2015/10/15 のログ
渡辺慧 > 少しばかり間があったような気がするが、それに触れるのは何となくまずい気がした。
が、触れてしまうのが相変わらず自分だった。

「なにその間」

束の間の失態ともいえぬ失態も気にせず。
食べる? と言われたら勿論の事。

「お。食べる」

その取り皿を嬉々、とまではいわずとも少しだけ楽しげに受け取りながら礼を言った。

どことなく気にされた風な返答に、気持ち唇の端を押し上げながら。

「大変かどうかは分からないけど。……なんか、あっという間だから」
居心地がいいから。それが理由かどうかも分からないし。
此処の常世が居心地がいいのは、果たしてどういう理由なのか。
学生らしい悩みなのだろうか。
自分のような異能人は、果たしてどういう未来を送るべきなんだろうか。
そこにはもちろん――そんな簡単に言葉に出来るほどの事情が詰まっているわけでもないのだろうけど。

「凄い事をしている先輩になれそうにないから、その台詞を聞けるのは今だけかもしれない」

と、ジョークには、ジョークで返す。

“は”とは少しばかり意図の違う質問な気がした。
元より、この常世で異能の有無を聞くことはあまりない。
なぜならば――それが普通であるから。
だとすれば、この少女にとって、異能者とは普通ではないのだろうか。

「そーだね。異能者」
その質問に、どんな意味があるのか、と聞くか。
それともストレートに君は異能者ではないのか、と聞くか。
どちらも間違っているような気がして、そこで言葉を止めた。

「この常世においての、一人の異能者、かな」
ただ、少しだけ。何かを意図した言葉だけ落として。

そのサラダへのぱくつき方に先程と同じように喉奥で笑いながら。
そっと、その苦戦している水差しを手に取り、いる? とばかりに顔を向けた。

茨森 譲莉 > 普通、そこ触れるか?空気読めよ。

そんな悪態を心の中でつきながら、
その質問には答えず「んっ」と声とも鳴き声ともつかない音を漏らして少年に皿を差し出す。
受け取ったのを確認してから、自分の分のオムライスを一口食べた。

「確かに、あっという間かも。」

交換留学は数か月だが、それでは明らかに短すぎる、もっと長い間この学園に居たい。
そう考える事も多いアタシには、共感の出来る話だ。この学園は非常に居心地がいいから。
素敵な先生もいるし、生徒もいい子ばかりで、授業も新鮮で面白い。
穿って見ていた数週間前のアタシが申し訳なくなるくらいには、不自然なまでに綺麗な世界だ。

「………へぇ、やっぱり、異能者なのね。」

ここのオムライスも、随分と慣れ親しんだ味だ。
他のメニューを頼んでもいいが、別の物を頼んだ時に
オムライスにしておけば良かったと後悔する可能性を考えるとなかなかスプーンが動かない。

口に入っていた鶏肉を飲み下すと、
首を傾げる少年に空になったコーヒーのカップを差し出した。ここに注げと。

「この常世においての、一人の異能者って、どういう意味?」

気になる事を口にした少年に、アタシは首を傾げる。

渡辺慧 > 受け取った皿へ、スプーンを取り出しながら。
オムライスを口に含み、一つ頷く。
うん、おいしい。
口に出すまでもなく、目の前の少女も恐らく同じ感想、だと、思う。
ここに来るときに、何か食べるなら。
そういえば、オムライスばかり頼んでいた気がする。
最近はどうにも、適当に済ませてしまっているが。

「考えてみれば、4年、もあるのか。それとも4年しかないのか」
まぁ、もちろん。4年で卒業できれば、の話だけど。
なんてよくある冗談でクス、と笑う。
ここに居残っている人たちの多くは、居心地がいいからなんだろう。
――それとも、ここでしか?

それは、少しばかり、いやな考え方だった。

「はいはい」
そう言ってカップへ水を注いで、元の場所へ水差しを戻す。
気のせいか、いや気のせいというか。
それこそ今更なのだろうけど随分遠慮というかなんもはや。

「ん……」
どういう意味か。果たして大した意味はそこまでない。
ただ。またしても、口をコーヒーで湿らす。

「ここでこそ、異能者とは言われるわけだけどさ」
「じゃあ、環境が変わって……そうだな。本土とか」
「同じ風な意味合いで呼ばれるのか、よくわかんないからさ」

本当に大した意図はない。
ただ、そこにある差を扱えないだけの。

茨森 譲莉 > 「……ありがとう。」

いくらアタシでも、それくらいは言える。
初対面でいきなり笑われた恨みは忘れてなくとも、
さすがに相席になっただけの人間に水を注がせておいて、
お礼の一言も言わないほど、アタシの面の皮は分厚くない。

カップに注がれた水を飲むと、思わず口から息が漏れた。

「留年してる人も多いらしいわね。
 どう見ても学生じゃないでしょって人でも学生服とか着てるのは、
 どうしても慣れるものじゃないわね。」

アタシの口からは乾いた笑い声が漏れる。
20歳、あるいは30歳くらいの学生も、この学園には居る。
異邦人や異能者なんて存在も勿論だが、そんな学生が居るのもこの学園ならではだろう。

「本土では、確かにそうね。
 場所によっては「異能者」って言葉は、
 ここで言う「異能者」って言葉とは意味合いが違うかもしれないわね。」

アタシが住んでいた地域も、そんな地域の一つだ。
アタシが常世学園にはどうにも居場所が無いと感じているように、
異能者にとっての外の世界は、そんな場所に感じられるのかもしれない。

「そうね。違うかも、しれないわね。」

そう自分の言った言葉を繰り返して、カップに注がれた水を見下ろす。
ゆらゆらと揺れるカップの中のアタシの顔を見ながら、少しだけ物思いに耽る。

その言葉には、少し思う所があった。

「相席ありがとう、アタシはそろそろ帰るわね。
 ………女子寮は門限が厳しいから。」

考え込む前にそう切り出して、アタシは逃げるように席を立つ。
遠慮も恥も外聞も無く勢いよく食べただけあって、皿は全て底が見えていた。

女子力とは一体なんだったのか。

渡辺慧 > 「ん」

お礼に対して軽く笑う。
存外、ではない。そのままの通り彼女は素直なのだろう。

「それこそ、学園都市、というべきなのかもね」
「濃い所が、寄り集まった、ってかい」

学園都市。……異能者の街。
学園である、というのは、体裁であるのか、どうか。
――学費、というものがある以上、体裁なわけがないのだが。
少しだけ、ほんの少しだけ。思ってしまった。

「ここでは、あくまで異能者とは一般的、普通、だけどね」
「全体を見れば、異能者でない人の方が、多く見える」
「……ま、進路に悩んだ、ダメな先輩の弱音、とでも見といてくださいな」

そう言葉を発した相手は。
……果たして、どういう風な意図で受け取ったのだろうか。
少しだけ顔を俯かせていたかと思えば。
分からないものは分からない。
彼女が異能者に対して何か思うところはありそうだとは感じても、ただ、それだけだ。

帰る、と切り出されて止める理由もない。
「ん。こっちこそ……ありがとうは変か」
「気を付けてね」

立ち上がる相手の顔を、少し見上げ。

「……ま、俺達は、学園都市の学生なのさね」
「またどこかで」

そこに残された皿を見やり。
やっぱり、先程と同じように、喉奥で笑ってコーヒーカップを自分の口許に傾けた。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から渡辺慧さんが去りました。
茨森 譲莉 > 少年に「また。」と短く返して、伝票を手に取ると、
アタシは椅子にかけてあったマフラーとダッフルコートを装備して鞄を持つと、店外へ歩き出す。
冷たい風が頬を撫でるが、マフラーに守られて首元は温かい。
足先のほうがどうしても冷えるが、スカートにジャージを合わせるのは女子高生としては禁じ手だろうか。

ここに来た頃に比べて、随分と寒くなった。それだけ時間がたったという事だろう。

「全体を見れば、か。」

アタシは、ぼんやりと空を見上げる。アタシの口から漏れた息が白くなって、どこかへ流れて行った。
実際に全体を見たわけではないアタシには、実際に無能力者が多いのかは分からない。

少なくとも常世学園には能力者が多くて、アタシの住んでいた場所には居なかった。
モデルケースというだけあって常世学園には偏っているのは間違いないにせよ、世界のどこかには、
ここのように異能者が大半をしめるような場所や、団体もあるんじゃないだろうか。

全体を見れば異能者の方が多いのか、それとも、無能力者のほうが多いのか。
そんな事は、きっと誰にも分からないし、気にする事も無い事だろう。

それぞれがそれぞれに感じて、考えて、悩んで、結論を出すしかない。
―――実に学生らしい、と思わなくもない。
だからこそ、アタシ達は異能学園の学生なのだ、とも思う。
いや、アタシは交換留学で居るだけだけど。

「………お菓子でも買って帰ろう。」

アタシは大判のマフラーに顔をすっぽりと埋め、ダッフルコートのポケットに手を突っ込むと、
そろそろ冬の風が吹き始めた学生通りを歩き出した。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から茨森 譲莉さんが去りました。