2015/09/09 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に茨森 譲莉さんが現れました。
茨森 譲莉 > カフェテラス「橘」常世学園の学生通りにある飲食店だ。
学生に幅広く知られているこの店、何故こうも有名かといえばその立地にあるのだと思う。
何しろ、地理に全く疎いアタシが、こうして来店しているのだ。
朝に食べた食パンとコーヒーは既に消化され、既にお腹の中からは閑古鳥の声が聞こえていた。
無様にお腹を押さえながらみすぼらしく歩いて店に入ったアタシは、
店員の「あの、大丈夫ですか?トイレ行きますか?」という心配の言葉に一睨みを返して―――。
ワザとではない、空腹のイラだちでつい咄嗟に出てしまったのだ。
小さく悲鳴を上げさせた後に彼女に「すみません」と謝って席へと案内された。

その間、再三「あの、御遠慮はなさらず。」と声をかけられたが、
そもそも別にお腹が痛いわけではない、単純にお腹がすいたのだ。

茨森 譲莉 > 古風でお洒落な外観に見合った店内を特別見渡すことなく、
かじりつくようにメニューを手に取ったアタシは、とにかく早く出て来そうなものを探した。
カフェテラスの癖に随分とメニューが多い、あらゆる学生が要望し、それを叶えつづけた結果なのだろうか。

「おむ、オムライス。オムライス、大盛りで。あとドリンクをお願いします。」

ドリンクならばすぐに出て来るだろうし、多少なりとも空腹も紛れるか、と思ったのが裏目に出た。
『どれになさいますか?』と指示されたドリンクメニューには、
信じられないくらいに多種多様な飲み物が並んでいる。どれでもいい。

「オレンジジュース」

―――恐らく、どんな場所にでもあると思われる飲み物を注文すると、
思った通りにすぐに運ばれてきた。一気に飲み干すと、ふぅと息をついた。
もう一杯お願いしていいですか?と追加で注文をして一口飲んで、オムライスを待つ。

一気に冷えたお腹が、今度こそ店員が心配するような事態になり得るような悲鳴をあげていたが、
その程度でアタシのお腹が負けるわけが無いと信じたい。

ご案内:「カフェテラス「橘」」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > へちへちと、すぐ近くの席から手を叩く音。
「わー」
そして気の抜けた声。
その方向には、無害で無邪気そうな笑みを向けた、白衣に蜥蜴の髪飾りの女性。
面白くて、つい拍手してしまいました、そんな表情。

「なんだか遭難者みたいな飲み方だったよ今。
 ひょっとして三日三晩飲まず食わずだったりした?」

茨森 譲莉 > 運ばれてきたオムライスを見て、アタシは思わずパチパチ、と目を瞬いた。
……なんだか、大きくないか。このオムライス。
卵の上に描かれた店のマスコットキャラクターなのか、
はたまた店員の趣味なのか分からない謎の生き物と睨み合う。
そこでふと、自分の犯した失態に気が付いた。
―――アタシ、思わず勢いで大盛りでって頼まなかったか?

スプーンを片手に、伝票へと目をやる。
そこには確かに、オムライス(大盛り)と書かれていた。

確かに、アタシは一般女子と比べれば食べる方だと思う。
ただ、「大盛り」の定義というのは、各々の店によって違う。
食べ盛りの学生たちが通うこの店の大盛りは、
どうやらその貪欲なる胃袋を満たせるだけの力を持っているらしい。……失敗した。

目の前の謎の生き物と再び睨みあい、ゴクリと唾を飲む。
オレンジジュースでは気休めにしかならない、
お腹は据え膳くわぬは男の恥ぞとばかりに抗議の声を上げていた。

「……やるしか、ないわね。」

ぐっぐっと袖をまくって気合いを入れると、スプーンをその顔に刺し入れた。
不細工に歪んだ生き物を一瞥もせず、口に運ぶ。

「―――んぐっ!?」

それをしっかりと味わう間もなく、隣から気の抜けた声が響いた。
見事にオムライスを喉に詰まらせた私は、ドンドンと胸を叩いて、
再びそのオレンジジュース一気飲みを披露する事になってしまう。

「ゲホッ」

眼の端に浮かんだ涙を拭いながら、その女性に視線を向ける。
白衣に、蜥蜴の髪飾りが印象的に映る。
………この学園のファッションセンスは若干変わっていると思う。

「はい、三日三晩飲まず食わずだったので、とりあえず食べていいですか?」

若干うんざりとした顔でそう返しつつ、
私は一口分だけ欠けているオムライスを指差した。

蓋盛 椎月 > 「そっかー大変だったねえー。
 どーぞどーぞ。ゆっくり食べて飲んで」
うんざりした声にリラックスした笑顔のまま返す。
自分のアイスカフェラテにストローを突っ込んで
かちゃかちゃと氷を鳴らして遊びながら、目付きの悪い女子学生の飲食を眺めていた。
人の食べるのを眺めるのが好きらしい。

「……それはいいんだけど食べきれるー?
 本当に三日三晩飲まず食わずだったにしても
 いきなりその量は女の子にはきつくない?」

からかうような口調ではあるが。
慄然とした表情でオムライス(大盛り)を睨んでいるのを見れば、
そのような心配も浮かぼうというものだ。

茨森 譲莉 > にこやかな笑顔のまま、その女性は続きを促す。
小さく溜息をついて再びそのオムライスの向きなおると、
追加のオレンジジュースを頼んでから再びスプーンを刺し入れた。
口に運ぶと、半熟気味の卵とチキンライスの味が広がる。うん、美味しい。
今度こそしっかりと味わってから飲み込むと、そのオムライスは美味しかった。
空腹は最高の調味料とはよく言ったものである。

「―――あの、あんまり見られると食べにくいんですけど。」

暫くは黙々とスプーンと口を動かしてオムライスを減らし続けていたが、
どうにもニコニコと笑って見ている女性の視線が気になる。
モノを食べる姿は性的な意味を持つとも言うが、それを抜きにしても大盛りのオムライスを、
大口を開けて食べているのをニコニコと見られて、恥ずかしくない女子は居ないと思う。
目つきが悪くても、髪の毛がボサボサでも、アタシは一応生物学上では女子なのだ。

そう思って抗議の声を上げると、逆に食べきれるのかと問いかけられる。
答えはNOだ、考えるまでもない、アタシの胃袋はこれを全て食べられる程大きくはない。
彼女の『女の子にはきつくない?』という言葉に、
この明らかに非日常が横行している常世学園でも、女の子はちゃんと小食なんだな。
という的外れな感想を胸に抱きつつ、ふるふると首を振った。

「……少し食べますか?」

別に残してもいいんだろうが、残すのもこれを意気揚揚と
……かは分からないが、作ってくれたシェフに悪い。
取り皿を指差しながら、アタシは蜥蜴のように笑う彼女に向けて苦笑気味の首を傾げた。

蓋盛 椎月 > 「いやああたし見ての通り養護教諭ってやつでさ~。
 生徒の健康は喜びなんですよ。
 だから健やかに欲求を満たしている姿を確認するのは仕事でもあるわけさ」
白衣の裾をつまんで見せながらわかるんだかわからないんだかな理屈を並べる。
これで養護教諭性を主張しているつもりらしい。

「わー、ありがとう。
 なんだか生徒にたかっちゃったみたいで悪いねえ」

フードファイトで有利なのも女の子のほうらしいけど、なんて余談を口にしつつ。
店員にスプーンをもらい、ひょいひょいと取り皿に取り分けた。

「常世に来たのは最近?
 なんだか慣れてないみたいだったけど」

茨森 譲莉 > 馴れ馴れしくもアタシのオムライスを勝手に取り皿に取って行く女性を見て顔を顰める。
いや、普通アタシが取り分けないか?どれくらい食べるかも分からないのに自分で取りに行くか?
憐れ、雑に削られていくオムライスに描かれた謎の生き物の耳を眺めながら、
ある程度相手が取り皿に取った所でぐいと強引に自分のほうへ引き寄せる。
―――うん、これくらいなら食べられるだろう。

「擁護教諭―――保健室の先生ですか、失礼しました。」

まぁ、それなら、この馴れ馴れしさも納得が行くような気がする。
保健室の先生にはそういった素質が求められるような気がするし。
目の前の養護教諭(自称)の女性が、保健室でも馴れ馴れしく問診する様を思い浮かべて、
あまりアタシの得意なタイプの人間ではなさそうだな、と考えながら、
改めて大分減ったオムライスにスプーンをつけ―――。

「はい、つい先日この学校に来たばかりなんですよ。
 ご飯を食べる場所を見つけるのにも随分苦労してしまって。」

―――言葉を返してから、今度こそ改めてオムライスにスプーンを刺し入れる。
黙々と食べて、さっさと帰るのはあきらめた方がいいらしい。
幸いにして、お腹を満たす事自体は急を要するような状況ではなくなった。
それなら、この洒落たカフェテラスに似合うように、
ゆっくりと優雅にオムライスを食べるのも悪くないかもしれない。

「……先生は長いんですか?常世学園。」

もし長い間勤務しているのなら、
ヨキ先生のように色々と教えてくれるかもしれない。
食を進める速度を落としつつ、目の前の蜥蜴の養護教諭に問いかけた。

蓋盛 椎月 > 実際のところ、蓋盛という女は普段から人の食べ物に勝手に箸を伸ばすぐらいには遠慮がなかった。
さすがに初対面の相手にはそんなことはしないが。
そういうところが嫌厭されることもある。

「そっかー。
 そういや、交換留学なんて話もあったねぇ。ひょっとしてきみがそう?
 あたし蓋盛椎月、蓋盛って言うのー。
 そのうち保健室で会うことになるかもねー」
不吉にも聞こえる自己紹介である。

「ここいいよねー、洒落てるし、メニューも豊富だし制服もかわいいし。
 お腹に入れたいだけならニルヤカナヤもいいよ。ファミレスだけど」
自分も取り分けたオムライスに口をつける。

「んー、一年か二年、ってとこかな、あたしは。
 一年って長いのかな? ……あんま長くはないね。
 まあ、慣れはしたかな……多分。なかなか、いいとこだよ」

茨森 譲莉 > 「茨森譲莉、シノモリユズリです。
 
 ……願わくば、蓋盛先生のお世話になるような事が無い事を祈りたいですね。」

保健室で世話になると言えば、怪我、病気、あとはサボりくらいか。
この学園の保健室事情が気になる所である。怪我が多いのか、病気が多いのか、サボりが多いのか。
やっぱり、普通の学校よりは怪我が多いんだろうか。何しろ、『異能学園』だし。
悪の秘密結社と戦う主人公だとか、不良同士の抗争だとか、なんとなくそういうのが多そうだ。
いや、そういった学校の保健室はむしろサボりが多いような気もする。
どれもこれも、ファンタジーな世界の産物ではあるけれど。

どんなモノであれ、少なくとも自分が巻き込まれるのはごめんこうむりたいものではある。

「はい、交換留学で来ました。
 
 ……残念ながら、他のお店には入った事が無いので。
 ですが、良い所ではあると思います。少し混んでいる事を除けばですけど。」

聞いたことの無い店名に首を傾げつつ、今いるカフェテラスを見渡す。
制服なんて気にしていなかったが、確かに可愛いかもしれない。
……間違いなく、アタシには似合わない類の服だ。
 
「ニルヤカナヤ、海の底の異世界ですか。変わった名前ですね。」

店名だけ聞いたら竜宮城をイメージするような名前だ。
魚料理が美味しいんだろうか、美味しいなら行ってみたいような気もする。
ファミレスにそんな個性を期待するだけ無駄なような気もするけれど。
そもそも『お腹に入れたいだけなら』と蓋盛先生が言っている以上、期待するだけ無駄かもしれない。

「1年というのは意外と長いと思いますよ。
 
 ……保健室に来る生徒というのは、異能関連で怪我をする生徒が多いんですか?
 患者のプライバシーだから、というのでしたら、答えていただかなくても構わないんですけど。」

蓋盛 椎月 > 「シノモリさんねー、よろしくー。
 まあそう言いなさんなって、照れ屋さんなんだからー。
 気楽に来ていいよー、教室がイヤになったとかそういうのでもいいから」
掌をひらひらさせて笑う。
ずいぶんと都合のいい思考回路を働かせているらしい。

問いにはスプーンを置き、ストローを指でふにふにとつまみながら
少し考えて――

「んー、割合で言えば“普通”の体調不良、が多いけど。

 まあ、異能や魔術の制御に失敗して怪我、っていうのも、そこそこ多いねえ。
 異能を喧嘩やなんかに使った――みたいなのじゃなくて、
 炎を指から出そうとして腕を焦がしちゃった、とか、そういうの。
 異能が暴走して最初に害を被るのって、ほとんどの場合自分なんだよね」

そう返した。

「異能学、なんて学問もあるけど……
 みんなそれぞれ形の違うハサミやライターを持ってるみたいなもんで、
 それぞれについて使い方をレクチャーするなんて無理だから。
 どうしてもそういう事故は起こっちゃうのさ」

茨森 譲莉 > 照れてない。単純に怪我とか病気はしたくないと思っただけだ。
あと、教室が嫌になるっていうのは一体どういった理由だろう。
転校生やら無能力者に対してはイジメとかがあるんだろうか。
『保健室で会う事になるかもね』という言動といい、
常世学園ではそんなに保健室の世話になる出来事が多いのか。……なんだか不安になる話である。

「―――では、機会があったらお世話になろうと思います。」

今後の学園生活の不安と、大量のオムライスと、ついでに3杯分のオレンジジュース。
どこまでも苛め抜かれて悲鳴を上げているお腹をこっそりとおさえながら、アタシは苦笑いを浮かべた。
………蓋盛先生にお世話になる機会が訪れるのはそう遠くないのかもしれない。

ひらひらと振られる手は白魚のように綺麗で、悪い事は何にも出来そうに無い。
ここまで何度も「また保健室で会おう」と繰り返している以上、
養護教諭というのは自称ではなくて本当なんだろう。
心の中で、養護教諭(自称)の自称の文字に取り消し線を引く。

「なるほど、制御に失敗、ですか。」

なるほど、確かに学校らしい失敗なのかもしれない。
授業で彫刻刀を扱っていたら、勢い余って手に突き刺すようなものか。
特に意味も無く自分の手を撫でながら、ふと聞こえた言葉に前髪を引かれる。

「その異能学というのは、どういった学問なんでしょうか。
 
 アタシも履修できますか?……いえ、無能力者なんですけど。」

『怖いのは知らないからだ』と、ヨキ先生に聞いたことを思い出す。
異能について深く知る機会があるのなら、ぜひとも一度その授業を受けてみたい。

蓋盛 椎月 > 「あたし勉強って嫌いでさぁ。
 学生時代いつも授業サボっては保健室でゴロゴロしてたのよー。
 それに保健室でひとりでいるのって暇だから
 もっと軽々しく遊びに来て欲しいんだよねえ~」

不安げな目つきになっているのを悟ったか、蓋盛はそう付け足した。
教師にあるまじき台詞と受け取られても仕方ない内容である。

「履修? できるできる。
 この学園って基本“来るものは拒まず”のスタンスだからねー。
 能力の有無が履修権利に関わってくることはないよー。ほとんど」

ちゅーとアイスカフェラテを吸う。氷が鳴る。

「んとねー。
 異能はどうやって身につくのかとか、どういう法則で動いてんのか、とか。
 誰もわかってないわけよ。異能者も無能力者も同じ。
 それに対するひとつの答えを出そうとしたりだとか、
 そういったよくわからないものに対してどう向き合っていくか、
 みたいなのを教えるのが、異能学のひとつの意義なの。
 ……結局誰もわかってないわけだから、
 講師によって言ってることはそれぞれ違うんだけど、
 ひとつの指針にはなるかもしれないね」

ストローの水滴でストローの袋を濡らす遊びをしながら、そう述べた。

茨森 譲莉 > 「それって、先生が生徒に向けて言う事じゃないですよね。」

ストローから落ちた水滴がストローの袋を濡らすと、アタシのイメージした通りにうにょーんと伸びる。
燃え上がったりはしないし、凍ったりもしない。
いや、いくら異能者が多い学園とはいえ、そんな事がそうそう起こるとは思えないが。
先生らしからぬ言葉を聞いて苦笑いを浮かべつつも、
恐らく養護教諭らしい洞察力で不安を見抜いてフォローを入れてくれたんだろうと考えて、
伸びていく袋をなんとなしに眺めながら内心で小さく頭を下げた。
蓋盛先生も、いい加減なように見えてしっかりと先生をしているらしい。

「そうですか、ありがとうございます。
 担当の先生を見かけたら声をかけてみる事にしますね。」

手元のスケジュール帳、女子高生らしからぬ黒塗りの手帳に『異能学』とその後の説明を書き込む。
表紙に貼られた小さいシールは、せめてもの悪あがきである。……人前で恥ずかしい時は手で隠せばいい。

「科学と哲学を足して2で割ったような学問なんですね。丁寧に有難う御座います。
 折角交換留学に来たんですし、色々な先生のお話を聞いてみたいですから。丁度いいです。」

講師によって考え方が違う授業なら、色々な考え方を聞くチャンスでもある。
アタシは満足気に頷きながら、手帳を閉じた。

「ところで、蓋盛先生は異能者なんですか?
 ……異能学園の養護教諭ですし、傷をあっという間に治すとかそういった能力だったりするんでしょうか。」

そんな都合のいい能力があるのなら、ぜひともこのお腹の痛みを直して戴きたい。
初対面の相手に『すみません、ちょっとトイレに』なんて言うのは失礼以上に恥ずかしいし、
そろそろ話を切り上げて帰ろうかとスマートフォンを見る。……そろそろ良い時間だ。

蓋盛 椎月 > 黒塗りの手帳を、ほーかっこいいなあ、と感心したように遠慮無く観察した。

「あははー、いくら養護教諭だからって
 都合よく治療の異能なんて持ってると思う?」

取り皿に取り分けられた、もとい取り分けた
オムライスの残りをヒョイパクと片付ける。

「まあ、持ってるんだけど」

何も持っていない手を翳すと、そこに淡く白に光る銃弾のようなものが生まれる。
――蓋盛の異能、《イクイリブリウム》の超自然の弾丸である。

「これは《イクイリブリウム》って言ってね。
 これに撃てば、仰る通り、怪我があっという間に治せる」

あっさりした口調で、なんでもないことのように言った。
ちら、と周囲を見やる。賑わう客。

「――ただまあここでは使えないけどね。
 うるさいし見た目にも物騒だから」

――それに、ちょっとした副作用があるのよ。
と、治した傷に纏わる記憶を失うことを、簡潔に説明した。

茨森 譲莉 > 「そうですよね、さすがにそんな異能は―――」

いくら異能学園だからといって、さすがにそこまでご都合主義みたいな事は無いか。
と、考えていたものの、あっさりと否定される。
この学園にはあらゆる異能者が集められているらしいし、
養護教諭がそういった異能を持っていることは別にご都合主義でもなんでもない話だ。
医療の知識を持っている人間が医者になるようなものだし。

「―――持ってるんですね。」

とはいっても、一瞬でも騙された事は事実であるわけで、アタシの口からは小さくため息が漏れ出た。
アタシを嘲るように見下ろしてくる蜥蜴の髪飾りが恨めしい。
遠慮なく手帳を見てくる視線を遮るように手を動かしながら、逆にアタシは蓋盛先生の手元を見る。
ヨキ先生の異能もそうだったけれど、手のひらから何かを出す異能というのは多いんだろうか。

淡く光る『弾丸』が生まれると、アタシはそれを興味深げに覗き込んだ。
ヨキ先生の生み出したものはあくまで自然物だったが、これは明らかに超自然の産物だ。
淡く白く光る弾丸は、なんとなく蛍光灯を思い出させた。

「《イクイリブリウム》ですか。
 
 いえ、結構です、あまりお世話になりたくないモノではないですし。」

その単語には思い当たる節が無い。つまり、特に何か意味のある言葉という事ではないらしい。
それ以前に、撃つ、撃つと言ったのか。この弾丸で、人を。それはそれは、随分と恐ろしい注射である。
少なくとも、アタシがその弾丸のお世話にならないといけないような怪我をしない事を祈るばかりだ。
副作用があるなら、どうしようもないような事が起こらなければ普通に治療をするんだろうし。

……確かに、最初に蓋盛先生が言ったように、そんな都合の良い能力ではなさそうだ。

「あの、その異能を得た切欠って何かあったんですか?」

ヨキ先生は金属に触れたのが切欠と言っていたけれど、
蓋盛先生にも、そんな異能を得るような切欠があったのなら、それも聞いてみたい。
そう考えながら、自分の皿のオムライスの最後の一口を口に入れて、スプーンを置く。

蓋盛 椎月 > 「そう? なんならあたしで実践して見せてもよかったんだけど。
 どーやらあんまり異能見たことないみたいだし」
冗談か本気か区別のつかない調子で。

「きっかけ? 知りたい?」

顔の前で両手の指を組む。
手から落ちた、弾丸の形をした異能の輝きが音を立てずテーブルの上に転がり落ちて、
空気に溶けるようにして霞んで消えた。
笑みもスウと薄れ、神妙さを伺わせる顔に。

「――忘れた!」

……しかしすぐに、あっけらかんと破顔した。

「なんてったって異能に目覚めたのは十年以上前、子供のころだからねえ。
 忘れちゃっても無理ないじゃない? 悪い悪い」

言葉とは裏腹に、悪びれている気配は微塵も感じられない……。

茨森 譲莉 > 「い、いえ、その。本当に結構ですから。」

アタシは慌ててぶんぶんと首を振る。
モップのような髪の毛がゆさゆさと揺れて顔にべしべしと当たる。痛い。
蛍光灯のように光る弾丸が出てきただけでも十二分に異能の不思議さは体感しているし、
異能を見たことが無いのも勿論だけれど、それを打ち出す銃のほうも、実際に発砲されているのは見たことが無い。
聞いた話では、銃声というのは実際に聞くとイメージ以上に大きいらしい。
それを実際に聞いてみたいかといえば、断固としてNOである。
まして、目の前の人間にそれが撃ち込まれるなら猶更だ。

そんな事を考えていると、その冗談か本気か分からないような蓋盛先生の表情が変わった。

「はい、知りたいです。」

知りたい?という問いかけに、アタシは頷く。
神妙な顔つき、この重々しい空気。そして、両手を組むポーズ。
きっと、何かすごい重要な事が起こったのだろう。アタシはごくりと唾を飲んだ。
飲んだが、折角飲み下した唾を返せと言わんばかりの回答にずるりと崩れ落ちる。

「……忘れたなら、仕方ないですね。」

悪びれない様子を見ながら期待して損したとため息をつきつつ、
手帳を鞄に戻して、伝票を持って立ち上がる。
かく言うアタシも、子供の頃の事なんてそう細かく覚えてはいない。
切欠なんてきっと些細な事なんだろうし、それをいつまでも覚えているのは難しいのだろう。
冷蔵庫の上からホットプレートの蓋が落ちてきて頭にぶつかった、とかでもない限りは。

「オムライス、食べるの手伝ってくださって、ありがとうございました。
 出来る事なら行きたくありませんが、保健室で会う事があったら宜しくお願いします。」

一応、頭を下げる。弾丸で撃って治療する、アタシの苦手なタイプの人種の保険医。
正直、怪我とか病気とか置いておいてもあまり行きたいとは思えないが、
―――残念ながら今後何が起こるかなんていうのは、少なくともアタシには分からないのだ。

蓋盛 椎月 > 露骨にがっかりした態度を見てさも愉快そうに身を仰け反らせる。
「だろー仕方ないだろー。覚えてられたらよかったんだけどねえ。
 別にきっかけ無く気づいたら目覚めていたって人も多いらしいし、
 あたしも案外そんなものかもしれない。
 ひょっとしたらきみも明日には目からビームが出てるかもよ?」
軽佻浮薄な言い方ではあったが、恐ろしいことにひとつの真実だった。

頭を下げて去りゆく茨森に、目を細め手を振って見送る。
「いえいえ。楽しかったよ。
 オムライスも分けてもらったし、かわいい女の子とお話できたし。
 養護教諭は生徒の心身の健康を守るのが務めだ。いつでも歓迎するよーん」
蓋盛の言葉のトーンは、一貫して深刻さからは遠いものだった。

茨森 譲莉 > 可愛いという言葉にパチパチと瞬きする。
余りの衝撃に耳に指を刺し入れてぐりぐりとやってから、手をブンブンと振って否定する。

「いや、可愛くはないですよ。
 目つきも悪いですし、髪の毛もボサボサですし。」

蓋盛先生の「養護教諭は生徒の心身の健康を守るのが務めだ」という言葉は、
つい昨日聞いた、「君と共に学んで、君を守る……それが教師で、大人で、異邦人のヨキの仕事さ。」
というヨキ先生の言葉が思い出されるような言葉だ。
常世学園の先生というのは、皆、似たような事を考えているのかもしれない。

もし先生が全員そう考えて、心から生徒の事を思ってそれを実行しているのなら。
―――この学園は、きっと素敵な場所なんだろう。

「昨日も、別の先生に似たような事を言われましたよ。」

先ほどの胸に渦巻いていた不安とは逆の感情に小さく笑うと、改めて一礼する。
どうせなら、眼からビームが出るとかじゃなくて、もっと人の役に立つような能力に目覚めて欲しい。
そこまで贅沢は言わないにせよ、せめてもう少しお洒落な能力がいい。
眼からビームが出る女の子、まぁ、確かにインパクトはあるけれど。

………自分の目からビームが出ている様子を一瞬想像して、
案外似合っているような気がしてため息をつく。
人を殺せそうな目つきと言われた事は確かにあるが、本当に殺せたらシャレにならない。

「では、蓋盛先生、お先に失礼します。」

最後に蓋盛先生にそう声をかけると、会計を済ませて、急いで店を出る。
住んでいる場所まではそれほど遠くはない、遠くはないが、出来るだけ早く帰らなければ。

アタシは慈しむようにお腹に手を当てて、学生街の大通りを走り出した。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から茨森 譲莉さんが去りました。
蓋盛 椎月 > 似たようなことを言われた、と聞いて目を瞬かせた。
「へえ。そりゃ、きっとあたしに似て優秀な教師に違いない」
茨森の言う人物が、かねてから互いに同類視している教師とはさすがにわからなかったが。

「おう、んじゃまたねー」
ややせっかちに店を後にする茨森を鷹揚に見送り、

「……整腸剤でも出してやりゃよかったかな」
見えなくなったところで、そうぽつりと呟いた。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から蓋盛 椎月さんが去りました。