2015/11/22 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に茨森 譲莉さんが現れました。
■茨森 譲莉 > 文化祭の片づけを終えて、自分の荷物をまとめたアタシは―――といっても、殆ど無いが。
この学園での食べおさめと思ってカフェテラス橘にやってきていた。
文化祭が終わり、すっかり日常に戻ってやる気も無い課題を広げて、
ひたすらお盛んな情報交換にに興じる生徒達をぼんやりと眺めながら、アタシは今日もオムライスを食べる。
てっぺんに立った旗が、いつまで立ったままかを眺めながら。
………これが倒れたら、さっさと食べ終えてしまおうと謎の決心を胸に、
いつまでも倒れなければいいのにと、アタシはスプーンをもぞもぞもたもたと動かす。
スプーンの動きにあわせて、てっぺんの旗が悲しげにゆれた。
ご案内:「カフェテラス「橘」」に日下部 理沙さんが現れました。
■日下部 理沙 > 文化祭から時も経ち、後始末も概ね終わった秋の暮れ。
新入生、日下部理沙はサンドイッチのセットをトレーに乗せて、カフェテラスの中をうろうろしていた。
昼時、常世学園の飯処はだいたい何処も混雑する。
生徒だけでなく教師、施設の従業員、来賓、その他諸々入り乱れるここでは時間帯別に各々の施設にラッシュが訪れるのである。
それはこのカフェ橘もまた例外ではない。
いつもは座れないほどではないのだが、今日はそれなりに混雑しているようで、中々席が見当たらない。
背中の翼が人や物に当たらないように気を配りながら店内をうろつき、ようやくどうにか座れそうなテーブルを見つけると。
「……あ」
そこにいたのは、目つきの悪い一人の少女。
……とある、知人の女生徒であった。
「えと、どうも。お久しぶりです……茨森さん」
オムライスのてっぺんに揺れている旗を一瞥してから、おずおずと声をかけて、理沙は頭を下げる。
一緒になって翼が揺れる。
「あの、すいません、相席いいですか」
■茨森 譲莉 > 茨森さん、と呼ばれたアタシは、凝視していた旗から視線を逸らしてやや気だるげに顔を上げた。
茶色の髪、少し可愛らしい顔立ち、何より特徴的なのは、背中から広がる翼。
結論を言えば、そこに立っていたのは、いつかに美術館であった少年だ。
友達、というほどではない。一度だけ会っただけ。
加えて言うなら、若干気まずい別れ方をしている。
アタシは改めて店内を見渡す、確かに他にあいている場所はなさそうだ。
はぁ、とため息をつく。
「……どうぞ。」
若干気まずいとはいえ、あの時とはアタシの考え方も、持っている情報も大分と違う。
異能者と異能の関係性、そして、異能者特有の悩みの数々。
あの時のアタシは、純粋な憧れだけでこの茶髪の少年の翼を見ていたが、
今なら、彼がなんらかの悩みを抱えている事くらいは、察しが付く。
その悩みの内容までは、残念ながらアタシの想像力の貧弱な脳みそには、
逆さまにしてみてもぷっちんと外に出す機能が備わっていない。
「美術館ぶり。元気?」
校内で何度か見かけはした、何しろ目立つのだ。
……そりゃもう、馬鹿でかい羽ぶら下げてるし。
だが、こうして言葉を交わすのは久しぶりの相手に、
アタシは気まずげに顔をひんまげてまずは社交辞令をぶつけた。
■日下部 理沙 > 「はい、それなりには……すいません、お食事中邪魔をする形になってしまって」
申し訳なさそうに……だが、それほど暗い感じでもなく、そう返答して、理沙は対面に座った。
美術館であった時よりは、いくらかハッキリとしたイントネーションである。
理沙も、あれから色々あった。
以前のように、ただ諦観と消極的な拒絶だけを胸に秘めているわけではない。
だからこそ……こうやって、決して良い別れ方をしたわけではない知人とも、顔を合わせることができたのかもしれない。
故にか、セットの紅茶を一口啜り、間を少しおいてから、理沙は改めて、口を開き。
「今日はでも、私にとっては幸運な日です。
出会い頭にこんな事いうのは妙かもしれませんけど……実は私、茨森さんにあえたら、言おうと思っていたことがあったんです」
そう、真正面から茨森の目をみて、理沙は言葉を告げた。
蒼い瞳を、揺らしもせずに。
■茨森 譲莉 > 「別に、気にしなくていいわよ。ここじゃいつもの事でしょ、そんなの。」
食べるのを邪魔してくるような相手だとその日一日ブルーな気分になるくらいには迷惑だけど、
そうでもなければこうしてたまたま出会った相手と色々な話をするのはいう程悪いものじゃない。
大きな変化ではないが、これも常世学園に来て変わった所かもしれない。
昔のアタシなら、相席なんて言われたら「飯くらい静かに食わせろ。」くらいは思っていた気がする。
………というか、実際思ってた。
「アタシに言いたい事?」
つんつんとオムライスをつつく、まだ旗は倒れないようだ。
ゆらりゆらりと揺れながらも、その一本足を賢明に卵の砂丘に突き立てて堪えている。
目の前のこの少年にも、会ってない間に何かしらの心境の変化があったらしい。
前のビクビクオドオドとした感じじゃなくてはっきりとしたイントネーションで喋っているし、
アタシを見ているその青い瞳は、前のアタシと同じ諦めの色だけではなくて、他の色が揺れている。
なんて事は正直アタシには分からないけど。
その「話したい事がある」という言葉は、前に会った時の少年から出るような言葉じゃない事くらいはアタシにも分かった。
前はむしろ、自分の事を喋るのを拒絶しているような印象を受けたし、
アタシもそんな少年が考えている事が分からなくて、大声を出すことになった。
「……何?」
別に威圧する意図はなかったのだが、
続きを促そうとするとどうしてもそんな言葉になってしまう。
先生を目指すなら、もう少し聞き上手になったほうがいいかもしれない。
それこそ、ヨキ先生みたいに。
■日下部 理沙 > 若干、低い声色でそう言ってくる茨森に対しても、理沙は目を背けず。
ただ、まっすぐ目を見てから、改めて、しっかりと頭を下げて。
「美術館では不躾な態度を取ってしまって……すいませんでした」
そう、ハッキリと告げた。
美術館でも何かにつけていっていた、「すいません」という言葉。
だが、あの時のように語尾よろしく滲みついたそれではない。
「この謝罪も、私の気を晴らすことが殆ど目的で……もしかしたら、これすらも不躾なそれかもしれません。
でも、言わなければきっと一生後悔すると思いました。
なので、どこまでも自分勝手で手前勝手な都合ではありますが……謝罪をさせてください。
あのときは、『外』と貴女を勝手に重ねて……すいませんでした」
それはただ、真正面から、何の含みもなく、只管真っ直ぐに告げるだけの……エゴ丸出しの謝罪だった。
そこを、理沙は偽らなかった。
■茨森 譲莉 > 目の前の少年は、いきなりアタシに向けて深々と頭を下げた。
いきなり「すみません」と謝る少年、日下部理沙に面食らってぽかんとしていたが、
慌ててブンブンと手を振ってアタシも頭を下げる。
「アタシこそごめんなさい。あの時はまだ、異能者の事とか、全然知らなくて。」
あの時は翼をもつ少年を唯一人の異能者として見ていた。
アタシの憧れる、何よりも羨ましい異能の持ち主の一人として。
でも、今のアタシは色んな異能者と話した事を通じて、異能者にも異能者なりの。
いや、一人の人間としての悩みがある事を、もう知っている。
「それに、アタシと『外』の人間を重ねたの。間違ってないと思うわ。
アタシは『外』の事しか知らなかったし、異能者は異能者で、無能力者は無能力者って思ってたから。
………だから、お互い様って事で、ここは手を打たない?」
顔を上げると、アタシは苦笑いを浮かべる。
お互い様、というには、少しばかりワガママすぎるような気がする。
大昔に黒船がやってきて、日本につきつけた不平等な条約のように、
あるいは、戦敗国に押し付けるような条約のように、相手の弱みにつけこんだ言葉だ。
「えっと、日下部君の異能にも、何か特別な事情があるんでしょ?」
にも、と言ったのは他の異能者の事を思い出しての事だ。
特に、このカフェテラスで出会った異能のせいで家族を失ったと語った少年を思い出しながら、
アタシは少年、日下部君に、さらに質問のような、その謝罪を受け入れる理由のような言葉を向ける。
たとえその事情を聞いたとしても、もうこの学園を去ることになるアタシには関係の無い事かもしれないけど。
■日下部 理沙 > 理沙は正直にいえば、恐ろしかった。
真っ直ぐに自分の思ったことは伝えた。表裏なく打算もなく伝えた。
だからこそ、その上で許されないのだとすれば、それは理沙にとっては恐ろしい事だった。
恐ろしくても、受け止めなければいけないことだった。
だが、実際は……思った以上に良い結果が返ってきた。
「そう言って貰えると……私も嬉しいです、ありがとうございます。茨森さん」
茨森の苦笑に対して、理沙も微かに翼を動かしながら、ぎこちない笑みを返す。
苦笑や作り笑いではなく、下手くそな笑みといった感じだ。
普段、笑い慣れていない人間特有のそれであった。
そして、問われれば、正に微かに動かしている翼を一瞥して、溜息をついた。
「特別というほどではありませんが……。
強いて言うなら、特別なところが思ったより少ない所が、周囲から見ると、特別に見えるのかもしれません。
私の翼は、ただ生えているだけのものなので」
無論、その溜息は茨森に対してではない。
己の翼に対してだ。
そこだけは、どこか諦めたような……いや、言い聞かせるような、様子だった。
だからなのか。
ただ、理沙は、己にも、翼にも、言い聞かせるように。
「飛べないんです。私」
そう、呟いた。
■茨森 譲莉 > 「翼があるのに、飛べない?」
アタシは、思わずしげしげとその翼を眺める。付け根から順にゆっくりと先の方へ。
絵で見る天使のような翼はどこからどうみても立派なモノだ。
確かに、アタシみたいに何も知らない人から見れば、それは拍子抜けかもしれない。でも。
アタシはプッと小さく噴き出した。
「それじゃ、その翼は寝るとき暖かかったり、ちょっと寝心地のいい枕になるだけなのね。」
身構えてたわりにはさほど深刻とは思えないその悩みに、アタシは思わず笑ってしまう。
―――が、こほんと咳払いして、姿勢を正した。
申し訳程度に、自分のブラウスにぶら下がっていたリボンを少しだけ上にあげる。
「前話した時にその話をしなかったのは、
そのせいでバカにされたとか、そういう事が前にあったから?
……それとも、そんなはずは無いって時計塔の上から突き落とされでもした?」
翼がある事の不便さというのは混雑してる道を歩く時やら、
前の美術館のような、ちょっと狭い道を通る時に邪魔とかその程度だろう。
アタシには翼が無い、だから、翼がある事の辛さというのは、アタシには分からない。
日下部君にも日下部君なりの悩みがあるんだろうというのだけは分かるが、その悩みがどんなものなのかは、
残念ながらアタシには想像できなかった。
飛べないだけなら、日下部君の立場は無能力者、つまり、アタシと大差ないように思う。
見た目が少し違うのは、異邦人に近い悩みになるんだろうか。
そんな考えをめぐらせながら、アタシは日下部君の返答を待つ。
■日下部 理沙 > 「ははは、それは、その……」
笑みを浮かべる茨森に対して、理沙も笑みを返す。
笑って貰えることは理沙からすればありがたい事だった。
笑い飛ばして貰えるなら、それに越したことはない。
何故なら、それは理沙にとっても。
「両方、ですね」
最早、苦笑と共に、思い出す程度の過去でしかない。
良くも悪くも。
「実際……飛べる異能者の方も多いですからね。
そういう前例がいる中で、私のような悪い意味での例外がいると……まぁ、だいたいは、そんなところでした。
飛べないのは気持ちの問題だろうって、高所から突き落とされたり。
飛べることを前提に話をされて、がっかりされたり。罵倒されたり。
異能者の方からは、出来損ない呼ばわりで……普通の人達からは、それでもやっぱり異能者として扱われて……。
ここに来る前は……『外』では、それが普通でした」
しみじみと、思い出すように、理沙は語る。
どこか、遠くを見る様に。
蒼い視線の先にあるのは、窓越しに見える蒼穹。
いや、それよりも、遥か遠く。
元々、理沙がいた故郷であろうか。
と、そこまで茫洋としてから、ハッと理沙は茨森に向き直って、また頭を下げた。
なんでもないように、ただ軽く。
「あ、すいません、なんだか、つまんない身の上話しちゃって、は、はははは……」
少しだけ、バツが悪そうに。
深刻そうではない。
それもそのはずだ。
理沙からすれば、今語ったことは、かつての日常でしかないのだ。