモルガーナさんが現れました。
モルガーナ >   
「……む?」

時計塔の頂上で少し小柄の人影が湧き出るようにもぞりと動いた。
壁に凭れる様な姿勢のまま僅かに顔を上げた目に映るのは
地上と空に光る数多の星と海。

「しもうた。
 いかんな。癖が出たか」

極力合わせるようにしていたが此方の世界は一日が早い。
以前の感覚では気を抜くと一日が終わっている。
日の感覚が違うというのはどうにも厄介で、
特に長い時を生きる者となればその差は尚更。
どうにもこの日の廻りには体が慣れず、
気を抜くと平気で数日間眠り続けてしまう。

「ふむ、一の巡りは過ぎておらんか」

懐から支給された端末……すまーとほんというものを取り出し日付を確認する。
一日程度なら転寝程度の時間。問題ない。
強いて言うならば今日一日分の授業を聞き逃した位。
……それはそれでなかなか問題な気もしてきた。

モルガーナ >   
「不思議なものだ。
 針が廻る時間は変わらぬというに」

此方の世界でいう秒に相当する長さは自体はあまり変わらない。
確かに物が落ちる時間や空気や魔力の濃さ、蒼域と呼ばれるいくつかの領域で構成される空など
此方と比較して明確に違う点は吐いて捨てるほどあるが、
人そのものを構成する最小時間に関しては余り差が無いように見える。
まばたきも、呼吸の長さも、歩く速さも……多少の差こそあれ
特筆するほどの違いがあるようには感じられない。
けれど、彼女の知るヒトと比較してもこの世界の人間は
明らかに違う感覚の元で生きている。

「その星の刻と同じ速さで生きる……というものなのか」

時計塔に再び身を預け、その壁に耳を押し当てる。
風鳴り、時計塔の歯車の振動、塔そのものを揺らすような鐘の音、
それらがこの世界の鼓動の速さを確かにこの体へと伝えている。

モルガーナ >   
その姿勢のまま眼下へと目を向ける。
夜のとばりの中で瞬くのはその多くが人工的な光。

「……理解に苦しむな」

口をついて出たのは呆れに似た感嘆。
短い時間を生き急いでいるからだろうか。
この世界のヒト族はとても脆く、僅かな魔力の持ち主が多数を占める。
むろん例外もあるが、平均的に見れば
今まで見てきた中では脆弱な種族の区分に含まれるだろう。

しかし彼方のヒトと比べるのもばかばかしくなるほど
此方の”人”は生命と活力に満ち溢れている。
総人口はあの世界と同等かそれ以上で、見下ろした無数の明かりの元で
世界の刻む時に合わせ、泣いたり笑ったりしている者達が確かにいる。
そう考えると何処か空恐ろしい心地すらしてくる。

「これが同じヒト族と呼ばれているのだから
 悪い冗談としか思えぬな。別の生き物と言われた方がまだ理解できたか。
 確かに姿形は非常に似通ってはいるが……」

それは俄かには信じがたい事実。
彼女にとっては似ているだけで全く異なるものが
まるで同じものであるかのように生活しているのだから
正直全く違うよりも感覚的には受け入れがたい。

「違う星の元で生きる者は
 それだけで異能となりうるか。
 この世界は特異点ではあるようじゃが
 それにしても……」

歴史の教科書を見る限り、少なくともこの世界は以前と同じほど
誰もが同じように同じ時を生きてはいない。
そうして生きるにはこの世界は余りにも多くの物を受け入れ過ぎている。
だというのに、まるでそのことを感じさせない。

「バラしてみれば案外違うのかもしれん。
 いや、確実に違う事は間違いないか。
 一度試してみるか?」

物騒な呟きを漏らすも当分はその予定はない。
この世界はまだ底が見えない。
浅慮で拘束される危険を冒すのは余りにも愚かというもの。

モルガーナ >   
彼女の世界のヒトと比較した場合、似ているだけで違うものであることは明白だ。
完全に同じであれば必然的にある程度は似通った周期となる。
肉の呪い、あるいは祝福というものは個人差を加味しても
生物、種族としての時を定める物だからだ。
星の腕や霊界干渉、魔素の生物への影響等は勿論、
他種族から与えられる影響など事細かく見ていけば
全く違う生き物であることは間違いない。
けれどそう一口で否定しきれないほど、
彼らの生活様式は根底部分が似通ったものだ。

「知れば知るほどこの世界は判らなくなる。
 まさかヒトが圧倒優位であった世界など
 想像すらしていなかった事は認めねばなるまいて」

彼女の世界では歴史から見ても、そして現実から見ても
ヒトとは弱く、力の無い者たちの象徴。
姿こそ龍族に近いとは言えヒトと龍の間には絶対的な差と
埋められない溝があり、それを埋められるとは考えすらしなかった。
彼女の統治は百年にも満たず、数百年にも及ぶ歴代皇帝と比較しても
決して長いとは言えないがたまに……此方で言う勇者などという存在が現れる事はあった。
けれど他種族を圧倒できるほどの能力があったとしても
龍族の前ではあまりにも無力な存在。それがヒト。
そのヒトすら此方の世界では強者たり得るだろう。
単純に何日も活動し続ける体力を持つというだけで
この世界においては脅威となりうる。
単純な身体能力で比較すれば間違いなくヒトに軍配が上がるだろう。
けれど、彼女にとっては此方の”人”は
弱さを差し引いても言葉では言い表せない惹かれるような何かがある。

「……力なき骸の種族という認識は改めねばならんか」

いや、もしかすると、
”ヒト”もそのような存在ではないのかもしれない。
ただそれに目を向ける者が居なかったというだけで。

モルガーナ >   
「……美しいな。この世界は」

東の白み始めた空を眺め呟く。
未だこの美しさが何に起因するのかは分からないが
暫く此方の物差しで世界を眺めてみようと思う。
少なくともすぐに飽きる事はない。
何故ならまだ、この世界の一端にしか触れていないのだから。

「此方に来てからというもの、胸の高鳴りが収まらん。
 嗚呼、楽しみじゃ」

――浮足立つ思いはあれど、ひと先ずは今は少し眠ろう。
幸か不幸かまだこの体はこの世界と同じ時で動いてはいないが
ここ数か月、慣れない環境に気を張りっぱなしだった。
転寝程度では眠気はそうそうとれるものではない。
幸いにも時間はたっぷりある。
ゆっくり眠ってからでも遅くはない。
遅かったとしても、それはそれで楽しめればいい。

目が覚めたならまた、心行くまで世界を感じよう。
そう心に呟き、白竜は再び瞳を閉じる。
自分を取り巻く隠蔽魔術も、其れの走るこの世界の空気も
そのいずれをも楽しむかのような表情で。

ご案内:「大時計塔」からモルガーナさんが去りました。