2015/09/19 のログ
『室長補佐代理』 > 「ふー……」
 
缶コーヒーを片手に、公園の隅のベンチで休むザンバラ髪の男が一人。
指定の制服の上に羽織ったコートと、公安委員会の腕章から所属が知れる。
この男は基本的にデスクワークが中心であるため、普段それほど外回りはしない。
まるっきりしないわけではないが、部下の存在のお陰で比率はガンガン下がっている。
故に、たまに外に出ればこの有様であり、細かく休憩を挟みながら諸々をこなすといった具合になる。
男は体力に自信があるほうでもなければ、運動神経がいいわけでもないのだ。

『室長補佐代理』 > 担当している監視生徒を訪問して回り、学生街から商店街まで、一通りぐるりと逍遥した。
本当は数日かける仕事なのだが、そんなことをしていたらテスト勉強ができなくなる。
男とて学生である。文武両道を謳うわけではないが、義務として勉学には励まねばならない。
他にも山積しているレポートやら何やらもそれこそ山ほどあるのだ。
期日が近づいているものから順繰りに片付けていかなければ、とてもではないが首が回らない。
故に本当は今休んでいる時間すら勿体ないのだが、先も述べたように男は体力には自信がない。
一度休養の為に根を張ってしまえば動き出すまで今しばらく時間が掛かる。
だからといって休まず働けるわけもなく、妥協としてこうして小休止と相成るわけである。
これで最低でも小一時間は此処から動けない。
男もそれは自覚していた。他でもない己の事である、それこそ深く理解していた。
時間がない現実と休養無しで動けない身体の現実。
二つの現実に板挟みにされて、男はぐったりとベンチに背を預ける。
眉間には、自然と皺が寄っていた。

『室長補佐代理』 > 深くベンチに身を預けながら、左手に持った缶コーヒーを啜る。
コクも旨みもあったものではない安物で、苦味以外に何の風味も感じられない。
だが、その激烈な苦味が疲弊した体に喝を入れてくれるような気がするのである。
十中八九プラシーボ効果だが、実際に効いている気がするのだからそれでいい。
真実など都合がいい虚実と事実の前では些末事以下だ。
チビチビとコーヒーを啜りながら、向く視線の先は常世公園自慢の溜池である。
水際のレジャー施設にあるべきものがあるだけ並んでいるそこは、昼時とあってか、それなりに賑わっている。
歓談のざわめきがこちらにまで届き、利用者の顔には笑顔が浮かんでいる。
それを見れば、自然と男の口端にも笑みが浮かぶ。
たまにはこういう昼下がりも悪くない。

『室長補佐代理』 > 男は公安委員である。
調査部の、それも別室という末端も末端ではあるが、一応公安委員だ。
己の職務に対して理想がないといえば嘘にはなるが、それでもどちらかといえば現実に寄った職員である。
まぁ、ようはシニシズムとニヒリズムの狭間をうろうろしている小役人だ。
それだって所詮は人間である以上、一つの指向性に完全に寄れるはずもない。
己の職務の結果として守られた平和が目前にあれば、それがエゴであるとは知りつつも、達成感のようなものは仄かに浮かぶ。
実際はそれは自分の働きとは何の関係もないのだが、自分の仕事もそれに爪先程度は貢献できたのかもしれないと思えば、悪い気分ではないのだ。
別に己の働きの結果を期待しているわけではない。
だが、そう脳裏に欠片でも思い浮かべた時点で、結局は成果を見ているのである。
なら、それは無自覚な期待でしかなく、その辺りは男がいまだ脱却できない童心の片割れなのであろう。
理由はどうあれ、目前の平和な昼下がりを眺めて、男はそれなりに穏やかな気分になっていた。
これも巨大な常世島の日常の一側面でしかないということはわかっているが、元から男の管轄はその一側面である。
なら、それが脅かされていないのなら、それは喜ぶべきことなのであろう。

『室長補佐代理』 > 実際、今の常世島は概ね平和だった。
問題らしい問題は見当たらず、どれもこれも島の片隅で起きていることだ。
今までもそうだったといえばそうであるが、男の主観からすれば今現在は以前に比べても、殊更平和といえる。
何せ、男の身の回り、特に管轄するべき部分では、何も起きていないのだから。
男からすれば、管轄外の事などそれこそ対岸の火事である。
いや、見渡せる場所にないのだから対岸ですらない。
そうなれば、最早無関係もいい所だ。
平和など、所詮はその程度のものである。
この世の平和など、その程度の取るに足らないものだ。
元来、平和とは、至極身勝手で主観的な物言いなのだ。
所詮そんなもの、今身を焼かれていない全てのものにとっての現状でしかない。
それを手に取って『尊い』などと言うつもりは男にはない。
だが、自分の手元にそれがあるのなら、それなりに大事に扱おうと思う程度には人並みであった。

『室長補佐代理』 > その程度には男は一般的であったし、主観的でもあれば、実際的でもあった。
男は平和に夢を見ず、至上のものは期待しない。
清も濁も程々であればそれでいい。男は潔癖症の夢想家にはなれない。
一度溶け合ったミルクとコーヒーを分離しろだなんて無理難題、考えるだけ馬鹿らしい。
その味に慣れるか違うコーヒーを頼んだ方が億倍健全だ。
何事も自責で済ませれば結局、最終的に一番己が楽になるのだ。
どうせこの世界を受容するのは自分でしかない。
なら、自分の責任で何もかも考えて動いたほうが、何事も効率的であろう。
簡単な方程式である。
それが、男の思う『我思う故に我在り』であり、男の行動動機の根源であった。

『室長補佐代理』 > 恐らくは、誰もがそうであるからこそ……己の手元に平和があればそれを守り。
己の手元にそれが無ければ、奪ってでも手に入れようとするのだろう。
誰もが分かっているのだ。
この世の平和には、平穏には……幸福には限りがある。
幸福の源が資本であり、その資本の源が物資である以上、これが揺らぐことはない。
いくら御高説を垂れたところで、死を救いと嘯くのは持たざるものだけだ。
持たざる者は持てる者となった瞬間に、そのほぼ全てがあっさりと宗旨替えをする。
お為ごかしを抜きで考えれば、結局、手元に『モノ』があれば、それに縋るのだ。
心なんてものは肉体の付属品でしかない。
ならば、肉体の欲求が全て満たされるのなら……それこそ、心などいともたやすく変容する。
 
だからこそなのか。
男は悪には理解をもっていた。
持たざる者の嘆きを理解していた。
 
そして、その上で……いともたやすく、踏みにじっていた。
 
男もまた、手元のそれを明け渡すつもりがない故に。
自分の取り分をわけてやってまで、迎合を嫌う連中に阿る必要はない。
自分が我慢しているのに、どうして我慢していない連中にそれをわけてやらねばならないのか。
それこそ単純に、道理が通らないのだ。

『室長補佐代理』 > 頭を振って、立ち上がる。
やはり、休んでいると余計な事を考える。
これ以上考えると『隣人』がでしゃばってきそうだ。
このあたりでやめておこう。
 
『隣人』のものとなって久しい、動かない右腕を一瞥してから、時計を見る。
休み始めてからだいたい一時間半を過ぎ、そろそろ二時間になろうかというところ。
ぼちぼち切り上げ時だろう。
 
重い腰を漸くあげてベンチから立ち上がり、軽く首を回す。
小気味良い骨の組み合う音が体内から響き渡り、それこそ骨反射でもって耳朶を打つ。
体の調子を軽く確認してから……男は一度だけ、溜池の学生たちを見る。
当然、そちらは男のことなど、一瞥すらしていない。
それを見て……男はいかにも満足気に口端を吊り上げてから、ゆっくりとその場を後にした。

ご案内:「常世公園」から『室長補佐代理』さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に白椿さんが現れました。
白椿 > (まあひとことで言うと赤提灯である。
公園脇の屋台にて日本酒で一杯やりつつおでんをつついている狐の姿があった)

白椿 > ……うむ、極上の揚げも良いが、おでんの厚揚げも巾着もやはり良いの。
いうなれば揚げは全て良いであるの。

(人形の割にこういうところでいっぱい引っ掛ける辺りは狐である
まずどう考えても戦闘を目的とした系統の機体がやることではない)

ダリウスも何やらしばらく篭っておるしの。
我としてはやはり暇であるの……うむ
む、おじゃがもあるのかや。やはり貴重なものは食べたくなるであるな

(おでんでじゃがいもは貴重品である
なぜなら足が速いためにあまりお目にかかりにくい
すぐ煮崩れて出汁を汚してしまうために長くおいておけないので廃棄になる可能性が高く、商品として置きにくいのだ

そのため、コンビニ等ではめったにお目にかかれない手作りならではなのである)

白椿 > うむ、善き哉……やはり良いの

(日本酒をちびちびと傾けつつじゃがいもをつつく狐
絶世の美女としてのデザインであるにもかかわらずこういうところでも似合うのは狐ならではであろうか)

うむ、そのロールキャベツをもらおうかの。

大根も美味であるがアレはアレで後半に回すのでな
この味ならはんぺんも良い物をつかっておるのであろ……それはそれでとっておこうと思っての

(だいぶ食う気である)

白椿 > ……む。
牛すじは……悩みどころであるの
勿論良いのであるが、順番を考えねばならぬ……

(とりあえず大根、はんぺんと後回しにした以上、しらたきも後回しである
牛すじは出来ればその後に回したいのだが今食べたい気もする
だが牛すじは割と流れをきってしまう気もするので、考えあぐねているのだ)

白椿 > うむ、ぐっとこらえてまずは黒はんぺんにしようかの

(黒はんぺんとはいわしのすり身で練ったはんぺんである。
ドコにでもあるというわけではない
一般的なはんぺんとはまた違ってじゃこ天などに近い

この狐のデータベースは何を元にしているのか謎である)

白椿 > ……うむ、トマトなどいろいろ食したいところであるが、ま、此処から先はほぼ確定かの

(此処から先は、大根、しらたき、はんぺん、牛串である
他に気になるものがないといえば嘘になるのだが、食い過ぎである
そもそも酒のつまみのつもりがメインになってしまっている
おでんが憎い)

白椿 > ……うむ、すっかりまじめに食してしもうたの

(よく出汁の染みこんだ柔らかい大根、間にたっぷり汁を保持したしらたき、
半分ほどトロトロに浸かったふわふわのはんぺん、締めに牛串

うむ。
一杯引っ掛けるだけのはずが明らかに食事になっておる)

白椿 > ……まあ、思いがけず美味であった
あるじ、佳い仕事をするの

おかげで思うた以上に食してしもうたである故、今後共機会があればよろしゅう頼むぞ。

(屋台なので延々長居してもいい……客がいるほうが入りやすいことを含め……のだが、完全に食事になってしまったため
かえって長居、という感じではなくなってしまった
うむ、この屋台は贔屓にすべきであるの。

まだ食べてみたい変わり種などもある
次に来た時に食べよう
そう誓いつつ、屋台をあとにする狐だった)

ご案内:「常世公園」から白椿さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に嶋野陽子さんが現れました。
ご案内:「常世公園」から嶋野陽子さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に倉光はたたさんが現れました。
倉光はたた > 白い髪の少女――倉光はたたは公園へと訪れていた。
特にあてなどない、いつものような徘徊、もとい散策である。

プラプラ~と効率の悪い歩き方で公園内をうろついていると、
備え付けてあるベンチ――のある上にある物体に目が止まった。

あれは……たしか……、

「ねこ!」

茶トラの猫が丸まって眠っていた。
はたたの声に目を覚ましたか――パチリ、とまぶたを開いた。

「………………ん!」

目が合う。
お互い固まって動かない。はたたも猫も。
二匹の間にしか通じない緊張感のようなものが唐突に発生した。
どこかでスズメがひちひちと鳴いていた。

ご案内:「常世公園」に白鷺 奈倉さんが現れました。
倉光はたた > 猫は伏せた姿勢でこちらを強く睨みつけている。
どうやら警戒心の強いけものだということがはたたにもわかった。

「ゥルルル……」
「……、ぅるるる……」

上が猫、下がはたたの声である。
はたたは単に音を真似ただけなので猫のような凄みはない。
別に威嚇したいわけでもない。
どうにか警戒を解いていただけないだろうか?

「…………!」

考えたすえに、猫のようにべたーと四肢を曲げて地べたへと伏せてみることにした。
明らかな奇行を特に見咎めるものは周囲にはいなかった。

白鷺 奈倉 > 「猫さん、じゃあないッスよね」

けらけらと笑いながら軽薄な笑みを浮かべて一歩一歩とはたたに歩み寄る。
さながら猫に向かい合うように、警戒されているのを前提で少しずつ。
地べたに伏すはたたと猫をぼうっと楽しげに眺めながら小さく問いかける。
自分のせいで猫に逃げられたら申し訳ないッスねー、と胸中で一人言ちつつ。

倉光はたた > 新たな人物の登場に、警戒心をむき出しにしていた茶トラの猫は
ベンチから降りてその下へと潜り込んでしまった。

「んっ!」

猫の反応からその接近に気づき、四つん這いの姿勢のまま跳躍して
奈倉へと向き直る。
背中の翼状突起が揺れた。

「はたた、にんげん、です」

スック……! と立ち上がる。
両手が猫手のまま掲げられている。
顕になったTシャツ胸部には『策士』と力強く書道されていた。
奈倉に向かいながらも、目がチラッチラッとベンチに隠れた猫を追っていた。

白鷺 奈倉 > 「こりゃ失礼したッスね、はたたさん」

猫手の策士が立ち上がるのと同時に自分の危惧が当たってしまったらしい。
茶トラを少し背伸びをしながら見遣った。
新たな登場人物は薄笑いを浮かべながらスイマセン、と小さく頭を下げた。
ゆらり揺れる翼状突起を目を細めてじいと見た。

「猫さんに逃げられた、とかそういうあれッスかね」

猫のような機敏さを見れば目を丸くした。
遠くの茶トラにおうい、と呼びかけてみるも反応はない。
残念そうに肩を竦めてはたたににへらと笑顔を向けた。

倉光はたた > 「…………ゥルルル……」

やや前傾姿勢になって唸り声を挙げる。
さっきの猫の真似である。先ほどとは違い威嚇の色が強い。
猫との対峙をじゃまされたのでご機嫌ななめなのだ。
しかし頭を下げて謝意を示したのを見れば唸るのをやめた。

「ねこ、さわる……できない、むずかしい。
 ねこ、はたた、きらい」

真剣な表情でたどたどしく言葉を繰る。
はたたは外出した時動物の類を見かければ追いかけていたのだが、
満足に接触できた機会はほとんどなかった。
自分が動物に好かれない存在らしい、というのを薄々感じ取ってはいた。

白鷺 奈倉 > さながら──猫そのもののようなはたたにスイマセンとまた繰り返す。
猫の機嫌を取るのは年頃の女子をデートに誘うよりも難しいらしい。

「スイマ──、ん?」

ご機嫌斜め一転真剣な策士の様子に面食らったように驚いた。
猫を触れない。猫が嫌い。
はて、何ゆえかと思案をひとつばかり。
暫し逡巡を挟んでひとつ、口を開いた。

「猫さんは気紛れッスからねー。
 嫌いにならないでやってくださいよ。
 野生の動物、ってのは大抵はそんなもんッス。
 ほら、はたたさんも知らないヤツに突然はなし、かけ、………」

例え話をしようとした瞬間に自分がその知らない奴であることに気づいた。
あちゃあと頭を抱えながら、また困ったように笑った。

「知らないヤツに突然話掛けられたら嫌ッスよね?
 俺はちょっと苦手、なんスけど。話し掛けるのは、好きで。
 そういうのと同じじゃないんスかねー。猫さんは気紛れッスから。

 はじめまして、奈倉、ッス。白鷲奈倉。怪しいヤツではないんスけど」

信じてもらえるッスかね、と目を細めた。

倉光はたた > 猫の構えをやめ、風を受ける柳のようにゆらゆらと揺れ始める。

「しらないやつ……」
わかっているのかいないのか、奈倉の言葉を繰り返して
うんうんと首を縦に振る。

「なくら……しらさぎ、なくら!」
びしっ、と指を指して名前を復唱した。
どうやら人の名前を覚えるのに必要な儀式であるらしい。
こうしてあやしいヤツはしってる人となった。

そうか……『しってる人』なら!

閃きが降りたらしい。見えない電球が頭上で光った。
ベンチの下に隠れている茶トラのほうへと再び向きを改める。

「はたたです! よろしくおねがいします!」
猫に向けられた力強い自己紹介。勢い良く下げられる頭。
その声に茶トラ猫は――鳴き声も上げずにベンチの背後、植え込みの向こうへと姿を消した。

「…………」
唇を硬く結んで、無言のままそれを見送るはたたの姿があった。
心なしか背中の翼のようなものも垂れ下がり方に力がないように見えた。

白鷺 奈倉 > 「そうッス、白鷺奈倉。女みたいな名前ッスけどね」

知った人はたどたどしい言葉を並べるはたたをにこにこと楽し気に眺めていた。

そして次いだ自己紹介にあー、とまた困ったような表情を浮かべた。
所属する委員会でも学校生活でも似たような表情ばかりしているのに気付いた。
また眉を下げて笑う。

「猫さんは俺らの言葉がわかんない、ッスから。
 先に言っとくべきでしたね、スイマセン。
 猫さんは猫さんの言葉。俺らは俺らの言葉で話してるんス。
 猫さんが会話をしてても俺はわかんないッスからねえ。
 そういう異能を持ってるヤツがいる、とは聞きましたが持ってないッスし」

はたたの傍までひょこひょこと歩み寄る。

「スイマセン、猫さんなら次はご飯を持って来たら仲良くしてくれるかもしれないッス。
 俺、言葉そんなにうまくないんで伝わってるかわかんないスけど」

現代文も散々な点数ッスからねー、と軽口をひとつ叩きながら笑顔を向ける。
片手にだけ嵌めた手袋を弄びながら腰を少しだけかがめる。
猫と同じ高さで視線を合わせるコミュニケーションの模倣。

「次は猫語をマスターすればいいかもしれないッスね。
 相手に伝わるように──俺も苦手スけど、少しずつ」

先刻の機敏な動きと猫を真似たはたたを思い出しながらにへらと笑う。
冗談めかして、またスイマセンと頭を下げた。

倉光はたた > 近づいて人好きのしそうな笑顔を向ける奈倉に、
じっと視線を合わせて、彼の言葉を聴きながら小さく首を揺らす。

「スイマセン」
奈倉と同じ抑揚でそう口にして、ぺこりと頭を下げる。
どうやら覚えてしまったらしい。
彼の言葉をどこまで理解できているのかは、
相変わらずいまひとつ読み取り難い。

「ねこさんのことば、はたたたちのことば……」
何度か瞬きして。

「はたた、むずかしい、にんげんの、ことば、も。
 ふわふわ、する……」
ふう、と疲れたように息を吐いた。

白鷺 奈倉 > 「そんなもんスよ」

返されたスイマセン、に少しばかり苦笑の色を織り交ぜる。
わかっているのか、わかっていないのか。
彼にはそう大した問題ではないらしい。互いに言葉を交わす。
それだけで中々に満足そうな笑みを浮かべた。

「言葉ってのは俺もきちんと使えてる、とは言い切れないッスし。
 あんまり考えすぎなくてもいいんスよ。
 おはよう、におはよう、って言えたらそう大して困んないッスし。
 はたたさんと俺、話出来てるッスからね」

にへら、と。
言外に大丈夫だ、と伝えるように。伝わってなくとも一先ずの自己満足を。

「練習あるのみ、ッスよ。
 一回ダメでも次はもしかしたら猫さんにもはたたさんの気持ち伝わるかもッス」

倉光はたた > 「…………。
 できてる、はなし?」

まるでその確証がなかった、と言うように、
奈倉の言葉にまた瞬きをする。
――実際に、そんなものはなかった。
人としての記憶や経験は不完全な情報としてしか持たないはたたの
繰る人語は、真似たり当てずっぽうだったりするものだったために。

そして数秒の間棒立ちのまま沈黙し――

「スイマセン……ありがとうございます」
ぎこちない調子で謝意を述べ、垂らした両手の拳をぎゅと握る。

「れんしゅう!」
そして、居ても立ってもいられないという体で駆け出して――ベンチを乗り越えて、
まっすぐ植え込みへと突っ込んでその姿を消した。

ご案内:「常世公園」から倉光はたたさんが去りました。