2016/06/11 のログ
ご案内:「学生通り」に風花雪月さんが現れました。
風花雪月 > 昼下がり。
人々が行き交う学生通りを、小走りで通り抜けていく影があった。

白い髪に、宝石のように輝く紫色の瞳。
何処かミステリアスな雰囲気を感じさせる美しさを持った少女である。
まるで初夏の町中にぽつりと降り落ちた一片の雪のようなその少女の表情は、
真剣そのものだった。


一つ一つ路地裏を覗き込みながら、虚空に向けて彼女はこう口にする。

「デラックスねこたま3号~? デラックスねこたま3号~!」

繰り返しになるが。この少女の表情は真剣そのものである。
ほんのりと頬に赤みがさしているような気がしなくもないが、
じっくりと近くで見なければ気づかないだろう。
このような町中で、謎の呪文の如き何かを叫んでいる人間を見れば、多くの人々は驚き振り向くことであろう。
そしてこう思う。『何なのだあいつは、と』
だが、人は慣れていく生き物だ。

『あら雪月ちゃん、今日もお仕事頑張ってるのねぇ~』
ふっくらとした愛想の良いおばさんが手を振り。

『おーおー、今度は何探してんだい? またワニが逃げ出したんじゃねぇだろうな~?』
つるりと毛の無い頭に、白い鉢巻を巻いた店先のおじさんが笑いかける。

つまる話が、この風景は学生通りの日常の一つであった。
様々な人の笑顔に右手を小さく挙げて応えていく雪月と呼ばれた少女。
こちらも慣れたものである。彼女の笑顔は、ほわほわしている。

風花雪月 > 学生通りを端から端まで制覇するその一歩手前で、少女はようやく走るのをやめた。
そのまま近場のお店の壁に背を預けて、少し休む姿勢をとる。

「水飲み場になりそうな公園に居なかったし……はぁ、一体デラックスねこたま3号は何処に……」

肩を落として、溜息をつく雪月。
その様子を、通りゆく人々がちらりと目をやりながら通り過ぎていく。
『がんばりなよー』 『ファイトよ、雪月ちゃーん』『仕事終わったら遊びに行こうよ~』
笑顔と共にそんな声が聞こえてくるが、実際に手を貸してくれそうな人間は居ないようであった。
皆忙しなく学生通りを通り過ぎていくばかりだ。


「この近くに居るはず……なのになぁ」
少女が視線を落としたその左手の内には、未だ皺一つない張り紙が何枚かあった。
その中央には、自分以外の全ての存在を見下しているような、そんな偉そうな表情の猫――猫が
そのような表情をするのか甚だ疑問であるが、写真を見た常世学生10人の内9人は『偉そうな猫だ』と感じるであろう――
が、高級キャットフードをくっちゃくっちゃと食している写真が掲載されている。
その写真の下には【猫を探しています 名前:デラックスねこたま3号 5歳 オス(去勢済み) ぽっちゃり系】と
書かれている。
ぽっちゃり系とは便利な言葉だな、と。雪月は思うのであった。
なんとも曲者感漂う猫ではないか。

そうやって通り過ぎていく人々を見れば、自然と溜息も出ようというものだ。
手伝ってくれる人が居ればどれだけ楽だろうか。
勿論好きでやってることではあるのだけれど――。

風花雪月 > 『お、名探偵ポワポワじゃねーか』
突っかかってくる男子。
名探偵ポワポワ。
正式名称、ペット名探偵ポワポワ。
それこそが、彼女の呼び名であった。
推理小説の主人公の名前をもじって、勝手につけられたものだが。

「ポワポワじゃないです! 風花雪月です、か・ざ・ば・な・ゆ・づ・き!」
もう、と腰に手をやり柳眉を逆立てる雪月。
しかし全く迫力が無い。対し、失笑する男子。

『そんなぽわぽわした顔で怒られても、ぜーんぜん怖くねぇぜ~?』
けらけらと笑いながら、去っていく男子。

「か、顔って! ちょっと! ぽわぽわした顔ってどういうことですか~っ!」
黙っていればミステリアスな魅力を湛えた顔であろうに、雪月の場合はその顔が
バリエーション豊かに変わってゆくだけでなく、それぞれが何とも言えないゆるい感じであることから、
男子のいう言葉も頷けないものではなかった。

声だけは張り上げるものの、もう追いかけるような元気もなく。
三度溜息をついた後、道行く人達に張り紙を見せながら、
雪月は猫の行方を探し続けることとした――。

風花雪月 > 『あ、ポワポワだ~! 手品見せてよ手品~!』
ちょっとちゃらい感じの、二人の女学生がやって来た。
猫についてはさっぱり知らない様子。

「えぇ……私今、仕事中なんですけど……ていうかポワポワじゃないんですけど
 ……雪月なんですけど……」
正確には部活……もとい、研究会の活動中なのだが、
報酬を貰うので仕事といえば、立派な仕事だ。
そう、彼女は探偵研究会の一員なのだ。
名『探偵』ポワポワの名は、伊達ではない。

『この子がどうしても見たいって言っててさ、お願い、ね? ちょっとだけっ』
両手を合わせて頼み込む女学生に、小さな鼻息一つ。

「しょうがないですねぇ……じゃあ、ちょっとだけですよ?」
そう言って雪月がポケットから取り出したのは一つのピンポン玉。
右手の人差指と中指で挟んだそれを、女学生の顔の近くまで持っていく。
種も仕掛けもありませんよ、と言外に伝えているのだ。

『あ、知ってる! それピンポン玉が増えるやつでしょ!?』
雪月に語りかけてきた女学生が、指をさしてそう叫ぶ。
雪月にとって、そういう反応はちょっとやり辛いものであるが。
心に浮かぶあれそれを、押し殺し。押し殺し。
正直なところ、ピンポン玉を増やして終わりにしようと思っていたのだ。
それで満足して帰ってくれると思っていたのだ。その読みが甘かった。
仕方ない、それではプランBで、と。頭の中で思い浮かべる雪月。

「そういうのも、ありますね」
ほわっとした笑顔を浮かべながら、雪月はピンポン玉を左手でさっと隠す。
隠すこと数秒。左手を取り払った先、女学生らの視界に映ったのは一羽の
白い鳩であった。鳩はばさばさと羽ばたいて、空へ飛んでいった。


『すごーい!』
飛び去った鳩を呆然と見送ること数秒。
止まっていた時が動き出したかのように拍手する女学生達。

「いやぁ、それほどでも……」
でへへ、と何ともみっともない顔の雪月。
実際褒められたのは嬉しいらしかった。

『また今度友達連れてくるから~』
笑いながら手を振り去っていく女学生達。

「え~、ちょ、ちょっとぉ……」
おひねりは、と。
続く言葉は出さずに、雪月は聞き込みを再開することにした。

風花雪月 > 「あ、どうもどうも~」
別の人々から手渡しされたおひねりに笑顔を振りまきつつ。
雪月はふむ、と考えこんだ。さて、どうしたものか。

探偵研究会の仕事を、彼女は本気でやっている。
裏の顔は裏の顔、表の顔は表の顔だ。
どちらも全力投球が彼女のモットーであるが故に。

『ニャ~~』

「でもなぁ、色んなとこもう探したんだけど……」

はて、まだチェックしていない場所はあっただろうか。
屋根の上なども全部見て回ったはずであるが……。

『ニャ~ニャ~?』

「さっぱり見つからないのは一体なぜ……いつもだったら、もっと
 早くみつかるんだけどなぁ」

溜息をまた吐きかけて、それを飲み込んで小さくガッツポーズをする雪月。
気合を入れるぞ、と言わんばかりに。

『ニャ~ニャ~!』

「あ~、もうニャーニャーうるさいですよ猫さん! 私は真面目に
 ……って、猫さん?」

『ニャ~?』

「で、デラックスねこたま3号~~~っ!」
びっくりして飛び上がる雪月。
なんと探していた猫が、彼女の足元に来ていたのだ!
何とも憎たらしい表情を浮かべながら、見下すように雪月を見上げていた。
何とも器用な猫である。

「はい確保」
でっぷり太った猫の身体を黒い手袋越しにひしっ、と掴んで――
そう大きくはない胸に彼を抱き寄せると、雪月はその場を後にする。

「全く、もう飼い主さんを困らせちゃダメですよ~? あぁ、疲れた……」

『ニャ~』

猫は無愛想ながら鳴き声で彼女の言葉に返した。
でっぷり太ったそいつは肉球で彼女の胸をぽんぽんと。
まるで慰めるかのような仕草ではないか。
そんな猫の様子に、ふっと笑みを浮かべて。
雪月は歩き出す。

【ああ、やはり『表の日常』もいいものだ】
光あるところに影あり。影あるところに必ず光あり。そして――
灯台下暗し。そんな言葉が雪月の頭に浮かんでは消えていった、
そんなある日の昼下がりの、出来事であった――。

ご案内:「学生通り」から風花雪月さんが去りました。