2016/06/23 のログ
蘆 迅鯨 > 「(……お前、ホント変わってねェな。俺には勿体無ェくらいだ)」

迅鯨も剣埼の腕の中で、ようやく彼女にも、友人や教師の前で見せるそれと同じ人懐こい笑顔を見せた。
それを見れば、剣埼も安心したような様子で迅鯨を抱いていた両腕を解くと、
目から赤いインクを流しつつ、くすくすと笑う。

「やっぱリ、迅鯨さンは優しいワ。私は気にしてないのニ……こうしてあヤマルためニ、あオウとしてくれテ」

「そりゃあお前……俺が本気で謝ろうとして、メールで済ますわけにゃいかねェだろ」

照れくさそうに後頭部へ右手を遣る迅鯨。

「それで、さ……」

「何かしラ?」

しばし間をおいて、迅鯨は。

「剣埼が……今、俺にしてほしい事って……何なんだ?」

蘆 迅鯨 > 「決まってるじゃなイ」

剣埼もまた、ほんの少し間を置いてから語り出す。

「迅鯨さンにハ、前みたいにずっと元気でいてほしいワ。
私のことヲいツマデも気に病む必要なんてないかラ、卒業するまデ……いイエ。
卒業してからモ、私の好きナ、明るくて元気な迅鯨さんでいてほしいのヨ。
……できたラ、もっと私といッショにいテほしいけド」

「(……そうか……そう、だったのか)」

迅鯨が自らの異能で傷つけてしまった剣埼と距離を置こうとしたように、
剣埼もまた、迅鯨が過去の事件をずっと引き摺っていることが気掛かりだった。
――どうして今まで、そこから目を背けていたのだろう。
彼女を一人にしてしまっていたのだろう。答えは明白だ。
これ以上剣埼を傷つけたくはなかったし、何より自分が傷つきたくなかった。
しかし、もう目を背けて逃げ回る必要などないのだ。

「わァったよ」

それだけ言うと、迅鯨は先程剣埼が自分にしたように、両腕で彼女を抱き寄せた。
剣埼の目から溢れる赤いインクが、自らの着衣を汚すのも厭わずに。

蘆 迅鯨 > 「これからは……剣埼の」

「麻耶」

傍にいる、と言おうとした途端、剣埼が――麻耶が訂正する。

「今度かラ、私のことも名前で呼んデ。もウ、二年モおトモダチなんだかラ。私だケ名前で呼ぶのハ不公平でショ?」

「……そうだな。麻耶の、傍にいる。危ねェ事もしねェ。俺は……麻耶のダチに相応しい奴に、なる」

頬を赤らめ、やや恥ずかしげな表情を見せながらも、麻耶に対してそう宣言する。
迅鯨が本当の意味で麻耶の友人として相応しい人間になれるのがいつになるかは分からない。
今までの行いを顧みれば、そう容易い道のりでもないだろう。
しかし。人は変われる――迅鯨の周りには、そう教えてくれた人々がいた。
だからこそ、こうして宣言するのだ。迅鯨にとっての、一番の友人の前で。

蘆 迅鯨 > 麻耶を抱き締めていた両腕を、ゆっくりと解く。

「……そうだ、ハラ減ってるだろ。どっかメシ食いにいこうぜ。今日は俺の奢りだ」

「えエ。迅鯨さンといッショにご飯食べるノ、久しぶりだものネ。でモ、おゴルのは駄目ヨ。おトモダチだもノ。私の分は私が払うワ」

あの事件が起きる前は、迅鯨と摩耶は寮までの帰りに外食をとることもあった。
そして今日、随分久しぶりに二人で食事へ向かうことになる。
お互い、話したいことは山ほどあるだろう。何から話せばよいだろうか――
そんなことを考えながら、二人は手を繋ぎ、夕暮れの学生通りを歩いてゆく。迅鯨の左手と、麻耶の右手。
「(『自分自身に正直に』……か)」

繋いでいない方の右手を握りながら、迅鯨は自らを変えていこうと決意するに至った言葉を思い出す。

「(『堂々としていれば、それだけ結果はついてくる』――だよな、せんせ。俺……頑張るぜ。せんせにも、麻耶にも……恥ずかしくねェようにさ)」

そして、今この瞬間からの迅鯨の日々は、
ほんの少し――しかし、間違いなく――変わり始めようとしていた。

ご案内:「学生通り」から蘆 迅鯨さんが去りました。