2015/10/11 のログ
ご案内:「委員会街 公園」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 「ふう」

(一息つく。整備され、穏やかな静けさが佇む公園のベンチの一つ。
 腰掛けて、メモにペンを走らせる姿がある。

 学園祭、美術館の企画展への協力、交わされた約束のいくつか。
 几帳面にリストアップされた項のひとつひとつにチェックをつけて、整理し、計画を練る。
 左手に持ったペンでこめかみを掻き、黙して考える。
 そうしてまた、再び書き物)

ヨキ > (ひどく整った筆跡で書き連ねていた文字が――
 不意にがくりと滑って尾を引き、ペンを取り落とす)

「ぬ」

(一瞬の、何が起こったのか自分でも判っていない顔。
 膝の上を転げて地面に落ちたペンに気付いて、拾い上げる。
 眉を下げて、もう一度こめかみを掻く)

「…………。『間もなく紅葉シーズン到来』、か」

(テレビが言っていた言い回しを引いて、覆い茂る木々を見上げる。
 曇り空の下、葉は鈍い色に陰って未だ色づく様子はない)

ヨキ > (目を伏せる。
 瞼の裏側の、肉の色をした暗い紅に交じって、鮮やかに燃え立つ赤が浮かぶ。
 居心地悪そうに緩んだ唇の隙間を、舌が小さく舐める)

「『誕生日』。……誕生日ね。ヨキの」

(その語は記憶の底に刻まれて、埃を被った今でもくっきりと残っている。
 戯れに生徒へ教え、祝われたこともある。『おめでとうございます』。
 気分を塗り替えるにはまったく最適だ。
 年を経るごと祝われ、秋風に伴って剥落し、また祝われる。

 自分がこの世に産まれ出でたことを)

「………………、」

(どこまで行っても死人。

 ヨキは知らない。
 自分にとっての『健常』が、常人にとっては身を横たえざるを得ない倦怠に等しいことを)

ヨキ > (メモとペンを掴んだ手を、膝の上に置く。

 獣として悠久。人の姿を取って、十年と少し。
 それでいて――

 ヨキは『自分自身が生きた時間ではない、ある男』の二十年あまりの生を、ありありと『思い返す』ことが出来た。

 紅葉の赤。枯山水の白。御堂の黒。法具の金。響き渡る声明、声明、声明、聖性。
 覗き込んだ池に映る顔。髪のないヨキ。『ヨキに見えてヨキでない男』。
 人びとの救いを求める声。纏わりつく嗚咽。紅葉の赤。秋の野山。

 ――向かい合った黒い獣、その巨大な口。

 紅葉とそうでないものの赤)

「……ふ、」

(咳き込みそうになるのを堪える。
 傍から見れば昼寝をしているようなその格好で、伏せた金の眼差しが暗く光る)

ヨキ > (かの憎き僧の喉笛を引き裂き、腹を潰して頭から呑んだ時点で、勝利したのはヨキだった。
 しかして如何だ。この錆に苛まれ、首を落とされたとて死なず、常に餓え、餓えては苦痛に律される姿は?

 『お誕生日おめでとうございます、ヨキ先生』。

 ヨキ。
 それもかつては自分の名でも何でもなかった。
 呼ばれる名など必要なかった獣に下された、呪いの体現。ヨキと呼ばれることの楔)

「……めでたくは、思えんなあ」

(擦れた声で呟く)

ヨキ > (この泥濘の底から這い上がる手立てはない。
 『どのようにしたって』蘇ることには既に厭いたし、手掛かりが見つかるとも思わない。
 呪いが漱がれるということはつまり、『ヨキ』としての生が絶たれることだ)

「秋か」

(後にも先にも、絶え間なく乗り切らざるを得ない季節の気配に息を吐く。
 朽ちた紅葉にも似た錆の色。全身をくまなく巡る錆色の血)

「……仕事に支障を来す訳には、行かん」

(動いていなければ、それこそ錆び付いてしまう。
 重い腰を上げて、次の用事を済ますべく公園を後にする)

ご案内:「委員会街 公園」からヨキさんが去りました。