2015/08/19 のログ
ヨキ > 「仰せのままに」

(名を覚える必要はないと言われ、そう口にしながらに――
 脳裏には確かにその名が刻まれた。『永久イーリス』。
 口元に柔らかな笑みを湛えながら、細めた金色の瞳が、じ、とイーリスを見下ろす)

「………………、」

(彼女の言葉を一通り聞き終えた瞬間。
 胸中に、ばらばらだったパズルのピースが嵌まったような感覚があった。

 『私はこどもの将来を案じている』。

 自分はそうした母親と、正反対の言葉を聞いたことが――ある。
 他ならぬ、日恵野ビアトリクスの口から)

「……彼に絵を教えたのは、絵の道へ導いたのは、あなたですか」

(『ぼくは、離れるタイミングを逃してしまいました』。
 『ぼくは、絵が、好きでも、嫌いでも』)

(――『冒涜者』)

(イーリスへ顔を向けたまま、視線だけをビアトリクスに向ける。
 言葉にならない言葉を、感情の糸口を、彼の眼差しから読み取らんとするように)

ビアトリクス > 「私は、そんな無駄なものをわざわざ始めさせたりはしない。
 彼に与えたもののうち、興味を持ったのはクレヨンや色鉛筆だった。
 だから、私は、描画魔術――絵にかかわる魔法を教えた」

イーリスはぴたと、人形のように動かない。口元すらも、薄い笑みの形からは。

「さて、少なくとも、“続ける才能”はあったらしい。
 ――なら、これからも、続けなければいけない」

「ビアトリクスは、満たされようとしている。
 おまえが憎んでいた世界が、日常が、その喜びが、
 少しずつ、おまえのものになろうとしている――
 でもそれでは、駄目だ」

「一時の快楽に、惑わされてはいけない、そうだろう」


ヨキとイーリスの両名に視線を向けられたビアトリクスは、
さながら灼熱に置かれた氷が溶けるように、汗を流していた。
誰に視線を返すことも禁じられているかのように、ただ、俯いている。
耐えるように歯を食いしばるのが見えた。

ヨキ > 「……なるほど。
 絵画は魔術を修めるための手段、そのひとつであった訳ですね」

(イーリスから聴こえてくるのは、確かに女の声だ。
 だがその距離は、ヨキの聴覚を以てしてもなお遠く感じられた。
 その唇から笑みが薄らぎ、引き結ばれる。
 『一時の快楽』。ビアトリクスにとってのそれが何であるのか、ヨキは知らない。

 ビアトリクスは何も答えない。何も。
 高い身長から見下ろしていたテーブルの天板に、汗の雫が落ちるのが見えた)

「………………。失敬!」

(言い放ち、持っていたトレイをテーブルに置く。
 母子の答えを待つでもなし、無遠慮に椅子のひとつを引いて腰を下ろす。
 場所はビアトリクスの隣。ともにイーリスへ向かい合う形)

「ヨキは、あなたの行使する『描画魔術』の何たるかを存じません。
 不勉強にて僭越ながらお尋ねします。

 あなたは描画魔術を、『絵に関わる魔法』と仰いましたね。
 それでは逆に、『魔法が絵に関わる』とき……

 そこに、感性の『豊か』は必要とされませんか。

 音韻の確かさが、強大な詠唱を形づくるのと同じように――
 描画魔術とは、技巧の精緻によってのみ、完成されるものなのですか」

(はっきりとした声。
 テーブルの陰で、ヨキの左手がビアトリクスの背に宛がわれる。
 死角というほどではない。イーリスからも見える角度だ。
 それでいて、しかと彼を支えるように)

ビアトリクス > コキリ、と折れるように首が横に傾いだ。

「ヨキよ。私はこう見えても人にはくわしい。
 ゆえに、お前の言わんとすること、わかるぞ」

腰を下ろすヨキにも、ビアトリクスの背に伸ばされる手にも、
さして動じる様子はない。
驚いたりする機能は、おそらくヨキの目の前にいる人物には備わっていない。

ビアトリクスは、相変わらず硬く結ばれた唇を開く気配はなかったが――
無言のうちに、ほんの少しだけ、自らの意思で、ヨキへと身体を寄せた。

「『描画魔術』とは、
 描画されたものを活かす術、ではない。
 世界を認識で描画し、上書きする術、だ。
 そう、つまり、絵を描くように、術を執り行う――
 もちろん、それに、感性は必須だ」

思い出したように唇がパタパタと動き始める。
短く言葉を区切り、言い聞かせるような語調。

「だが」

「それは私が与える」

かくり、今度は首が前へと曲がる。
帳のように垂れる前髪が、口元までもを遮った。

ヨキ > (小さく笑う。
 その顔から優雅さは掻き消えて、常の不敵と不遜が滲み始めていた)

「畏れ多くも、このヨキめは誰よりも人間については浅学です。
 この喉が一を口にするとき、あなたはヨキの心中を十から百まで察するでしょう。
 恥を知りつつ申し上げます。それが獣の習性ゆえに」

(手のひらに、ビアトリクスの重みと熱が伝わる。
 揺らぐことなく、そこへ宛がわれたまま)

「『描画魔術』が通常の絵画とセオリーを異にすること、僅かながら承知しました。
 あなたは芸術家としてではなく、魔術の行使者として――彼に世界の見方を、認識の方法を指導する、と」

(紅茶を手に取る。ぐびりと喉を鳴らして潤す。
 発される声は明朗ながら至って穏やかで、テラスに満ちた喧騒に平然と紛れている)

「あなたが取捨選択し彼に授けた認識能力は、『描画魔術』においては定法として、最大限の真価を発揮するでしょう。
 実際のところ、ヨキは彼の中で構築された画法の着実さを評価しています。しかし――」

(前髪のヴェールを透かし見るように、金の双眸がイーリスを真っ直ぐに捉える)

「あなたが悟性、つまり思考と知性の上に認識する能力の指導者としては、これ以上ない実力者であることを認めます。
 その一方で、彼自身が『ひとりの人間として』持ちうる感性の行方を、あなたはいかがお考えですか。

 『あなたという指向性』によって操作された彼の認識能力を、ヨキは感性とは呼びません。
 彼を術者として大成させる一方で――彼の中での萌芽が期待される『表現』の在りようを、あなたは殺すおつもりですか」

ビアトリクス > 「ずいぶんと不祥の息子に肩入れをしてくれる」
曲げられた首が戻る。コーヒーカップを持ち上げ、その縁を舌でなぞった。

ビアトリクスが、イーリスの様子を伺いながら、
恐る恐る、ヨキへと視線を向ける。
情けない、懇願するような――どういった懇願であるかは伝わらない。

「殺す、とは。強い言葉を使うのだな。
 剪定せずに正しく生長する樹はない。
 人間はその未熟さ故に間違える。
 ここは一度の過ちは致命的となる、弱き人間にとって厳しい世界だ。
 ヨキはビアトリクスをどうしたい?」

何の感慨もうかがうことの出来ない、情緒に欠けた、機械音声のような語り。

まばたきをするか、一瞬でも意識が逸れるか。
その瞬間に、言葉とコーヒーカップと震えるビアトリクスを残して、イーリスの姿は嘘のように消える。

「私はビアトリクスを守りたい」

ヨキ > (イーリスを見据えた視線が、舌先の挙動を追う。そのうつくしい造りを。
 ビアトリクスからの視線に気付いて、横目で彼を見遣る。
 ヨキではその真意を計れなかったと見えて、イーリスに目を戻す。その顔は笑っている)

「生憎とヨキは、強い言葉と文法のほかを知りません。
 たおやかな語さえ強く用いるのが、このヨキです。

 ヨキは自然のままに伸びゆく樹木と、人の手からなる剪定の妙とに、それぞれに美が宿ることを知っています。
 あなたの美しい御手は樹木をさぞ優美に仕上げるでしょう――それが本当に、『樹木』であったならば。

 このヨキは、彼の教師です。教師の本分は『指導』にあります。
 指導とは生徒の先に分たれ伸びる道の無数にあることを指し示し、生徒の望む方角への進み方を導きます。

 ……だが、あなたの成そうとしていることは、あなたの思想からなる『善導』であるとヨキは考えます。
 そこに分たれた道は存在しません。善導者が示すものは、道であり、歩き方であり、歩調のすべてだ。
 思想善導の大義のもとに検閲された書物が、真に人間を育てることがないのと同じように。

 あなたはきっと、子どもが転べば助け起こしてやり、傷の手当をする善き母親でしょう。
 けれどあなたの言うとおり、世が押しなべてフェイタルであるならば、あなたは彼を助け起こすべきでない」

(そうして瞬きの合間に姿を消したイーリスの、残響めいた言葉に向かって口を開く)

「あなたが教えるべきは―――人は転ぶ生き物であること、傷が痛むものであること、その起き上がり方……傷の塞ぎ方だ。
 …………、」

(唇を閉じる。やや険しさを増した顔でイーリスの席やビアトリクスから視線を逸らし、小さく息を吐いた)

ビアトリクス > 残されたビアトリクスは、くたびれたように背中を曲げっぱなしにしていた。
彼のそう大きくない身体は、今はかんなで削られでもしたかのようにより小さく見える。

「………………お恥ずかしいところを、お見せしました」

沈痛な表情。
からからに乾いた口で、ようやくそれだけを言った。
彼の前にあるコーヒーはとっくに冷め切っている。

ヨキ > 「……いや。君は気にするな。
 ヨキの方こそ、済まなかったな。割って入った」

(漸う口を開いてビアトリクスに応える。
 彼の背から手を離し、すっかり氷の融けかかった紅茶を煽る)

「………………。
 今の君では、言葉もうまく出なかろう。
 『はい』か『いいえ』か、あるいは『判らない』で答えたまえ。

 ……君は、ヨキの考えを支持するか?」

ビアトリクス > 「…………」

イーリスは。
自分を所有物か何かとしか思っていない。
あの魔女は、自分が意に沿わぬことをするのが気に食わない、
ただそれだけなのだ。
そう理性は訴えている。

ぬるくなったコーヒーを喉に通す。
視線をヨキには向けないまま。

「…………考えたく、ありません」

ヨキの問いへの回答は、しかし『三つ目』となった。

ヨキ > (腕を組み、その肘をテーブルに突く。
 視線は天板に落とされたまま、隣のビアトリクスを見ることはない。
 彼が吐き出した答えに、小さくひとつ頷いた)

「――わかった。
 今ヨキと彼女の間で交わした話について、君は何も考えなくていい。何もかも、一切。

 ……だが、これだけは覚えておいてくれ。ヨキは君の指導者だ。
 君がこれから先、どのような道を進むにせよ――ヨキは君の選択を支持する。
 たとえ君の考えが『いかなるものであっても』、だ」

ビアトリクス > ヨキの言葉を聴きながら、ぼんやりと、『血のつながり』という言葉の意味について考えていた。
それはただ彼女の腹から産まれたということだけを指すわけではないのだろう。
呪いのようなイーリスの教えは、まさに血肉となってビアトリクスの裡に組織されていた。

「……ありがとう……ございます」
苦労して喉から言葉を引きずり出す。
たったそれだけを口にするのが錆びついた鉄扉を動かすように難儀した。
精彩を失った瞳が天井にぶらさがる明かりを映す。
他の何もかもを忘れて、ただそれをずっと眺めつづけていた……。

ヨキ > (イーリスの言葉を反芻するように、じっと押し黙る。
 ビアトリクスからの礼に、うん、とだけ短く唸って)

「教師の本分は、生徒を指導することにあるが……ヨキの本分は、『従うこと』にある。
 ヨキの私見など、あるものか。ヨキはただ、『学園の在りよう』に従ったに過ぎん。

 …………、済まないな。
 ヨキがもう少し家族や人間や、……そうした繋がりに明るければよかったのだが」

(相手へ返答を促すでもなく、ぽつりと呟いて、指先で額を掻く)

ビアトリクス > 「……いいものじゃありませんよ」
家族なんて。

絶望しきっているわけではない。
ただどうやって立ち上がり、どうやって戦えばいいのかがわからない。

どれぐらいそうしていただろうか。
やがて何も言わずに席を立ち、ふらつく足取りで、店を後にした――。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からビアトリクスさんが去りました。
ヨキ > 「……そのようだな」

(言葉少なに答え、席を立つビアトリクスを見遣る。
 追いもせず、それ以上言葉を掛けることもしなかった。
 再び小さく息を吐いて、残った紅茶を煽って飲み干す)

「ヨキが強い言葉を使うのは……
 そうでもしないと、従ってしまうからだ」

(自分以外の、すべてのものに)

ヨキ > 「敬語なぞ、久々に使ったな」

(呟く)

「…………。『わたし』、」

(呟く。まるで封じられていた語を口にするかのように)

「……『わたし』……『私』は、……」

(目を伏せる。小さくふるりと首を振る)

「………………。ヨキは、ヨキだ」

(呟く――まるでそうでもしなければ、自分を見失いかねないとでもいうように)

ご案内:「カフェテラス「橘」」からヨキさんが去りました。
ご案内:「カフェテラス「橘」」にやなぎさんが現れました。
やなぎ > 「あぁぁ……」

腹が減ったら食う。
食に対しては実に欲深い彼の本能である。

「炭水化物…」

ここのところ、
入り江やどこか学生地区ではない場所を出歩いていた。
選んだ土地には特に用事はなく、ただ気晴らしに散歩していたにすぎない。
ただ、静かな所で物思いにふけっていた。
その間はほぼ水と塩ぐらいしか口にしていなかった。

そろそろ限界が来、食べ物屋へと来たのだった。

やなぎ > だるそうな手つきでメニューを選び、
軽そうなライスランチとアイスティーを頼む。
いきなり大盛りを食べると胃の調子が悪くなったのは経験済みだった。

やがて頼んだものが運ばれてくると、
妙にほっとして、ふうと小さくため息をついた。

やなぎ > 平日の真昼間。
何をするわけでもなく、訓練も勉強もせず。
ただ単に事件についてうじうじと悩み、今後の"身の振り方"にはぼんやりとだけ決めて。

何かしないと、何をすればいい?
道を示してくれた者はもういなくなってしまった。

このままでは冷めてしまう。
テーブルに置かれたランチと飲み物を一心不乱に食しはじめた。

やなぎ > 食べ物が腹にはいれば自然と元気がでてきた。
単純だ、と自分でもそう思う。

………

決断までには、まだ少し遠い。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からやなぎさんが去りました。
ご案内:「カフェテラス「橘」」にライガさんが現れました。
ライガ > 昼間は授業、夕方は委員会、深夜帯に情報収集。
たまに部活に顔を出す。

「……疲れた」

ふあ…とついついあくびが出る。
ここ10日くらいは睡眠もあんまりとっていない。
たまには休養をとるべきか。
店内に入るとアイス珈琲を注文する、ぐるっと見渡し、二階の窓際席へ。

ライガ > 「『留学』から帰ってきた先輩方の話は面白いけど、
置き場所に困るような土産買ってこられてもな。消費でなくなる奴でいいだろうに」

まあでも、お茶必須の滅茶苦茶甘い菓子よりはマシだったが。

待っている間に、メニュー表を暇つぶしに眺めている。
その瞼が、ゆっくり、ゆっくり、細くなっていく。

「ねむ……」

ライガ > テーブルの上に片肘をついて、目をこすったり、頬を抓って見たり。
珈琲が来るまで何とか耐えようとするが、視界が徐々にぼやけていく。

「ここで寝たらさすがにハズいわ……
はやく珈琲来ないかな」

いつもの一階ではなく、二階に座ったことで店員が見つけられないのだろうか。
階段から下を除けば、そんなに席が空いていないわけではない。
下行こうかな、とも考えたが、なんだかどうも腰が重い。

ライガ > 人差し指と中指でテーブルを軽く叩いていた左手がずずっとずり下がる。
片肘をついた右腕に顔を乗せるようにすると、その首がだんだん下を向いていく。

「あ、だめだ、これは寝る。
何やってるんだ珈琲……」

ライガ > やがて舟をこぎ始めたところで、ようやくアイス珈琲が運ばれてきた。
ひったくるようにカップを掴むと、グイッと口内に流し込む。
たちまち目が覚めてきた。

「……やっぱどっかで仮眠とるか。
歓楽街行くにも半分寝たままじゃあ不用心だしな」

ライガ > 立ち上がり、レジで料金を払うと、グイッと伸びをしてから。
疲れた顔のまま、店を後にする。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からライガさんが去りました。